第46話 戦争の裏に策謀あり
ところ変わって、ここはクラウゼント獣人王国軍の本陣幕舎。
ランドサム辺境砦を占領したため、本陣も砦内に移動されている。
ただし戦闘を行なう部隊は、すでに要衝都市ムーランとの中間――『ラミア狭路』と呼ばれる要衝に達しようとしている。そのため前線司令部と本陣のあいだには、念話もしくは飛竜伝令による連絡網が結ばれていた。
「やはりラミア十字路を通らずに、ムーランへ至るのは無理か……」
獣人王国の第二王子、ガーゼス・バグル・クラウゼントが、魔法を付与された大地図の乗ったテーブルを見つめている。
いまいる場所は、占領したランドサム辺境砦の守備陣地にある大広間。
そこに移動式のテーブルを並べて軍議が行なわれている。
ガーゼスは、まだ若い虎人種の獣人だ。
いちおう侵攻軍の全権を任されている。
とはいえ、まだ一八歳の若造のため、補佐として上級軍務教導官のリピン・ワロナが付いている。だから実際には『御飾り司令官』でしかない。
神輿に担がれているのに気づいていないのはガーゼスのみ……。
ガーゼスは虎人種のため恵まれた巨体を持っている。
武技を用いた近接戦闘もそれなりに強い。
だから軍人を中心に人気は高いものの、頭の良さは第一王子のライナス・リエル・クラウゼントの足もとにも及ばなかった。
ライナス王子は、国王と名門リエル公爵家出身の正妃のあいだに生まれた子だ。
対するガーゼスは、国王がお遊びでバグル男爵家の娘をたぶらかし、子供ができた関係で第二王妃になった。そのためガーゼスも、いちおう王子扱いされている。
したがって第二王子の名とは裏腹に、王位継承は圧倒的に第一王子が有利な状況だ。
しかし第一王子の取り巻きは、宮中の高位文官……宰相や大臣が多く、地位的に低い軍人は蚊帳の外に置かれている。
そこで軍部はガーゼスを支持することになったが、いかんせん軍部は宮中での権力が小さい。このままでは、王位は第一王子に取られてしまう……。
そこで策をめぐらし、隣国において戦争の気運が高まり、獣人国へ侵攻してくるのも時間の問題とのニセ情報を宮中に蔓延させ、それを根拠に、強引に国王へ出兵を嘆願したのだ。
国内に攻め入られるより、こちらから相手国へ攻め込むほうが国としての被害は小さい。
しかも、これまで難攻不落だったランドサム辺境砦に対しても、軍部の研究により攻略可能なプランが見いだせた。
だから今がチャンス……。
これらはすべて、軍部がガーゼスの王位継承を優位にできないかとあがいた結果だ。
ガーゼス自身は直情的で深く考えない性質であり、策などめぐらす能力はない。
いまも呑気なもので、さも自分が全軍の指揮をつかさどっているかのように振る舞っている。
当然だが……。
さきほど発言した『ラミア十字路を通らずにムーランへ至るのは無理か?』という質問も、前もってガーゼス専属の連絡武官から、そう質問するよう言われていたからだ。
「セントリーナ軍は、戦場へ大軍を長距離転送する魔法技術を有しております。したがって、そう簡単にはムーランへ行かせてはくれません。我が国は過去100年間に26回の侵攻を行ないましたが、いずれもランドサムもしくはラミア狭路のあいだで撃退されております」
返事をしたのはリピン上級軍務官だ。
熊人特有の黒い唇の端には、かすかだが面倒くさそうな歪みが刻まれている。
ガーゼスの質問は、そもそも軍部が用意したものだ。
当然、実務の最高責任者であるリピンも承知の上のため返答も用意されている。
軍議に参加している者の中で、この茶番を知らないのは、軍務参謀とカカルス軍司祭くらいだ。
それでも、軍議は正式なものだ。
しっかり議事録が取られているため、あとで国王から審問されるようなことがあれば、この議事録が免罪符となる。そのため内容的には本物の軍議と変わらなかった。
「ううむ……こっちに集団遠隔転移の術がないのを見透かされてるな。馬鹿正直に急速進軍しても、迎撃に適した地点に一瞬で大軍を展開されれば、こっちの有利は消し飛んでしまう」
いかにも気の効いたようなガーゼスの口ぶりだが、これまた事前のレクチャーで教わったことだ。
ラミア狭路は過去、セントリーナ王国とクラウゼント獣人王国との戦争において、幾度も決戦場になった場所だ。
なぜならラミア狭路は、北と南を丘陵で挟まれたせまい平地のため、大軍が進撃するには、ここしか通り道がないからだ。
セントリーナ王国としても、この場所で獣人王国軍を食い止めることが、昔からの基本戦略となっている。
横からカカルス軍司祭が口をはさんだ。
「ガーゼス様? なんらかの打開策がおありなんでしょう?」
軍司祭は獣人王国特有の職だ。
はるか昔に獣人王国が建国された折り、初代国王の戦争指南を蜥蜴人種のシャーマンが務めて大勝利を得た。それからシャーマンが軍師扱いになり、名前が司祭に変わったあとも伝統として続いている。
蜥蜴人は魔物のリザードマンに似ている。
だが実際は、大昔にハイエルフ族から分化した亜人種だ。
ほかの獣人も、虎人と獅子人、熊人はハイドワーフ族から、狼人はハイヒューマン族から分化した亜人で、魔族や魔物から進化したわけではない。
これら五種の獣人を、獣人国では『五族』と呼んで特別扱いしている。
五族はいずれも特有の能力――メタモルフォーゼ(獣化)を特技としている。
一般的な亜人は獣化できない者が多いが、主要五族だけは先天的に獣化できるのだ。
獣化が獣人最大の特徴といわれるのも、ケモノタイプの魔物が『人化』しないのと差別化するためと言われている。当然、獣化できない亜人は劣等種として差別されているのが現状だ。
カカルス軍司祭の質問は事前の打ち合わせになかったため、ガーゼスはあわててリピン上級軍務官に視線を送った。
リピンが何事もなかったかのように口を開く。
「その質問は、私が教導官の立場として答えよう。我々も無為無策でやってきたわけではない。先陣となる狼人部隊には、数多くの魔獣使いがいる。使役する魔獣は、いずれも高速機動が得意な重装甲甲殻獣だ。まずこれを正面から突入させることで、敵の本陣を貫通する予定となっておる」
カカルス軍司祭が、すかさず反論した。
「わたくしめが受けた神託によれば、北街道にラナリア公領騎士団が、南にあるトレンの森と丘には、冒険者ギルドが手配した傭兵隊が転移してくるとのことです。どうやらセントリーナ軍は、これまでの戦い同様、ラミア狭路で我が軍を三方から包囲し、一気に決着をつけるつもりなのでしょう」
「包囲されるより前に敵本隊を突き抜ければ、俺たちの勝ちだな?」
ガーゼスが、またもや思いつきを口にした。
「いいえ。たとえ突き抜けても、敵の背後にはムーランにいる敵の本陣部隊が控えています。したがいまして、先鋒となる狼人部隊と甲殻獣は囮として用いるべきでしょう」
「先鋒とはいえ、主力部隊の一部ですぞ? それを囮にしてどうするというのです?」
ガーゼスに喋らせるとボロが出る。
そう感じたのか、ガーゼスが口を開くまえに、リピンが急いでカカルス軍司祭に答えた。
軍事に関しては、リピンのほうが専門家だ。
カカルスは、国王がお目付役として送りこんだスパイにすぎない。
国王も第一王子を世継ぎにしたいのだから、軍部と第二王子の監視を怠ってはいない。
その軍司祭が、これ見よがしにかき混ぜようとしている。
これでは軍の指揮系統は乱れるばかりだ。
そう思ったリピンが、『黙れ!』という代わりにした質問だった。
「こちらの主力部隊をまっしぐらにラミア狭路へ突入させれば、敵主力部隊は一時的に混乱します。そのあいだに、こちらの高速強襲隊をもちいて、もっとも手薄と思われるトレンの森と丘の間を迂回させ、敵主力部隊の後方に出します。そうすれば、こちらの本隊と挟み撃ちにできます。これが獣神様が神託として送られた、唯一の勝利できる策とのことでした」
獣人王国の司祭は、獣神の言葉を授かるとされている。
それは軍司祭も例外ではない。
しかし他の国においては、たとえ最高司祭であっても、直接的に神託は受けられない。あくまで神託は、敬虔な信者……とくに処女の巫女のみに与えられる特権とされている。
なのに獣人王国だけが違うのは、一種のトリックを用いているからだ。
軍司祭は、獣人王国の国教となっている『聖バーラン教団』から派遣されている。
獣神による神託は教団の秘技のため門外不出、これが建国以来の伝統……当然、他国や教団外に秘技を教えることもないので広まっていない。これが理由となっている。
ただし神託を直接受けられるのは、処女の巫女のみなのも事実……。
そこでトリックの出番だ。
聖バーラン教団は、全国各地の教会で巫女認定された少女すべてを、教団付属施設である『聖巫女教会』へ強制的に集めている。
つまり神託の出所を一ヵ所にまとめ、受けた神託は聖バーラン教団の高位神官だけが共有する財産としたのだ。
そして教団の最高権威である大聖教皇のみが、最上の神託を国王へ伝えることができる。大聖教皇以下の神職は、国王の許諾を受けて聖巫女教会から信託を預かる仕組みだ。
こうしておけば、聖バーラン教団が永続的に獣人王国の国教として認められるし、神託の内容もある程度は改変できる。
またバーラン教団は、布教を理由に、教団所属の司祭や門官を国外にまで派遣し、常日頃から情報を収集している。
その情報をもとにして、教団に都合のよい形に神託を書き換え、それを国王へ伝えている……これがトリックの正体である。
「………」
神託を持ちだされると、さすがにリピンも黙らざるを得ない。
なぜなら教団が下す神託は神聖の最たるものであり、しかも軍が収集した最新の状況と照らしあわせても理不尽な部分はないからだ。
神託は間違わない。
それでも戦争に負ければ、すべてが現場指揮官のミスとして処断される。
それが判っているだけに、リピンは黙るしかなかった。
「神託か~。まあ獣神様がそういうなら、敵の配置はそれで間違いないだろうな」
最悪のタイミングでガーゼスが口を開いた。
「だったらいっそ、神託を積極的に利用して、敵の包囲網を喰い破るってのはどうだ?」
腐ってもガーゼスは最高司令官だ。
どうだと質問しているが、口に出した以上それは決定したも同然なのに、そのことに気づいていない。
「ガーゼス様……神託を利用するとか、いささかお口が過ぎますぞ」
たとえ王族であっても、神をないがしろにはできない。
それすら理解できないガーゼスに、おもわずカカルス軍司祭も注意してしまった。
「ガーゼス様。具体的には、どのような方法で包囲網を破られるのですか?」
このままカカルスに言質を取られ続けるのは、さすがにマズい。
そう思ったリピンは、ガーゼスの思いつきを現実的な策にするための質問をした。
「そうだな……森に騎竜とかは不向きだけど、かといって重装歩兵だと進撃速度が遅いから奇襲にならない。となると比較的戦闘力があって、なおかつ速度もある獣種……ウエアウルフしかないな」
ウエアウルフは狼人の亜種で、漏れなく上級獣化を可能とする者たちを言う。
「お言葉ですが、ウエアウルフは木に登れません。森の木に敵の伏兵が登っていたら対処不能です」
「そんなこと判ってる! だからウエアウルフ部隊は、先鋒として突っこむ役目をさせるんだ。樹上に敵がいれば、かならずウエアウルフ部隊を攻撃してくるだろう? そこを第二陣となる兎人騎竜隊の魔法攻撃で殲滅するんだよ!」
リピンがなんとかしてガーゼスから有用な作戦を引き出そうとしているのを見て、またもやカカルス軍司祭が口を挟んだ。
「……兎人の肉体は脆弱ですが、なるほど騎竜隊なら騎竜が近接戦闘を阻止してくれますから、安心して魔法攻撃をできるわけですな。これなら迂回奇襲作戦は成功しそうです」
「あ、いや……」
リピンの策では、先鋒にはウエアウルフ部隊ではなく、臨機応変に対処できる虎人遊撃隊を当てるつもりだった。
虎人は物理攻撃が主体だが、木のぼりも得意だ。
しかも単独での戦闘力は獣人の中で最高を誇っている。
彼らを個人もしくは数名単位で森に放てば、脆弱な防備しか持っていない敵の弓手や魔術師など一撃で即死させられる。
そうして露払いをした上でウェアウルフ隊が地表を高速で侵攻、後詰めとして残敵掃討しながら熊人で構成される重装歩兵が進む……これで完璧なはずだった。
だがカカルス軍司祭の視線は、すでにガーゼスにのみ注がれている。
先ほどの発言も、ガーゼスに聞かせるものだった。
「よし、それで行くぞ!」
案の定……。
ガーゼスは妙案を得たとばかりに、カカルスの策を採用してしまった。
最高指揮官が決定したことは、国王以外にはくつがえせない。
それを熟知しているリピンは、開きかけた口を閉ざすしかなかった。
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