第16話 夜のとばりのむこうに。
宿で寝る前にリアナを召喚した。
セリーヌはとなりの部屋で、兄と一緒に開拓話に熱中してる。
だからリアナと応対したのは俺とヒナだけ。
「春都のおバカっ! ひとでなしっ!」
声のかぎりに叫ぶもんだから、ただちに【防音】をかける。
「この童貞ヤロー! 隔離空間って、なんもないんだからねっ! さびしいんだからねっ! あんなとこにあたしを放りこんだままにしちゃうなんて、クソでキモオタでタコでアホでマヌケで変態で鬼畜ヤローで唐変木でわからんちんで甲斐性ナシで……はぁはぁぜーぜー」
呼びだしたらすぐ、山のように愚痴を言われた。
ふつう、息をきらすまで罵倒するか?
「うわ、いきなりなんだよー。落ちつけってば。ほら、水飲む?」
丸テーブルにおいてあった水さしをゆびさす。
俺はまだ、リアナがひどいことをした女神ってイメージが強すぎて、文句を言われるとついキョドってしまう。
でも考えてみれば、こっちは被害者だしリアナはもう女神じゃないんだから、あらためてビビることはないって気づいた。
「……ぜーぜー。つ、ついでくれないの?」
「……自分でやれ。どうせ俺は童貞で甲斐性ナシだよ」
あれだけバカにされて親切にするやつがいたら、相当のバカだ。
「ふん!」
自分でコップについで、ひと息で飲みほす。
「おまえなあ……ホント自分のことしか考えてないよな? いま自分がどんな立場に立たされてるかわかる? すこしくらい、まわりのこと見たら?」
「……ほんと、あそこ牢屋みたいなもんなんだからねっ!」
あー。俺の言ったこと、まったく聞いてない。
これは処置ナシかも。
「リアナがいまの状況になったのは、完全に自業自得。自分のやったことがもとで処罰されたのだから、すべては自己責任。だから春都に文句をいうのは責任転嫁。責任転嫁をやりすぎて春都の行動をじゃますることになったら、あらたな処罰がくだるかもしれない」
俺が匙を投げたのに気づいたのか、ヒナがフォローする。
「な、なによー」
以前はどうかしらないけど、いまは圧倒的に天界システムのほうが上位にあるらしい。リアナの露骨なビビリは、見ていて滑稽なほどだった。
「いま春都は大事な時期にさしかかっている。ハルマゲドン・カウンターも、ようやく余裕で旅ができるくらいまで日数が増えていた。なのにリアナがきたら、いっきに62日まで減った。これもリアナの責任。まったく役に立たないだけでなく疫病神」
「あ、あたし、女神だもん! 疫病神じゃないもん!!」
「そんなことは、どうでもいい。リアナは春都の眷属になった。ならば春都のために役立たなければならない。そうでなければお役御免になる」
「ヒナ……お役御免って、具体的にはどうなるの?」
つい気になって聞いてしまった。
「隔離部屋に閉じこめられた状態で、しばらく反省させられる。それでも反省しないようなら完全に消滅させられる。女神の魂ごと消えてなくなる」
「いっや~! 消滅するの、絶対いやー!!」
そうか、だからこんなにビビってるんだな。
「消滅したくないなら、春都のじゃまをしない。役にたつことだけする。文句をいわない。リアナは我慢することを覚えなくてはならない。絶対に独断で行動しない。食べすぎない」
「……食べるの禁止だけは許して」
それ、こだわるとこ? もっともイヤなもの?
どーゆー価値基準してるんだろ。
罵倒一辺倒だったヒナが、一転してかしこまった感じになった。
「……リアナには大切な役目がある。それは、つねに春都のそばにいて、希望の力の吸引を加速させること。これは女神がもつ最大の力で、いまもリアナの中に残されている。大神様はリアナを見捨ててない。なんとかリアナに神功を立てさせて、創世の女神に復帰できるように計らってくれてる」
おや? 大神様、そんな深謀遠慮があったんですか?
ってことは、リアナだけ理解してないってこと?
「……えっ? 女神に復帰できるの!?」
「二度は言わない。リアナは他者の言うことを、もっと真剣に聞くべき」
「えーっ! ねえねえ、はるとー。いまの話、あたしにもわかるように教えてー」
ヒナに冷たくされたら、今度は俺にすがる?
まあ、俺としてもリアナがまともになってくれないと困るから……。
「リアナが俺のちかくにいると、それだけ世界の破滅が遅れるんだってさ。でもそれ以上にリアナが俺の邪魔をすると、反対に破滅が進んじゃう。だからリアナは、なるだけ召喚されて俺のそばにいて、俺の言うことを聞くことが大事……そうすれば、いずれ破滅が回避されて、おまえも創世の女神に復帰できる。そういう話だった」
「やる! あたし、春都の言うこと聞く!! 消滅したくないし、女神に復帰したい!!!」
自分の欲望にしたがう限りは素直なんだよなあ……。
ふたたびヒナが口を開く。
「それならば、注意しなければならない点が山ほどある。まず最初は……」
ヒナの説教は一時間ほど続いた。
いまの立場を理解させ、いっしょに行動するためには、なにを我慢しなくちゃならないか、くどいほど言い聞かせてた。俺、ほとんど見てるだけ。
最終的には、いっしょに世界の破滅をとめる手伝いをするって約束させてしまった。
ここまで怖いヒナ、はじめて見たよ。
「……あのさ、そろそろ寝る時間だから、もうやめない?」
「春都がそういうならやめる」
「俺、レベルが150を越えたから、リアナの召喚も制限がなくなったみたい。だから今後はいつでも呼びだせるし、召喚時間も制限ないんだって。だからリアナがヘマしたら、そのときはヒナがしっかり指導すればいいんじゃない?」
「春都がそう決めたなら、そうする」
「へー。春都が決めれば、なんでもオーケーなんだ。ばっかみたい!」
さすがと言おうか、なにか突っこめる部分を見つけると、すかさず反撃してくる。
リアナの根性悪さとずぶとさは筋金入りらしい。
「ボクの役目は春都のアドバイス。決断は春都がする。その決断を最上位にするのは、天界システムに定められた最高規範……【禁則事項】のせい。リアナが女神だったときに唯々諾々としたがっていたのも禁則事項で決められていたから。ただ、それだけのこと」
「あんただって、あたしみたく肉体をもらったんでしょ? だったら、もうすこし人間らしくふるまうべきじゃない? 地上におりて人間の肉体まで与えられて、それでも神工知能のままの判断って、なんか変すぎる!」
あー。至高神に造られたんだから、人工知能じゃなくて神工知能なんだ……なんてくだらない感想を思いうかべてる場合じゃない。ヒナが悲しそうな顔になってる。
「それ、言いすぎじゃない? ヒナはこれでも、ずいぶん人間らしくなったんだぞ。ずっといっしょに行動してる俺が言うんだから間違いないって」
「コミュ障で童貞だった春都が言っても、説得力がないわよねー」
ど、童貞……それホントだけど関係なくない?
「春都はもう、以前の春都じゃない!!!」
「ひ、ヒナ……!?」
ヒナが感情をこめた大声をだした。
これには俺も驚いた。
「なによ、もう……。なんでふたりして、あたしばっかいじめて。いいわよ、もう。どうせあたしなんて女神失格の堕女神なんでしょ? もう好きにして……」
「ああ、もう。リアナ、いい加減にしてくれないか? これじゃ寝るに寝れないよ」
「ぶー」
「とりあえず、今日のところは帰還してもらう。隔離空間で、さっき言われたことを、もういちど思いだして反省しなさい」
「えっ! それだけは!!」
「しかたないだろ。旅宿に1人増えたって言ってないんだから。リアナ、帰還」
「あっ、ちょ、ま……」
リアナが消えた後、俺は大きくため息をついた。
「はあ……いっしょに行動するのはいいけど、リアナのやつ、まだレベル1なんだよなー」
ようやくセリーヌと一緒に戦えるようになったというのに、また最初からリアナのレベリングをしなければならない。この事実に気づいてからは、もうため息しかでないって。
「リアナのレベル上げは、セリーヌに任せればいい」
「セリーヌはレベル35だから、西の迷いの森なら大丈夫だと思うけど……古代神殿だと地下1階しか行けないぞ?」
「どっちみち
「20かあ……俺がいっしょじゃなくても、パーティー効果って有効なの?」
「マップの最大レンジの中に入っていれば大丈夫。いまの春都のマップ最大レンジは半径15キロだから、西の森と古代ダンジョンならカバーできる」
自分の能力なのに、ヒナのほうが知ってるって……。
まあ、俺はヘルプやステータスを見ないとなんもわからんけど、ヒナは自動的に天界システムから情報をダウンロードできる。だから、いつまでたっても追いつけないのは道理なんだけどね。
「そうなんだ。それなら明日、行かせてみようかな」
「その決断を支持する。春都もやり残していることができる」
「わかった、それじゃそうす……ん?」
俺の完全隠蔽スキルで使える【感知】に、なにかが引っかかった。
【感知】は常設型の継続スキルで、指定した一定範囲に敵意をもった者が侵入した場合、警報を発してくれる。いわば、こっちの世界のセキュリティアラームみたいなものだ。
「ヒナ、おまえも感じてる?」
ヒナは天界システムから似たようなサポートをうけている。
だから俺たちの場合、ダブルで警戒しているようなものだ。
「1人だけ。広場の反対側にある道具屋の屋根にいる。こっちのことを見てる」
「どうする? 敵意バシバシ感じるんだけど」
殺意というほどじゃないけど、ちかくでガン見されてるくらいはある。
そもそも敵意や悪意以外は感知しないスキルなので、感じること自体が問題なんだ。
「ボクの広域探索でも正体がわからない。春都の精密探索ではどう表示されてる?」
「ちょい待ち……ええと、えーっ!? 表示されてないぞ!」
ヒナの言った地点のマップには、なにも表示されていない。
こんなこと、はじめてだ。
「相手は【完全隠蔽】を使ってる。春都以外で完全隠蔽の持ち主はいないはずなのに……ちょっと天界システムで【森羅万象】にアクセスしてみる」
【森羅万象】がなにか聞きたいけど、ヒナの邪魔をするわけにはいかない。
残念だけど、質問は後日……。
「
だから……サラリと怖いこと言わないでね。
「正体がわからないなら本人に聞いてみればいい。ちょっと行ってくる」
「あ、春都、まって!」
「ヒナは、ここにいろ。俺だけでいってみる」
そう言いのこすと、宿の窓をひらいて広場が見えるようにする。
広場のむこうにある道具屋の屋根を見る。
「短距離転移」
屋根のうえに転移。
あー。いろいろ準備するの、また忘れた……。
なんで俺って、こうも先走っちゃうんだろ。
でもいまは自己嫌悪してる場合じゃない。
「邪気防御、魔法障壁、物理障壁」
とりあえず、すぐ掛けられる魔法をつかう。
「おい」
目の前の空間が、かすかにゆらいでいる。
陽炎がゆらめいているように見える。
精密鑑定してみると、たしかに完全隠蔽が使用されてる。
俺の完全隠蔽3だと、ここまでの光学迷彩は無理……相手のレベルのほうが高い。
俺に声をかけられた相手は、なんと逃げるそぶりを見せた。
「猫ころがし」
――ガタッ。
なにかが屋根の上でコケる音がした。
「あきらめて正体を見せろよ。それとも完全に拘束されたい?」
いくら敵意をもってる相手でも、問答無用で攻撃するのは気がひける。
あまい判断だって言われるかもしれないけど、ひたすら穏便にってのが前世で身に染みついてるから、そう簡単には変えられないんだ。
「くっ……」
若い女の声だ。
空間のゆらぎのように見えたものが、だんだん人のかたちに変わっていく。
あらわれたのは、声にたがわぬ美女だった。
黒いマントの下には装飾付きの貫頭衣を着ている。
手にながい金属杖を持っているところを見ると、魔法使いか尼僧だろう。
フードの下には漆黒の巻き髪が見えているから、
目が赤い。もしかして吸血種の亜人?
「なんで俺たちを見はってるんだ?」
「……通りがかったら、気になる存在がいただけだ」
そんなウソ、信じるわけないだろ。
視線で射殺す感じでガン見してたの知ってるんだぞ。
「重力自在、空間拘束」
相手が空間を操作して身をかくす能力を持っているなら、こっちはその上をいく。
【空間拘束】をかけられると、指定した空間がガッチガチに固まる。すると行動だけでなく転移、擬装、隠密もできなくなる。これは空間をつかった捕縛術なんだ。
「……いきなり何をする!」
「なんとでも言え。このまま冒険者ギルドに突き出してもいいんだぞ」
冒険者は、町の中に不審者がいたら捕縛してギルドへ連行する義務がある。
いわゆる逮捕権の行使ってやつだ。
それを使ってなにが悪い。
「や、やめろ!」
「じゃあ、ほんとの事を言えよ」
「………」
『春都、転移して! 危ない!!』
ヒナの念話玉による通信がとどく。
「転移!」
声がふつうじゃなかったから、反射的に転移した。
その時、俺は広場から南門へむかう街路を見ていた。
短距離転移は見た場所に移動できる。だから道の上に転移した。
――ゴッ!
あわてて屋根のほうをふりむく。
闇夜より暗い漆黒のエネルギーボールが、屋根全体を覆いつつんでいく。
「うわ……エグい」
エネルギーボールの輪郭にそって、すっぱりと屋根が切りとられる。
謎の女もろともだ。
――シュン!
ヒナが短距離転移してきた。
「転移できるの?」
「短距離転移玉は魔法レベルが低い。だから春都の指示なしで使える。あのエネルギーボールを分析した。どうやらボクたち……厄介なことに巻きこまれた」
「なにそれ……」
ヒナに聞きながら、あたりを見まわす。
謎の女はエネルギーボールの巻きぞえで消滅した。
だけど、まだボールを放った者がいるはず。
そう思ってまわりを見たけど見つけられない。
「精密索敵」
どこかに隠れてるのかも? そう思って索敵してみる。
いまの索敵レンジになってる半径2キロ以内にはいない……。
「おかしいな。だれもいない。レンジを広げてみようか?」
「僕にも気配は感じられない。もし長距離転移が使われたとしたら、索敵レンジを広げても無駄。現在、状況を精密解析中だけど……ここは無防備。宿にもどってバリアを展開すべき。そうでないとセリーヌたちを守れない」
「セリーヌたちも危険なの?」
「さっき攻撃してきた存在は、まったく無関係の道具屋を破壊した。もし戻ってきたら無差別に攻撃する可能性がある。いまのところ相手の正体がわからないから、だれがターゲットになるかも不明。だから、あらゆる可能性を考えて安全対策をすべき」
なるほど、なにかあってからじゃ遅いってことか。
さっき考えなしに飛びだした自分が恥ずかしい……。
ヒナのアドバイスに感謝、激盛り!
「わかった。転移!」
宿の窓を見ながら転移する。
今度はヒナもいっしょだ。
すぐに部屋の中にもどった。
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