第31話 まずはダンジョンに潜ろうか。
公都プラナには地下ダンジョンが存在する。
そこでセリーヌとリアナを集中的に鍛えることにした。
いまのままだと、二人と俺とは能力に差がありすぎる。
それなら俺だけガンガン強くなって、みんなを守ってやればいい……。
そう思ったけど、なんかヒナやリアナしかできないこと――たとえばアドバイスとか女神の知識とか魔法玉とかあるから、どうしても一緒にダンジョン探索をしなくちゃならない。
セリーヌだって、ヒナとリアナを守るという意味では、しっかり役にたってる。
ぜんぶ俺が守るっての、相手が強敵になればなるほど無理だもんね。
それに……。
アナベルから公都へくる道中で感じた【謎の存在】はふつうじゃなかった。
もし戦ってたら、勝てたかわからない。
なんとか勝てても、たぶん生き残れたのは俺だけ。
セリーヌとリアナ、そしてヒナは瞬殺されてたはず。
リアナとヒナは復活できるけど、セリーヌは死んだら終わりだ。
これは困る。大問題だ。
となりゃ時間のあるかぎり、徹底的に鍛えるしかない……。
というわけで、階層で敵の強さが変るダンジョンは好都合なんだよね。
「忘れ物はない?」
俺たちは日の出とともに早起きした。
慌ただしく準備を整えると、バンガード通りから西内門へむかう。
地下ダンジョンの出入口は、ガルム街の城壁にぽっかりと口を開いていた。
城壁の一部が補強されてて、そこに二重の鉄扉が設置されている。
「公都プラナにある【地下ダンジョン】は、おおよそ600年前、城塞都市が建設された時、北にあるケルン湖の水を上水として都市の地下へ引きこんだ事に端を発している」
ダンジョンに入る手続きをしてるあいだ、セリーヌが説明してくれた。
「現在も上水路は健在で、貴族街の地下を分岐しつつ流れているのだが、都市が完成して間もなく、上水路に穴ゴブリンが住みついてしまった」
「穴ゴブリン? それって変異種なの?」
初めて聞く名前に、ちょっと興味がわいた。
「穴ゴブリンは地下に巣をつくるゴブリンの総称で、変異種というわけではない。洞窟にすむゴブリンも、つねに洞窟を拡張しているからな。ここでも住みついたとたん、地下1階に相当する上水路から下に地下通路を掘りはじめた」
巣を作るゴブリンって、想像するだけで厄介な存在な気がする。
地球でいえばシロアリみたいなもんだろうから。
「ゴブリンは600年間、ひたすら自分たちの縄張りを増やしていった。そのうち地下通路には、ゴブリンだけじゃなくほかの魔物も大繁殖しはじめた。そして地下空間の魔素量が一定レベルを越え、ついにダンジョンコアが生成された……まあ、こんな感じだな」
「それって、ほかのダンジョンができる仕組みとおなじ?」
「自然発生型のダンジョンは、まず掘削型の魔物が穴を掘ったり、もとからある洞窟に魔物が住みつくことから始まる。人工型のダンジョンは、知恵のある者が作った人工物が廃墟となって魔物が住みつくか、太古の時代に施設を守らせるため意図的に魔物を配置したりした結果うまれる。どちらも魔素量がレベルを越えてダンジョン化するという点だけが同じだ」
「はい、次……」
門番をしてる衛士に声をかけられた。
ダンジョンに入る順番がきたので、説明はここで終わりになった。
衛士に、1人あたり大銅貨2枚をわたす。
登録用の魔道具に手をかざすと手続き完了。
大銅貨2枚は初日の入場料だ。
これは前金みたいなもので、別途ダンジョンを出る時、登録した期日をもとに残金を支払う仕組みになってる。
ちなみに、ここは中級レベルのダンジョンだ。
適性レベルはC級パーティー、もしくはB級ソロ以上となっている。
俺は出かける前に、ギルドから新しいB級のカードをもらってる。
ヒナとリアナも、伯爵の紹介でC級になってるから問題なしだ。
「それじゃ行くよ。準備はいい?」
「おやつと昼ごはんは、あたしがぜんぶ持ったよー」
リアナのバッグには、お菓子と保存食料しか入っていないようだ。
「丸3日間か……。着がえは持ってきたが、風呂に入れないのが痛いな」
めずらしくセリーヌが【武】以外のことを気にしてる。
考えてみれば、汚れても生活魔法できれいにできるんだよなー。
あれ? そしたら、なんで着がえとか風呂とか気にする?
女の子にしかわからない、特別の事情でもあるのかな?
リア充とは正反対の世界で生きてきた俺、なんもわかんない。
ヒナの荷物は、ぜんぶ俺のインベントリに入れてる。
しかも着ている服は戦闘用だから完全自動メンテ付き。なにも心配しなくていい。
イメルダはカイーサ・レミアの部屋で留守番してる。
出かけるとき、ふかぶかとお辞儀をして見送ってくれた。
あれは……いいもんだ。
「じゃ、入るぞ」
上水路を先にすすむと、すり減った石畳になってた。
石畳の通路は、冒険者たちの待ちあわせ場所になっている。
大勢のパーティーがたむろしていた。
やがて【ゴブリン穴】って呼ばれる、地下2階層につづく下降路が見えてきた。
ここからが本当のダンジョンだ。
ゴブリン穴には階段が作られていて、なんの苦労もなしに地下2階層へ降りることができた。
「ええと……イメルダにもらった地図によると、2階層に出現するモンスターは中級スライムとトガリ大ネズミ、たまにゴブリン尖兵が出るらしい。食い物になるのは石突き山羊とダマシタヌキくらいだから、出会ったら確実に確保したい」
そこで言葉を区切って、リアナに何か知ってることないか聞く。
「昔はゴブリンだけだったんだけどー、ダンジョンになってから魔物が自然発生するようになって、ゴブリンたちをかなり駆逐しちゃったって、300年くらい前に聞いた気がする」
いや、それ一般人がしゃべる内容じゃないから。
万がいち他人に聞かれたら、どう説明すりゃいいんだよ。
それじゃ聞かなきゃいいんだけど……。
だって、このダンジョン設置したのリアナだもん。
だから説明するの適任だろうって思ったから聞いたんだけど。
ところが、だ!
なんとリアナ、こっそり自分の検索画面を盗み見してた。
まあ、リアナの検索は女神仕様だから、俺たちのよりずっと詳しいらしいけどね。
「どんな魔物が出てきても対処できるよう、臨戦態勢で進むことにする。ただし……俺たちは中級ダンジョンのド初心者だから、初心者に見せかける必要がある。だから他人の目があるうちは大技を使っちゃダメだぞ?」
俺たちが規格外なのは、できるだけ隠しておきたい。
そのうち隠せなくなるだろうけど、それまではそこらへんの冒険者のフリをする。
とくに異常なレベル上昇は、絶対に見られちゃダメ。
いまは面倒ごとにまきこまれてる余裕はないんだ。
「それじゃレベリング開始だ!」
最速で3階層につづく階段にむかう。
2階層は初心者むけのため、地図も通路のすべてが記入済み。
だから地図をメニューのMAPに転写すれば、迷わず階段まで最短距離でいける。
あちこちで魔物狩りをしてる冒険者に出くわす。
目立ちたくないので、無付与状態の武器と初歩的な攻撃魔法のみで魔物を倒していく。
魔物のレベルが低いから、なかなか経験値がたまらない。
3階層の東北区画にある【第2安息所】にたどり着くまでに、ポイズンスライム4匹、強酸スライム7匹、尖り大ネズミ6匹、ゴブリン尖兵6匹、石突き山羊2匹を倒した。
なのに、だれもレベルアップしてない……。
うーむ。なんかあせる。
でも……今日の夜食は、石突き山羊の串焼きに確定!
「よう、兄ちゃん。ここに潜るのは初めてかい?」
第2安息所に到着すると、そこにいた冒険者のパーティーに声をかけられた。
声をかけてきた男は20歳後半にくらい。二刀使いの剣士だ。
いっしょにいるのは男の魔導師……。
あ、魔導師ってのは魔法使いのランクのひとつね。
最初が魔法士、つぎが魔導師、その上が大魔導師って感じにランクアップする。
弓使いのエルフ女が1人。これで全員らしい。
なんかバランスの悪いパーティーだなー。
「うん、初めて。きのうアナベルからやってきたばっかだから」
冒険者は対等、言葉に気をつける……。
つい丁寧語になりそうな自分を心の中で戒める。
第2安息所のすみっこに腰をおろし、リアナの肩かけ鞄から昼飯を出してもらった。
セリーヌは、反対側の壁ぎわにある水場に水汲みに行ってる。
今日の昼飯は、出がけにイメルダから手渡されたサンドイッチ。
彼女は早起きして、俺たちのために朝食と昼の弁当を作ってくれたのだ。
前日に頼めば1階のレストランで作ってくれるのに、手作りのやさしさが嬉しい。
「アナベル……ああ、迷いの森か。たしかあそこには、ベルハウム古代遺跡のダンジョンがあったな。地下1階層は初心者むけだが、先にすすむと途端に難易度があがる。最深部にいるスカルドラゴンにいたっては、A級パーティーでも勝てるかどうか」
あの古代遺跡、ちゃんとした名前があったんだ。
しかも行ったことあるなんて、さすが中級冒険者だな。
俺たちが行くまでは未踏破だったけど、スカルドラゴンの情報は行き渡ってるみたい。
これ、よく考えると恐い話だよね。
ボス部屋はいったん入ると、ボスを倒さないかぎり出られないんだから。
未踏破ってことは、複数のパーティーがボス部屋前まで到達したけど、だれもスカルドラゴンを倒せなかった……つまり部屋に入らなかったパーティーをのぞいて全滅したってことだもん。
そして、恐れをなして逃げ帰ったパーティーが話を広めた……。
「もちろんお前らも、あそこに潜ったんだよな? 見たとこ初心者に毛がはえた程度みたいだが、ここにいるってことはC級か? となるとベルハウムじゃ、1階層までしかもぐってないだろ?」
話しかけてる男がリーダーみたいだけど、聞いてもいないことを軽々しく口にするなんて、どことなく冒険者らしくない。
「スカルドラゴンって……この前に討伐されたって聞いたけど?」
しらっとした顔で聞いてみる。
どれくらいの情報が漏れてるか、知っておきたかったんだ。
「ホントか!? あそこらへんでS級っていったら、ギルド長のアンガスさんしかいないはずだが……ギルド討伐でもあったんだろうか。こっちにゃウワサも来てねえぞ」
「いや、俺もギルドでちらっと聞いただけだから……」
秘密は完璧に守られてるみたい。
さすが伯爵とギルドの連携はきちんとしてる。
「あら、あなた。エルフかと思ったけど人間なのね? わたしはハーフエルフのエトラ。あなたは?」
目ざとくリアナを見つけたエルフ女が、探るような目つきで聞いてきた。
「あたしリアナ。女神リアナのリアナね。種族的にはエルフじゃないけど……」
なにかリアナが、いらん事を口走りそうな……。
俺はサンドイッチをもらうふりをして、さりげなくリアナを制止する。
「午後は本格的に狩りをはじめる。さっさと食べて出かけるぞ」
「おう、やる気満々だな。俺の名はレグルス。こっちの魔導師はルキュラス。見た目は人間だが、じつは亜人サキュバスだ。俺がA級で、ほかはB級冒険者だ。いつもなら治療士と斥候役がいるんだが、急用でこれなくなってな。そこで臨時の仲間を探してたんだが……その様子じゃ無理そうだな。いや、悪かった」
なるほど。パーティーに欠員があるため、穴埋めするため声をかけたのか。
でも俺たちが初心者っぽいから、お眼鏡にかなわなかった……。
大きなお世話だよな。
「お役に立てなくて申しわけない」
どこまでも低姿勢。
これが百難から身をまもる奥義だ。
「おーい、レグルス!」
遠巻きに俺たちを見ていたソロらしい冒険者の男が、片手をあげて近よってきた。
「なんだガルバンクか。おまえ、帝都に行ったんじゃなかったのか?」
ガルバンクと呼ばれた男、レグルスより細身だが、どことなく危険な感じがする。
さりげなく男を【精密探索、スキャン】してみた。
ガルバンクは左手を腰のうしろに回している。
左腰に片手剣をさげているため、ふつうに見るかぎりでは、武器から手を離して敵意のない姿を見せているように見える。
だけど【スキャン】はごまかせない。
知りあいの冒険者を前にして、この態度。ろくなヤツじゃないな。
気になって、こっそりステータスを見た。
レベル78。A級冒険者。各数値はそれなりに高い。
魔法とスキルも冒険者としては多いほうだ。
でも……。
ひとつだけ見逃せない記述がある。
【隠蔽称号 陵辱殺人者】
こいつ……過去に人を陵辱目的で殺してる。
称号がついてるくらいだから、殺したのは1人や2人じゃないはず。
隠蔽処理されてるから、これは非合法。
なんか背後に犯罪組織がチラついてるような……。
その男が、いまリアナを舐めるように見つめてる。
やばいじゃん、これ。
「帝国? ああ、あっちは当面ダメだ。魔王国との合戦に負けて、大幅に戦線を後退させている。そんなとこにアホ面下げて居座ってたら、命がいくつあっても足りゃしないぜ。だから、しばらく傭兵家業はやめだ。ダンジョンで稼ぐことにした」
「そうか」
レグルスも、ガルバンクが危険な男って知っているようだ。
俺たちに対する態度とは打って変わり、そっけない返事で終わらせようとしてる。
「なんだよ冷てぇな。せっかく俺様がパーティーに入ってやろうって思ったのによ。俺なら探索だけじゃなく、鍵外しとか罠発見もできるぜ。治癒魔法はないが、ポーションを余るくらい持ってきてる。ソロで5階層まで潜るつもりだったけど……どうだ、一緒にやらないか?」
A級だとソロで5階層まで行けるのか。
これは参考になった。
「………」
レグルスは無言のまま、ちらりと仲間に視線を送っている。
返事は嫌そうな顔。暗黙の拒否だな、これ。
「いや……遠慮しておこう。今日は踏破じゃなく金稼ぎに来てるから、4階層でダーク・スケルトンを集中的に狩る予定なんだ。ダーク・スケルトンは魔法をつかう剣士だが、落とすアイテムには旨味がある。たまに現われるスカルナイトを狩れれば、1匹で1日の稼ぎになるしな。そういうわけで、悪いがほかを当たってくれ」
断られるとは思っていなかったのか、一瞬、ガルバンクの左手に殺気がこめられた。
でも俺たちの目があるから行動には移らない。
「そうかよ。5階層にいけば中ボス部屋に上級マンティコアがいる。4階層なんて目じゃねえ稼ぎになるって思ったんだが……まあ、今回はあきらめるか」
なるほど、中ボスを倒すための戦力が欲しかったのか。
自分の事しか考えないヤツなんて、知らんぷりしたほうがいい。
「それじゃ俺たちは先に行くからな。おまえらも気をつけろよ。ダンジョンにゃ、{いろんな敵がいるからな:傍点}」
さりげなくレグルスが、ガルバンクのほうに視線を送りながら忠告する。
なるほど……。
ガルバンクに目を付けられるとPK……プレイヤーキルの対象にされるらしい。
魔物じゃなくて冒険者を狩る。
ダンジョンでは、身ぐるみ剥ぎとる盗賊まがいのヤツがいる。
ここらへん、まったく地球のネットゲームとおなじ。
「御親切に、どーも」
レグルスたちを見送りながら、俺はガルバンクの気配を探ってる。
安息所は魔物の襲撃は防いでくれるけど、冒険者の攻撃からは守ってくれないらしい。
だから警戒を怠れない。
でも、いつ襲われても対処できるようにするって、意外と難しい……。
「ねえ、はるとー。卵焼きもあるよー。たべてー」
場の空気をまるっきり理解してないリアナ。
ガルバンク、はやく消えてくれないかなー。
そう思いながらヒナに声をかける。
「ヒナ、卵焼きだってよ。食べるか?」
「うん。大好き」
ヒナはガルバンクの悪意に気づいてるみたい。
ちょっと緊張しながらも、知らんぷりしてる。
そうこうしてるうちに、セリーヌが鎧の音をたてながら戻ってきた。
「ちっ。なんで公領騎士がいるんだよ!」
あきらかにガルバンクが怯んだ。
悪人だけに、公都の治安を守る騎士は天敵みたいなものらしい。
「ああん? いて悪いか?」
セリーヌが雰囲気を察して睨みつける。
ただそれだけで、ガルバンクは尻尾を巻いて逃げ出した。
「なんだ、あいつ……」
「セリーヌ、ありがと。なんか絡まれてた」
「あー、いや。感謝されるようなことはしていない」
セリーヌが赤くなってデレてる。
なんで?
まあ、いいか。
昼メシ食ったら、いよいよ本格的にレベル上げを始める。
そのためには気持ちを切りかえなきゃな。うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます