第25話 大変なことに巻きこまれた!


 俺たちは馬車のそばに集まり、状況をまとめることにした。

 放心状態の巫女さんは、ムーリムさんが介護してる最中だ。


「それにしても、俺以外に長距離転移できるやつ、いるんだ……」


 さっきから気になってたことをヒナに言ってみる。


。つまり相手は、この世界のことわりの外から能力を授かっている」


「それ前にも似たようなこと言ってたよね? 邪神ラゴンとかなんとか……」


「以前に教えたこと以外、ボクからは言えない。いまもって


「そういうときはリアナの出番だよなー」


 そういって、うしろのほうでぐったりしてるリアナを見る。

 どうやら吐き気はおさまったらしいけど、気力体力ともに最低になってるみたい。


 ということは、さっきの匂いうんぬんで動けたのは、宿敵の匂いを感知したみたいなもんだったのかな?


「リアナ。あいつら、なんなの?」


「……ゼアルード結社の断罪人だと思う」


 まーた新しい情報かよ。

 この世界、裏がありすぎ。


「リアナ……まだその情報、春都には早すぎる!」


 ヒナが強い口調で制止した。


「いいじゃない、もう! ホント天界システムって融通きかないんだから。相手が攻めてきてるのに、なに悠長に禁忌事項を守ってるのよ。すくなくとも春都は世界を救う者なんだから、それに関することは知る権利があるんじゃない?」


 きゅうに元気になった。

 どうやら文句いうときだけ、らしい。


「そ、それは……ちょっとアクセスしてみる」


 驚いたことに、ヒナがリアナにやり込められてる。

 こんなことってあるんだなー。


 1分ほど沈黙したあと、ヒナが天界モードになった。


「……アクセス終了。邪神ラゴンによるリムルティア世界への関与が明白になったため、天界システムがエマージェンシーモードに切りかわった。現在、警戒レベル3。よって禁忌事項がレベル3に応じる範囲で


「ほーら。天界のことなら、あたしのほうが知ってるんだからねっ!」


「悪かった。ボク、あやまる」


 ヒナは素直だ。

 リアナもヒナの1万分の1でも素直なら、もっとモテるんだけどね。


「巫女には、外法げほうの精神緊縛術がかけられてる」


 ヒナが天界仕様の鑑定術をつかって状態をしらべてる。


「術を解くことはできる?」


「可能。でもいまは春都を元にもどすほうが優先される。春都の肉体は特別製だから、腕を切断するのに特別の魔法玉が必要だった。制限解除まで2時間くらいかかるから、そのあいだ春都に不便をかけてしまう。ほんとうに、ごめんなさい」


「いいって。あのまま引っぱられたら、どうなってたかわからんし」


「ねえ、あたしに感謝は?」


 そういえば……。

 あの女が敵対者ってこと、さいしょにリアナが気づいたんだっけ。

 ホント、女神のくせに匂いで鑑定なんて、おまえはケモノか!?


「ありがとな。リアナがいなきゃ、マジでヤバかったかもしれない」


「ふふーん。やっぱ、あたしがいて良かったでしょー」


 あ、増長させちゃったかも……。


「春都さん、公都へ急ぎますよ? 出発しましょう!」


 ただ事じゃないと察したムーリムさん、もう御者台ぎょしゃだいに乗ってる。

 そのぶんじゃ巫女さんは大丈夫みたいだな。


「うん、そうする。みんな馬車に乗って!」


 セリーヌが座りこんでたリアナを引っぱり、強引に馬車へいれる。

 俺は周囲を再確認してから最後に乗りこんだ。


「ムーリムさん、出発していいよ」


 ――ピシッ!


 ムチの音とともに馬車が動きはじめる。


「うげろーん……」


 リアナの馬車酔い、ただちに再開。

 たちまち馬車の中がゲロくさくなる。


「清浄!」

「浄化!」


 セリーヌと俺の生活魔法が重なる。

 匂いは完全に消えた。


「出たものは俺のインベントリに入れるから、遠慮なく出していいぞ」


 そういって背中をさすってやる。

 それくらいの働きはしたと思う。うん。


「春都殿……気になることがあるのだが」


 あらたまった顔で、セリーヌが声をかける。


「ん、なに?」


「護衛の女が転移するとき、なにか見えなかったか?」


「ああ、なんか見えた気がする。すごい殺気も感じたから、だれか別のヤツが転移してきて、女といっしょに長距離転移していったんじゃないか?」


「そう、そのことだ。あの殺気には覚えがある。公領騎士団の訓練で、擬似的に魔法体験したものに似ているのだ。春都殿は、なにか知らないか?」


「いや、ぜんぜん。はじめて感じる種類の猛烈な殺気だったけど……」


「いまラナリア公領は、セントリーナ王国の一員として、東のクラウゼント獣人王国と戦争をしている。それとは別に、セントリーナは北の魔王国とも戦争中だ。ラナリア公領としては、まだ魔王国との戦争には駆りだされていないが、魔族との戦争にそなえて訓練だけはしている。さっき言った魔法体験も、対魔族戦のためのものだ」


「この国、けっこうヤバい状況だったのね。それで、その魔法体験と殺気が似てるって、具体的にいうと、どんな感じ?」


「訓練は、相手の殺気の微妙なちがいで魔族の種類を判別するものだった。あくまで私のつたない経験だが、あの殺気……魔族の中でも四大勢力のうちのひとつと言われる鬼人種のものに似ていた」


「鬼人種って、もしかして鬼とかオーガとか言われるやつ?」


 あくまでゲームの知識だけど聞いてみた。


「それはヒナ殿やリアナ殿のほうがくわしいと思う」


 リアナは絶賛馬車酔い中。

 必然的にヒナを見る。


「鬼人種は魔族四天王の眷属ひとつ。鬼人種最強の者が、四天王のひとりとして魔鬼まき将軍を名乗れる。でも、魔族は天界の理の内にある存在。だから、さっきの者は鬼人の可能性が高いけど、すでに魔王国には支配されていない。あれは異界の邪神ラゴンのしもべ


「さっきも言ってたけど、ラゴンってなに?」


 またリアナが天界モードになった。

 スイッチが切りかわるみたいに唐突だから、いつまでたっても慣れない。


「それについては、いま天界が混乱している。あとで教えられることは教える。いまは言えることだけ言う。これまでリムルティア世界は女神リアナが統括していた。でもいまは不在になったため、ラゴン神に間違ったサインを送ってしまった。その結果、異界にいるラゴン神が、この世界で暗躍しているカタン教団に直接介入しはじめた」


「カタン教団って?」


「黒装束の者たちを操る邪教の宗教集団。ラゴン神を破滅の神として崇めている。教団の目的は、この世界に破滅をもたらすラゴン神を召喚し、世界を破滅させたのちに生まれる新たな世界を支配すること。これは女神リアナを信奉するリムルティア創世教団とは正反対の教義のため、ほとんどの国で邪教認定されている。それは魔王国でもおなじ。提供できる情報は以上で終わり」


 ヒナがもとにもどった。


「うーん。いきなり言われてもなー。なんかそれ、俺の仕事とモロに関係してない?」


「春都の仕事は、究極的にはラゴン神の召喚を阻止すること」


「あっちゃー、やっぱそう? てか、神様に対抗するなんてムリ、ぜってームリ!」


「ラゴン神に対抗するためには、女神リアナの全能力を解放しなければならない。天界もそこまで春都には求めていない。春都の役目は、ハルマゲドン・カウンターをゼロにしないこと。ただ、それだけ。カウンターがゼロにならなければ、ラゴン神が召喚されることはない」


「ああ、そうか。召喚されないかぎり、直接対決もないもんな。ということは、当面の敵は、そのカタン教団とかいう連中?」


「楽な敵ではない。カタン教団は非合法組織だが、世界に深く根をはっている。創世教団にさえ間者が忍びこんでいるという噂があるほど。闇の力は天界の探索機能すら惑わせる。その証拠に、ヒナはあの女の擬装を見抜けなかった」


 そういえば、俺を闇に引きずりこもうとした女に対して、いつもなら真っ先に気づくヒナが、あの時だけ無言だったな。


 敵は用意周到に、まず5人の黒装束たちで闇の力を見せて、俺たちに警戒させた。

 護衛の女は襲われてるって見せかけて、じっと正体を隠して俺に近づく隙をうかがってた。


 俺はまんまと、それに騙され闇に引き込まれそうになった。

 すんでの所で救ってくれたのが、リアナの匂いをかぐっていう原始的な能力……。

 いまいち納得できないけど、助けられたのは事実だ。


「リアナに助けられるなんて……すこし見直した」


 誉められた当人、俺のインベントリに直結してる革鞄の中に顔を突っこんでる。

 なんか、トホホな状況……。


「ことが魔王国に関係しているとなれば、公爵様がなにか知っておられるかもしれんな。それに……この巫女様、なんらかの処置をしなければならんだろう」


「外法の精神緊縛術は、ボクの魔法玉でも解除できる。でも精神がうけたダメージについては、リアナ神殿で神聖介護術をうけて気長に治すしかない」


 ヒナの魔法玉は万能って思ってたけど、どうやらリアナに関係することだけは例外になるみたいだな。前にもそんな事言ってたし。


「とりあえず、公都へ急ごう。あと2日……か。野営をやめて夜通し先へ進めば、馬を休ませる時間を入れても、丸1日くらいで到着できない?」


 俺の質問にはセリーヌが答えた。


「それは可能だが、相当の強行軍になる。ムーリムさんと私が交代で御者をしても、そう長くは持たない。最後のほうになると休憩時間に仮眠も入れないと無理だろう。そう考えると、短縮できるのは半日強くらいになるが……」


「それでいい。ともかく急げるだけ急ごう」


 そう言いながら、俺は気になってたカウンターの確認をした。

 14日ふえて90日。


「リアナが関与したのに、カウンター日数が増えてる……」


 なんかワケありの巫女さんを助けたから増えるとは思ってたけど、リアナのせいでプラマイゼロか、すこし減ってるって思ってた。


「リアナがこの世界を作って以来、はじめてプラスになった。これは快挙」


 うん、この口調。

 ヒナはやっぱ、これが一番にあってる。


 結局のところ……。

 俺の腕は、2時間後にヒナが直してくれた。


 修理に使った魔法玉は【完全修復玉】。

 【完全修復】は女神だけが使える特殊スキルらしいけど、最上級の神域魔法としても存在してるんだって。


 治したじゃなく直した。つまり修理したってこと。

 なんか理解しにくいんだけど、そこらへんから原子レベルで材料をあつめて、切断された腕を接合したみたい。


 こっちの世界だと【原子】とか【分子】っていう単語がないから、ヘルプを見ても【素材】ってしか書いてないんだよね。だから足りないぶんは想像でおぎなうしかない。


 ともかく腕が元どおりになってよかった……。


 俺の腕が復元されるのを見ていたセリーヌが、あらたまった口調で話しかけてきた。


「なあ……春都殿」


「うん? なに?」


「ふと思ったんだが、春都殿の腕をもとにもどした魔法の玉……」


「うん、あれ完全修復玉っていうみたいだけど、すごいよねー」


「あの魔法玉、兄にも使えないだろうか」


「あっ……!」


 完全に忘れてた。

 俺の腕、ほとんどルフィルさんの状況とおなじじゃん!

 自分のアホさ加減がイヤになる……。


「ヒナ、できる?」


「ルフィルさんの腕も復元できる。もともと、そういう魔法だから」


「……良かった」


 セリーヌが、いままで見せたことのないような表情になってる。

 泣き笑いのような顔。

 めいっぱい気を張ってたのが、一気にゆるんだような感じだ。


 しかし、その顔がすぐに引き締まる。


「あ、あの……兄の腕をもとに戻してもらうわけにはいかんだろうか? せっかく春都殿のおかげで開拓民にしてもらったのに、それを台無しにしかねないのを承知の上でのお願いなのだが……」


「春都に聞いて」


 ヒナは俺の決断を常に支持する。

 ぶれないよなー。


「いいんじゃない? 腕を直して冒険者にもどるのも、そのまま開拓民を続けるのも、ルフィルさんの自由だもん。だいじょうぶだよ、ギルドの開拓担当なら、だれか別の人に変わってもらえばいいし。だれにも迷惑はかからないって思うよ」


「すまない……そして、ありがとう」


 馬車の中でセリーヌが、腰が折れると思うほど頭をさげた。


「でも、いったん公都に到着してからになるけど……それでいい? いまは一刻もはやく公都に行かなきゃだし、公都について長距離転移ポイントを設置したら、いつでもアナベルに戻れるから」


「それで構わない……あ、いや、そうしてくれ。もとから春都殿の行動をさまたげるつもりはない。私も早急に伯爵様にお会いしなければならん」


「それじゃ公都について伯爵様に会ってからにしよう。なんか一連の出来事って、みんな関係してるみたいだから、これを最優先にしないとマズい気がする」


「いやはや……こんなことになろうとは。まったく春都殿といっしょにいると、驚かされることばかりだ」


「ごめん、迷惑かけて」


「あっ、そういう意味で言ったんじゃ……こっちこそ申しわけない。私みたいな凡人がいっしょにいるほうが変なのだ。春都殿は異世界からきた救世主、ヒナ殿は天界からきた天使、リアナ殿にいたっては女神様だ。たかが人間ごときの自分が、こうして話をしていること自体、奇跡のようなものだと思ってる」


「俺は、つまんない人間だよ。こっち来てからはチート能力のせいですごいことになってるけど、それらをとっぱらったら、ただの人間……以下かな?」


「そういうの言ってはダメ! 自分を卑下するのは、春都の悪い癖」


 ヒナが頬を膨らませて、本気で怒ってる。


「私もそう思うぞ。春都殿は、短いあいだというのに、大勢の者に希望の光を与えてくれた。これから先も、きっとそうしてくれると信じている」


 セリーヌの目が、母親をみる乳児のようになってる。

 我が子にすべての愛をそそぐ母親。

 それに対し、自分のすべてをゆだねて安堵する乳児の視線……。


 こんな感じで見られるのは、まったく慣れてない。

 どうすりゃいいんだろ?


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