第17話 世界に破滅をもたらす者


「障壁天蓋3、広汎隠蔽、3重天蓋!」


 宿をふくむ一定範囲のすべてを、無色透明の3重バリアで覆いつつむ。

 ヒナの魔法玉のは、おなじ魔法でもレベル1。

 対する俺の魔法はレベルがあがってるから、いろいろ適用状況が拡大されてる。


 持続時間は1時間と長い。

 1回の行使で4時間まで重ね掛けできるから、掛けてしまえばあとは寝てても大丈夫。

 しかも俺が味方と認識してる者の出入りは自由だ。


「春都殿! なにが起こった!!」


 血相を変えたセリーヌが部屋に飛びこんできた。

 これまで戦闘のときに思ってたけど、セリーヌって魔法やスキルに頼らないで異常を察知できるみたい。コウモリを避けたときみたいにね。


 すべての事がほぼ無音で進行してるっていうのに感じられるんだから、いわゆる【殺気】に似た感覚なんだろうけど……危険察知みたいなもん?

 殺気なら俺も感知できるし。


「不審者が俺たちを監視してた。そのせいで道具屋の屋根を破壊されたけど……たしかあそこって、夫婦2人で経営してたよな? 大丈夫かな?」


「ああ、それなら不幸中の幸いだ。あの夫婦は、夜はべつにある自宅で生活しているから無事なはず。それより、町の中で破壊活動があれば警備隊の出番なのだが……」


 セリーヌは警備隊の現場主任にあたる警備長なんだから、気が気じゃないはず。


「ヒナが調べたら、襲ってきたヤツは、よくわかんない方法で逃げたんだって」


「解析したら、転移とはちがう系統の空間スキルが使用された痕跡をみつけた。たぶん春都の影隠密魔法みたいなスキル。いったん異空間に潜んで、ほかの場所にあらかじめ設置していた異空間の出口に移動する……これをされると追跡できない」


 ヒナが話に加わった。


「影隠密の移動方法、影伝いみたいなやつか。影に隠れると索敵で見えなくなるなら便利だけど……今度ためしてみよう」


「ではヒナ殿の解析では、もう敵はこの町にいないということか?」


「うん、それは間違いない」


「この件についてはセリーヌにまかせるよ。宿の安全は確保したから、俺たちにかまわず警備隊の詰所にむかってくれ。あとギルド長にも報告したほうがいいかな。あんな攻撃をするヤツだから、もとS級冒険者じゃないと太刀打ちできないかも」


 俺とヒナでも、攻撃をしかけてきたヤツを確認できなかったんだ。

 セリーヌのレベルでは、とてもかなわない。

 下手に警備隊だけで戦闘をしかけたら、まちがいなく全滅する。


「わかった。それじゃ兄をたのむ」


 言い終ると、すっ飛ぶように部屋を出ていった。

 さすが、ここらへんは騎士にして警備長。


「あっちはセリーヌに任せてと……で、襲ってきた連中の正体について、なんか気づいてたみたいだけど……」


 俺はヒナに説明するよう求めた。

 ヒナは自分のベッドに腰かけると話しはじめる。


「第2の謎人物は、暗黒のエネルギーボールを使った。あのエネルギーは、この世界に元々あるものじゃない。世界の雛形に存在していないし、リアナが作った世界設定にもない。天界システムが後づけで作ったイベントでもない。完全に


「別次元? もしかして地球世界とか?」


「ううん、ちがう。あの暗黒エネルギーは。ただ、リムルティア世界に存在するはずのないエネルギーだから大問題」


 いつになくヒナの口が重い。

 なにか俺に知らせたくない事があるみたい。


「リアナなら知ってるかな。あいつ、いちおう女神だし」


「知ってるはず。ただし覚えてるかは別。リアナはアホだから」


 この状況で、いきなりディスるとは……。

 どんだけ恨みがあるんだ?


「んじゃ聞いてみる。リアナ召喚。以後、出現エフェクト省略」


 空間にぽっかり開いた穴から、リアナがぽいっという感じで排出された。

 毎回は勘弁してほしいって思って省略したけど、予想以上に大正解。


「寝たばっかりなのに、なんなのよー」


「さっき暗黒エネルギーとかを使う不審者に出くわした。おまえ、なんか知ってる?」


「暗黒エネルギーって……もしかしてのこと?」


「リアナ。それ禁忌事項。地上世界に知らせてはいけない」


 珍しくヒナがあわてて口封じをしたけど、もう遅い。


「なんで? そもそも世界を破滅させるのって、破壊神ラゴンをこの世界に召喚するためじゃない。世界の破滅は破壊神の降臨とおなじ意味でしょ? だからこの世界を創造したあたしは、破壊神の介入を阻止しながら世界を延命しなきゃならなかった……まあ、あたしのせいで、破壊神にずいぶんサービスしちゃったけどね」


 ここぞとばかりに、リアナ怒涛のネタバラシ。


 それにしても……なに、その裏設定。

 俺って、そんな物騒な神様に逆らってたわけ?

 それにサービスって、おまえのヘマでカウンター日数を激減させただけじゃん。


 ヒナが、いきなり無表情になった。

 これ……天界システムが意識を乗っ取った状態だ。


「これらの情報を春都へ伝えるのは、もっと先の予定だった。しかし世界全体の未来線に大きな変動が発生中のため、緊急措置として情報提供の前倒しが許可された。現在、天界システムが全力で【世界スキャン】を実施中。全生命体の未来線を総スキャンするため、終了までには23時間15分55秒が必要。終了次第、報告をおこなう」


「それじゃ何もわかんないよー。ヒナ……あ、いや、システム。なにかわかってることってないの?」


「現在スキャンで判明している1人については、と判明。教団の存在そのものに強力かつ異質なが施されていたため、今日まで天界システムの通常スキャンから逃れられていた」


「カタン邪神教団って?」


「リムルティア世界の暗黒面にふかく根をはっている、破壊神ラゴンを信奉する邪教集団。カタンは古代メルティア語でラゴンの意味。セントリーナ王国の王宮や、各国のリアナ神殿にも隠れ信者がいる模様。教団の中枢組織が存在する本拠地は不明」


「うーん、いっぺんに新しい情報が出てきて、理解するのに時間がかかりそう。でも、いま聞いておくべきことなんだろうな。それで、ほかに俺が知っていい情報ってある?」


「不確定情報ならある。ラゴン神がもたらす暗黒エネルギーを、カタン邪神教団が異次元世界から導入し、強引に破滅をまねこうとしている。世界の破滅を招来することが教団の教義になっている模様。以上、報告終わり」


 ヒナの目に生気がもどってきた。


「……ごめん。もっと春都の準備ができてから解禁する情報だった」


「いや、これって真っ先に教えとくもんだろ?」


「春都は人間。いまの段階で神に対抗するのは無理。知っても何もできない。だから……」


「なにもできない? そんなはずないと思うけど? 俺には希望の力があるって言ったのヒナじゃんか。希望の力は世界を破滅から救うんじゃないのかよ!」


 俺が強くヒナを追求するもんだから、珍しくおどおどしてる。


「あまりにも強大な敵は、時として人の心を打ちくだく」


「……なんだよ、それ」


 ヒナの言いたいことは理解できる。


 邪教集団を野放しにした結果、いきなり1年単位でカウンターが減算されたりしたら、俺、なにもできないまま世界が破滅しちゃう。


 ヒナは俺に、不可能なことは要求しない。

 だから現在の俺が知っても対処できないことは教えない。

 それは痛いほどわかる。


 でも……。

 俺が一番イヤなのは、俺の人生を勝手にいじくられることだ。

 前世みたいに、他人の干渉で人生をネジ曲げられるようなことは、もう味わいたくない。


 そうしないために、この世界ではなんでも先んじて頑張ってきたつもり。


 そりゃ……俺がダメなせいせいで、なんかうまく行ってないのは事実だけど。

 でも、できるだけ情報を先取りすれば、悪あがきだとしても何かできる。


 それをヒナに理解してもらえない。

 天界システムの一部だから、理屈でしか処理できないのはわかる。


 でも俺は、ヒナを機械とかシステムとか思いたくない。

 ヒナがどんどん人間らしくなってるから、なおさらそう思う。

 俺が変わってきたのと同じように、ヒナも変わっていけるはず……。


「ヒナ。たしかに俺は人間だよ。人間だからこそ、なかなか諦められず、しつこく悪あがきする。とくに俺は身をまもることに執着する性格だから、危険だって感じたら、どんな方法をつかっても回避したいって思っちゃうんだ」


「今回ばかりは……」


「俺……なんでか最近、自分だけじゃなく、ヒナやセリーヌ……町のみんなも危険から遠ざけたいって思いはじめた。だから、内緒にされるとイヤだよ!」


 俺の子供っぽい主張に反応したのは、意外にもリアナだった。


「春都って、めんどーくさい性格よねー。それなら、さっさと女神の加護を解放するのを最優先にすりゃいいのに。んだけどなー」


 そんな大事なこと、さきに言えって!


「破壊神が降臨しても大丈夫って言うのか?」


「あー、さすがにそれは無理。破壊神の降臨と世界の破滅はイコールだから。世界全体を乗っ取られて再構築されたら、さすがに無理。だってそれ、破壊神が新しい世界の創造主になるってことだもん」


「なんだ、やっぱダメかよ」


「破滅後はダメって話。だから破壊神に対抗するなら、リムルティア世界が健在なうちね。世界がまだ破滅してないうちに女神の加護をすべて解放できたら、異界にいるラゴン神がこの世界にどんだけ力を行使しても阻止できると思う」


「肝心なところで、思うって言うなよ」


 リアナはさっきタメはれるって言ったけど、よく説明を聞いてみると、ラゴン神がこの世界に出現する前……異界から遠隔で破壊神の能力をつかってる段階なら対等ってことじゃんか。それタメはるっていわんぞ、普通。


「だってあたし、ラゴン神と会ったことないし戦ったこともないもん。こっちが世界の創世神なら、あっちは別世界の破壊神。これって、ちょうど光と闇の関係みたいなものなのよ。光があれば闇がある。たがいに存在は認識できるけど干渉はしない。完全に分離されてる……これまではそうだったのよ!」


「てことは、平和共存の関係を、あっちが勝手に破ったことになる……あ、いや、ちがう。この世界が破滅する可能性が高くなったから、自分の出番がきたって判断して介入してきたんじゃないのか? もしそうなら、これもリアナのせいじゃんか!」


「あうう……そ、そうとも言うかな?」


 やっぱり諸悪の根元はこいつだ。

 もしかすると、リアナが女神の資格をうしなった事が、破壊神の介入を決定づけた可能性もあるよな? そうじゃなければ、今日の今日で、教団員2人が接近してきたのは都合がよすぎる……。


 いろいろ思い悩んでる俺を見たヒナが、アドバイスしてきた。


「春都。ともかく自分たちで出来ることをやるべき。アナベルは、ささやかながら世界救済のための拠点として軌道に乗りつつある。春都は明日、この町でやれることをやったら、つぎの目的地となる公都プラナへむかうべき。そこで領主を巻きこんで、世界の破滅を阻止する輪を大きくする。もちろん春都が強くなることも大事」


「そうか? じゃ……明日のこともあるし今日はもう寝てほしい。俺が先に夜番をする。4時間後にヒナを起こす。障壁天蓋は4時間に1回、まとめて掛ければいいから俺がやる。リアナは……ひとまず隔離空間にもどって」


「ねえ、はるとー。ここで寝ちゃダメ?」


「ダメ。宿の定員を変更してないからな。朝に変更するから待ってろ。リアナ帰還!」


「そんなー」


 これで良し。

 まずは俺が夜番だからヒナを寝かせつける。

 これから4時間が俺の担当、その後の2時間がヒナの担当でいいだろ。


 いやはや……。

 今日はいろいろ起こりすぎ。


 せっかく時間ができたんだから武器でも作ろうかな。

 そう考えながら、クラフト画面のレシピを眺めはじめた。



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