第45話 準備万端……って、何が?
夜遅く公都の宿にもどってきた俺たちは、完璧なメイド姿勢で待ち構えていたイメルダに出迎えられた。
「皆様、お疲れ様です。ベッドの用意が整っております」
「あ、ありがと」
俺たち、いきなり応接間に遠距離転移してきたんだけど……。
ということは、ずっとその姿勢のまま待ってたってことだよね?
さすがにこれは人間離れしている。
彼女は28歳。
地球にいた頃の俺よか年下だけど、いまの肉体年齢からすると10歳近くも年上だ。
そのせいか、質実なメイド服に包まれた成熟した肉体が、いまの俺にはまぶしすぎる。
「春都様。とりあえず主寝室は、春都様とリアナ様用として整えましたが、もしセリーヌ様や私めを御所望でしたら、それ用に整えなおしますが……」
「はあっ!?」
伏せ目のまま、トンでもないことを口走った。
それって今夜のお供というか、ようは夜伽の相手を決めろってことだろ。
「あ、あのさ。いろいろ考えてくれるのは有り難いんだけど……イメルダは伯爵様のメイドだろ? そこまで気を回さなくてもいいからさ」
おい、こら、俺。
心の中では期待でドキドキしてるのに、なに格好つけてる?
ここらへんが、よろず童貞の悲しさかな。
知らない事は反射的に回避してしまう『悲しいクセ』が付いてしまってる。
「伯爵様からは、春都様のいかなる求めも善処せよと、固く申しつけられております。さらに言えば、私めは、すでに伯爵様のメイドではございません。正式な奴隷供与契約に基づき、すでに春都様の財産として登録済みでございます」
「えっ!」
そんな話、聞いてない。
ダンジョンに潜っているあいだに何があった?
「さらに申せば……私めは、残念ながら伯爵様のお手付きとはなりませんでしたので、いまも処女のままでございます。殿方によっては、女の初物を尊ばれる御方もおられると聞いておりますので、その点は御安心を」
処女キター!
……って、違うだろ。
俺の場合、どっちかと言うと、手練手管のお姉さんのほうが心が休まる。
なんせ俺、ベッドの上で具体的にどうしたらいいか、ネットのウフフ動画でしか知らないもん。
「春都の童貞は、あたしが貰うんだから、邪魔しないで!」
なにを思ったのか、リアナがとんでもないことを口走った。
どうせ何も考えず、たんに対抗心だけで言ってる。
それに……童貞の件、俺の最重要機密だぞ!
ちなみにリアナは、天界で女神をしていた時は、性欲のカケラもなかったそうだ。
ところが地上に肉体付きで堕天した途端、ふつうの女の子なみ……いや、知らなかったゆえに、数倍もの性欲を抱くようになったんだって……と、リアナのステータスヘルプに書いてあった。
ここで素朴な疑問が浮かぶ。
眷属召喚のたびに肉体が再合成されるなら、リアナはいくら経験しても処女として復活するんじゃなかろうか。処女はヤると痛いって、ネットに書いてあったぞ。
永遠に痛いのがくり返されるなんて、なんて拷問?
これじゃ、ますますリアナに手を出せない……。
そう思ってたら、以心伝心したのか、リアナが唐突に説明した。
「ちなみに、あたしも処女だからね。でもって経験しても召喚のたびに肉体が再生されるから、ちょっと細工を……。処女が痛い思いをする原因、最初から取り除いちゃった! どーだ、スゴイだろー!」
そんなこと自慢するな。
こっちが恥ずかしくなる。
こんなリアナだから、なかなか手が出せなかった……そういうことにしておこう。
真面目なセリーヌに至っては、もし強引に迫ったら斬り殺されるに違いない。
少なくとも、俺はそう信じてる。
つまり……。
俺はいまだに、誰にも手を出していないのである。
「これは失礼いたしました。ですがリアナ様は、春都様の眷属なのでしょう? もしそうならば、御主人様の御身を眷属ごときがあれこれするなど、言語道断にも程があると思うのですが」
「そ、それは、その……」
リアナが鋭い指摘を受け、大いにたじろいでる。
「春都様は、やさしいお心を持っておられるようですので、リアナ様を大切に思われるあまり、身分の差を無視なされる傾向にあられるようです」
あ、完全にメイド長の目になってる。
「春都様が、身分の差を自発的に無視なされるのは、なにも問題ありません。むしろ貴族の慈悲を具現なされる行為として、尊敬に値するものとなります。そしてお優しいがゆえに、新参の私めには、まだ手をだされていない……そう判断しております」
ここでいきなり、説教口調になった。
どうやらイメルダの中では、『臣下>メイド=眷属』の上下関係が出来あがってるらしい。
「ですがリアナ様は、御主人様の臣下どころか、より格下の眷属召喚される身とあらば、メイドの私めと同様、御主人様の所有物に過ぎません。ならば所有物らしく、身の程をわきまえるべきです」
そして最後に、さも言いにくそうに口を歪めながら言った。
「私めがリアナ様を様付けでお呼びするのは、私が眷属よりさらに身分の低い『使役奴隷』だからです。それを勘違いなされては困ります」
「なあ、イメルダ……なんでリアナを眷属って思ったんだ?」
先ほどからイメルダは、自分のことを奴隷と言っている。
そっちもすごく気になるが、まずは女神の秘密がバレてるほうを重視すべきだろう。
「短いあいだでしたが、皆様のことをつぶさに観察させて頂きました。その結果、リアナ様は、当初は4時間、のちには6時間ごとに姿を消されていることが判りました。これは召喚獣などを召喚するスキルを行使した結果とそっくり同じです。以前、館付きの召喚師がいましたので、そう判断いたしました」
あー。
召喚限界の関係で隔離空間にもどしてるの、気づいてたんだ。
やはり、すごい洞察力の持ち主だな。
早々に秘密厳守の取決めをしないといけない。
「つまりリアナ様は人間ではなく、じつは魔物の
ところで……この世界では、身分の差は絶対らしい。
それをくつがえすには、俺のように貴族の地位を勝ち取るか、さもなくば力づくで下剋上するしかない。
そんな世界で生きてきたイメルダからすれば、この場の絶対権力者である俺が、なぜ格下のセリーヌや魔獣扱いのリアナに遠慮しているのか、まったく理解できないのだろう。
「あのさ、俺たちは冒険を目的として集まったパーティーだ。しかも、ただの一過性の集まりじゃない。言葉どおり運命共同体と言ってもいい。男は俺だけだから、イメルダが俺のことを、ハーレム願望をもったゲス野郎って思うのも仕方ないけど……断じてそれが本来の目的じゃないんだ」
ハーレムは作りたいが、主目的ではない!
ここ、大事なとこだから二度言いたいけど、ぐっと我慢した。
「まあ、確かに……俺だって若い男だから、それなりにムラムラする事もあるさ。ハーレム願望も、まったくないって言ったら嘘になる。いや、どっちかっていうと、すごく……あ、いや、げふんげふん」
俺、ナニ言ってんだ?
冷静になれー!
あわてて自分に言い聞かせる。
「でも俺は、自分の欲望を抑えることができる……と思う。詳しくはまだ言えないけど、俺って、イメルダが想像もできない別世界で、けっこう我慢を強いられる生活をしてきたんだ」
前世の地球世界でひどい生活してたことは、まだイメルダには教えていない。
だけど仲間にする以上、少しずつ教えていこうと思った。
「その……童貞ってのはホントだ。でも、そこらへんの若いのと同じにしないでくれ。俺にだってプライドはある。自分で納得しないかぎり、お前たちに手を出すつもりはない。もし童貞を卒業するとしても、相手と合意の上じゃないとイヤだ。無理矢理ってのは論外、地位を利用したゴリ押しとか、もっての外だ。だから、その……たがいに気分が高まってなら……」
なんか、言ってて、すごく恥ずかしい。
見た目が18歳だから、まだ若気の至りで済まされるかもしれないけど、中身が36歳ってバレたら、たいていの女の子はドン引きしちゃうだろ? そう思うと、どうしても尻込みしちゃうんだよ。
「だから~。あたしはOKだってば。女神だったころから、地上でイチャイチャしてるカップル見ると、なんかもやもや感がハンパなかったもんねー」
聞いてもいないのに、リアナがカミングアウトしてきた。
天界では性欲ナシって話だったけど、ナニがモヤモヤしたんだ?
「だからチャンスがあれば、地上に降りて経験してみようって思ってたんだ! それに本来なら人格を抹消されてたんだから、生きてるだけで丸儲け……あ、これ言っちゃダメだった……と、ともかくあたしは、春都のおかげで生きてるようなもんだから、この体もぜんぶ春都のものだって。文字通り、身も心も、ね!」
直球ドストライク、キター!
それを聞いたセリーヌ、顔真っ赤。
でも気丈に口をひらく。
「わ、私は……その、まだ決心がつかないが、でも、春都殿が我慢できないというなら、その……どうしてもって言うなら……その、受けて立つのも騎士の矜持……」
いやそれ、騎士の矜持で何とかするもんじゃないって。
全員の意志を確認したイメルダが、鬼の首をとったような顔で口をひらく。
「私めは、春都様のメイドを申しつけられた瞬間から、身も心も捧げるつもりでおります。それが一流のメイドであると伯爵様に教わりました。しかも使役奴隷として譲渡された身です。これまで伯爵家の秘密を守ってきたのと同様に、今後は春都様のために尽くします。これは大貴族や王族ではあたり前のことなのです」
ここらへん、無知な俺を諭してるみたいな感じだ。
ということは、俺がこの世界に無知なのもバレてる?
「ただし、たとえ奴隷出身であろうと、伯爵家の使用人として働くからには、御館内ではすべて平民扱いとなっておりました。私めは5歳の時に、現在の執事長の目にとまり、王都の奴隷商人から買われた一人です。その時点で過去を捨てるよう厳命されましたので、私めの身上はすべて伯爵様と共にありました」
イメルダは一息ついて、次に言うことが大事であることを示す。
ふたたび口を開いた。
「その伯爵様から、こたび生涯をかけて春都様に仕えよと命じられました。伯爵家の奴隷使用人がこのような言い方で命じられる時は、実質的に身柄の譲渡を意味します。
つまり私めは、あの瞬間から、伯爵様の使用人から春都様の使用人となったわけです。御館での面談の折り、伯爵様が話を濁されたのは、奴隷供与の手続き上、まだ私の身柄が春都様へ譲られていなかったからに過ぎません」
「………」
もはや応える言葉もない。
ただただ聞き入る。
「おそらく伯爵様は、戦争までの短い期間ですが、私めの試用期間と定められたのでしょう。ふたたび春都様が伯爵邸へ戻られた時、それでも側女として置きたいと申されたら、私めを本譲渡する手続きをなされるのだと思います。その間に……もし私めが春都様のお手付きとなれば、伯爵様は喜んで本譲渡なされるでしょう。なにしろ私めは、この歳で処女と、いささか出遅れておりますゆえ、伯爵様もお気遣いなされておられましたから」
えっ?
そこまでバラすの?
それに気遣うくらいなら、いっそ手を出しときゃいいのに。
伯爵って、けっこう好き嫌いが激しいのかな?
「ですから私めは、こたびの申しつけは、伯爵様が春都様をひとかどの人物と見抜かれた上での事と信じております。そしてそれは私めにとり、嫁入りに等しい事と自覚しております。このような年増の奴隷女、春都様の御自由にして頂ければ、身に余る事だと思っております」
イメルダ、話がなげえよ……。
だけど、なんかここまで献身的だと、思わず泣いちゃいそう。
はて?
もしかしないでも、これハーレム完成してない?
だけど……彼女たちを欲望のままに抱いたら、これから先、後悔しそうな気がする。
「わかった。みんなの決心は、俺も真剣に受け止める。でも、そう言われたからといって、はいそうですかと、節操なくベッドを共にするつもりはない。そ、そうだな……とりあえず、一緒にベッドで寝るんじゃなく、眠ることから始めよう。明日も早いことだし、みんなで一緒に眠る。たがいの距離がこれで縮まっていけば、そのうち何とかなるかもしれない。これで、どうだ?」
自分でも何を言ってるのか、よくわからない。
でも三人は、顔を赤らめたまま同意してくれた。
「清浄!」
リアナが何を思ったか、全員に生活魔法をかける。
こいつ……やっぱ変だ。
※※※
ということで、みんなが俺のベッドを急襲しました……。
あ、ヒナだけは別!
ヒナは今日だけ別室。
でもって朝になったんだが……。
まあ、言い残すことはナニも無い。
そこには、この上なく清浄な賢者の時間が流れるのみ……。
そして俺たちは、決意もあらたに冒険者たちの待つ伯爵邸へと向かったのだった。
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