第26話 キャンプの思い出。


 チロチロと焚き火の炎が揺れている。

 いま寝ずの番をしてるのは、俺とヒナの2人。

 あとのみんなは、すぐ近くでテントを張って寝ている。


 朝はやくアナベルの町を出発して、昨日の夕方、カタン教団の連中に襲われた。

 それから夜どおし馬車を走らせた。


 今日も、朝と昼に1時間ずつ休憩しただけで、夕方まで走りっぱなし……だから御者ぎょしゃをつとめたムーリムさんとセリーヌはすごく疲れてる。


 朝からちょっと前まで雨だった。

 雨に打たれながら馬車を走らせたセリーヌ、なんか見るからにボロボロ。

 もう休ませないとダメって感じだ。


 俺は馬車の中でヒナと交代しながら、探索魔法で周辺の警戒しまくり。

 可能ならリアナの【ケモノ鼻】もやって欲しかったけど、馬車酔い中で無理。

 いまは【酔止玉】と俺の昏睡魔法をつかって眠らせている。


 ホントは、隔離空間に帰還させたほうが酔い止めとしては完璧なんだけどね。

 リアナがいっしょにいたいって騒ぐもんで……まあ次善の策ってやつ。


 キャンプする時も、すぐ休息できるわけじゃない。

 まず安全を確保しなきゃ安心できない。


 そこで重力魔法を使って、40メートル四方くらいの土の壁を作った。

 高さは3メートル、幅は1メートル。

 魔物に襲われても壊れないように、強い重力で圧縮してガラス状に変性させてある。


 出入口は1ヵ所のみ。

 大きな鋼鉄製の扉を設置して、馬車ごと安全エリアにいれた。


 夜は扉をとじて、扉が見える場所に焚き火をする。

 テントは焚き火より奥に設置した。


「春都、もうすこし近くにいっていい?」


 雨上がりと日暮れがほぼ同時だったから、ちょっと冷えてきた。

 この世界に来てまだ日が浅いから季節感は感じない。

 ただ……前にヒナに聞いたら、いまは秋らしい。


 俺とヒナは、そこらへんの木を切って作った丸太に腰かけてる。

 おたがい毛布を羽織ってる。カゼでも引いたら大変だもんね。


「うん、いいよ」


「ありがと……」


 ホントいうとヒナには寝てほしい。

 でも、どうしてもいっしょに番をするって言ってきかなかったんだ。


「あのさ」


「ん?」


「俺……この世界にきてから、ちょっとは変わったかな?」


 じつは、ずっと気になってた。

 口ごもる癖は治してもらったけど、ほかの性格は?


 ヒナは『そのうち変る』って言ってくれた。

 でも自分のことになると、実際どうなってるのかよくわからない。

 だから機会があれば聞いてみようと思ってたんだ。


「すごく変わったと思う。ボクの予想をはるかに越えている」


「うそだろ? ホントのこと言ってくれよ」


 いつもの励ましのほとんどは、ヒナのやさしさってことには気づいてる。

 だけど今は本音が聞きたかった。


「ウソでも誇張でもない。これはボクの推測だけど……もしかすると春都が気にしてる自分の性格、持って生まれたものじゃないかも。生来の性格は魂に刻まれてる。これを変えようとすると、魂の色を塗りかえるくらいの大変な努力が必要。ふつうは何度も転生して変えていくしかない」


「それって、仏教とかの【業】とか【因果】とかいうやつ?」


 生前の実家が浄土真宗だったもんで、小さいころからこの手の話は聞かされてた。


 実際に輪廻や転生があるんだから、仏教の教えもあながちウソじゃない……そんな気がしてる。


「それに近い概念だけど正確にはちがう。人が一生をかけて体験したことは魂に刻まれている。でも転生すると、すべてが潜在意識に沈んでしまう。そして人が転生するとき、性格は潜在意識をもとに作られる。そういうこと」


 自分で質問していてなんだけど……。

 ヒナに仏教の知識があるのにはびっくりした。


 ここは異世界なんだから、当然ナニソレって言われるって思ってたんだ。

 たぶん天界システムの万能検索で知ったんだろうけど、びっくりだよね。


「でも……俺の性格の大部分は、転生によるもんじゃないんだろ?」


 そうであってほしい……。

 こんなひねくれた性格がデフォで、転生しても尾を引いてるなんて心底イヤだ。


「うん。たぶん春都の性格の歪みは、地球で生まれたあとに体験したことが原因になってる。地球的にいえば後天性の性格。これは精神的につらいことや肉体的にひどいことをされると、生まれた時に持ってた性格が歪められてできる」


 よかった~。

 思い当たるフシ、腐るほどある。


 でも、ここのところ忘れてた自分に気づく。

 生前はどんなことがあっても忘れなかったのに。


 夜、布団の中にはいって眠ろうとすると、身もだえするくらいリアルに、小学校や中学校でイジメられた光景が脳裏に浮かんでた。


 無視しようとすればするほど、より鮮明に浮かんできた。


 それがヒナと出会い、セリーヌと仲間になり、アナベルのみんなと色々やりはじめてからは、寝る前に思いだすこともなかったし夢にも見なかったんだ。


 これ……自分にとって大きな変化のような気がする。


「……たしかに昔のイヤな記憶は薄れてるような気がする。でもそれが性格の変化につながってるかは、自分じゃよくわかんない」


「たまにだけど、春都の言葉に自信がにじんでる時がある。ボクに頼らず、自分で決断することが多くなってきた。自分の行なうことが他人にどう影響をおよぼすか、前もって予測していることが多くなった。セリーヌに対して、ときどきエロい目で見るようになった」


「最後のやつ、なんかちがう!」


 いきなり、なに言いだすんだよ、もう。

 ヒナのかわいい唇から出ていい言葉じゃないと思うぞ。


 あれ? 出てもいいのか……?


「ちがわない。春都は、もともと健全にエロい性格。なのに自分に自信がなかったせいで、そう思う心さえ封印していた。それが最近、ほころびはじめてる。セリーヌは騎士といっても、中身は女性ホルモン出しまくり、花も恥じらう16歳の乙女。精神年齢18歳の春都が気にしないほうがおかしい」


「ホントは36歳なんだけどねー」


「36歳でも童貞だと、精神年齢は未成年のまま発達しないことが多い。とくに春都の場合は典型例。幼いころから異性とまったく接触しないで過ごしてきたから、18歳でも評価しすぎなくらい。ホントは思春期はじまったばかりの12歳くらいかも?」


 ヒナがここまで突っこんだことを言うなんて……。

 うう、胸がシクシク痛い。


「それ欠点にしか聞こえないんですけど」


「ヒネこびた大人の性格になるより無限倍にマシ。へたに自意識を増大させた大人は、もう純粋な子供の心にはもどれない。でも春都はちがう。まだ思春期の多感な性格のままだから、人間にとって良い刺激をうければ、どれだけでも成長できる。そう……ボクが予想してたより、ずっと成長速度が速い」


「それ、ヒナの判断? それとも天界システムの分析?」


 ヒナの態度はいつもの通りなんだけど、言ってることが天界システムっぽい。

 いったい、どっち?


「ボクは至高神によって造られた天界システムの一部。もう作られて6000年以上たっている。そのあいだ、ずっと天界システムの機能を処理していた。でも春都がきてからは、ナビゲーション端末として分離された。肉体を与えられた瞬間から、自立思考AI機能が追加されてる」


「天界にいたときは、固有の意識を持ってなかったの!?」


 これはびっくり。

 てっきり、ずっと自意識をもって活動してたって思ってた。


「なかった。ボクはほんとうの意味で、つい最近、この世界に生まれ落ちた存在。だから人間の肉体と自意識に関しては、なにも知らなかった。春都にいろいろ教えてもらって、ほんとうに感謝している」


「いや……俺のほうこそ感謝だよ。もしヒナがなんでも知ってるスーパーちびっ子だったら、最初に出会った時点で、自己嫌悪でぐしょぐしょになってたと思う。ヘタしなくても、たぶん精神的に引きこもってたはず。ヒナが俺に頼ってくれたからこそ、いまの自分があるような気がする」


「……そうなの?」


 信じられないといった顔でヒナが見てる。

 ヒナは俺とおなじだ……。

 いま、いきなり気づいた。


 お互いの性格はちがうけど、どっちも手探りでこの世界を生きていくことになった。

 だから協力しあうしかなかった。


 セリーヌは出会った時、すでにしっかりした自分を持ってた。

 だから立派な他人……しかも妙齢の異性との意志疎通を体験させてもらえた。


 彼女の性格がまじめで素直だったからこそ、俺みたいなモノ知らずでも相手してくれたんだと思う。


「ヒナがいなきゃダメダメだったよ。あ、まだ過去形にできるほど、わかってるわけじゃないけどね」


「ボク、春都のナビになれて良かった……」


 そう言いながら、俺の左腕に半身を傾けてきた。


「ひ、ヒナ……?」


 毛布ごしにヒナの体温が伝わってくる。

 たしかな肉体の感触。


 ヒナはシステムなんかじゃなく、まちがいなく生きてる。

 そう思わせる、やわらかくて優しい重み……。


「くー」


 あ、寝ちゃった。

 やっぱ無理して俺につき合ってたんだ。


「うーん……」


 抱えてテントに連れてこうかと思ったけどやめた。

 もうすこし、このままでいたい。

 人のぬくもりが、こんなに心を癒してくれるなんて……。


 どこまでもやさしい時間がすぎていく。


 きっとこの夜のことは、一生の思い出になる。

 これから先、どんなことがあっても、この一瞬があれば耐えられる。

 むかしにうけたイジメとは、まったく正反対の感情……。


 ああ……。

 こうして人は、変わっていくんだろうな。


 そっと焚き火に木片をくべながら、俺はいつまでも炎を見つめ続けた。



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