第19話 自己判断、自己責任、そして決心。
「こんちわー。ボグラーさん、いるー?」
鍛冶屋の店内で、主人――ドワーフ族のベグル・ボグラーの名を呼ぶ。
最初のとき、名前を聞くのを忘れてたけど、あとでギルド長に教えてもらったんだ。
なんでもアンガスさんとは、古くからの親友なんだって。
かつてS級冒険者だったころ、いっしょにパーティー組んで暴れまわってたらしい。
「なんだ春都か。おまえ、いきなりC級に昇格したんだって?」
「………?」
そんな話、知らないけど。
それに……なんで名前、知ってるの?
もしかしてアンガスさんから聞いたのかな。
「なんだ、まだ聞いてなかったか。あとでギルドに行ってこい。町に対するおまえの功績と、ダンジョン踏破の偉業が考慮されたんだとさ。だいたいスカルドラゴンを倒しちまう野郎を、F級のままにしておけるかよ」
「でも、なんでC級? F級からだと3段飛びになっちゃうけど?」
「C級でも低すぎるらしいぞ。けどアンガスの権限じゃ、それが精一杯なんだとよ。あとは公都にいって、ギルド総長と伯爵様にかけあえってさ」
俺がいないあいだに、なんか話が進んでる……。
まあ、町をまきこむって決めた以上、これくらいの反応は当然なんだろうな。
「うーん……あとで行くよ。でもその前に、あんたに頼みたいことがあるんだど」
「鍛冶屋の俺に?」
説明するより見せたほうが早い。
そう思って、インベントリから2つの品を取りだす。
「なんだ? 鉄製……いや、これは鋼鉄か? なにかの
「これは圧力容器っていって、下から熱を加えると中の圧力を高めることができるんだ。あくまでサンプルだから、あんたの知恵と経験で、いろいろ応用して商品を作ってほしい。応用するための説明書がこれ。必要なら自分で筆写してね」
ボグラーさんは、俺の説明なんかそっちのけ。
夢中で圧力容器を撫でまわしている。
説明書には目もくれない。
せっかくネットの知識を翻訳して、紙にコピペしてまとめてやったのに……けっこう苦労したのよ?
「ふむふむ……この上にある弁で圧力を調整するのか。こっちにある手押し筒みたいなのは? ここにも弁みたいなのがついてるようだが?」
容器の横には一体成形されたでっぱりがあって、そこに自転車用の空気入れみたいな筒と手押しのためのシャフトと横棒がついている。
「その弁がある場所は、横にある導入口からいれた液体や気体を、いったん
ようは空気ポンプで圧力を加える装置だ。
「なるほど……これだと加圧中でも、追加の材料を入れられるわけか。そうか、これは錬金用の加圧釜なんだな?」
さすがドワーフ鍛冶師。
俺の説明と現物だけで、みごとに用途を的中させた。
「うん、正解。これってスターラさん用に作ったんだけど、たぶんこれから先、欲しいって言う錬金術師がたくさん町にやってくる。だから、こいつの製作をあんたにしてもらおうって思ってね。製品が完成したら、スターラさんにわたしてほしい。試用してもらいたいんだ。これが最優先の条件だよ」
「こいつは、おまえが作ったんだろ? なら、おまえが製品も作ればいいだけの話じゃないか。なんでまわりくどい手段をとる?」
「いろいろ忙しいからねー。明日には公都に行かなきゃならんし。だから、この品の代金はいらないし、これから先の考案料もいらない。そのかわり……こっちの代金はしっかり払って欲しい」
そう言うと、これまで俺が愛用してた神鋼剣と、サイズを統一した神鋼のインゴットをさしだす。
「これは……神鋼じゃねえか! おまえ上級鍛冶職のスキルを持ってたのか!?」
「内緒にしててごめん。あんたが【鍛冶名人】クラスなのを、前にこっそり調べた。だからあんたなら、こいつを使いこなせるって思ったんだ」
鍛冶名人は、【鍛冶】スキルを上限突破して得られる上級スキルだ。
ちなみに鍛冶は、【錬金】スキルのサブスキルになってる。
俺の【錬金師匠】は俺だけのチートスキルだけど、その一部にすぎない【鍛冶】スキルなら一般人でも限界突破が可能らしい。おそらくこれは、彼がドワーフ族なのと深く関係しているはずだ。
「……って、おまえ。神鋼は俺たちドワーフ族が数百年にわたって研究した結果、ようやっと製造法を編みだした秘伝のひとつだぞ? それを人間の若造にすぎんおまえが……しかも、こっちは本物の神鋼剣だ! これまで本物の神鋼剣を作れたのは、祖先のハイドワーフしかいないはず……」
この世界にも【神鋼剣】とよばれる武器は存在する。
ボグラーさんの店の正面に飾ってある剣にも、そう説明が書かれている。
だから前にきた時、すぐに気がついた。
でもそれは、俺から見ると劣化神鋼剣にすぎない代物だった。
本物の神鋼剣をつくるには、5回連続で、まったく同じ圧力をくわえて鍛造しなければならない。
人の手でハンマーを振るうかぎり、まったく同じ力加減なんて不可能だ。
どうしても力にばらつきがでる。
その結果、場所によって鍛造具合がバラバラの剣――劣化神鋼剣が完成する。
この欠点を、鍛冶ウインドウ内の自動鍛造は、なんの苦労もなく解決してくれる。
つまりゲームではふつうにある自動処理が、この世界ではチートなんだ。
「もう開拓農場の話は聞いただろ? 古代神殿のダンジョンの話も。俺って、なんか特別みたいなんだよね。そのかわり、女神から世界の混乱をまともにしろって言われてるけど」
「その話は聞いているが、あいにく自分で見ないと信じないタチでね。しかし、こうして神鋼とそれで造られた剣を出されると、もう信じるしかない……」
頑固で定評のあるドワーフでも、職人である以上、現物を見せられると弱い。
だから俺は神鋼剣を手放しても、このさいボグラーさんに神鋼剣の製造方法を伝授しようと思ったんだ。
そうそう、ボグラーさんに本物の神鋼剣が作れるかってことだけど……。
さっき渡した圧力容器を改良すれば、簡単に
発生した蒸気をチャンバーへ誘導して、その圧力でポンプのピストンを上げさせる。
あとはシャフトの先に回転輪をつければ、もう立派な蒸気機関の完成だ。
回転輪で取りだしたパワーを、べつに製作した機械式ハンマーにギヤやベルトで伝達すれば、何回でもおなじ強さで叩くことができる。
ここらへんについては、さっき渡たした
日本の刃物鍛冶師が、機械式ハンマーでガンガン鍛造してるシーンのある動画が元ネタになってるのはナイショな。
ボグラーさんは優秀なドワーフだ。
そしてドワーフ族の結束はガチガチに固いって聞いてる。
つまりボグラーさんが開発したものは、ドワーフ連絡網によって秘密が守られた状態で、いずれ全世界に広まるはず。
これが俺の考えた、世界を変える方法のひとつってわけ。
「この神鋼剣は劣化版じゃない。あんたらドワーフの伝説にある本物の神鋼剣だ。これを作るヒントは、そこの説明書に書いてある。あとはあんた次第……もし神鋼剣を作れたら、1本につき売り上げの1割を俺に支払ってほしい」
「おまえ……これ初心者用だけど伝説の剣だぞ? 売れば白金貨何枚って値段になっちまうぞ? それを俺なんかに任せていいのか?」
「あんただから任せるんだよ。この町に住んでるかぎり、製造に関する権利はあんたにある。まあ初心者用だから……値段はすこし安くしてあげてね」
「俺はこの町に永住するつもりだから、それで構わんが……なんせ伝説の剣だ。いずれ町の外にも知られるぞ? 買い手が殺到するだろうし、鍛冶工房時代の俺の仲間も見逃すとは思えない。そのうち俺も作りたいってヤツが続出すると思うが、そん時はどうすりゃいいんだ?」
「別のドワーフが別の町で製造する場合は、2割を権利料として取って欲しい。あんたが元締めとして1割、俺の取り分が1割りだ。値段についても、あんたにまかせる。安くしてやれば、これまで主流だった純ミスリル製の剣や鍛造剣……鉄を鍛造した鋼鉄の剣を一掃できるだろ? 俺に対する支払いは、たまに町にもどってくるから、そのとき一括でいいや」
神鋼剣は、総合レベル10から使える初心者用武器としては最強だ。
だから安くしないと、肝心の初心者が買えない。
貴族の子供専用にはしたくないよね?
性能的には純ミスリル製の剣より上なのに、ミスリル剣の使用制限になってるレベル25よりずっと下でも使える。鋼鉄製の鍛造剣はレベル1から使えるけど、性能は比較できないくらい低い……。
「こりゃ……鍛冶業界に革命がおきるな。その元締めに俺が……ううむ、これは俺だけじゃ決められん」
「それなら町長のクラベールさんに、俺がそう言ってたって相談すればいいよ。きっとうまい具合に処理してくれる。ついでにギルド長のアンガスさんと、開拓農場の主任になったルフィルさんにも話をして欲しいな」
「アンガスはともかく、なんでルフィルまで?」
「別件なんだけど、たぶんすぐにも農具が足りなくなると思う。神鋼の需要が増すぶん、鋼鉄の需要が減るだろ? それを農具用にまわして欲しいんだ。開拓農民はもと流民だから、みんな貧乏じゃない? だから安い農具が必要になる。これも条件のひとつだね」
意外だけど、農具の刃先は鋳鉄や軟鉄製じゃなく、しっかり鍛造された鋼鉄製なんだって。俺も調べるまでは知らなかったんだ。
考えて見りゃ、鍛冶屋の代名詞になってる『槌打つ響き』っての、鍛造してる時の描写だもんねー。
「おまえ……そこまで考えてんのか! なんか凄いことに巻きこまれた気分だ。わかった、いっちょ乗ってやる!」
よし、交渉成立!
いろいろ言ったけど、けっこう場当たり的に考えたものが多い。
だからホントは、言ったとおりになるか心配なんだけどね。
それにしても……。
サラリーマン時代は開発部門だったから、こんな感じで交渉したことなかったよなー。だから内心ドキドキだよ。
それでも開発の
「それじゃ、頼んだよ」
挨拶もそうそうに店をでる。
「春都、おめでとう。ボクのアドバイスなしでも、きちんとできた」
ボグラーさんと話しているあいだ、ずっとヒナは横で黙ってた。
「なんで今日だけアドバイスなし?」
「春都がどれくらい成長したか、たまにはチェックするように、天界システムに言われた。ボクとしてはアドバイスしたかったけど、上位処理系には逆らえない」
なんか、すごく地球風の表現……。
まあこれも翻訳の具合なんだろうけど。
「俺、なんかヘマしなかった?」
「今回は、ほぼ合格。きちんと他の者に対する思いやりも入ってたし、自分の利益もしっかり主張できた。これ、大事なこと」
「ほんとうはタダでも良かったんだけどねー。でも、これから町にいない時間がほとんどだろうから、できるだけ町の人だけで豊かになれる方法を残しておきたかったんだ。スターラさんとこと農場の売り上げを合計すると、けっこうな資金が町にもたらされるって思うよ」
「無償提供は体裁いいけど、実際は人間関係を悪化させることが多い。それより商取引で契約して、しっかりし利害関係を結んだほうが、末ながく誠実につきあうことができる」
「そこらへんは生前にサラリーマンしてたから、ある程度は知ってる。でも自分的には、ほとんど知識を生かせなかったけどね。知識って持ってるだけじゃダメで、ほかの人に伝えることで初めて意味を持ってくる……これができるようになったのは、ヒナが俺に雄弁玉を使ってくれたからだよ」
「いまの春都ならできる。春都はここへきた時より、ずっと魅力的になった」
「たははは……なんか恥ずかしい」
おどけた調子で笑ったけど、ほとんど照れ笑い。
ヒナに誉められるのって、ホント気分いいよなー。
「さて……つぎは農場にいって、なんか不都合がでてないか調べてみよう。それが終わったらギルドにいって、C級昇格について聞いてみる。それが終わったら……んー、夜までなにをしよう?」
「公都へ行くための準備の買い物が、まだ」
うわー、肝心なこと忘れてた。
長距離転移ができるようになってから、なんか旅の準備をするって考え自体、どっかに行っちゃった感じがする。
考えてみたら公都に転移点を設置するためには、最低1度はふつうの手段で移動しなきゃならないんだよなー。
「わかった。それじゃ午後は買物にあてよう。あっと……その前に、ギルドに売った魔物の分別品の代金をもらわないと。結局、手持ちの5分の1も売れなかったけどねー」
「あれは仕方がない。アナベルの町の規模では、あの購入数が限界。のこりは公都のギルドで売ればいい」
うん、そうする。
きのう聞いたんだけど、5分の1でもけっこうな額になるみたい。
当面の行動費用になれば、それでいいや。
俺はヒナと歩きながら、あれこれ先のことを考えはじめた。
明日は、いよいよ旅立ちだ。
世界を破滅させずに、どんだけのことができるのか……。
「あっと、ステータス」
肝心のカウンター確認を忘れてた。
15日プラスで77日。
増えたぶんは、たぶんボグラーさんに技術を伝授したからだろう。
リアナのせいで、恐ろしいほど目減りしたときは途方に暮れたけど……。
なんとか自分の考えと行動で、日数の増加を調整できるようになってきた。
この調子で、リアナが巻きおこすマイナスを打ち消していこう。
そう決心した。
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