第47話 いのち大事に?
傭兵部隊として徴募された冒険者たちは、すべて公都プラナの伯爵邸前広場に集められた。そして短い出陣式が終ると、そのまま転移魔方陣に入るように言われた。
いちおう俺は、『ラナリア傭兵隊』の隊長ってことになってる。
だから自分だけ長距離転移するわけにもいかず、おっかなびっくり他人任せの魔方陣に入ることにした。
「はいはい! 全員は一度に送れないから、班分けした順に転移陣に入って!!」
セリーヌのよく通る声が広場に響いている。
俺とヒナは第1班、リアナとイメルダは第2班。
そしてセリーヌは第3班の責任者を兼ねながら、傭兵隊全体の現場指揮官も務めることになっている。
現場指揮官は隊長の役目だろう……って?
セリーヌは元アナベル守備長だから、俺より指揮官にむいてる。
だから副隊長扱いで現場指揮官になってもらったんだ。
「春都……私がいなくて大丈夫か?」
班ごとの転移なので、一緒に行けないセリーヌが心配してる。
たかだか違う班になっただけなのに心配しすぎ。
おまえは俺のかあちゃんか!
ところで……。
セリーヌが俺の名前を呼び捨てにしはじめたのは、騎士団を辞めてからだ。
どうやら気持ちを入れ変えて、積極的に冒険者になろうと努力してるらしい。
その流れで呼び捨てにしてるって説明されたけど……ホントにそれだけ?
「護衛ならヒナがいるから大丈夫だよ。それに第1班は、俺が【例の秘策】を実行してるあいだ専守防衛してくれるよう頼んであるから、他の班よりずっと安全って思うぞ」
「うむ……確かにそうだが。戦場では予想もつかぬ事が起こるから……」
「傭兵隊のみなさーん! はやく転移してください!! 他の部隊よりかなり遅れてますよー!!」
遠くから公領騎士団第1騎馬隊の女騎士が、白馬にまたがって伝達事項を伝えに来た。
今回、公領騎士団の指揮官は伯爵が務めてる。
セントリーナ軍の主力部隊は、ダリアス辺境伯爵の長男――リレベル・バード・ダリアスが着任した。
ほんとはダリアス辺境伯爵が先頭に立ちたかったみたいだけど、さすがにムーランの本陣を守れと国王陛下からのお達しがあったみたい。
「あ、メイ! すまん、すぐに送りだす!」
女騎士のメイは、セリーヌにとって旧知の間柄らしい。
仲のいい友達に声をかける感じが、どことなく微笑ましい。
「ほら、春都! 余所様の迷惑になるから、さっさと行ってくれ」
「わかったよ。でも、魔方陣がなあ~」
「第1班、転移させます!」
王国魔導院に所属している高位魔導師の一人が、俺を見ながら声をかける。
彼の部下100名が、ぐるりと魔方陣を囲んで詠唱をはじめた。
――ブオォォォーン!
案の定……。
上下の感覚がなくなるような、神経失調が襲いかかった。
「うぷっ……」
転移直後、乗物酔いを10倍くらい酷くした吐き気が襲ってきた。
予想はしてたけど……。
セントリーナ王国が用意した大規模長距離転移用の魔方陣は、お世辞にも上等な代物じゃなかった。
「春都、はやく状態異常を回復して」
ヒナの声に、ハッと気づく。
なんだ、前もって大回復の魔法か究極整体スキルを使っとけば良かったのか……。
他の第1班のみんなは、平気そうな顔をしてる。
なのに俺だけゲロゲロだと、示しがつかない。
だから、こっそり大回復魔法で復活。
回るようになった頭で検証してみた。
俺の転移魔法は、どっちかといえば空間を歪曲して二点間を接合(時空ゲート方式)なんだけど、王国の魔方陣はムチャというかデタラメというか……。
なんと100名もの魔導師が力まかせに亜空間を作り、そこに乗員を収納。亜空間ごと超音速で移動させ、目的地で亜空間を解放する方式なんだ。
これは厳密にいうと移動魔法であって転移魔法じゃない。
だけど亜空間内の時間が止まってるため、運ばれる者にとっては一瞬で到着したように感じられる。
実際には超音速で移動したぶんだけ外部の時間は経過してるけど、おおよそマッハ20くらいは出てるみたいだから、この世界では『一瞬』と同じ感覚なんだろうな。
でも時間が停止してようが、急激な加減速という物理現象は亜空間内部にも影響をあたえる。
そのため到着後、すべての負荷が肉体にかかり、自律神経を盛大に混乱させる。
その結果、猛烈な吐き気に襲われるって仕組みらしい。
他の冒険者がけろりとしてるのは、おそらく事前に回復系の魔法や薬を用いていたからだろう。知らぬは俺ばかりだったわけだ。
「おいおい隊長殿、大丈夫か?」
はっと気づくと肩に無骨な手があてられてた。
知った顔が笑っている。
「レグルスさん……それにエトラさんとルキュラスさん、参加してたんだ!」
そこにいたのは、公都の地下ダンジョンで出会った冒険者レグルスと、パーティー仲間の二人だった。
あわてて回復したけど、やっぱ隠しきれなかったのねー。
「けっこうな前金もらえたからな。それにお前が隊長って聞いて、もしかすると優遇してもらえるかもって打算もあったし。だけどよー、勲功爵ってだけでも驚きなのに、今度は傭兵隊の隊長って、どんだけ出世するつもりだよ!」
「いや、好きでなったんじゃないけど……」
「なら、よけいに気をつけることだな。冒険者の中には、お前の出世を妬んでるアホもいるぞ。まあ、今回の出陣には参加してないと思うけどな」
「春都。全員を広場に集合させたぞ」
遠くで作業していたセリーヌが、軽装鎧姿で走ってきた。
「みんなが待ってる。はやく集合場所へ」
「あっと、そうだな。敵が来る前に、簡単な説明をしとかないと」
俺の秘策は、タイミングが重要になってくる。
そのため第1班は、策を実行するまでは徹底した隠密行動をしなきゃならない。
反対に第2班は、陽動と第1班の所在を隠蔽するため派手に動く。
第3班は、2班に敵の目が集中したころあいを見て、遠距離攻撃で支援する。
これさえ完璧にできれば、もう成功したも同然だ。
見通しの効かない森の中では、たとえ獣人部隊の大軍でも翻弄できる。
そしてトドメとして、俺が率いる第1班が、敵の背後から秘策を仕掛ける。
それで一網打尽……。
俺たち傭兵隊の役目は、敵の殲滅じゃなく牽制だ。
敵部隊が森の迂回路を進撃すれば全滅の危機にさらされると、身を持って知ってもらうために布陣してる。
迂回路を封じられた敵は、馬鹿正直に全軍がラミア狭路を突き進むしかなくなる。
その結果、セントリーナ軍の本隊とぶつかるか、北の街道にいる公領騎士団と戦うしかなくなる。
ただし、公領騎士団本隊と戦うのは愚策の極みだ。
これはセリーヌから聞いた話の受け売りだけど……。
騎馬による高速機動が可能な騎士団に対抗できるのは、獣人軍の狼人が獣化した突撃隊と、蜥蜴人があやつる騎竜隊のみらしい。
蜥蜴人は身体増強のスキルを豊富に持っていて、その中でも速度強化に優れている。
これを騎竜と自身にかければ速度が倍加するため、他の騎竜隊にはマネのできない高速戦闘が可能だ。
それでも相手が公領騎士団だと、こちらも高速攻撃系の魔法に長けているため、せっかくのメリットが相殺されてしまう……。
だから、もし公領騎士団を撃破したいのなら、まず最初に兎人魔法部隊による遠隔攻撃で混乱させ、つぎに凄まじい近接戦闘能力をもつ虎人や獅子人/熊人による、重装甲を生かした突撃戦を実行する。これしか方法はないそうだ。
その他の部隊で攻撃すれば、包囲殲滅されるのは獣人国軍のほうだ。
過去に起こった戦いでは、いずれも高速機動する騎士団を攻めあぐねた結果、不用意にセントリーナ軍本隊の接近を許し、鈍速だが重装甲化された歩兵部隊(大型甲殻獣を含む)によって包囲殲滅されて負けたらしい。
だから今回、敵軍がトレンの森と丘のあいだの隘路を迂回すると判断したのも、北にいる騎士団からできるだけ遠かるかたちで、なおかつセントリーナ軍本隊の背後を突くという戦術的な判断からだって。
「……というわけで、迂回してくる敵軍のあらかたが森に入ったら、俺が秘策を仕掛ける。その時点で全員、木の上に退避してないとダメだ。木の上から遠距離攻撃するのはいいけど、間違っても俺の秘策には当てないこと。間違いなく反撃食らうから。みんな、命を大事にしつつ戦ってほしい」
訓辞は、コミュ障だった俺にはつらい。
いまは完治してるけど、どうしても大勢の前で話すのは疲れてしまうんだ。
だから最低限の指示だけ伝えて終わらせた。
ところで、いま言った【俺の秘策】には欠点がある。
攻撃を受けると敵味方関係なく反撃してしまうから、そばにいると危険なの。
まあ……あとは見てのお楽しみってことで。
「おおう!」
冒険者で編成された傭兵隊だけに、大金になりさえすれば素直に従ってくれる。
その点、今回は伯爵から出る褒賞金の他に、王国からも特別報酬がでることになってるから、合わせると結構な額になる。
めったにない稼ぎだから、そりゃ参加するよねー。
「それでは各班、指定の位置に移動せよ!」
最後はセリーヌの号令で、短いブリーフィングが終わった。
あとは森に身をひそめて、じっと敵軍が来るのを待つだけだ。
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