第34話 予期せぬ襲撃。


 4階層に降りてすぐ、ハルマゲドン・カウンターを確認した。

 残り65日だ。


 昨日62日だったから4日増えてる。

 ヒュドラ撃退で4日も増えるなんて、やっぱ神話級はすごいもんだ。


 でも……。

 どういう理由で加減算されるのか、いまだに基準がわからない。


 おそらくかなんかで、予想もつかないほど波及して、結果的にわけわからん日数が加減されるんだろう。


 バタフライ効果って……まあ、【風が吹けば桶屋が儲かる】って落語みたいなもんらしい。あれ? よけいにわからん? うーん……。


 とまあ……その効果があるかぎり、ある日、いきなり日数ゼロになる可能性もあるってこと。これに気づいた時、かなりビビった。


 でも基準がわからないんだから、恐がっていても起こるときは起こる。

 だから用心はするけど、あまり気にしないことにした。


「なんで空があるのー?」


 リアナが上を見ながら聞いてきた。

 視線の先には、ダンジョン内とは思えない青空が広がってる。


 だ~か~ら~。ここもおまえの設定……以下略!

 返事しなかったため、セリーヌが口を開いた。


「ダンジョン内の各階層は、ダンジョンコアが生成した異空間と言われている。だからここのように、一見すると地上のような風景の場所もある。しかし良く見ると、ほら」


 セリーヌが指さす北の方角を見ると、地面があちこち隆起して迷路のような構造になっている。


「4階層は見ためには自然環境だが、実際には迷宮構造になっている。また、こういった場所には、地下道や丘の上といった階層内の高低差も存在する。しかしそれらは、ダンジョンの上階層や下階層にはつながっていない」


 4階層は広大な自然環境になってる。

 周囲はぐるりと断崖絶壁。

 全体は直径2キロくらいの円盤状。


 いまいる3階層からの階段出口は南の断崖に開口してる。

 目の前には、低い潅木と背の高い雑草におおわれた草原が広がってる。

 1キロ先ぐらいから森……。


 西の崖の洞窟から川が流れてて、中央付近は沼地になってる。

 中央よりすこし東側には、大きな地割れが東の断崖まで続いていた。


「セリーヌって……ここ詳しそうだけど、来たことあるの?」


 俺の質問に、待ってましたとばかりに嬉しそうな表情をうかべた。


「ああ、何度も来ている。なにしろここは公領騎士団の主演習地だからな。私は正騎士だから、4階層までは中隊編成で来たことがある。さすがにソロだと無理だったが……」


 たしかアナベルの古代神殿ダンジョンは、守備隊の訓練とかテストに使ってたって言ってたよね? ダンジョンって、その手の訓練場にするのが常識なんだろうか。


「なるほどなー。だったら出現する魔物とかも知ってる?」


「知っている。ただ、それらを説明する前に、ここの地形的な特徴を教えておきたいのだが……」


「さっき言ってた階層内の高低差ってやつ?」


 話の腰を折ってしまったことに気づいて、あわてて流れをもとに戻す。


「大事な事だからな。階層内の高低差は目くらましになっている。ダンジョンの下階層へむかって降りているつもりが、じつは同じ階層内を迷っていることになる。これで疲れ果て、そこを魔物に襲われて死ぬ者が多いのだ」


「そりゃ恐い」


「そういう意味で4階層は、ダンジョンの性質を学ぶには格好の場所といえる。だから公領騎士団の演習場に指定されているのだ」


「本当の下層への道と偽物の高低差とは、どうやって見分けるの?」


「足を踏みこめば、あとはマップを見ればわかる。偽物のダンジョンは、いくら上や下に行っても4階層の表示のままだ」


 なるほど、言われてみれば簡単だった。

 でも探索とかマップのスキルを持ってない冒険者だと地獄だな。


「ヒナ。その他の注意点は?」


「階層全体が広い。だから、くまなく調べていると時間が足りなくなる。まず高台とかに行って周囲を確認する。最初に探索するポイントをあらかじめ定める。これが大事」


「あー。あたしだってアドバイスできる!」


 自分だけ仲間外れにされたと思ったリアナ、強引に割りこんできた。


「そう? ためしに言ってみて?」


「春都は【短距離転移】が使えるじゃない? だから見える範囲を飛び回って、効率的にマッピングするの。転移した地点を中心に一定範囲が自動的にマッピングされるから、先にやっとけば、その後が楽ちんじゃない?」


「おおっ! リアナが賢いこと言った!!」


「ふふん。あたしだって、やれる子なんだからね!」


「さっきメニューのヘルプ、カンニングしてただろ。知ってるぞ」


「えー、見てたのー。春都のイケズー」


 ズルするほうが悪い。

 でも今日のところは、【事前にヘルプを調べることができた】から誉めてやろう。

 俺も、まだ見てなかったし。


 ともかく……。

 まず最初に【復活】と【長距離転移】のポイントを登録すること。


 未知の場所に来たら、これを最優先でやる。

 それが鉄則だ。


 ポイントがマップに記載されたかチェックしていたら……。

 突然、セリーヌが声をあげた。


「春都殿。なにか声がしなかったか?」


 じっと耳を澄ませる。

 なにも聞こえない。


「どこらへんから聞こえた?」


「前方の起伏が激しいあたりだ」


「ちょっと見てくる」


 短距離転移で、セリーヌが指摘した場所付近に移動する。

 いきなり足をすべらせた。


「じ、重力制御!」


 足の部分に重力場を発生させる。

 くるりと体が回転し、空中に立った。


 あれ?

 これ利用すれば空を飛べるじゃん!


 よく見れば、足もとの地面にぽっかりと亀裂が開いてる。

 下は空洞になってるらしく、重力制御できなければ落ちてた。


「精密探索4、立体探査」


 亀裂の中を3次元で探査する。

 すぐにマップに輝点が現われた。


(北東300メートル付近の地割れ地点。2名の人物アイコンがある。それとは別に3つの死体もある。だが付近に魔物の表示はない。どうしたもんかな?)


 パーティー念話で、みんなに情報を伝える。


(こちらセリーヌ。了解、すぐそちらに向かう)


 ヒナが答えるかなって思ったけど、いち早く返事したのはセリーヌだった。

 うまく重力を制御して、亀裂の上に降りる。


 マップには人間をしめすマーカーしかない。

 生きてる人族と死んでる人族の表示……。

 これはトラブルの予感しかしない。


「お待たせ」


 真っ先に走ってきたのはヒナ。


「ひ、ヒナ殿……なんで、そんなに速い?」


 全速力でも追いつけなかったセリーヌ、かなり焦ってる。

 そりゃフルプレート姿で競争したら負けるだろ?

 リアナは悠々自適、5分も遅れて、オークジャーキーを噛み噛みしながら来た。


「亀裂の下に、生きてる人間2人と死んでる人間3人がいる。どうやら落ちたか迷いこんだみたいだけど……どうする?」


「助けるべきだ!」

「放っておこうよー」


 見事にセリーヌとリアナの意見が対立した。


「ヒナはどうしたらいいって思う?」


「生きてる人間は助けるべきだけど、死んでる人間を運ぶのは反対する。ダンジョンで死んだら、パーティー仲間が死体を搬送するのがルール。それができなければ放置するしかない。どうしても回収したかったら、ダンジョン1階層にいる【回収屋】に有料で頼めばいい」


 【回収屋】……そんな職業があるんだ。


「俺だったら、長距離転送で1階層まで運べるけど……」


「それは否定しない。でも個人による長距離転送の使用がバレて大騒ぎになる。そうでなくとも、他人がタダで運ぶと回収屋とトラブルになる。結果的にレベリングは中止になるけど、それでいい?」


「うーん……」


 言われたことは正論なんだけど、なんか釈然としない。


「うん、ここで結論を出すのはやめる。ともかく下に行って事情を聞こう!」


 俺の決断に、ヒナは反論しなかった。


「そうとなれば急ぐべきだ」


 いまにも亀裂に飛びこもうとするセリーヌを、あわてて制止する。


「待って! いま重力制御で、みんないっぺんに降ろすから!!」


 ほんとセリーヌって、思い立ったら一途だよな。


「重力制御4、降着円盤!」


 みんなを集合させて、足もとに重力の円盤を発生させる。


「おおーっ!」


 セリーヌの驚きの声。

 円盤ごと浮遊させ、ゆっくり亀裂の中を降りていく。

 これ、ちょっとしたエレベーターだよね。


 10メートルほど降りると底についた。


「あ、あんたら……!」


 俺たちに気づいた冒険者の男が大声をあげた。


「あれ? たしかレグルスさんじゃ……」


 この冒険者、3階層の安息所にいたレグルスさんだ。

 レグルスさんは両膝をついて、横たわってる若い男に手を当ててる。

 弱い魔導波を感じるから、初歩の回復術でも施しているのかな?


「ダメか……」


 諦めたように、レグルスさんが立ちあがる。

 若い男はどう見ても死んでる。

 しかも死んでる男は、レグルスさんのパーティー仲間じゃない。


 ハーフエルフのエトラさんは、大きな岩の上に立ってまわりを警戒してる。

 魔法士のルキュラスさんは、2人の男の死体から遺品を回収中だ。


 冒険者規約によると、ダンジョンで冒険者の遺品を見つけたら、ギルドに届ける義務がある。盗むと、けっこう厳しい罰を受けるらしい。


 ただ、ギルドに遺族とかが貰いうけに来なければ、3ヵ月後には遺品を回収した者に提供される。これは良い決まりだと思うよ。


「なんだ、おめー! すげー魔法使ってるじゃねーか!!」


 やっぱ聞いてくるよなー。


「その話はあとで。なにが起こった?」


「なんもこーもねえよ。俺たちが東の地割れにいるダークスケルトンを狩ってたら、いきなり悲鳴が聞こえたんだ。でもって急いでやってきたら、このザマだよ」


「知ってる人?」


「プラナの冒険者ギルドに所属してるB級冒険者だ。名前はケインとルーダー。若いのに優秀な奴らだったんだが……」


「ちょっとすまぬ」


 横からセリーヌが身を乗り出してきた。


「4階層にB級が2人だけで来るのは解せんのだが?」


「こいつらは、いつも5人でパーティーを組んでいた。だからあと3人、どっかにいるはずだ。タンク役のゲインとヒーラーのマレナ、斥候のバイクだ」


「死んだ男は、2人とも首の背中側からひと突きで殺されている。傷痕からすると小型のナイフだな。即死する急所だから、当人は死んだことすら判らなかっただろう」


 セリーヌが騎士らしく検分する。


「手練の仕業だ。しかも、。これは……」


「きゃああああ――っ!」


 悲鳴だ。しかも近い!

 セリーヌが反射的に走りはじめる。

 俺もあわてて後を追う。


「ヒナとリアナは、そこで待機しててくれ! 様子を見てくる!!」


「俺も行く」


 レグルスさんが剣を抜き、俺にぴったりついて来る。

 さすがA級冒険者だ。


 ものの2分ほどで亀裂の先の現場に到着する。

 大きな体の男が倒れてる。

 おそらくタンク役のゲインだ。


 すぐ横の巨大キノコに隠れてる女の子がひとり。

 女の子の足もとにも男の死体。これが斥候のバイクだろう。

 ということは、生き残ってる女の子がヒーラーのマレナに違いない。


「気をつけて!」


 マレナの叫びと同時に、3本のナイフが飛んできた。


「物理障壁!」


 ほんとは【障壁天蓋】を使いたかったけど、レグルスさんたちがいるから高位魔法は使えない。しかたなく、ふつうの冒険者も使ってる【物理障壁】にした。


 ――キン、キキン!


 3本とも1枚の前方障壁ではね返す。


「出てこい、ガルバンク! おまえの仕業ってことはわかってるぞ。後頭部をナイフで刺して瞬殺するのは帝国傭兵の手口だからな!」


 レグルスさんの威嚇をこめた大声が響く。


 あー。やっぱ、あいつか。

 安息所での態度が不審すぎて、はっきり覚えてる。


 返事はない。

 いらつくような緊張感だけが亀裂の底に流れていく。


 探し出して倒すのは簡単だけど、ここにはレグルスさんたちがいる。

 あとのことを考えると、なるべく能力は隠しておきたい。

 どうしたもんだか……。


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