第36話 攻略は一時中断。


 ――ドッカ――ン!


 物凄い爆発音。正面から衝撃波が襲ってきた。

 あまりの風圧に降着円盤の速度がにぶる。


「だ、大丈夫!?」


 さっきまでいた場所に戻ってきた。

 セリーヌがうずくまるようにへたり込んでる。


 セリーヌの前には、うつぶせ状態で倒れているガルバンク。

 よく見ると、ガルバンクの後頭部にナイフが突き刺さってる……。


「なにが起こったんだ……」


 ガルバンクを中心に放射状の爆発痕ができてる。

 さっきの爆発は、ここで起こったに違いない。


 なのにガルバンクの体が後頭部を除いて無傷なのは、たぶん防御魔法かなにかを使ったせいだろうか。


 爆発のなごりの爆煙が薄れ、その先からレグルスさんが現われた。


「ガルバンクを殺したのは俺だ。いったん身をくらませて、隙をついて殺すつもりだった。だが……間に合わなかった、すまん」


 んん? なにが間に合わなかったんだ?


 へたり込んだセリーヌの様子を見るため歩みよる。

 右手を顔の半分に当てて、うつむいている。


「セリーヌ、大丈……」

「見るな!」


 顔に当てた右手の指のあいだから、真っ赤な血が溢れてる。

 酷い状態……。

 なのに、近づかないよう左手で制止する態度を示した。


 フルアーマーの胸部から腹部にかけて、べっこりとへこんでる。

 一部はぱっくりと割れている。

 さっきの爆発をモロに受けたらしい。


 ということは、あの爆発、ガルバンクがセリーヌに放ったナニかのせい?


「怪我してる!?」


「油断した。まさか真空波だけでなく、物理攻撃も仕込まれていたとは……」


 物理攻撃……ああ、あの爆発のことか。

 おそらく爆薬みたいなものを使ったんだろう。


 でも……この世界では、火薬はまだ発明されてなかったはず。

 もしかするとガルバンクが傭兵していた帝国は、すでに火薬を実用化してる?


「治癒する。手をどけろ!」


「……無駄だ。右目が潰れている。顔の半分も削られた。肋骨の半分が折れて、何本かは内臓に突き刺さっている。腹の中もぐちゃぐちゃだ……もう、春都殿に見せられる代物じゃない。済まぬ、本当に済まぬ!」


 しゃべる息に乱れはない。

 ということは、肺はやられてない。


 心臓も大丈夫……。

 でも致命傷には違いないから、放置すれば確実に死ぬ。


 だけど


「セリーヌ、手をどけろ」


「嫌! 見ないでっ!」


 死んでも見せたくないのか?


「傷を治すためだ。頼む!」


 それでも、かたくなに顔を隠している。


「すまん」


 強引に、両手を使って顔を覆う手のひらをどける。

 現れた半分の顔に、リアーナの面影がない……。


 ぐちゃぐちゃに千切れた筋肉と潰れた骨。

 ぽっかりと空洞の眼窩が見えている。眼球など、どこにも無い。


「……治癒8、状態回復8!」


 無視して治療を施す。

 ともかく応急処置をするのが先。


 セリーヌは肉体欠損をともなう傷を受けて混乱している。

 命の危険があるのに、俺に顔を見せたくないと言い張っているのが証拠だ。


 ただ……【治癒】と【状態回復】では、いくらレベルが高くても身体欠損は修復できない。あくまで傷の治療と、毒や麻痺などを回復させるだけだ。


 それでも一時しのぎにはなる。


「………」


 レグルスさんは黙ったまま見ている。

 だが、意を決したように口を開いた。


「ここはダンジョンの4階層だ。これから彼女をかかえて入口まで戻っても、その状態じゃとても間にあわない。残念だが……」


「うるさい! ちょっと黙っててくれ!!」


 レグルスさんには悪いけど、もういっぱいいっぱいなんだ。

 祈る気持ちでヒナを見る。


「ヒナ、【完全修復玉】は使える?」


 前回使ってからずいぶん時間がたってる。

 使えるよな?


「使える。でも使うと、あしたのこの時間まで、すべての魔法玉が使えなくなる」


「それでいい、はやく使って!」


 ヒナはちらりとレグルスさんを見た。

 躊躇しつつ、ポッケから【完全修復玉】を取りだす。


「【完全修復玉】……ぽい」


 パアアアアア――――ッ!!!


 目が眩むほどの光がセリーヌを包む。

 光が消えると、そこには元に戻ったセリーヌがいた。


「……これでよし、と」


 レグルスさんに視線をむける。


「昏睡」


 レグルスさんが倒れこむ。


「記憶改変」


 レグルスさんの周囲に透明なゆらぎが生じる。

 正直、この魔法、使いたくなかった……。


 記憶改変は恐ろしい魔法だ。

 もとの記憶を奪い、偽りの記憶を植え付けてしまう。

 失った記憶は二度と取りもどせない……。


 意識のない者しか改変できないって制限があるものの、人として使っちゃいけない魔法だと思ってた。


 でもヒナの神域魔法玉のことは、だれにも知られたくない。

 だから、その部分の記憶だけ変えさせてもらった。


 目が覚めたら、ヒナの魔法玉のことだけでなく、セリーヌさんの大怪我の記憶も失ってる。そう改変したんだから間違いなくそうなってる。


(ごめん、レグルスさん……)


 心の中で俺は土下座した。


「覚醒」


「……ん? なんだ?」


 頭を振りながらレグルスさんが立ちあがる。


「大丈夫か? あんた……ナイフを投げたあと、ガルバンクの罠にかかって昏睡させられたんだよ。幸い、ガルバンクはその直後に死んじゃったから、それ以上はなにも起こらなかったけど」


「あ、ああ……そういや騎士の嬢チャン……みたいだが……あ、無事だったか、良かった!」


 を見て、ようやく笑顔をみせる。

 鎧があちこちへこんだり割れてるけど、それは剣戟のせいだと


「リーダー!」


 レグルスさんのパーティー仲間が走ってきた。

 巨大キノコの陰にかくれてた女の子を連れてる。

 ガルバンクの隙を狙って、こっそり保護してたらしい。


 彼らは隠れてた場所からすると、一連の出来事を目撃していない。

 もし見ていたら、彼ら全員の記憶も改変しなきゃならなかったとこだ。


「遅っせーよ! まあ、ガルバンクのクソ野郎はくたばったから、もう安全だけどな」


「この場合、あんたは罪に問われる?」


 俺は気になっていたことを聞いた。


「うーん、どうだろうな」


 当事者だけに、どう答えていいか迷ってる。


「くっ……そ、それは、私が……」


 セリーヌの肉体欠損は修復されたけど、失った血までは取りもどせない。

 いまは極度の貧血で意識が飛ぶ寸前のはずだ。

 それでも、なにかを言おうとしてる……。


「嬢チャンは黙ってろ。あれだけガルバンクと剣を交えたんだ、あちこち痛いだろ?」


「あの……」


 俺たちの会話を聞いていた生き残りの女の子が、おずおずと前に出た。


「あたし、前にギルドの手伝いをしてたので、そこらへんのこと良く知ってます!」


「そりゃ助かる。それで……ここにいる冒険者、レグルスさんって言うんだけど、この人、ギルドルールに違反したのかな?」


 俺はさっきの質問をもう一度、女の子に聞いた。


「冒険者がダンジョンの中で、ほかの冒険者を殺しても、殺したという証明をできなければ罪には問われません。これがギルドのルールです。逆に言えば、しかるべき部門……騎士団とか警備所で証明できれば、後日に有罪となります」


「俺たち、レグルスさんがそこの男を殺したって知ってるし、当人も殺したって自白してるから、これ証明しちゃってると思うんだけど? てことは、レグルスさんは有罪確定?」


「その人……レグルスさんは、あたしのパーティー仲間を殺したわけじゃありません。殺したのは、そこで死んでる男です。ギルドルールだけでなく、この国の法律でも、ダンジョン内において殺人を犯した冒険者を、ダンジョンにいる他の冒険者が討伐しても罪には問われないし、場合によってはギルドから報奨金が出ます」


 なるほど、そういう決まりがあるのだ。

 そうじゃなきゃ、PKやり放題だもんな。


 ただしこのルール、悪用もできる。

 目撃者がいない場所で殺人を行ない、それを第三者に擦りつけられる。

 それで自作自演、でっち上げた第三者を討伐して報奨金をもらえる可能性がある……。


「そうだよ! リーダーは人助けをしたんだもん。無罪だよ!!」


 ハーフエルフのエトラさんが、頬を膨らませて弁護する。


「うーん……ヒナ、どう思う?」


 女の子の説明は正解なんだろうけど、いまいち説得力がないような気がした。

 だからヒナに聞いたんだけど……。


「状況はそこの子が言った通りだと思う。でも、この状況をギルドに訴えても、ギルドはあなたたち2人が共謀してガルバンクを殺したと勘繰る可能性がある。その場合、完全な第3者である春都の証言が最終的な証明になる」


 俺も証言するの?

 しかも最終証明って、なんか重くない?


「んー? それなら俺が最初に証言すれば、一発で証明できるんじゃない?」


「春都は自分が勲功爵になったことを忘れてる。ラナリア公領で勲功をあげて伯爵に認められた者が証言すれば、かえって公平な捜査ができなくなる。だから最後の切り札的な存在として証言すべき」


「お、おい……てめえ……あ、いや、は貴族様だったのか、あ、いや、だったのですか?」


 勲功爵と聞いたとたん、レグルスさんがうろたえた。


「うーん、きのう伯爵様からそう言われたばっかだけどねー。でも俺、ただのB級冒険者だから気にしないでいいよ」


「そ、そうか? なら甘えさせてもらうけど……でも勲功爵様が証言してくれるなら、もう鬼に金棒だぜ」


 レグルスさん、単純に喜んでる。

 さっきの話、まったく頭に入ってない?

 やっぱ冒険者って深く考えないのかな。


「……わ、私がちゃんとしてれば……騎士として春都殿の手など……」


「セリーヌ、頼むから喋らないで。致命的な損傷は【完全修復玉】で治ってるけど、流れ出た血や精神的なダメージは残ってるんだからね。あとでかならず治すから、いまは安静にしていて欲しい。それに、こういう時のために俺がいるんだ。たまには頼ってほしいな」


「………」


 納得したのかわからないけど、セリーヌは黙りこんだ。

 あらためてレグルスさんを見る。


「……ということで、悪いけどこの場はあんたに任せていいかな? じつはんだ。一刻もはやくダンジョンを出て、その子を治療したいんだよ。俺の証言が必要なら、バンガード通りのカイーサ・レミアに俺の部屋があるから、そこに伝言して欲しい」


 このさいだから、リアナを口実にさせてもらった。


「でもって……はい、


 俺はインベントリから、オリハルコン合金製の名刺を取り出して渡した。


 貴族になったら、なにかと身分を証明するものがいる。

 そう伯爵に言われたから、とりあえず身分を証明する魔法印と俺のサインを印刷したものを、ちゃちゃっと作ったんだ。それがさっそく役にたった。


 ほんとうは家名をしめす紋章の入った指輪が必要なんだけどね。

 指輪の印を押すことで身分の証明をするんだけど、まだ紋章を考えてないんだ。


「ああ、わかった。俺たちも戻るつもりだが、まずはこの子の仲間の死体をどうするか、すこし話しあわないとならん。後始末は俺がきちんとするから、はやく仲間のとこに戻ってやれや」


「すまん」


「春都殿……!」


 慌てたセリーヌが、体の痛みとだるさを我慢しながら立ちあがった。


「いいから、ここは俺にまかせて」


 そこまで言うと、口の中で「重力制御、降着円盤」とつぶやく。


 ――シュン!


 降着円盤が出現した。


「セリーヌ、俺につかまれ。ヒナ。さっさと乗って!!」


 有無を言わせぬ口調でいう。

 俺がここまで強い態度に出るのは初めてだから、2人ともびっくりしている。

 でも、すぐに円盤に乗ってくれた。


「それじゃ、また」


 レグルスさんに別れを告げると、ゆっくりと亀裂の上まで上昇する。

 そのまま西の方角に500メートルほど飛び、だれも見ていないのを確認する。


「長距離転移、自室」


 いったん戻るといったのは本当だ。

 セリーヌとリアナを傷つけてしまった以上、このまま先には進めない。

 とりあえず拠点にもどり、いろいろ考える必要があると思った。


 一瞬の暗転……。

 目の前の光景が、カイーサ・レミアの居室へ切りかわる。


 イメルダがカーペット用のホウキを持って、せっせと床掃除をしてる。

 俺たちが転移してきても、まったく動揺していない。さすが一流メイド。


「お帰りなさいませ、御主人様」


 ホウキを持ったままだけど、きちんとメイドのお辞儀で迎えてくれた。


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