第21話 公都プラナへ!
「用事をすませたら、さっさと戻ってこい」
ギルド長のアンガスさんが真顔で言った。
旅立ちの準備をした俺とセリーヌ、そしてヒナ。
俺たちはいまアナベルの北門にいる。
「春都殿がいないと町のことが心配か?」
セリーヌの声には、かなりおちょくった感触がこめられてる。
この2人、じつは仲がいい?
「いや、おまえがいないと心配だ。衛士や警備兵を統率するもんがおらん」
「警備隊はミクラン隊長がいるだろう? 私の上司だぞ?」
なんか、俺の知らない事でもめてる……。
でも頼まれないかぎり、おせっかいするつもりはない。
「セリーヌ、おまえマジで言ってんのか? あいつは
「私の上司ゆえに表だって批判はできん。だが、まあ……そんな風潮があるような、ないような……」
「なるほど……ミクランは、なにもなければなにもしない。なにかあっても、すべて部下に丸投げする。部下はセリーヌが鍛えた連中だから優秀……うん、なにも問題ないな」
「あははは……でも貴様はギルド長だろ。それでいいのか?」
「かまわんさ。なんかあれば俺がなんとかする。だが長くはもたん。そういうわけだ」
「……うむ。まかせた。なにかあれば、なるだけ早くもどってくる」
2人のあいだで謎の合意ができらたしい。
それを見ていたスターラさんが、トコトコ歩みよってきた。
「鍛冶屋のボグラーさんから話を聞きましたよ。圧力容器のサンプルも見せてもらいました。その上で、なんとボグラーさんがつくった試作品を1個、無償で貸していただきました。あれさえあれば重曹が作れそうです。そのほかは大丈夫なので、今日にでもペニシリンの製造に挑戦してみます」
両手で俺の右手をつかみ、大きく上下にゆさぶってる。
顔は満面の笑み。俺、感謝されてる?
「それで……患者さんにペニシリン、使ってみました?」
「ええ、もちろん! ひどい病状で死にそうだった
うれしそうな顔は、圧力容器を借してもらえたせいじゃなかったみたい。
「1日で? ほんとに?」
いくらペニシリンが効果あるといっても、それって効きすぎじゃない?
「春都、忘れてる。この世界では、あらゆる事象に魔法が関与している。当然、ペニシリンの薬効にも魔法の補助がある。だから何倍も効果がでる」
スターラさんがいるというのに、ヒナは聞こえて当然の声でアドバイスした。
これはヒナが、スターラさんを【仲間】と認識しているからだ。
「それなら、治癒魔法とか浄化魔法とかも重ねたら、もっと効果がでる?」
これは、対症療法と消毒の話。
いろいろ調べてたら、ここらへんの知識にくわしくなってしまった。
「おそらく全部やった上でペニシリンを投与したはず。だから1日というのは最短の治癒時間と判断する」
なるほどー。
なんとなく納得できた。
「おう小僧。あんたの鍛造レシピは、ドワーフ組合の連絡網を使ってばらまいたから、公都に着くころには、あっちの組合に加入している鍛冶屋なら、あんたを歓迎してくれるぞ。ヒマがあったら寄ってやってくれ」
スターラさんとの話が一段落したら、今度はボグラーさんが話しかけてきた。
「ちゃんとヤバそうな部分はごまかしてくれましたよね?」
「ああ、その点はバッチリだ。ただ、あんたが錬金師匠スキルの持ち主ってことだけは知らせてある。そうじゃないと辻褄があわんからな」
「それなら大丈夫だと思うよ。俺もはやくスキルレベルをあげて、もっと上のレシピを身につけるつもりだし」
「新しいレシピを学んだら、真っ先に俺に教えろ。よそのドワーフに教えたら、あんたとの契約を解除するからな」
「えっ、冗談だよね?」
「もちろん冗談だ。でも、真っ先にってとこは本音だ」
「うーん、わかった。約束する」
「さて……春都殿。そろそろ宜しいですかな?」
最後に、見送りにきてくれた町の人たちの中から、町長のクラベールさんが進みでる。
「儂らのほうで馬車を用意しました。アナベルに対する貴方様の多大なる貢献、たかが馬車1輌で埋められるものではありませんが、町人たちが金をだしあって専用馬車を仕立てましたので、ぜひ使ってやってください」
「あ、いや……そこまでしてもらうのは」
「なんだと! 俺たちの好意を無駄にするつもりか?」
いきなりアンガスさんのヘッドロックが来たー。
「あたたたた、や、やめてー」
「馬車を使うか?」
「使う、使うから、やめて!」
痛くはない。
これは町の人の好意を受けとるための演技だ。
ホントに痛くないんだからな!
この……クソギルド長、本気で首を締めてきやがった。
しかも高度な強化スキルをいくつか使ってたぞ。
俺じゃなきゃ、マジで死んでたぞ?
痛む首をさすりながら、ヒナやセリーヌとともに、2頭だての旅客馬車に乗りこむ。
出発前に防具を購入したから、もう準備は万端。
俺はロックベアの
グランドドラゴンの腹革製のブーツと、おなじく軟皮製の手袋を特注で作ってもらった。ブーツは
黒震剣にあう鞘をボグラーさんに選んでもらい、
リアナは女神仕様の服をぬぐのを嫌がったけど、さいわいにも大熊蜘蛛の糸で編んだ高級な魔導服があったので、高かったけどそれを買ってやった(性能的にもすこし上がったし、当人も値段が高いって嬉しがってた。なんだかなー)。
セリーヌは、これまでの鎧甲胄のまま。
新調してやろうかって聞いたら、「これは公領騎士の出撃正装だ」と断られてしまった。
だからもとの姿のまま、騎士団仕様の
聞けば騎士団が供与している野戦背嚢は、限定的だが空間収納機能を持っていて、いま着ている鎧甲胄一式を丸ごと格納できるらしい。
ともかくセリーヌは騎士団をやめないかぎり、防具の新調は受け入れないみたい……。
ヒナも天界製の特殊防護服――アリス風ドレスを脱ぐつもりはないらしい。
そこで、いまの服は戦闘用として使い、普段着として新たなドレスを数着プレゼントした。
もちろん普段着には、俺が作った人工魔結晶を組みこんだ特製魔法術式を織りこませてある。
この前みたいな奇襲をうけても自動で個人用バリアを張れるようにしてある。こうしておけば、ヒナは安心して魔法玉を使えるはずだ。
「ヒナちゃーん、お腹へったら、お兄ちゃんに持たせたサンドイッチ食べるんだよー」
宿のおばさんが、ぶんぶん手をふってる。
「セリーヌ! 俺が育てた野菜、ぜったいに見にこいよー!」
残った右手を高々とあげたルフィルが、開拓仲間といっしょに叫んでいる。
「兄上、すぐにもどるから、そんなに叫ぶな。恥ずかしいではないか!」
ルフィルが生きる元気をとりもどした。
それがなにより嬉しいらしいセリーヌは、恥ずかしいと言いながら両の目に涙をためている。
こんな旅立ちの風景を自分も味わえるなんて……。
学校を卒業した時も、会社をやめた時も、だれにも見送ってもらえなかった。
それがいまは、こんなに大勢。
おっと、目から汗が……。
あわてて、みんなとは反対側の窓に顔をむける。
こんなとこをリアナに見られたら、なに言われるか……。
先んじて隔離空間にもどしておいて良かった。
馬車が動きはじめ、ゆっくりと北門が遠くなっていく。
アナベルから公都プラナまでは、馬車で3日かかるらしい。
新幹線や飛行機で一目散に行くんじゃない。
最低でも2泊は野宿しなければならない旅だ。
なにが起こるかわからない、危険な旅になるかも。
これこそ冒険じゃない?
心の底から、この世界に来てよかったと思う。
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