第24話 うわわわ――っ! これはヤバいっ!!


「春都殿……女の子の様子が変だ」


 セリーヌがいつのまにか、おなじ歳くらいの女の子によりそってる。

 襲われてた2人のうちの、護衛されてたほうの子だ。

 無知な俺にはよくわからないけど、なんかアナベルで見た教会の巫女さんみたいな服を着てる。


「その前に護衛の人の呪縛、なんとかしないと。ヒナ、できる?」


「できる。はい、聖浄玉」


 玉が護衛の者にあたり瞬時にくだける。

 純白の光がうまれ、黒い霧でできた捕縛縄を消し去っていく。


 聖浄玉って、名前は浄化系みたいだけど……。

 俺の許可がないと使えなかったみたいだから、かなり高位の魔法なんだろうな。

 ということは、これも使用制限があるはず。


 5人の敵に対して、巫女服の子を守ってたのは、この子1人。

 セリーヌが警戒するくらい強い敵なのに、よく頑張ってた。


 それでも最後は、呪縛をうけて身動きを封じられた。

 セリーヌの乱撃と俺の隷属がなきゃ、いまごろ殺されてたはず。


 襲ってた5人は、アナベルで捕まえそこなった2人の仲間にしか思えない。

 でも敵は、またしてもエネルギーボールで消滅。


 そこまでして証拠を消す必要があるって……。

 護衛の子と巫女服の子に聞けば、なんかわかる?


「大丈夫?」


 黒い捕縛縄は生気を吸いとる効果があるようで、護衛の子は見るからに消耗してる。

 はやく回復させてやらないと危なそうだ。


「あ……ああ、大丈夫」


 立ちあがろうとするけど、足に力が入らないみたい。


「無理して立たないで。いま回復魔法をかけるから」


「そうは行かぬ……」


 俺の制止を無視して立ちあがる。

 巫女服の女の子のところへ行きたいみたい。

 しかたないので手伝うことにした。


「ほら、手を貸して」


 颯爽と右手をさしのべる。

 俺、こういうことも出来るようになったんだぞ!


「うーん……なんか匂う」


 頭をふりながら、リアナが近づいてきた。

 鼻をくんくんさせてる。

 馬車酔いで休んでたはずなのに、どうした?


「おまえがゲロした匂いじゃない?」


「ううん、ちがう。たぶん、……」


 鼻を膨らませながら護衛の子に近づく。


「あっれー? この匂い、ここから匂ってるなー」


 とうとう護衛の子の服を嗅ぎはじめた。


「こ、こら、失礼だぞ!」


 いくら護衛だからって、女の人だぞ?


「この匂い……じゃん!」


「くっ……」


 リアナが言った途端、護衛の子の顔がゆがむ。


 はあっ?

 なにがなんだか、わからない。


 いきなり護衛の子に手を掴まれた。

 そういや俺、右手を差し伸べたまま……。


「やっと捕まえた」


 見れば、凄まじい笑みを浮かべてる。

 さっきまでの憔悴した姿は微塵もない。

 ぜんぶ演技?


「は、放せってば!」


 見れば俺の手に漆黒の縄が絡みついてる。

 そのせいなのか、まったく手に力が入らない。


「だ、大回復! あれ? 邪気防御! 魔法反射! 身体強化……つっ、使えない!」


 魔法やスキルも使えなくなってる!

 これはヤバイ!!


「はるとー。この子、さっきの5人と同類だよー」


 リアナが自信満々の顔で報告する。

 サンキューって言いたいけど、いまはそれどころじゃない!


 女のまわりに、ぶわっと漆黒の霧が湧きはじめる。


「きゃっ!」


 驚いたリアナが瞬時に女から離れる。

 逃げ足だけは、ほれぼれするほど速い……。


「放すものか。このまま貴様を我が神殿まで連れていけば我らの勝ちだ」


「くそっ、騙したな! いい奴って思ってたのに!」


 ぜんぶが用意周到な罠だった。

 俺たちが来るのを待ち受け、ひと芝居うってたんだ……。


「正攻法では勝てぬ。しかし味方5人を殺せば貴様も油断する。最初からの予定だ」


 5人をエネルギーボールで殺したの、やっぱお前らの仲間か……。

 どんだけ非道な連中だよ。


「貴様っ!」


 セリーヌが自分の判断で切りかかる。


 ――ギィン!


 俺が丹精こめて作った青く輝く大剣――。

 セリーヌが【蒼輝斬そうきざん】と名づけた剣が、女の体にあたった途端、見事にはね返された。


「なにっ! 蒼輝斬で切れないだと!?」


 黒い霧がすべてを遮断している。

 俺の魔法も使えない。

 もしかして俺たち詰んでる?


「うわわ……闇に引きずりこまれる!」


 俺の【影隠密】とは根本的にちがう、まがまがしい黒い霧。

 あっというまに肘上まで引きこまれた。


「ヒナ!」


「春都、ごめん! 至天神能斬玉!」


 ――ストン。


 掴まれてた右腕が、肘間接部分から切り落とされた。

 まるでダイコンを切ったみたいな感じ……。


「それ……天界御用達の究極魔法じゃない!?」


 なんて言ってる場合じゃない!

 右手が切り落とされたじゃないかー!!

 気が動転して尻餅ついた。


「うわー! 手が、手があ――っ!!」


「春都、殲滅フレアを使って。ボクは使でなにも使えない!」


「で、でも、手が!」


「大丈夫、ボクを信じて。痛くないでしょ!」


「手がぁ……あれ、ほんとに痛くない!?」


「信じてくれる? だったら殲滅フレアを!」


「わかった。殲滅フレ……」


 魔法を行使する直前、女を大量の黒霧が覆いつつんだ。

 一瞬、ものすごい殺気が襲いかかる。


 赤黒い巨大な影……。

 ちらりとだけど、たしかに見えた。


 これまで出あった魔物や敵とは、まったく違う。

 あのスカルドラゴンでさえザコに思えるくらいの圧倒的迫力……。


 でも、すべてが一瞬で消えた。

 どうやら女といっしょに転移したらしい。


「精密探索!」


 どこにもいない。

 また長距離転移?

 もう特殊スキルの大盤振舞いじゃんかー。


 あ、いや、それどころじゃない。俺の腕!


「ひ、ひな~! コレ、痛くないけど、なんとかして!!」


「春都、もうすこし待って。かならず元にもどすから。専門魔法のレベル10を越える【神域魔法】の玉をつかうと、その後しばらく、すべての玉が使えなくなる。いまできない理由、それだけだから!」


 必死になって言ってる。

 片手を切り落とされた俺より、ヒナのほうがずっと深刻そうな顔してる。

 俺を傷つけたことに、すごいショックを受けてる感じだ。


 俺の腕、血もでてないし痛みもない。

 断面がグロいけど、ただそれだけ。


 そういう魔法なんだろうって考える余裕すらある。

 だいいち、ヒナが大丈夫っていうんだから……素直に信じよう。


「春都殿、ほんとうに大丈夫か?」


 セリーヌも本気で心配してる。


「心配いらないわよ。いまがつかった【至天神能斬】の魔法玉、だもん。だから痛くないし出血もない。あたしは覚えてないけど、ヒナがだいじょうぶって言うんだから、元にもどす方法も知ってるんでしょ?」


 リアナが得意げに説明する。


 ところで……いまヒナって言ったよね?

 これまで絶対に呼ばなかったのに。


 口をすべらしただけかもしんないけど、リアナがヒナを認めた……。

 自分が大変なことになってるのに、なんでかそんな事を思ってる俺。


「ヒナ、そうなん?」


「うん、リアナの言ってることに間違いない」


 そうか、なら安心していいよね?

 深呼吸して落ちつく。

 ようやく頭がまわりはじめた。


「リアナ……こっちの巫女さんのほうは、さっきみたいな変な匂いはしない?」


 邪教の使徒を見分ける方法は、いまのところリアナの鼻だけ。

 情けないけど、いまは頼るしかない。


「うん、しない。それに……見るからにリアナ神殿の巫女だし。あたしの忠実な信徒くらい、さすがに見分けられるわ」


 ふーん、これがリアナ神殿の巫女さんの正装なんだ。

 装飾とか生地とか違ってるから、アナベルの教会に所属してる巫女さんより位が上なのかな?


「ヒナ、敵は?」


 敵は転移して逃げた。

 だから精密索敵してみたけど、なにも引っかからない。


「謎の敵は、女を確保したあと長距離転移した。行き先は不明」


 なんかすっきりしないけど、どうやら危機は去ったらしい。

 まあ、油断は禁物だけど。


「……ここにいるのは危険な気がする。馬車にもどろう」


「ヒナも賛成する」

「私も同意見だ」

「………」


 言いたいこと言ったら黙りこんだリアナをのぞき、おおむね意見の一致だよな?


「よし、転移!」


 馬車のところに戻ってきた。


「はっ……カンザキさまっ! そ、その腕はっ!!」


 御者のムーリムさんが、俺の腕をみたとたん血相をかえて叫ぶ。


「俺はだいじょうぶ……だと思う。それより、こっちの巫女さんを馬車にいれて」


 ぐったりして放心状態の巫女さん、目は開いてるけど意識があるようには見えない。

 さて、どうしたもんかな……俺の腕もふくめて。


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