第48話 ラミア狭路にて
トレンの森の北端に近い木の上。そこで30分くらい待機してる。
さっきセントリーナ軍の本隊にいる、念話担当の魔導師から連絡があった。
なんでも街道を西のほうに進んでた敵軍から、ウエアウルフで構成される部隊が分かれて、こっちのほうに移動しはじめたんだって。
【みんな! ウエアウルフ部隊がこっちに向かってるそうだ。来てるのは狼人の変異部隊だから、戦闘力はむちゃくちゃ高いけど木には登れない。これは朗報だぞ! 俺たちが木の上で待機してるのはバレてない!!】
念話は術者ごとに周波数のようなものが違っているため、あらかじめ指定した相手以外が盗聴することはできない。
だから俺が送った念話は、俺のパーティーメンバー(各班長)にだけ伝わってる。
念話はパーティー内のみ有効……だからメンバー以外に送りたければ『パーティー仮登録』をしなければならないのが面倒だけどね。
今回は1班には俺、2班にはセリーヌとイメルダ、3班にはリアナがいるから、念話だけで全体をコントロールできるってわけ。
「春都。第2班につけたセリーヌとイメルダの二人は問題ないけど、第3班にリアナ一人というのは不安な気がする」
俺の背中にくっつくようにして待機してるヒナが、めずらしく心配そうな声で聞いてきた。いま俺が懸念してた事を代弁してくれたよ。
「第3班は後方支援担当だから、第2班が敵を食い止めてるかぎりは大丈夫だと思う。それに……万が一にリアナが襲われて死んでも、天界の隔離空間に戻されるだけだから心配しないでいいんじゃね?」
「春都、鬼畜」
いや、召喚獣扱いのリアナなんだから、そんなもんじゃないかと。
「リアナが死んだら、3班は班長不在になる」
「あ、それは大丈夫。3班の副班長には、A級魔導師のアンリーナさんになってもらってるから。彼女は、うちのパーティーに仮登録してるし。ばっちし念話が届くから、リアナがいなくてもノープロブレムね」
なぜか外国人口調な俺。
自分でも驚いたけど、これって、なんかをごまかす時に出る口調みたい。
やっぱ無意識的には、自分が鬼畜なの自覚してるかも……。
「それより広域探査の魔法玉、もう使ってる?」
「当然」
「なら安心だな。俺の精密探査スキルじゃ、いまいち探査範囲が狭いもんな」
俺の精密探査スキルは、いまレベル7。
探査半径は、だいたい2キロメートルくらいってとこ。
これに対して、ヒナの広域探査魔法玉は半径5キロの性能がある。
突進してくる敵軍に対し、3キロものアドバンテージは得難いメリットなんだ。
「敵の先陣、真北方向5キロ範囲に入った」
さっそく成果が出た。
すぐ各班に対して念話で命令をおくる。
【俺直属の第1班はそのまま樹上で待機、敵をやり過ごす。第2班は、敵が第1班のいる場所に近づいたら、遠隔攻撃を開始しろ。第2班の指揮はセリーヌに任せる。第3班は、第2班の防御支援に徹してくれ。第3班の指揮は……えーと、プラナ冒険者ギルド所属のA級魔導師アンリーナに任せる】
第1班だけは、ヒナが俺の念話を、【ささやきの魔法玉】で他の冒険者たちに再送している。なるべく声を立てないよう配慮した結果だけど、この魔法は耳がくすぐったいみたいで、とくに女の冒険者には不評らしい。
すぐにリアナからの念話がとどく。
【ちょっとー。第3班の班長はあたしだよー?】
わざとアンリーナに任せたんだけど、ここで説得するのも面倒くさい。
【リアナには特別に、全班に対し神威スキルでカバーするよう言っただろ? それに専念してほしいんだよ。おまえしか出来ないんだから……】
【神威】は【女神の威光】のサブスキルで、一種の威圧スキルだ。
敵の戦意をくじき心を不安にさせる。
これを頼んだのは事実だけど、まあ行使したほうが戦いが楽になるって程度のものだから、どっちかというとリアナにいらんことをさせないための予防策ってほうが大きい。
【ふんふーん。そういうことなら任せて!】
ちょろい。
そうこうしてるうちに、敵の先陣が俺の探索スキル範囲に到達した。
低木と背の高い草がしげる不整地3キロを、ものの数分で踏破するとは……。
時速60キロくらい出てるんじゃねーの?
さすが強靭無双なウエアウルフ軍団だ。
と、感心してばかりはいられない。
神威スキルの【完全隠蔽6】に加えて、念のため【影隠密4】の魔法を第1班全体にかける。
これで攻撃を仕掛けないかぎり、こっちの所在がバレることはないはず。
あっという間に、ウエアウルフ軍団が殺到する。
ざっと見て500匹はいる。
もし力づくで阻止しようとすれば、人間主体の傭兵部隊、しかもC級冒険者以上の者を揃えても1000人は必要だろう。
でも、いま森にいる味方部隊は、総数で700名ほどしかいない。
主戦力はD級中心の冒険者だから、まともに戦えば全滅する恐れすらある戦力差……。
もちろん、マトモに戦うつもりなんかないけどね。
「ウエアウルフ軍団の後方から、兎人構成の騎竜隊200が接近中」
ヒナが、俺には見えない範囲にいる敵を教えてくれた。
「兎人の騎竜隊ってことは、魔法遊撃隊ってこと?」
兎人は体力がないため、魔法特化の獣人として有名らしい。
出撃前に『常識だが念のため』って、騎士団長の説明があったんだ。
俺は知らんかったけど……。
「うん。こっちの存在には気づいてないから、たぶん用心のためのサポート部隊だと思う。兎人は物理攻撃はダメだけど、魔法攻撃はけっこう強い」
「森に入られると面倒だな……よし、予定を早めて分断する」
そう言うと俺は、これまでリアナ以外封印してきた禁断のスキル――【眷属召喚】を唱えた。
「魔樹軍、召喚! 敵の兎人騎竜隊を完全阻止しろ!!」
凄まじい魔力量が体から抜け出ていく。
たちまち北にある森との境界線にそって、300匹の魔樹が出現した。
この魔樹、昨日の夜にあわただしく各地を駆けめぐってティムしてきた魔獣のひとつだ。ほら、公都地下のダンジョン4階層に森を作ってた魔物、あれをティムしてきたの。
魔樹の森は一度焼き払ったけど、12時間で完全再生するって教えられてたから、さっそく利用させてもらったんだ。
いきなり現われた巨大な魔樹たちに、兎人騎竜隊が驚いて急停止する。
なにせ高さ20メートル以上もある、うごめく樹木の壁だ。倒さないかぎり、通りぬけることさえできない。
しかし兎人たちも戦い慣れているのか、すぐに火炎魔法を放ちはじめた。
だが……。
魔樹にはもれなくバケモノ蜘蛛――マーダースパイダーが巣食ってる。
せっかくの火炎魔法も、縦横に張り巡らされた蜘蛛の巣にはばまれ、魔樹本体には届かない。
「マーダースパイダー、目標を定めて個別撃破!」
マーダースパイダーは蜘蛛の巣を張るだけじゃなく、猛毒の牙での物理攻撃も得意だから、狙われたら弱防備の兎人騎竜隊なんかひとたまりもない。
もちろん魔樹も、枝を唸らせて兎人を叩き落とすか、猛毒の樹液を飛ばして攻撃する。
「きぃうー!」
兎人部隊が、甲高い悲鳴をあげて北方向へ逃げはじめた。
しかしマーダースパイダーの別名は『風蜘蛛』だ。
あたかも蜘蛛の巣をパラシュートのように使い、驚くほどの距離を風に乗って移動する。
しかも、速い!
あっという間に騎竜ごと兎人が捕まっていく。
【こちら第2班、ウエアウルフ部隊と接触。これより交戦に入る】
セリーヌの念話がとどく。
第1班の直下を素通りした敵の先陣部隊が、早くも第2班のいるトレンの丘と森の境目に到達したらしい。
【よし、予定通りだな。いま後方襲撃隊を送りこむから、少しのあいだだけ食い止めてくれ】
【了解。春都、任せろ!】
俺は念話を終えると、ふたたび眷属召喚スキルを行使する。
「敵部隊の正面、左右側面に土竜……グランドドラゴンを一匹ずつ配備。グランドドラゴンはその場を死守。火炎放射を許可するが、間違っても森を燃やすな!」
この土竜は、俺がこの世界に落ちてきた場所――迷いの森で確保してきた。
スタンピートの時は何が何だかわからんかったけど、今なら迷いの森の魔物程度は楽勝でティムできるんだ。
「甲殻赤熊部隊を土竜とのあいだに配置。熊部隊は出現後、ただちに敵のウエアウルフ部隊に突進。正面からなぎ倒せ。直上の木の枝にレッドキャップ隊を配置。レッドキャップ隊は弩弓で熊部隊を支援。土竜は壁となって敵部隊を阻止しろ」
口から命令が出ると同時に、第2班のいる場所の北方に各魔獣部隊が出現していく。
眷属召喚は特殊スキルのためレベルが存在しない。
だけどメインレベルに応じて、召喚数や召喚する種類が増えていく。
ちなみに現在のレベル158だと、総数1000匹がリミットで、召喚獣のレベルも70まではOKらしい。
まあ、英雄って呼ばれてるS級冒険者でもレベル70が限界らしいから、これでも充分なんだけどね。
ついでにだけど、『五大聖』クラス(剣聖/魔聖/闘聖/聖女/獣聖)はSS級でレベル90まで。そして勇者はレベル90から110まででSSS級……。
それに今は、すべての召喚獣を投入したわけじゃない。
きちんと予備戦力は確保してある。
【第1班。もし魔樹を突破してくる兎人部隊がいたら、確実にしとめてくれ。それから、北へ逃げようとするウエアウルフも殲滅してほしい。ただしトドメを刺すとき以外は、絶対に樹上から降りないように】
第1班は弓や投槍/投石/投げナイフなどの飛び道具を得意とする冒険者と、彼らを護衛する近接戦闘員とで構成されてる。
護衛役は近接戦闘員なので、木の下に降りないと戦えない。
だから我慢しきれなくなった冒険者が地上におりて戦う可能性が高いんだ。
そうなると、こちらにも被害がでる。
可能なら被害ゼロで終わらせたいから、冒険者の暴走だけは心配だ。
【手柄の分配は護衛役にも平等に行なうと言ってあるが……なにせ血の気が多い連中だからな】
念話してるセリーヌが、一番危うい。
声の感じから、もうウズウズしてるのがわかる。
【トドメを刺すのは近接戦闘員の役目だから、それで我慢するよう言ってくれ】
一兵たりとも逃さない。
ここで敵数を減らせば、戦場全体にも大きな影響を与えられるからだ。
冒険者で構成される傭兵部隊は、戦力的には予備扱いしかされていない。
そのため敵が迂回部隊を出してきた時のために、相討ち覚悟で阻止する役目を担わされた。当然、敵がこなければ無駄になる。
だけど、そんな常識なんか知ったこっちゃない~。
なんせ大規模戦闘も可能なMMORPGで、冒険者として何度も戦った経験があるんだ。
ただし指揮官の経験は一度もない。コミュ障には無理。
あくまで有象無象の一人として、じっと有能な指揮官たちの働きを見てた。
その経験を生かせば、現状なんてちょろい部類でしかなかった。
【敵主力の重装獣人部隊、ラミア狭路にてセントリーナ軍本隊と激突!】
【こちら公領騎士団本隊。敵主力より分離した象人軍団がこちらへ進撃中】
これは手持ちの通信魔道具――念話箱による部隊間通信だ。
出撃前、各部隊の隊長に貸与されたから、うちにも1台ある。
ただし背負い式で20キログラムくらいあるし、魔石の消費も激しいから、なかなか使いにくい。いまは横にいる、盾役の冒険者に持たせてる。
念話報告によれば、本隊と激突したのは、獅子人や熊人/虎人を主体とする重装歩兵部隊のようだ。重装歩兵部隊は正面から相手部隊を貫通する役目のため、長槍を装着した大型甲殻騎獣隊が付き従っている。
上空には、かならず飛竜爆撃隊と飛竜制空隊がいる。
おそらくラミア狭路の中心にあるラミア十字路付近では、陸と空の両方で激しい戦いが行なわれているはずだ。
北方街道にいる公領騎士団は機動力に優れてる。
いざとなれば街道を南下して主力部隊を側面から支援する予定だったが、さすがに敵もそれは許さなかったようだ。
騎士団の相手は象人部隊らしい。
象人部隊は、獣化すると本物の象と変わらない体形と大きさになる。
しかも元が獣人だけに、装甲化された防具を身に着けてる(防具は、獣化にあわせてサイズが可変するよう魔道具化されている)。
その状態で、両肩や前腕部に何本も取りつけた長槍を突き出して突進されたら、騎馬構成の騎士団といえども無事では済まないんだな、これが。
結果的に突進を食い止めるんじゃなく、左右に動いて攻撃を避けることになる。
でもそうすると、騎士団最大の武器である集団高速機動ができない。
足の速さを生かせない騎士団なんて、半分無力化されたも同然だ。
「この状況で、もしウエアウルフ部隊が本隊後方に廻りこんでたら、ちょっとヤバかったかもな」
もっぱら戦闘は召喚獣と各班の冒険者に任せているため、俺とヒナはけっこうヒマだ。そこで戦場全体の流れをまとめて考えることにした。
「もし味方の本隊後方に廻りこまれたら、ムーランの本陣から後詰めの部隊が出てくるはず。そうなれば挟撃されるのはウエアウルフ部隊のほう」
こういった時の状況判断は、天界のコンピュータともいえる【天界システム】を利用できるヒナのほうが適格だ。
「……ってことは、どのみちウェアウルフ隊って捨駒じゃん!」
「そういうこと。後方霍乱部隊は、状況が悪化すると全滅する恐れもある。それでも投入したのは、なんとしてもラミア狭路地帯を確保したかったんだと思う」
「たしかになー。あそこを奪取できれば、西のムーランだけじゃなく、北のセベス丘陵地帯の西麓、南にあるトレンの丘と森、下手するとメラ男爵領にいたる街道まで抑えることができるもんなー」
「辺境伯爵領を制圧するためには、どうしても公都ゴートムを制圧しないとダメ。そのためには要衝のムーランを制圧して、辺境伯爵領の東半分を勢力下に入れる必要がある」
「つまり今回の侵攻は、これまでみたいな小競合いじゃなくて、本気で辺境伯爵領を取るつもりだってこと?」
「敵軍の行動を見るかぎり、そう……。でも、いまのクラウゼント獣人王国の戦力では、恒久的に辺境伯爵領を占領するのは無理。東半分だけを確保し続けるのも、獣人国の北西部から侵攻してくる魔王国軍のことを考えると、ちょっと無謀だと思う」
「だよねー。無理を承知で、いま侵略する意味がわかんないよな?」
「国が滅んでも辺境伯爵領を奪取するつもりなら……でもそれは、本当に亡国の策。となれば、なにか裏があるはず」
うーん。
かつて大日本帝国軍は、敗北覚悟で太平洋戦争を仕掛けたって中学のときに教わった。
だから獣人王国も、『もしかしてワンチャンあるかも』って、一縷の望みをいだいて戦争を仕掛けた可能性はあるけど……やっぱ常識的に考えるとムチャだよねー。
【召喚した熊部隊の損耗25パーセント。対するウエアウルフ部隊は50パーセント強が戦闘不能。残敵掃討の許可を願う】
セリーヌが、もうたまらんとばかりに、近接攻撃部隊の突入を嘆願してきた。
ちなみに【パーセント】って言葉、便利だからうちのパーティーでは常用してる。
【もうちょい待ってくれ。第3班、残敵にむけて全力で遠隔および範囲魔法を叩き込んでくれ。第2班の残敵掃討は、それが終わってからなら許可する】
MP残量の関係から、大魔力を必要とする大規模攻撃魔法は、これまで控えるように命じてあった。
それを許可した以上、もう短期決戦だ。
「んーと。それじゃ俺も……猫ころがし6!」
ここは追尾機能のある【天の裁き3】でもいいんだけど、これを使うと敵兵は塵も残さず燃えつきちゃう。
あまりにもオーバースペックのため、へたに使うと味方軍の偉い人に目を付けられちゃう。だからここは、目だたない支援魔法の【猫ころがし】でごまかした。
それでもレベル6の【猫ころがし】は、ウエアウルフ軍団の残党全員を同時にすっころばせることができる。さすが腐っても神威魔法だ。いや、腐ってないけど。
地面に転がったウエアウルフ兵にむけて、雨アラレと矢が注がれる。だけど強靭な毛皮を身にまとうウエアウルフには、致命傷を与えることができない。
そこで範囲魔法や魔法防御・魔法玉を使って、敵の動きを奪うことにした。
雷撃や炎撃、氷撃などを受け、次第にウエアウルフの数が減っていく。
「うおおおお――っ!!!」
ついに……。
木の上に待機していた近接戦闘担当の冒険者たちが、手に手にバスタードソードやバトルアックス、その他の武器を抱えたまま飛び降りた。
あら、先頭になって落ちてく銀色の甲胄姿って、もしかしてセリーヌ?
あの甲胄、たしか公領騎士団の公式武具のはずだけど、いつ着替えた?
それよか……退団した身なのに使っていいのかなー。
まあ、見なかったことにしよう。
というわけで……。
全体の戦況はともかく。
俺たちの担当部門は、召喚魔獣を除くと、なんと被害ゼロという快挙で戦闘を終了したのだった。
確保した捕虜は、ウエアウルフ122名。兎人86名。
これは負傷者も含む数だから、捕虜にならなかった数はすべて戦死者だ。
その後、本隊司令部に対して、北上しつつ主力の側面支援をしてもいいかと申し出たけど、心配無用って一言で断られた。
どうやら傭兵部隊ごときに本隊が支援されては沽券に関わるらしい。
しかたなく俺たちは、トレンの丘と森を確保しつつ、本日の戦闘が終了するのを待つしかなかった。
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