『ミレンダのドラドニエン』【前編】


『ミレンダのドラドニエン』。

 大陸西南部にある、町長ミレンダが治める 八大主町エークルーズの一つ。

『フォブル』の隣の町という事で、気候は暖かく観光地として名高い場所の一つである。

 マングローブという水の中に生える木に覆われており、海沿いに進むとマリングローブという海水の中に生える木の森林に続く町は『海と川と木々の町』のなに相応しい姿。

 そして、この木々のおかげでこの『ドラドニエン』は——。


「蒸し暑っっっ!」

「聞きしに勝る蒸し暑さ……!」

「うー!」

『暑いんですか?』

「「「…………」」」


 翼竜種はこの暑さが分からないのか! 幸せだな!


「待て、町に入る前に魔法石を埋めておこう。ここから先は水が張ってる」

「あ、そうね」


 町の入り口へ続く橋の手前に穴を掘り、魔法石を埋める。

 結界を張って埋め直しをすれば……よし、これで最初の目的は完了。

 次は依頼達成の報告だな。

 というわけで橋を渡り、湖から生える樹々の迷宮を堪能しながら『ミレンダのドラドニエン』へ入る。


「わあ……! これはすごいわね!」

「ああ」


 高い木々に囲まれ、木々の隙間に家が吊り下がっている町。

 橋の上や、船の上にも……なんという壮観。

 建物はすべて木製。

 木の温もりと、植物の生命力を見せつけられる町だな。


「あれ? あれ!? あなた、もしかして『剣聖』じゃ……」

「うっ……あ、ああ」

「なんてこった! ファンなんです! 握手してください!」


 町の入り口で兵士に手を差し出される。

 ……ここもかぁ。


「すげぇ、すげえ、本物……本人! こんな所でお会い出来るとは! どうぞごゆっくりしてってください!」

「あ、ありがとう」


『タージェ』で騎士として働いていた頃はこんなに声をかけられる事はなかった。

 勇者のお供となるべく呼び出された時も、共に選出されたサカズキとロニがどちらも武闘大会上位者だったから、三人一緒に声をかけられたりはしたけれど……。

 武闘大会は全世界中継されるというから、俺が思っているよりも名前と顔が知られていたんだな。


「困った顔をしてどうしたの?」

「いや、なかなか慣れないな、と思って」

「ああ、声をかけられるの? ……そうねぇ、でも……『剣聖』になるまでの三年間、毎年放映されていたのだもの。有名になるのは当たり前じゃない?」

「そ、そういうものか? だって年に一度だけじゃないか。それなのに顔を覚えられるなんて……」

「年に一度しか放送されないからこそよ。みんな食い入るように観ているんだもの、そりゃあ覚えられるわ」

「……」


 なるほど。

 ぐうの音も出ない。

 放映魔法は武闘大会と 八大主町エークルーズが年に一度泉議会室ドル・アトル行う八大主町会議ルーズ・アルディッドの時ぐらいしか使われないからな。

 人が集まる大きなイベント……それはつまり、経済効果が大きいという事。

 魔法士たちも腕の見せ所、およびいいお給料が出る時。

 うむむ……確かに年に一度しか放映されないとはいえ、俺も 八大主町エークルーズの顔は全員覚えている……つまりそういう事か……。


「それにしても……」

「?」

「いえね、そろそろ主人公たちの……勇者の武勇伝の一つや二つ、流れてきてもいいんじゃないかしら、と思って……。私たち、魔王が生み出したダンジョンは放置してきたじゃない? どこかを攻略したとか、そういうのが聞こえてこないというか」

「ああ」


 師匠の課題で魔王ステルスを弱体化させ、その力のほとんどを封印した。

 しかし、俺とセレーナは師匠の手により魔王城、魔王の玉座の間に転送されたのでダンジョンを一つも攻略していない。

 セレーナによれば、十二のダンジョンを制覇して行く事で、魔王を倒す力……レベルと、魔王の弱体化が図れるそうだ。

 俺たちでダンジョンも攻略してしまおうかと提案したが、勇者によって救われる青年が多く、聖剣の力でダンジョンのボス部屋を浄化する必要がある、と言われてしまえば……それならばそういう青年たちのためにも勇者の出番を残すべきだろうと放置してある。


「……勇者殿はお役目を正しく理解し、働かれているだろうか」

「そうね、噂の一つでも聞こえてくれば、攻略がどのくらい進んでいるのが分かるものだけど……」


 普通に攻略が進んでいれば第三のダンジョンあたりまでは攻略出来ているはず、と呟くセレーナ。

 とはいえ、回復役の俺とセレーナが抜けては大変だろうな。

 彼女が正しく勇者として振る舞うのであれば、力を貸す事は吝かではない。

 こちらとしても多嵐デッド・タイフーンをなんとかするのに、出来る事なら勇者の知名度と実績を使わせてもらいたかった。


「……この魔法石の設置が終わったら、 八大主町エークルーズたちに多嵐デッド・タイフーンの事を話してみないか?」

「え? ライズが……?」

「二つの町を回ってみて、こんなに声をかけてもらえるのなら……もしかしたら俺でも話を聞いてもらえ……ない、かなあ……」

「うぅーん、どうかしら……?」


『剣聖』が思いの外、民に認知されている。

 ならばその知名度で、なんとか 八大主町エークルーズを動かせないかと思ったが……やはり難しいか?


「他の町もすべて見て回ってからでもいいんじゃないかしら」

「なるほど」

「……ライズがこれ以上人気者になるのは……ちょっぴりやだ……」

「セ、セレーナ……」


 俺の婚約者可愛すぎないか?

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