side 優衣


 ——そんな頃。


「はぁ、はぁ……」

「……キッツ……」

「ゆ、勇者ユイ様、この辺りの魔物のレベルは我々より一回り以上上です。いくら勇者の力と聖剣があっても……」

「俺もロニと同意見ですよ、勇者様……『剣聖』ライズの壁と火力もなしに、進める洞窟じゃありません。一旦外へ出ましょう。戻れなくなってからでは遅い。余力があるうちに出るべきです」

「くっ……! でも! この先に治癒魔法士ルクニスを仲間にするための治癒魔法書が保管されてるのよ! みんなが回復役が欲しいって言うんだから、仲間にしなきゃでしょ!?」


 顔を見合わせる弓士サカズキと聖騎士ロニ。

 盗賊ジャディは、舌打ちする。


「おいおいおいおい……薬が尽きればこうなる事は分かってただろうよ? それとも分かってなかったのか? ……とんだおバカちゃんだな。回復役は必要だが、それを仲間にするために全滅したら意味ねぇだろうが」

「っ……言い過ぎですよジャディ。勇者様は異世界からいらしたのです。……この世界の常識に疎いのは、致し方のない事でしょう……」

「はっ! だから聖女セレーナと剣聖ライズをみすみすパーティーから追放した、ってか? それがどれほどの下策だったか、分からんお前らでもねぇだろう!」

「「…………」」

「ちょ、ちょっとぉ……」


 目を背け、押し黙るサカズキとロニ。

 優衣は焦っていた。

 聖女セレーナが裏切り、パーティーが危機に瀕するのはストーリー通りの事。

 そうなる前に、セレーナをパーティーから外して、もゲームではなんの問題もなかったのだから。


(おかしい。なんでこうなるの……!? サカズキとロニの好感度まで下がってるじゃない!? なんで!?)


 思えば最初からゲームとの差異が多かった。

 まず、ゲームでは弓士サカズキ、聖騎士ロニ、魔法騎士ライズ、そして剣聖ヨルドが八人の町長に依頼されて召喚された勇者のサポートを行うべくパーティーに入る。

 その後、ライズの幼馴染である聖女セレーナが紹介され、回復役として参入。

 盗賊ジャディは声をかければ仲間になる攻略キャラクターで、好感度は上がりにくいものの真っ先に仲間にしておけば序盤から鍵つきの宝箱や、扉を開けてもらえる便利キャラ。

 セレーナはパーティーに入れなくても、ライズが魔法を使えるので序盤の回復は彼に任せればよい。

 彼の回復魔法で物足りなくなる頃には、この『アキスの洞窟』に保管された治癒魔法書を欲しがっている治癒魔法士ルクニスを仲間にするクエストが、達成出来るレベルに達している。

 だが……。


(セレーナはともかく、なんでライズまで抜けていくのよ……!? こんなのゲームの展開にはなかった! それに、ライズは『魔法騎士』でもあり『剣聖』でもあるって……なによそれ……ヨルドはどうしたの? なにしてんの? 一体なにがどうなってるのよ……! ゲームの世界に転移したんじゃないの!? ライズとセレーナ以外は、ほとんどゲーム通りなのに!)


『魔法騎士』ライズ……乙女ゲームRPG 『アクリファリア・シエルド』の攻略可能対象キャラは魔王含めて総勢70人を超える。

 その中でも最初から仲間になる上、回復魔法、身体強化魔法、補助魔法、壁役……前衛から後衛まで幅広くこなせる万能さから最終戦まで使えるため人気キャラトップ10には必ず名を連ねるキャラクターだ。

 非公式攻略サイトでも『序盤から終盤まで使えるオススメキャラ』には絶対に入っているし、なによりライズの個別ストーリーがいい。

 中盤で幼馴染の聖女セレーナが騙され、主人公の女勇者を裏切るストーリーのあと、幼馴染でずっと片想いしていたセレーナの裏切りと変貌に落胆する彼を立ち直らせるとすっかり主人公に心を許して忠誠を誓う。

 その個別ストーリーは『騎士NTRモノ』と呼ばれつつも、他の女よりも自分を選んでくれた、という優越感と、聖女セレーナへのザマァ、さらにそんな聖女セレーナを許して再びパーティーに入れる事で彼女から崇められる感覚が「気持ちいい」と穿ったタイプのプレイヤーには堪らないもの。

 かく言う優衣も、そのストーリーが大好きだった。

 学校ではそつなく人と仲良く出来るが、可もなく不可もない中間の成績。

 家は貧乏で、どちらかと言えば『持たざる者』。

 それでも友人から「飽きたからら貸してあげる」とハードごと借りてプレイした『アクリファリア・シエルド』は遊べる範囲、すべて遊び尽くした。

 ハード自体、数日後に新作が出る旧モデルだった事もあり、友人は「いいよいいよ、あげる」とまで言ってくれて、優衣は夢中になって遊んだのだ。

 そんな思い入れの深いゲームの世界。

 だから、優衣はこの召喚はまさしく「選ばれたのだ」と思っている。

 このゲーム……『アクリファリア・シエルド』を愛してやまなかった優衣が、この世界で勇者しゅじんこうとして召喚された。

 運命だろう。

 まさしく、ゲームを愛しているからこそ、このゲームにも愛されたのだと。


(誰か一人を選ぶエンディングは、『アクリファリア・シエルド』には、ない! みんなに愛されて世界を永遠に冒険する……それが『アクリファリア・シエルド』! ライズも私の事を好きになってくれるはずなのに……なんで? なにかがおかしい……ライズが『剣聖』なのも、セレーナがライズの“婚約者”なのも……、……!)


 はっと、顔をあげる。

 思えば、最初からゲームと違っていた差異がもう一つ。

 セレーナの、性格だ。

 ゲームでは、もっと神に依存していた。

 礼儀正しい振る舞いはそのままだったが、ゲームよりも信仰心が薄かったように思う。


(……ライズとの思い出話までして仲良しアピールしてくるから、ウザくてよく聞いてなかったけど……)


 ここはただのゲームの中ではない。

 なにかが、ゲームとは狂っている。

 セレーナの性格が違う事が発端なのか、なにか別の要因でセレーナの性格が変わったのか……。


(調べなくちゃ……ゲーム通りにすれば、ずっとこの世界で愛されてちやほやしてもらえるんだもの……。魔王ステルスも、他のキャラもみんな手に入れて……幸せになるんだ……!)


 それは攻略する心に火をつけた。

 大丈夫。原因を調べて解決するだけだ。

 クエストと同じ。


「勇者様、そろそろご決断を。……我々は洞窟を出るべきだと考えます」

「死んだら元も子もねぇからな」

「…………。分かったわ……」


 ロニとジャディに言われて、振り返る。

 このままこうしていても、ライズとセレーナの事を調べる事は出来ない。

 レベル上げも必要だ。

 ライズが抜けた以上、回復薬を買うお金も貯めねばならない。

 なんという遠回り。


(それにしてもジャディもゲームと少し性格が違くない? 弱腰すぎでしょ。HPがゼロになったら、泉議会室ドル・アトルの泉で復活するんだし……まあ、それでもフェニックスをテイムして移動手段にするまでは徒歩だし、かったるいもんね)


 そんな事を考えながら、洞窟を出る。

 途端に、ジャディが「じゃあな」と言い放つ。

 え、と優衣が顔をあげると、ジャディは一人で先へ行く。

 なにかがおかしい。


「え、ちょ、ちょっとジャディ!? どこ行くの!?」

「あ? 抜けるに決まってるだろ。義理は十分果たしたしな。つき合ってらんねぇぜ、お前みてぇな考えなしに」

「はぁ!? ま、待ってよ! なんで!? 私ちゃんと色々考えて……」

「俺はまだ死にたくないんでね。……後ろの騎士様たちも、身の振り方は考えておいた方がいいぜ」

「な、なによそれ! 失礼な事言わないで! 二人は私を守るために、 八大主町エークルーズの長たちが用意してくれた味方なんだから……」

「あばよ」

「ちょ、ちょっとお!」


 これ以上、話していられない。

 そんな風に言わんばかりの表情を最後に、ジャディはパーティーを離脱して消えた。

 一応犯罪者ではあるものの、「勇者に協力すれば牢から出す」と言ったのは優衣だ。

 そして、ジャディは勇者への好感度次第で引き続きパーティーに残る。

 好感度が低ければ、手土産を持って彼の所へ通い、再度誘い直す。

 だが、その好感度次第でパーティーに残るか、離脱するかのイベントはもっと先だったはず……。


(な、なんで!? 加入が早かったから!? こんなの、ゲームでは……)


 頭を抱えた。

 また、ゲームと違う。


「勇者様……一度 八大主町エークルーズの長のお一人に会いに行きませんか?」

「え? な、なんで?」

「三人だけでは……魔王を倒す旅は難しいかと。援助を頼みましょう。……回復役は、急務かと思います」

「…………、……う、うん、そ、そうね……分かったわ」


 おかしい。

 こんなイベントはなかった。


(なにかが狂ってる。でもなにが、どこからおかしいのか分からない……。ロニとサカズキの好感度も、全然上がらないし……なんで?)

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