第37話 そう簡単に決められるもんじゃない。
カイーサ・レミアに戻った俺は、まず最初にセリーヌの全身状態をチェックした。
「なんで我慢してたんだよ!!」
やっぱり心配してた通りだった。
鎧と腕プレートの前部分は、爆発のせいで大きくへこんだままだ。
その状態で完全修復しても、修復した後に圧力を受けて、また骨折してしまう。
調べたところ、セリーヌの右肋骨2ヵ所と左上腕が折れたままだった。
強い口調で怒られたセリーヌ、ものすごくしょげてる。
「大治癒、大回復」
骨折とか血管の損傷はこれで治るはず……。
でも、精神的なショックは完治しない。
前にセリーヌの兄――ルフィルさんを治すときに調べたけど、精神的なダメージを治すには、教会で【女神の癒し】を受けたあと定期的なケアが必要らしい。
とりあえず肉体的には、やれるだけやった。
つぎは……。
「リアナ召喚」
「ばる”どおおおぉぉ―――!!」
空中に現われたリアナが、まっしぐらに抱きついてきた。
倒れこむように体がぶつかる。
「いてて……は、離れろ!」
「ば、ば、ばるどどー、怖かったよー、痛かったよー、ふええぇ――ん!!!」
鼻水垂らしながら泣きついてる。
「こら、顔を押しつけるんじゃない!」
両足を俺の腹にまわすな!
ぐわー。そ、それ胴締めになってるー!!
「うぐぐぐ……ど、どけー!」
「だって、だってー。隔離空間に放置って、ひどすぎるー!!」
「わ、悪かった。あやまるから離れて!!」
無理矢理に引き剥がす。
ベッドの上に座りこんでるセリーヌの横に座らせる。
それが終ると、俺は2人にむかって土下座した。
「すまん! みんな俺のせいだ!!」
「えっ?」
「は、春都殿……!」
土下座してるから2人の顔は見えない。
でも声だけで狼狽してるのがわかった。
「俺、ダンジョンを舐めてた。あんな事になるなんて、思ってもいなかった。痛い思いをさせてホントごめん! もっと用心しなきゃいけなかった!!」
「………」
「………」
沈黙が流れた。
気まずい空気が充満してる。
でも、俺は土下座したまま……。
「春都様?」
突然、土下座してる尻の方向から声をかけられた。
「お食事になさいますか? それともお風呂を先に?」
ようやくイメルダの声だと気づく。
でも……この格好で、どーせいっちゅーの?
「セリーヌ様、リアナ様。お二人がお許しになられないと、春都様は何もできません。さっさと許してさし上げるべきでは? だいいち御主人様にこんな格好をさせるなど、従者の恥ではないですか!」
静かな声ながら、きちんと叱責の念が込められている。
叱られた2人、はっとした気配がした。
「は、春都殿、許す、あ、いや、許します……ああ、いいや、お願いですからやめてください!!」
「あ、ああ、はるとー、その、あの……わかったから、土下座やめてー!」
「春都様、許されましたよ。さっさと立ってください!」
――ぺん。
なんとイメルダが、俺の尻をホウキでぶった!
「ひゃう!」
反射的に立ちあがる。
立った途端に、ベッドで涙を浮かべてる2人と目があった。
なんともバツが悪い。
「あー、えへへへ……」
「「わあーっ!」」
今度は2人いっしょに抱きついてきた。
※
30分後……。
ようやく落ち着いた俺たちは、イメルダが入れてくれた紅茶を飲んでる。
早々にダンジョン探索を切り上げたせいで、まだ夕方。
食事は1階の食堂にいけば食べられるけど、いまはそんな気分じゃない。
ティーカップを置いたセリーヌが、唐突に口を開いた。
「……春都殿。ちょっと外出してくる」
「ダメだよ。まだ正常じゃないんだから」
「いや、どうしても伯爵様のところに行かねばならなくなった。これは譲れない」
セリーヌの表情は、まだ思い詰めたまま。
もしかしたら死んでいたかもしれないんだから当然だ。
「それじゃ、俺も一緒に……」
「駄目だ! イメルダ殿、春都殿をよろしく頼む!!」
叫ぶように言うと、一挙動で立ちあがる。
俺も釣られて立ちあがろうとしたら、イメルダがさっと手でさえぎった。
「セリーヌ様は、春都様の眷属でもなければ奴隷でもありません。たしかに護衛役の従者ですが、それは伯爵様に命じられているからです。ですから強引にお止めになられるのは駄目です」
それは、そうなんだけどさ……。
ああっ!
問答してるうちに、セリーヌが部屋を出ていっちゃった!
「大丈夫かなあ……」
「御心配なく。セリーヌ様は伯爵邸へ向かわれるとのことですから、玄関脇に専用馬車が待機しておりますので、それに乗れば間違いなく伯爵様のもとまで送ってくれます。春都様はお気になさらず、セリーヌ様が戻られるまで御自身の御予定をおこなしください」
「そ、そうかい? それじゃ……」
ここまでお膳立てされたら受け入れるしかないよね?
なかばイメルダに説得される形で、俺は待つことにした。
「ただ待つのもなんだから、いまのうちに魔法とスキル、それに経験値の譲渡をしてしまおう」
ヘルプによると、パーティー効果が有効な半径2キロ以内なら、これらの譲渡も可能らしい。だからセリーヌが伯爵邸に行っても大丈夫なはず……。
「ええと、収集した能力は……」
ステータスの収集能力欄を開く。
収集能力欄 火炎弾1/毒霧1/雷撃1/石化1
咆哮1/強化鱗1/尾鞭1/毒牙1
火炎耐性1/毒耐性1/雷撃耐性1
身体硬化1/炎爆1/氷爆1/魔法耐性パッシブ1(10%耐性)
毒ブレス1
けっこう手に入れてた。
おっと……その前にやることがあった。
「イメルダ、ステータスを見ていい?」
「奴隷であるわたくしは、すべて春都様のものです。どうぞ御自由に」
あうあう、かなりギリギリな返事をもらってしまった。
氏名・種族 イメルダ 28歳(亜人バンパイア)
職業 メイド(奴隷)/暗殺者
レベル 21
スキルポイント 0
HP 843
MP 429
物理攻撃 19 物理防御 22
魔法攻撃 12 魔法防御 13
素早さ 35 知力 32
幸運 13 器用 34
生活魔法 種火/微風/灯火/消毒
専門魔法1 気迫3/忍び足4
専門魔法2 窒息1
付与魔法 なし
一般スキル 隠密2/暗器術5/刺針4
料理7/裁縫4/交渉4
特殊スキル 影縫い1(暗器の針で相手の影を突き刺し、短い時間、自由を奪う)
イメルダのステータスは、レベルのわりに低い。
年齢からいっても、倍くらいはあってもいいはず。
一般人のステータスって、こんなもん?
「あー。イメルダは【窒息】以外、攻撃系の専門魔法がひとつもないなー。それじゃ【火炎弾】【毒霧】【雷撃】【身体硬化】【尾鞭】/【毒牙】はイメルダに譲渡、と。暗殺家業ってことで、スキルの【毒ブレス】もあげちゃう」
「そんな、勿体ない……」
「いいって。【石化】【炎爆】【氷爆】【魔法耐性パッシブ】はリアナかな。【咆哮】【強化鱗】【火炎耐性】【毒耐性】【雷撃耐性】はセリーヌ……これで全部終わりっと。つぎは経験値譲渡だけど、これは平等に分配するね」
経験値ストックはレベル1~24相当って俺のステータスに表示されてる。
数字で表示されてもピンと来ない。イマイチだよなー。
ともかく、セリーヌ/リアナ/イメルダで3等分するよう念じながら、経験値譲渡スキルを行使した。
「えっと……これでリアナの総合レベルが40になった。セリーヌは45、イメルダは……おっ、いっきに33まで上がった! そういやイメルダって冒険者登録してるの?」
「伯爵邸の使用人は、全員C級以上を持っております」
イメルダはさっきまでレベル21だったのにC級?
伯爵……ちょっと身内ひいきしすぎ。
でもこれで、イメルダもダンジョン探索に連れて行けることがわかった。
「ヒナの魔法玉が使えないのって、あしたのいつ頃までだっけ?」
「神域魔法玉による使用制限は丸1日だから、あすの午後4時過ぎまでは使えない」
「うーん。となるとダンジョン探索の再開はあさってになるかー。もうムリしたくないし……」
「春都。それだと全員のレベルアップにあと1日しか使えない。それでは不十分。明日朝にしっかり準備をして、正午頃にはダンジョンに入るべき。無理したくなければ、安全な2階層と3階層で夕食までレベリングして、その後に4階層に行けばいい」
「でも……」
自分でも臆病になってるのは判ってる。
もうだれも痛い思いをさせたくない……。
「準備不足のまま戦争に参加するほうが、はるかに危険度は大きい。春都は冒険者のまとめ役になるのだから、ボクたちも立場上、率先して戦うことになる。だけど戦場で万全なサポートは無理。各人が自力で身を守らないといけない。そのための集中レベリングなのでは?」
ヒナが質問してくるのは珍しい。
それだけ俺の心が揺れてるって思ったんだろうな。
「覚悟はしてたけど……でも」
優柔不断な態度を見せた俺に、イメルダの強い言葉がふりかかった。
「春都様。伯爵様に参加すると約束した以上、それを反故にすれば大変なことになります。当然、勲功爵位の剥奪もありえますし、セリーヌ様も監督不行届で罰せられるでしょう。それでよろしいのですか?」
「春都。それだけでは済まない。レグルスさんの件も勲功爵の地位あってのこと。春都が伯爵の怒りを買えば、レグルスさんが処罰される可能性が極めて高くなる。ダンジョンでの殺人が証明されれば死刑だから、春都はレグルスさんの運命を握っていると考えるべき」
そんな……俺には重すぎるよ。
「はるとー。ここは男の見せ所じゃないのー」
はあ。言うのは簡単だよね。
「春都は変わりたいと言った。前の自分じゃない自分になりたいって言った。ボクは信じてる。春都はこんなことで潰れないって。これを乗り越えれば、きっと新しい春都になれるよ!」
あれ?
ヒナのいつもの励ましと違う……。
最後の部分、どう考えてもヒナの【希望】が入ってる?
「……すこし考えてみる。みんなは食事に行ってきて。俺はまだ食べたくない。それにセリーヌがいつ帰ってくるかわかんないし……部屋で待ってるよ」
そう答えるのが精一杯だった。
結局、セリーヌが帰ってきたのは夜遅くになってからだった。
イメルダが気をきかせてくれて、セリーヌと俺のため夜食を用意してくれた。
ちなみに、居室内にもキッチンは完備されてる。
だから食事を作ろうと思えば、材料さえあれば作れるんだ。
なのに食堂に行かせたのは、いきなり転移して帰ってきたせいで、イメルダの準備がまったく出来てなかったから。
じつは、インベントリには数百食の各種非常食がストックされてる。
非常食といっても、出来たての食事を時間停止して保存したものだ。
それを出せば良かったんだけど、落ち込んでて気が回らなかったんだ。
夜食を食べながらセリーヌの話を聞いた。
そして……。
とんでもない事になってることを知った。
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