第15話 災厄の女神、ついに降臨!


 開拓農場が完成し、いよいよ種まきが始まったころ。

 いきなり周囲すべてが、金色の光で満たされはじめた。


「な、なんだ?」


 あわててヒナを見る。

 すっごく眉をしかめてる。

 俺の視線を浴びても、返事をしてくれない。


 町のみんなも、何事かとまわりをキョロキョロしてる。


「あっ、あれは!?」


 鍬をもった開拓民のひとりが、俺たちのすぐ近くを指さしている。

 つられて俺も視線をむける。


 黄金に輝く大気から、無数の金色に輝く光の玉が生まれていく。

 その玉がしだいに集まって、ひとつの大きな玉になった。


「ふわああぁー」


 大きな玉の中から、純白の古式な衣をまとった女の子がゆっくり姿を現わしていく。


 なんだか地球のギリシャで行なわれる、オリンピックの採火式にいる巫子さんみたい。

 やがて全身が空中に浮かんだ。


 軽くウェーブのかかった、薄い金色に輝く長い髪。

 それが、かぐわしい香りとともに風になびいてる。

 15歳くらいの整った体は、どんな姫君もかなわないほど美しい。


「うおおっ!?」


 すごく近くに出現したため、おもわずのけぞった。


 身長は155センチくらいと小柄。

 胸は……普通。肌は絹ごし豆腐みたいに細やかだ。

 腕や脚はほっそりとしていて、これまでまったく力仕事をしたことがないように見える。


 最後に顔が見えた。


「あーっ! リアナ!!」


 忘れたくても忘れられない……。

 こいつ、俺を天界から突き落とした女神リアナだ。


「やああああ――っと、残務処理が終わったー!」


 空中で背伸びをして大きな声をだす。

 ゆっくりと舞いおりて、トンと地面に足をつけた。


「えっ、えっ、えーーっ! 春都殿……も、も、もしかして、あ、あれ、女神様!?」


 俺から話を聞いてたはずのセリーヌですら、このありさまだ。

 ほかの者は腰をぬかすか茫然と立ちつくしてる。


「はるとー。せっかく女神のあたしが来てやったんだから、ありがたく思いなさいよー!」


 俺を見つけたとたん、タカビー発言。


「バカいうな。なんで、ありがたいって思わなきゃいけないんだよ! それに……おまえ、喋らないほうがいい女だぞ」


「あら、わねー。ふーん、のせいか」


 俺とヒナを交互に見ながら、意味ありげにニヤついてる。

 感情を顔に出さなければ超絶美少女なのに、ホントもったいない。


。いまは春都にヒナって名前をもらった。だからヒナだ」


 ヒナが眉をしかめたままリアナを睨みつけてる。

 天界システムと女神。

 両者にどんなしがらみがあるのか俺は知らない。


 でも見るかぎり、ヒナがリアナを毛嫌いしてることだけは確かだ。


「あらあらー。たかが天界システムのくせに、えっらそーにしないでよ。あんたなんて、じゃない!」


「リアナ、黙れ!」


 世の中には、神様でも言っちゃいけない事があると思う。

 だから無意識のうちに強い言葉がでた。


「………!」


 ぺらぺら喋ってたリアナが、ぱたりと黙りこむ。


「いまのリアナは、天界システムにより堕天させられた存在。さっき肉体を与えられた瞬間からリアナは女神ではなくなり、人間として春都の眷属になった。だから春都の命令は絶対。リアナは逆らえない」


「えっ? あー、あれか!」


 天界からおりる時、声だけ聞いた【大神様】の事を思いだした。

 たしかリアナは、大神様から罰をうけて俺の眷属にされたとか言ってたっけ。


 実際に処罰を代行したのは天界システムらしいけど、権限が上級神だから、リアナにはどうすることもできなかったみたい。


 リアナが自分の口を指さして、なにか懸命に訴えてる。

 喋りたくても言葉がでないようだ。

 俺が黙れと命じたせいらしい。


「うーん、どうしたもんかねー」


「いまリアナは召喚された状態。さっきの出現は初回のため、天界システムが召喚を代行した。春都は召喚と帰還を命令できる。邪魔ならリアナを天界の隔離空間にもどせる」


 リアナが、いやいやと首を横にふってる。

 隔離空間とやらに戻されるのがイヤらしい。

 なんか可哀想に思えてきた。


「命令を撤回する。言いたいことがあるんだろ?」


「こ、この、この恩知らず! あたし、春都の願いをかなえてやったよね!? あんた、願いとひきかえに、あたしの世界を破滅から救うって約束したよね! なのになんで、あたしがあんたの眷属にならなきゃいけないのよ。どうせナビと結託して、大神様とグルになって、あたしのこと、みんなでイジメようってたくらんで……」


「リアナ、帰還」


 しゃべらせるんじゃなかった。


「あ、あ、いやー。あそこ、いやー!」


 来るときは盛大に演出があったのに、帰るときは一瞬で消えた。


「ヒナ、隔離空間って?」


「もともとは、神獣や魔物を保管しておく天界の亜空間。【眷属召喚】のサブスキル【隷属】で眷属化した者を待機させる場所。いま春都の眷属はリアナだけだから、隔離空間にはリアナしかいない。今後、眷属が増えれば、それぞれ専用空間が追加される」


「リアナと同じ場所に、魔物とか神獣が詰めこまれるわけじゃないのか」


 そうなれば、ちょっと楽しい光景かもと思った俺。

 けっこう暗黒面に足つっこんでる?


「春都殿……いったいなにが起こったのか……」


 みんなを代表する形で、セリーヌがおそるおそる歩みよってきた。


「たいした事じゃないさ。女神リアナが堕天させられて、俺の眷属になっただけ」


「いや、それ大問題だろう!? 女神リアナといえば、この世界の創造主だぞ!!」


「だって、そうなっちゃたんだから仕方ないだろ? えーと、それより……このことが外に知られたら、俺たちみんな宗教裁判にかけられるのと違う? 女神を愚弄する異端者とかで」


「当然だ! ラナリア公領だけじゃなく、セントリーナ王国やバルシアン帝国、そのほかの諸国や諸公領も、程度の差はあれリアナ神殿を奉っている。さらにいえば、大陸の西端の先にあるリアナール神聖皇国はリアナ神を主神とする宗教国家だから、あそこでは問答無用で一族郎党死罪だ!!」


 そういえば、アナベルにも教会があったよなー。


「ふーん、そうなんだ。それじゃこの件、絶対に秘密にしなきゃなー。そこらへんのこと、セリーヌとギルド長のアンガスさん、そしてクラベール町長さんに任せていい? 最低でも町の教会関係者は、味方に引きこんでおかないとね」


 俺の視線は、まっすぐアンガスさんにむけられている。

 セリーヌは、あまりの異常事態に思考停止してしまったようだ。


「うぐぐぐぐ……本来なら上に報告しなきゃならん重大事なんだが……ええいくそ! わかったよ。すくなくとも貴様らが公都へいくまでは、一切の報告を止めてやる。貴様らが去った後も、この町の外には漏らさない。ギルドは警備隊と同様、この町を守る責任があるからな。まったく……貴様らは予想もしないことを次々と……さすがの俺も肝が冷えちまうぜ」


 あーだこーだ言いながらも、アンガスさんは納得してくれた。

 つぎに町長さんを見る。


「私は町が発展してくれるのなら、鬼でも悪魔とでも契約しますよ。春都様はすでに、町の発展のために尽くしてくれてますので、秘密にせよと申されるのでしたら、よろこんで悪巧みの仲間になりましょう。町の教会については、公都のリアナ神殿から派遣されている司祭様が問題になりますが……まあ、なんとかしましょう」


 あ、俺、悪巧みの親分にさせられた。

 でも雑事全般、町長さんが引きうけてくれるみたいだから良しとしよう。


「春都、カウンターを見たほうがいい」


 いきなり横からヒナが割りこんだ。

 あい変わらず深刻そうな顔のままだ。

 なんだろうと、すぐメニューを開く。


 残り62日……。


 え――っ!

 なんで170日も減ったー!?


「リアナが来るっていうことは、そういうこと」


 あ……。

 リアナって神は神でも、これじゃ疫病神じゃん!

 ちょっと前の残日数だったら、一発で世界が滅んでた……。


 ひどい災厄って、このことだったんかー!


 あ、でも……俺の邪魔になること、天界システムがする?

 これ、なんか深い意味がある?


「もしかして天界システムって、破滅を未然にふせぐため、わざとリアナに残務整理させてた? 俺がせっせと日数稼ぐのを見ながら、地上におろすタイミングを見てた? だからヒナに情報制限をさせてた?」


 質問の嵐になっちゃったけど、ここは聞いておくべきだよね?


 ヒナの顔から表情が消える。

 これ、システムの報告モードになったサインだ。


「第1の質問に対する返答。わざと残務整理させていたわけではない。一部のする必要があった。これをしないとリムルティア世界の運営に支障がでる」


 質問が多かったので、ひとつずつ解答するみたい。

 ここらへん、いかにもシステムっぽい。


「第2の質問に対する返答。タイミングは、たしかに計っていた。女神が地上へ降りる、これは女神機能の大半を喪失するということ。この世界から女神という存在がいなくなるため、これまで世界にため込まれていた未処理の負荷スタックが自動的に清算された。それがカウンター減算につながった」


 うーん、よくわかんない。

 リアナがこれまでサボってた処理があって、いつかそれは清算しなきゃいけなかった。それが一度に行なわれたため、大幅なカウンター減算となって表面化したってこと?


 これってサボリまくってたサラリーマンが会社をやめたら、いっきに未処理案件が表面化して大騒ぎになるってパターンかな?


「第3および第4の質問に対する返答。天界システムおよびナビゲーターは、質問されないかぎり返答しない。したがって意図的に隠していたわけではない」


 ううう……情報量が多すぎる!

 でも、ってのは理解できた。


「いろいろ天界の都合もあるんだろうけど……リアナを地上におろす意味がわかんないよ! いくら俺の眷属になるからって、カウンターを大幅減算させてまで送りだすって、それ意味あることなの?」


「女神リアナは世界と一心同体。世界の維持には女神機能が不可欠。その女神機能の大部分は、いま春都へ【女神の加護】として受け継がれつつある。リアナの潜在能力としても、すこしだけ残されている。あとはヒナをつうじて天界システムが行使中。なお、


「リアナがいると希望の力を集めやすい? それってもしかして、カウンターの日数が増えやすくなるってこと?」


「正解。リアナが春都の近くにいればいるほど日数が増えやすい。。いわばリアナは。だから眷属にするのがもっとも効率的。そう天界システムは判断した」


 うわー。

 いかにもシステムらしい判断……。


 おいまて。

 肌を密着させれば最大って、なんだよそれ!


「でもさ……リアナってこれまで、ものすごい勢いでカウンターを減算させた張本人だろ? そんなの地上に野放しにして大丈夫か?」


 ヒナの顔に人間味がもどってきた。

 どうやらシステムは、この質問に答えるつもりはないらしい。


「……ただいま。ボクがいまの質問に答える。リアナは春都の眷属になったから、春都が制御すればいい。大丈夫、カウンターに影響を及ぼすような女神機能は、大部分が春都の特殊スキルに転嫁されてる。だから春都が気をつければいい」


「さっき【女神の加護】がそうだって言ってたけど、あれって元はリアナの能力だったの?」


「うん、そう。リアナに潜在化して残してあるのは、春都の眷属として働くために必要なものだけ。いずれも総合レベルが必要なだけ上がらないと発動しないから、それまでに


「えーっ! 俺がリアナを教育するって、それ無理だろ!!」


「春都ならできる。春都は世界の運命をにぎっている。リアナが女神に相応しい神格を身につけたら、それこそカウンターは無限に延長される。そうなる可能性が春都に託されたと思っていい。ボクは、春都ならかならずやり遂げると確信している」


 そりゃリアナがまともな女神になったら、世界は破滅しない……よな?


 リアナと俺、そして天界システムとしてのヒナ。

 最初からこの3人、セットになってた?


 なんか、そんな気がしてた。うん。


「俺……すごく疲れた気がする。宿にもどって休みたい」


 俺はHP・MPが低下しないかぎり、基本的には肉体的に疲れることはない。

 状態異常の魔法やスキルをかけられたら別だけど、いまはその状態じゃない。

 この疲れは、純粋に精神的なものだ。


「それがいい。リアナがきてしまった以上、待ったなしの教育をはじめないといけない。さっさと宿へもどることを推奨する」


 追い討ちをかけるように、アンガスさんが大声で呼びかける。


「春都、公都に出発するのは2日後になったぞ。伯爵様が矢の催促をしてきてるんだ。セリーヌも、そのつもりでいてくれよー!」


 もうすこし、アナベルでやりたいことがあるんだけどな。

 あと2日でやれることに絞るしかないか。

 ともかく宿で考えよう……。


 俺はヒナに声をかけると、人前もかまわず宿まで空間転移した。


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