第35話 古参の傭兵はレベルで語れない?


「あーん? なんだレグルスか。それに安息所にいたガキじゃねーか。なんか用か?」


 亀裂の先にある曲がり角から、のっそりとガルバンクが姿をあらわした。

 あいかわらず左手を背中側に回している。

 以前と違うのは、右手には長剣を握っていることだ。


「人を殺しといて、なんだよそれ!」


 つい口を突いて出た。


「ああッ? てめえC級になっても、ダンジョンのルールを知らねえのか? ダンジョンに入ったら、法律とかギルドのルールなんか通用しねーんだよ! ここにあるのはダンジョンルールだけだ!」


 ダンジョンルール? なにそれ、知らないんですけど。


(春都。ダンジョンルールというのは、ダンジョンコアが定めたサバイバルのためのローカル・ルール。自然発生型ダンジョンのコアは汎用タイプだから、この手のダンジョンのルールはだいたいみんな同じ。守らないと死ぬことになる)


 ヒナからの念話アドバイスだ。

 これ、便利だなー。


「ダンジョンルールは、自己責任と自己解決。そして中でのことを外に持ち越さない……これだけだ。自分のやったことは、すべて自分の責任になる。その範疇なら何をやっていいんだよ! わかったか小僧!!」


 なんかガルバンクの言い分を聞いてると、俺がものすごく間抜けなような気がしてくる。ほんとにそうなの?


 黙ってたレグルスさんが、ゆっくり口をひらく。


「ダンジョン内で起こったことは、ダンジョン内で解決しなければならない。だから人を殺しても、遺品を強奪しても、ちょっと余禄で女を犯して楽しんでも、ダンジョンの外にもどれば無罪放免……たしかにその通りだ、ガルバンク」


「だろう? なら邪魔すんなよ」


「そう……おまえの言う通り、ここで俺がおまえを殺しても、外に出れば無罪放免だ」


「てめえ……やんのか!?」


「俺はパーティーを守らなきゃいかんからな。どうせおまえの目当て、つぎは俺たちなんだろう? おまえは以前から限度を知らないバカだった。金目的でここに潜ったんだから、片っぱしから襲ってすべて奪う予定だったはずだ」


「いや、そうじゃねえ。てめえは手ごわいから、できれば避ける予定だった。てめえだって、基本は無関心じゃなかったのかよ。だから最短路をはずれて東の亀裂で狩りしてたんだろ?」


 はー。なんかタヌキとキツネの化かしあいみたいな問答……。

 冒険者って、みんなこうなの?

 なんか夢が壊れそう……。


「自分たちの身に災厄が降りかからなければ、ダンジョンでは基本スルーする。これは変わってない。だがおまえは、いま俺たちを殺そうと隙をさぐっている。だから俺も殺すつもりで相手をしてる。ただそれだけだ」


「わーったよ。それじゃ取引しよう。レグルス、おまえのパーティーには、ダンジョンを出るまで手を出さねえ。その代わり、てめえも俺のやることには知らんぷりする。な、これでルールを守ってるだろ?」


 レグルスさん、どう答えるつもり?

 まだ警戒は緩めてないけど、なんか返事をしないのが恐い。


「おい、ガルバンクとやら」


 突然、セリーヌが大声を出した。

 これまでうしろの暗がりにいたけど、いきなり前に進みでてきた。

 たぶん見えてなかったんだろうなー。


「て、てめえは安息所にいた騎士じゃねーか! なんでここにいる!!」


 セリーヌがいることに驚いている。

 公領騎士といえば、公都では警察官のようなものだ。

 犯罪者から見れば恐い存在に違いない。


「私は公領騎士だが、同時に冒険者でもある。たしかに貴様の言い分は、ダンジョンルールに従っている。しかし、それには例外があることも知っておろう?」


「うぐ……」


「公領騎士もしくは衛士がダンジョン内にいる場合、公都の法律を犯した冒険者を見かけたら、法に基づいて処断して良いことになっている。ただし現行犯にかぎる。この例外措置は、ダンジョン内での強盗殺人があまりにも頻発したため、伯爵様が国王陛下に嘆願なされて決まったことだ。騎士団がここを演習場にしているのも、定期的に見回って犯罪を抑止するためでもある。それくらいA級冒険者なら承知しているはずだ!」


 これも知らなかった……。

 俺、ほんと肝心なこと、なーんも知らんのね。

 なんか悲しくなっちゃった。


「俺は、なーんもしてないぜ? 現行犯じゃなきゃ処罰できないんだろ?」


 あー、しらばっくれた。

 こいつ……根っからの悪党だ。


「すまん……俺たちは、よそに行く」


 レグルスさんが、セリーヌにむかってそう言った。


 えっ?

 マジで行っちゃうの?


「止めだてして申しわけなかった。あとは私のほうで何とかする」


 セリーヌも行かせちゃうの?

 なんで? なんで!?


「俺……許せないんだけど」


「春都殿。ここは出しゃばらないでほしい」


 わあ、セリーヌに怒られた!

 まるで部外者扱い。

 んん? 俺、ほんとうに部外者なのかも?


(春都。セリーヌのいう通りにして。いまセリーヌは公領騎士の立場でものを言ってる。春都は冒険者の立場でしか行動できない。レグルスが手を引いたのも、冒険者同士のルールに従っただけ。春都はレグルスと同じ立場)


 警察官がいる現場で、民間人がよけいな手出しをするようなもん?

 じゃあ、セリーヌに任せて大丈夫なのかな?

 念話で確認してみよう。


(セリーヌ。俺だったら、こいつを捕縛できるんだけど……ダメなの?)


 返事はすぐ返ってきた。


(春都殿……もう少し待ってほしい。うまく行くように誘導する)


 あっ、なんか考えがあるみたい。

 じゃあ見守ることにする。


「てめえ……俺に勝てると思ってるのか?」


「ああ、思っている。ただし私1人では大変そうだな。でも……公領騎士には衛士見習いの任命権があるし、私はアナベル守備隊の警備長でもある。だからぞ。そうすれば多勢に無勢で貴様が不利になる」


「汚ねえことすんなよ……」


「犯罪者を相手に汚いもクソもない!」


 うわ、セリーヌの知られざる一面を見てる気がする。


 でも、なんでセリーヌは、すぐに行動しないんだろう。

 もしかして、本当に現行犯じゃないと手を出せない?

 そういや、さっきって言ってたけど……。


「ちっ!」


 小さな舌打ちが聞こえた瞬間。

 ガルバンクの姿が消えた。


「どこまでも甘いガキどもだな」


 いつのまにか、俺の首筋にナイフが突きつけられている。


「貴様っ!」


「おっと騎士様、動くんじゃねーぞ。まだこいつ、衛士見習いに任命されてないよな? だからこれは、俺とこいつのトラブル……冒険者同士の悶着だ。さっきこいつは、俺のことを許せねえってほざきやがっただろ? だったら、俺が自分の身を守るため反撃してもいいよな?」


「くっ……」


 俺の不用意な一言が、このピンチを招いた?

 どう考えてもそうだよな……。


(春都殿。から暴れていいぞ。冒険者同士がトラブルと認めた事に対し公領騎士は介入できない。これは事実だ。しかし同時に、私の前で冒険者同士が殺しあった場合、私には逮捕する理由ができる。だからこいつは、私の前ではもう殺せない。そういうことだ)


(ってことは、俺も殺しちゃダメってこと?)


(春都殿は最初から殺すつもりなんてないだろう? そこは信じてる)


 信じられてしまった。

 まあ、殺すつもりはなかったけどね。


「物理反射」


 ――キン!


 魔法を使うと同時に、強引に動く。

 喉元のナイフが、物理反射によって弾け飛んだ。


「刃断百撃!!」


 まったく予備動作なしに、ガルバンクが全体攻撃のスキルを放ってきた。

 完全に不意を突かれる。


 いや……そうじゃない。

 全体攻撃は、魔法にせよスキルにせよ、よほどの高レベルでもなければ事前に準備動作が必要だ。そう、特別な俺以外は。


 こいつ、話しているあいだに予備動作を終わらせてたな。

 どう言いつくろうと、俺の油断が招いた結果だ。


「ま、魔法盾3!」

「魔法盾2!」


 俺とセリーヌの魔法がかぶさる。

 合計5個の盾が出現した。


 ――ガッ、ガガガガッ!!


 不意打ちを食らったが、すべて弾きかえせた。

 パラパラとくだけた鋭利な石片が落ちる。


 見た目は【かまいたち】技に似た真空斬撃だ。

 でも【刃断百撃】は、土系の物理攻撃も同時に襲ってくる。


 ……ガルバンク、だてにA級を名乗っていないな。


「ちっ、防いだか。ところで騎士さんよー。冒険者同士のケンカに手ぇ出すなんて、ルール違反もいいとこなんじゃねーか?」


「うっ、つい……」


 俺を思ってのセリーヌの行動が、完全に裏目に出た。


「そういう事なら、俺にもやりようがある。いいか騎士様? ぜんぶてめえのせいだからな。たしかダンジョンでの騎士の専横は、免職に値するって法律があったよなー。あとでギルドにも、しっかり報告させてもらうからな!」


「な、なにをするつもりだ!」


「いや、なんもしねえよ。ただ、俺が魔物用に張ってた罠に、なんか引っかかった感じがしただけだ。てめえが手出ししなきゃ、もっと早く罠を解除してたんだがなあー」


 ガルバンクの余裕の笑みが気持ち悪い。

 ……なにをした?

 罠……ハッと気づいて念話を送る。


(ヒナ、リアナ、大丈夫か!?)


(春……な……玉!)


 ヒナの念話がぶつ切れになってる。

 なにか嫌な予感がする。


「おまえ……何をした!?」


「知るか、ばーか」


「くそっ、猫ころがし!」


「うおっ!」


 ガルバンクがすっ転ぶ。


「重力制御、重力捕縛!」


 もう手抜きなんてしてらんない。

 たちまちガルバンクが地面に這いつくばる。


「セリーヌ、ここは頼む!」


 重力捕縛の持続時間は1分少々しかない。

 術が切れれば戦闘になる。

 それを見越して頼んだ。


「わかった」


「重力制御、降着円盤!」


 ヒナたちがいる場所は、ここから数十メートル離れている。

 しかも見通しが悪いから短距離転移はできない。

 


 ほんの数秒で、見覚えのある木人形が見えてきた。

 リアナが出した木人形だ。


「無事か、良かった!」


 木人形のまわりには、10匹以上のアンデッド系魔物が取り囲んでいる。

 2人の前には、ヒナが出したらしい土壁があるけど、もうかなり削られてる。


「精密鑑定!」


(ヘルタースケルトン。ダークスケルトンの上位種。A級モンスター。レベル80。瘴気の息/困惑の骨声/身体硬化3/炎爆/氷爆/再生。魔法耐性パッシブ。魔法耐性が常にかかっているため魔法が効きにくい。物理攻撃で破壊しても短時間で再生するため、MPを完全消費させるか消滅させない限り倒せない)


 うわあ、厄介すぎる……。

 これじゃヒナの専門魔法2レベルの魔法玉じゃ対処できない。


「春都、心配かけてごめんなさい! 防御するので精一杯で念話に集中できなかった!」

「障壁天蓋、魔法盾3!」


 とりあえず、これでひと息つける。


「いや、無事ならいい! それより、こいつらなんで集まってるんだ!?」


 ふつうなら上位種は、多くて1~2匹のはず。

 それが10匹以上も集まるのは異常すぎる。


使。時限式だったから気づかなかった」


 ガルバンクのヤロー。

 前もって、ぜんぶ準備してたな?

 帝国の傭兵だったみたいだから、どうせ魔法玉も軍用品を盗むとかしたんだろう。


 2人とも、しゃがみこんでいる。

 リアナが何か言っている。耳を澄ますと泣き言のようだ。

 背を見せてるから様子がわからない。


「……痛いよ~。あたしの足が……足がないよぅ~」


 まわりこんで見ると、右足の太股から先がない。

 ヒナが土壁を作る前に、ヘルタースケルトンに切り落とされたらしい。

 止血には成功しているが、もはや【治癒】で治せるレベルじゃなかった。


「リアナ、帰還!」


 一瞬でリアナが天界へ帰還する。

 隔離空間にもどせば、肉体は完全状態にもどるんだよな?


「ヒナ、極光は効く?」


「先に殲滅フレアのほうがいい」


 俺だけ障壁天蓋の外に出る。


「殲滅フレア!」


 間近の敵に殲滅フレアを使うのは初めてだ。

 一瞬でヘルタースケルトン全員が、まばゆい純白の炎に包まれる。


 ――ガアアアア――ッ!


 1万度の高温に焼かれ、サラサラの灰になっていく。

 でも……微妙に灰の山が蠢いている。

 灰になっても復活できるの!?


「極光を使って」


「極光!」


 灰の山の中から無数の光輝――浄化の光がほとばる。

 みるみる灰を消し去っていく。


「これで大丈夫。でも、セリーヌが危ない!」


 な、なんだってー!

 いそいでインベントリから高級MPポーションを取り出して飲む。


「重力制御、降着円盤! ヒナ、乗って!」


 最速でセリーヌのもとへむかう。

 遠くから剣戟の音が聞こえてきた。


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