第39話 俺、いらないんじゃね?
2階層にくだると、マップを開いて魔物のいる場所を調べる。
すでにマッピングが終わってる階層のため、どこに魔物と冒険者がいるか一目瞭然だ。
「つぎの十字路を左に曲がってまっすぐ行くと、四方向に出入口のある小部屋がある。そこにゴブリンコマンダー1匹とゴブリン尖兵7匹がいる。セリーヌとイメルダに任せるから、やってみて」
2階層ではセリーヌとリアナ、そしてイメルダの3人が主役だから、俺とヒナは支援に徹することにした。
「あたしはー?」
いまの指示にはリアナが含まれてない。
ほんと、自分のことに関してだけは敏感に反応するよねー。
「まずは前衛職の2人に、物理攻撃でどれくらい戦えるかを見たいんだよ」
「ふーん」
あ、その返事だと、言ってみただけ~!?
「承知した」
「………」
イメルダが返事しないのは、すでに隠密モードに入ってるからだろう。
すぐ走りはじめる。
2人の走る速度は、わざと日常と同じにするよう頼んである。
そうじゃないと、ヒナや俺はともかくリアナが取り残される。
パーティー全員で走ること2分ちょっと……。
目的の小部屋に入った。
俺たちを見たとたん、2匹のゴブリン尖兵が突進してくる。
「うぐっ……」
セリーヌが思わず立ちすくむ。
相手は圧倒的に弱い2階層のゴブリン……。
なのに身がすくむのは、間違いなく昨日の
「わたくしめにお任せを」
一瞬で状況を見抜いたイメルダ。
硬直してるセリーヌの耳元でささやく。
「おおっ!」
一瞬でイメルダが消えた。
あまりの手際の良さに、思わず声が出てしまう。
きょろきょろ探してたら、いきなりゴブリン尖兵の背後に現われた。
これは姿を消したんじゃない。
【隠密】【忍び足】を駆使して、意図的に他者の意識をそらしたんだ。
「影縫い」
――スタタタタッ!
ゴブリンの背後に現われたイメルダが特殊スキルを行使する。
2匹のゴブリンからのびる影。
その影が、魔法の針で地面に縫い付けられる。
影に引かれてゴブリンの突進が止まる。
「セリーヌ様……お殺りになられないのなら、わたくしめがいたしますよ?」
今度はセリーヌの背後に現われる。
まさに神出鬼没だ。
「………!?」
イメルダのささやきで、セリーヌがはっとした表情になった。
「すまぬ、ぼうっとしていた。私が殺る!」
セリーヌが愛剣【蒼輝斬】を抜き放つ。
同時に横に払う。
「せいやッ!」
――ザン!
一撃で、2匹のゴブリン尖兵の胴が両断される。
ふう……。
あの切れ味を見るかぎり、うまく立ち直れたみたい。
それにしても、さすがイメルダ。
戦闘中ってのに、メイドの気遣いがハンパじゃない。
――ウガアアァーッ!
部屋の中央で様子見をしていたゴブリンどもが、いまの一撃で活性化する。
「イメルダ殿、残りのゴブリン尖兵を頼む。私はゴブリンコマンダーを倒す!」
「承知しました」
自分の不手際を恥じているのか、セリーヌの語気が強まってる。
頼まれたイメルダ、ふたたび気配を消す。
ゴブリンコマンダーに走り寄ったセリーヌ。
大上段に蒼輝斬をふりかぶり、頭めがけてふり降ろす。
――ゴッ!
切るというより叩き潰す感じ。
たかがレベル25のゴブリンコマンダー。
一撃で頭部をぐちゃぐちゃに潰された。
「ハッ!」
短い息吹きが聞こえた。
いつのまにか、ゴブリン尖兵の背後にイメルダがいる。
同時に、神話級短宝剣【紅闇】が一閃。
パパパパパッと、まるでダルマ転がしみたいにゴブリンの首が落ちる。
一瞬で5匹が全滅。
これでレベルまで上がったら、どんだけ強くなるんだ?
あっという間に魔物を始末した2人。
考えてみれば、レベル21のイメルダでも2階層は適性レベル。
だから2人が組めば、もとから楽勝な場所だった。
そう思って、つぎの相手を探すためマップに目を落とす。
「つぎは……右の通路をすすんで、逆L字路を道なりにいくと大部屋にたどりつく。大部屋はモンスターハウスになってるけど、いまは冒険者がいない。ここは3人で一気に殲滅して!」
初心者むけの2階層には中ボス部屋がない。
その代わり、この大部屋が
ここに出現するゴブリン
「えー! あたし、お腹減ったー!」
自分も戦えって言われたリアナが口を尖らせてる。
さっき外されて文句言ったのダレだ?
「働かざるもの食うべからず。これは地球の真理として大昔から語り継がれてる神聖極まりない言葉だ。ってことで、昼飯いらないんなら戦わなくていいよ」
「そ、そう? うおー、なんかやる気でたー! いでよー木人形3!!」
女神、豹変す……。
まったく欲望には忠実ですね。
リアナの声とともに、イラストとかマンガで使うデッサンドールみたいな木製人形(ただし身長2メートル)が現われた。
ちなみにデッサンドールって、木製の関節が自由に曲げられる、ツルンとした地肌の人形のことね。生前にネットで存在を知って、絵心がないのに欲しいって思ったヤツだ。
レベル2までの木人形は樹人型だったから、かなり違和感がある。
でも、なんか動きが格段に速くなってない?
レベルアップで強化されたんだろうなー。
「いっけー。おどれー、いてまえー!!」
おまえ、どこ出身の女神だ?
メシ抜きにすると言ったとたん、このハイテンション……。
まあ、判りやすくていいけどね。
「セリーヌ、イメルダ、行かなくていいのか?」
リアナの気迫に当てられてた2人に声をかける。
「あっ!」
「……!」
木人形に遅れをとったと気づいた2人。
身体能力を増強する各種魔法やスキルをかけて、猛然と走りはじめた。
「うんうん。この調子なら、昼メシまでに2階層でのレベリングは終わりそうだな」
「春都、油断は大敵。ダンジョンにいるのは魔物だけじゃない」
ヒナの注意にハッとなる。
セリーヌをひどく傷つけたのは魔物じゃない。人間だ。
あわててマップを見る。
大部屋の出入口は2箇所。
ひとつは俺たちがいる通路。
もうひとつは、真正面にある先へすすむ通路だ。
先にすすむ通路に冒険者はいない。
もっとも近いのは、さっきゴブリンを倒した小部屋を左に曲がった先にある、2階層をぐるりと取り巻いてる周回路……そこに5人パーティーがいるだけ。
彼らが大部屋にいくには、俺のいる場所を通らないといけない。
だから、先にセリーヌたちと遭遇する恐れはない……。
「大丈夫そう……やっぱ冒険者で混雑する階層は神経使うよ」
「全員が強くなるまでだから、あとすこしの辛抱。春都、ドンマイ!」
あのヒナさん?
ドンマイって、地球の英語『Don't mind』が語源なんですけどー(棒)。
異世界翻訳のせいっての通用しませんよー(棒)。
……ってツッコミ入れても、どうせ天界検索で地球語を調べたって答えるだろうから、絶対に言わない。
――ドーン!
魔法が爆裂する音が伝わってきた。
たぶんいまのは、専門魔法2の【炎爆】だろうな。
これが使えるのはリアナだけだから、調子にのってブッぱなしたんだろう。
「ヒナ。もしヤバそうだったら、俺の許可を待たずに魔法玉を使って。あっと、神域玉だけは使う前に聞いて。あとのペナルティが大きすぎるから」
「了解した。でも、いまのところは必要なさそう。大部屋にいるのはマーダースライム4匹。大尖りネズミの第1変異種が2匹、通常の大尖りネズミが8匹。ゴブリンカーネル1匹、ゴブリンコマンダー3匹、ゴブリン尖兵10匹。あと珍しいことにスケルトン雑兵が4匹いる」
「だ、大丈夫かー!?」
個々の魔物の強さは、中ボス相当のゴブリンカーネルを除けば大したことない。
でも、数が多すぎる……。
「煉獄の断罪!」
「……窒息」
俺とヒナが走って到着する寸前。
セリーヌの特殊スキルを叫ぶ声と、静かなイメルダの魔法をつかう声が聞こえた。
――ズザッザザザッ!
――ジュワッ!
「ウギャギャッ!」
「キキーッ!」
能力の発現する音と魔物の悲鳴が交差する。
煉獄の断罪で出現する炎剣は14本。
まずこれで、ゴブリン尖兵10匹とマーダースライム4匹が燃えつきた。
つぎにイメルダの窒息魔法で、大尖りネズミが8匹がもがきながら死ぬ。
ちなみにイメルダの魔法やスキルは、おなじ種類の魔物にだけ一括して効く【グループ効果】という変則的な指定が多い。【窒息】もそのひとつだ。
全体に効くのが【全体効果】、範囲を指定して効くのが【範囲効果】、個別に効くのが【単体効果】だから、【グループ効果】は珍しい効きかたと言えるかな?
「あちょーッ!」
木人形が叫んでる……。
口がないのに、なぜか怪鳥音を叫びながらカンフーしてる!
スケルトン雑兵4匹が、またたくまに粉砕される。
勢いあまって、ゴブリンコマンダー2匹までふっ飛ばした。
「
イメルダの両手から、トゲトゲのついた真っ黒なムチが出現する。
腰を落とし、両手をクロスするように振りまわす。
――ザシュッ、ズザッザザシュッ!
――ウギャギャゲギョギャー!
残ってたゴブリンコマンダー2匹が、それはもうスプラッタな状況に……。
「斬撃、加速!」
セリーヌの武器付与魔法を行使する声。
それが終ると、躊躇せず巨大なゴブリンカーネルに突進する。
さすがにムチャと思ったのか、ヒナが支援の魔法玉をなげる。
「ぽい、多重防壁玉」
セリーヌの前方に4枚の透明防壁が出現する。
この魔法は対象者に掛けられるため、セリーヌの移動にともなって防壁も前方へ移動していく。
「でやあ――っ! 乱撃!!」
出た! セリーヌの必殺技!!
一秒間に30回の猛烈な剣乱舞。
ゴブリンカーネルが無数に切られ血を巻き散らす。
だが、さすがカーネル。致命傷にはなってない。
「石化……あれ、効かない。そんなら遅延!」
リアナとイメルダは、大尖りネズミの第1変異種2匹と格闘中。
リアナが【石化】で瞬殺しようとしたけど、レベルの違いで効かなかったみたい。
あわてて行使した【遅延】は効いた!
「刺針、光刃」
リアナが魔法で牽制してる隙に、大尖りネズミの背後に忍びよるイメルダ。
ネズミの後頭部に、針のように細くした【紅闇】の光刃を突き立てる。
【紅闇】の光刃だけでも充分にオーバーキルなんだけど、それに加えて確率で【即死】判定が出る【刺針】まで使われると、もう完全に必殺技!
「とうわッ! 旋風脚!!」
――バヒューン!
――ドガガガガガッ!
あらら、木人さん。
技名まで叫んじゃったよ。
音速を越える速さで蹴りこむ旋風脚。
大尖りネズミ変異種の胴体が、衝撃波を受けてまっぷたつだ。
リアナ……。
直接には戦ってないけど、けっこう役にたってるよー!
「ドリル突き!」
――ぎゅるるるる――っ!
あっ! セリーヌ、そのスキル!!
それだけは使わないで欲しかった……。
両手で【蒼輝斬】を突き出し、その格好で全身をドリルのように回転させるセリーヌ。
それ恥ずかしすぎる……。
――ドリュドリュリュッ!
「ぶべぼっ!」
でも……威力は物凄い。
なんとゴブリンカーネルの腹に、セリーヌが突き抜けるられるくらいの大穴が開いた!
むこう側に突き抜けちゃったセリーヌ。
シュタッと回転を止めつつ着地する。
正直、その姿はカッコいい。
でもなー。
人間ドリルだもんなー。
ううううーむむー。
「浄化」
血まみれ姫になったセリーヌ、すかさず浄化できれいになる。
「これにて戦闘終了。春都殿、ドロップアイテムを集めて欲しい」
……へいへい。
いつのまにか俺、アイテム拾い人ね。
まっ、セリーヌが完全に復調したみたいだから、いいか。
「自動収集」
ちらばってるアイテムや魔石を、一括でインベントリに入れる。
「治癒するねー」
最後を締めくくったのは、リアナの回復魔法だった。
「うーん……2階層だと、みんなの強さじゃもの足りないかな? 3階層にすすむ?」
昨日は、俺が先走りしたせいでトンでもない事になってしまった。
だから独断で進むのを躊躇してしまう。
「ボクは、セリーヌに判断してもらうのがいいと思う」
「わたくしめは春都様の御意志にしたがいます」
「はやく夕ご飯にしよー」
「んー、そんじゃセリーヌ決めて」
「私が決めるのか? ああ……春都殿は心配してくれているのだな。ならば先に進もう。私はもう覚悟を決めた」
覚悟? いったいなんの覚悟?
よくわかんないけど、セリーヌが行く気ならそうしよう。
「わかった。それじゃ3階層にいこう」
マップを開き、最短のコースを調べる。
それが終ると全員で走りはじめた。
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