後編 どクズ令嬢の思うがままに アフターストーリー

 

 ごきげんよう。自他共に悪役令嬢のマインです。

 趣味は人の嫌がることをする。好きな物はお金と絶望した人間の顔、惨めな姿です。


 さて、私はいつもと同じ流れでクロ王子の側近から怪しいお金の流れがする貴族の所へ潜入捜査している。

 ここ最近になって羽振りがいいと風の噂で耳にしていたので、期待して近づいたまでは良かった。


「これは予想外ね」


 眼前に広がるのは大量の木箱。その中身は国で使用が禁止されている植物の種だった。

 この植物の種は一手間加えて火で炙ると極楽浄土を手軽に味わえるとっても危険なお薬。所持・使用がバレれば国家転覆罪で裁判飛ばして斬首刑。


「数十……百……千まではいかないか」


 地下室にあるこの木箱が全て本物であればそれはもう大犯罪だ。流通させれば国力を削れる。

 仮に全てを売り捌けば国家予算の何割になるだろうか。少なくとも私が暗躍して稼いだ金額よりは高い。

 尤も、私が欲しいのはお金や宝石の類であってこんな危険物は手を出したくない。

 流儀に反する。あくまで直接手は汚さない。暴力では屈させない。


「さて、どうしようかしら」


 羽振りのいい貴族に接触。税金のかかりにくい流通ルートや騎士達がこっそりマークしている詐欺師紛いの商人の情報を対価に擦り寄った。

 私はてっきり脱税や他の貴族を貶めるための偽装工作でもしているのかと思ったら、とびっきりの魚が釣れた。

 魚が大き過ぎて捌けない。一個人の情報屋や未成年のご令嬢如きに何をさせるつもりだろう。


「おや、こちらにいらしたのですか?」


 声がした方を向くと、切れ長で吊り上がった目をした長髪の細身の男性がいた。

 名前はディーノ。この木箱の所有者だ。


「えぇ。ディーノ様のお力の源が知りたくって」


 これで弱味を握りましたよ〜と意味深な笑みを浮かべておく。内心は心臓がバクバクしてます。


「ここにあるのはほんの一部です。港に難破していた貨物船には感謝ですよ」


 ふむ。先月の嵐で少なくない被害があちこちに出たのは知っている。国内でも商人達の船が港から流されたという情報もあった。

 それなら国内にはない危険物を積んだ船が流れ着いてもおかしくないか。船員達はいたのだろうか。いや、いても口封じされて海の底かもしれない。


「それは幸運でしたね。神からの贈り物かもしれないですわ」

「……しがない田舎貴族ですから。これで老後や子孫も安泰ですよ」


 この男、どこまで手広くやるつもりだ? そんな長期間に渡って流してたら気づかれるに決まってるでしょうに。

 私の知り合いの悪徳商人でもこの規模は取り扱わない。精々、混ぜ物するとか買い占めと転売くらいよ。それも犯罪だけど。


「ですが見込みはありますの? コレ、相応の危険を冒さないと金にはなりませんわよ」


 宝の持ち腐れ。王族から要警戒されてる物を仲介したい商人なんてひとつまみ。それでもこの量は無謀過ぎる。かといってディーノ自身が売り捌けば足がついて即断頭台行きだ。


「闇ギルドにちょっとしたコネがあってね。初期投資こそかかれど安定さえすれば取り返せる。試験的な他国への販売も上々だ」


 うわー。お手上げ。

 闇ギルドなんて無法集団が出てきたらおしまい。お金さえあれば汚いことも頼めるけど、そのお金が並みの貴族でも破産できるほど高額。

 それを可能にして実験してるだけでこの男の本気度が高いことがわかる。背水の陣でやっているのだ。

 私は殺しや暗殺のプロ相手には勝てない。そもそも勝負する気がない。彼らは結果とお金だけあればいいし、そのために死んでも構わないと思ってる。

 私はお金と屈辱の顔を見たいが、死にたくないし自分が苦しくなるのは御免だ。スリルある過程も好きだから。


「そこでマイン様。貴女には王族側の動きと情報を流すスパイになって欲しい。見返りは充分に用意しよう」


 笑ってない顔で微笑みかけてくるディーノ。

 これは予想通りだ。いつもならこのまま協力者のフリをして持ち上げたところを落とす。

 だけど、


「それはとても魅力的ですが、こちらの商品達はどちらで流通なさるのでしょう。私へのご依頼で王の目が気になるということは……内側ですわよね?」

「勿論だとも。闇ギルドも私も詳しいのは国内だ。本格的に動くならそちらの方がやりやすいだろう?」


 ほーん。つまり薬害に遭うのは自国民で、家柄が大事で迂闊に手を出せない貴族よりも平民達が対象になるわけよね。とりわけその中でも非行や犯罪に走りやすい身寄りのない若者が格好の餌食になる。

 薬で国の機能が麻痺してくれば近隣諸国からの信用は駄々下がり。貨幣価値が失われて隠し財産もただの紙の束になると。


「でしたらお断りいたしましょうかしら」


 孤児院の子達が被害に遭うのは許せない。彼等は数少ない正々堂々と見下せる人材達だ。策略も謀略も必要ない、食糧とおもちゃさえ与えれば私に感謝し跪く。中には恩返しのために無給でもいいから仕えたいと言ってくれる。

 お金はそのために必要なのだ。悪役令嬢とはいえ、与えられる金額には限界がある。それでも他人の上に立って縋り付いてくる姿を見るために自分で貯めてきたの。いずれは私に絶対服従の手足になってくれる組織の運営の礎にするために。

 それを台無しにする? 馬っ鹿じゃない! そんな勿体ないことするわけないでしょ! あと偉そうなのが気にくわない。実家の爵位は私の方が上でしょうに。小娘だからって甘く見てるとパパやママに言いつけてやる!


「ご自分の立場を理解されていますか? この木箱を見て断ればどうなるかお分りでしょう」

「口封じでもなさるの? それは困るわ。私は定期的にクロ王子と懇意にされている方々とお茶会をするし、側近の騎士達と交流もするのよ。それが途切れたら不審に思って足取りを追うでしょうね。困るのはお互い様では?」


 ほら。私にここが見つかった時点で詰んでるんだよ。さっさと観念して大人しく私を見逃して!


「この辺りは山賊や強盗の被害が多くてですね。領主の懐が寂しいせいでしょう。夜道はおススメできないのです。不慮の事故もあるかもしれない」

「隠蔽する気満々ですか」

「小娘如きに潰されたくないのでな。大人しく従えば命と金の保障はするのだ。……見た目も悪くはない。第三夫人くらいなら考えてやるぞ」


 はぁ? どこまで頭が能天気なの。私を補欠の控えに娶るですって?

 脅迫と色目を使ってクロ王子に近づいて格上貴族令嬢を地面に這いつくばらせた、この私を? 田舎貴族の妻に?


「ご生憎とまだしばらくは結婚する気は無いのでお断りよ。そもそも第一夫人どころか恋人の影すら一度もない童貞なんて誰が相手にするもんですか!」

「き、貴様ぁ!! 言ってはならないことを!!」


 事前情報を舐めんなよ! 無実の妻子がいたならもっと慎重に時間かけて潜入したわ。

 おたくのセキュリティはガバガバなのよ。木箱の中身の販売とか闇ギルドのおかげでしょ? 貴方はそのお金で豪遊なんてするからバレたのよ。

 指摘してやりたいことは山程あるが、ディーノは顔を真っ赤にして怒り狂ってる。目は細過ぎてわかりにくいけどね。


「こちらには殺しのプロがいるんだ。……出てこい! 金は積んでやるぞ」


 不用心に近づいてくれれば急所を狙ってやったのに、どうやら小心者は自分の手を汚したくないみたい。

 荒事に巻き込まれても大丈夫なようにクロ王子の側近から護身術は教わったけど、本職相手には勝てないわよ!!

 ディーノの呼びかけに応じて数人の影が現れる。今までどこにいたかも気づかないくらいに気配の薄かった連中が今はとても恐ろしい。

 兎に角、抵抗できるだけやって派手に死んでこの場所に証拠を残してやる! 地獄に行く道連れにしてあげるんだから!


「さぁ、やれ!」


 猿山大将の合図で黒いフードの影達との距離が縮まる。

 初めてクロ王子を脅迫したこと、孤児院への寄付、泣いたり喚いたり怒り狂ったり絶望して頭がおかしくなった捕まってる連中の顔、煌びやかな宝石やずっしり重い札束の麻袋が次々と頭に浮かんでは消える。これが走馬灯。笑顔の私が沢山いて素晴らしい。


「ご安心をマイン」


 ゼロ距離まで接近したフードの人物が耳元で告げた言葉で我に返った。

 他の暗殺者達も軒並み停止している。


「私達は貴女の味方です」


 そう言ってフードを脱いだのは、とても見覚えのある女性だった。

 サラさん。クロ王子の意中の女性で前の事件の被害者で最近は私とよくお茶会をする人物。


「何をしている! そいつを早く殺せ!!」


 ポカーンとしている私。状況が理解できない。

 他のフード達も薄っすら覗かせてる顔は見覚えある人ばかり。

 王子の側近の騎士達に私がよく利用する情報屋の弟子くん。…………うちの若いメイドまでいるんですけど。

 全員、人並み外れた動きしてましたわよね? それが私の味方。私達……?


「逆賊ディーノ。お前を国家反逆罪、マイン様の殺害未遂等の罪で逮捕する!!」


 そう宣言しながらサラさん達は国旗の紋様が刻み込まれた剣を抜く。

 あれ、国に仕える騎士の証じゃないですか。いやだー。


「き、騎士だとぅ⁉︎」


 わたわたするディーノは抵抗虚しく即お縄についた。武の腕前はからっきしだったようです。

 芋虫姿でぶつぶつ呟きながら引きづられていく姿はとても爽快。石でも投げつければもっと楽しいのでしょうけど。

 連行した人とサラさん以外の騎士達は木箱の中身が全部植物の種なのか、具体的に何箱あるかの確認作業に入ったので、私は大人しく地下室の端にある木の椅子に腰掛けました。


「お怪我はありませんでしたかマイン様」

「えぇ。おかげ様で無傷です。助けてくださってありがとうございました」

「いえ。これも任務ですので」


 恭しく頭を下げたサラさん。

 いつも目にする奥ゆかしい表情とは打って変わって真面目な、仕事に徹するプロの顔だった。


「イマイチ事情が呑み込めないのですけど、ディーノが雇っていた闇ギルドの暗殺者はいなかったのですか?」

「彼等は外で別動隊が押さえてます。ここで雇われていたのは闇ギルドの下っ端ばかりですから。ディーノ自身は部下の顔すら把握できていなかったので、このフードだけで誤魔化せました」


 ホッ。これで私の暗殺については心配しなくていい。

 騎士達に保護された上に依頼主が捕まれば報酬の有無が関係なくなる。契約無効だ。


「驚きでしたわ。サラさんが騎士だったなんて」

「私は諜報・暗部の担当ですから。そう簡単に正体は明かせません」


 騙していてすいませんでした、と謝られても責められない。素性や所属を隠すのは潜入の基本だし、私だってそうしてきたのだから。

 はて? だとしたら彼女は王子の…………っ⁉︎


「サラさんは王子の恋人ではないのですか⁉︎」

「はい。私は見た目だけは良いので王子用の女避けをしていました。付き合うフリはしていましたが、上司と部下です」


 なんてことだ。すっかり騙されてしまった。

 甘い声でエゲツない手腕の王子が恋なんてするんだと感心したのに……。私には花嫁募集中だって言っていたのに……。


「うわー、びっくり。人生で最大級の衝撃でしたわよ」

「いつもは騙したり驚かしたりする側ですからねマイン様は」


 そうそう。いつもは依頼を受けて犯人を騙したり、油断させたりして一気に落としてます。そして報酬を受け取って次の任務へ。


「……………………………………………


 サラさんを使って私を騙して潜入させる。

 あたかも恋人であるかのようにサラさんを紹介してきた。

 いつも労いの言葉と次の任務を直接言いにくる。

 今回の依頼も私に持ちかけたのは誰だ?

 騎士であることを偽らせて我が家のメイドに潜り込ませたのは?

 使用人を雇う以上はパパやママは素性調査をしっかりするのに騎士がいた?

 孤児院に行く時の付き添いはあのメイドだったわよね?

 隠し部屋と金庫の設計士を紹介してくれたのは弟子くんがいる情報屋の親父さんよね?


「嘘よ。……いいえ、私は完璧……痕跡なんてないんだから」


 次々と浮かび上がる疑問点が線で繋がっていく。

 目を背けたい事実が浮き彫りに。

 冷や汗が止まらないし、体が震えてきた。

 ひゅーひゅーと口から息が漏れる。

 鏡を見たら顔色は真っ青でしょう。血の気が引いていくのが自分でもわかります。


。今回は大手柄じゃないか!」


 幻聴だと信じ込みたい声が。

 この場所にいて欲しくない声の主が。


「闇ギルドと小競り合いしているうちにこの場所を見つけてくれたんだからね。下っ端の暴走とはいえ、これで闇ギルド相手に強気な交渉ができるよ」


 声のトーンがいつもより高い。

 心の底から嬉しそうだ。

 だけど、私にはそれが悪魔の嘲笑にしか聞こえない。


「これは国を救ったに等しい功績だ。流石に勲章を授与させないのは王になる者として失格だ。城下に戻ったら盛大な式典をしよう」


 私の罪を数えよう。

 うん、普通に牢獄行きだ。

 バレてるなら詰みだ。


「今までの積み重ねもある。それにマイン、君には大きな貸しかくしごとが俺にあるよね?」


 どこまで? どこまで掴まれてる?

 逆に知られていない秘密なんてあるのか?

 この私に今まで気づかれなかったのよ?


「そろそろお互いに身を固めた方がいいと思うんだけど、どうかな?」


 いつからだ。いつから仕組まれていた。

 私一人のためにどれだけ手間をかけた。

 きっかけなんてない。だって私はそんなつもりなんてなかったのに。


「マイン。俺と結婚してくれないか?」


 放心状態に近い、思考力も判断力も極限に落ちた私。

 周囲には彼の忠実な部下。

 個人的な味方は全て偽物だった。

 あらゆる角度から杭を打たれた。


 顔を上げると愉悦に浸って恍惚な顔。魔性の笑み。人を食い物にする悪魔とは彼のことではないのでしょうか。

 こんな顔をする人じゃなかった。あの日、私が扉を開けたのか? この恐ろしい才能を?


「指輪はもう準備してあるんだ」




















 結論。私は人並み以上の幸せを手に入れた。

 孤児院建設のノウハウも、忠実な部下の育成もスムーズになりました。

 嫉妬してくる貴族が多数いても平気へっちゃらです。逆に利用してあげました。


 悪役令嬢としてこれ以上ない展開でしょう。

 次の目標も見えました。この私の膝枕で寝ている諸悪の根源の弱みを再び握るのです。

 私こそが上だと認識させる。泣いて土下座させる。他国を黙らせて証明してやる。

 結婚初夜に言われたあの言葉を言い返す。




『ざまぁないね』と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どクズ令嬢の思うがままに 天笠すいとん @re_kapi-bara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ