第14話 アナベルの町は、もう一蓮托生。
冒険者ギルドで軽い昼食を食べたあと、ギルド長室で開拓の手続きをした。
同席したのはアンガスさんとクラベール町長、それにギルドの事務長。
こっちは俺とヒナ、セリーヌとルフィルさん。
セリーヌは、昼食のあいだもルフィルさんを説得していた。
そしてルフィルさんは、ようやく決心してくれたようだ。
決心した理由は、昼食のテーブルにやってきたアンガスさんの言葉だった。
『今回の開拓は、冒険者ギルドが請けおった営利事業だ。ギルドが開拓民にたいし開拓した土地を貸しあたえるかわりに、収穫した作物の6割をギルドにおさめてもらう。領主様への年貢はギルドが負担するから、開拓民はのこりの4割すべてを自分のもうけにできる。開拓に参加するのはギルドに所属する冒険者、そしてアナベルにやってきた戦争流民たちだ。このうち冒険者には、流民たちの管理監督の仕事をうけもってもらう……』
開拓民に冒険者が入っているのは、あきらかにルフィルさんを意識してのことだろう。
ルフィルさんもアンガスさんの思いやりに気づいて、ようやく決心したらしい。
昼食後、俺たちは町長に指定された開拓地へむかった。
アナベルの南門から東へ5分くらい歩いた場所。
東の迷いの森が、俺のせいで焼け野原になった場所だ。
いまは無数の焼けこげた木の株と、でこぼこした岩と土の地面がひろがってる。
「地形改変、開墾!」
あっという間に、見えるかぎりの土地が掘りおこされていく。
岩や石、よけいな砂、木の株、大きな焼けぼっくい……耕作地にいらないすべてのものが、掘りおここした土地の縁に積まれていく。それらが自動的に、耕作地を守る壁になっていく。
「………!!!」
クラベール町長と事務長、そしてルフィルさんが、言葉をなくして棒立ちになってる。
アンガスさんはダンジョン踏破の件で、すでに俺の力に気づいていたみたい。
なので驚かず、ニヤニヤ見てるだけ。
地形改変スキルをつかっても、MPは3分の1くらいしか減ってない。
じつは昼食の時、席をはずしてトイレに入り、こっそりステータスポイントの割りふりを行なったんだ。
2000ポイントをMPに転換した。
MPに換算すると20万になる。
ここのところMPがたりない事が多くなってたから、それに対する対策のつもり。
これで現在のMPは1099800になった。
MP100万でも、究極魔法や究極スキルだと1発で底をつく。
だけど【地形改変】の中規模行使なら3回は行なえる量だからOKとしよう。
「地形改変、耕作!」
作るのは畑。
小麦や大麦、根菜類、そして野菜を育てる場所をたがやしていく。
一部の区画には果樹を育てられるよう特別に盛土をした。
まず最初に、たがやした土地に対して精密鑑定をおこなう。
(中級耕作地。焼き畑により土壌内の栄養が豊富。酸性度・中性。土地改良の必要なし。土中の魔素量・普通)
土地を掘りさげて溝をつくり、そこで出た土を直線上に盛って
「地形改変、治水!」
勾配に注意しながら、用水路を掘っていく。
アナベルの西側を流れているパルセル川から水を引きこむためだ。
入水路を川の上流につくり、出水路を町の真西付近の下流へつくる。
最後に、耕作地のそばに【ため池】を掘り、そこに用水路の水をためた。
「春都。はい、MPポーション」
ヒナが、スターラさんの店で買ったポーションを手わたす。
「おう、さんきゅー! ってか……ヒナって、MP回復できる魔法玉って持ってないの?」
それがあれば、わざわざポーションの世話にならないですむ。
我ながらグッドアイデアって思って聞いたんだけどね。
「持ってない。というより存在しない。MPを回復する魔法があると無限に魔法が使える。だからHP回復魔法はあってもMP回復魔法はない」
「うーん、残念」
言われて気づくなんてアホの極みだけど、そんな魔法があったら世界の秩序がひっくり返るよな、ふつう。
「地形改変、区割り!」
これが最後の仕上げ。
100メートル四方を1区画として、耕作地全体を区切っていく。
農道で区切るのは、農作業を楽に行なえるようにするためだ。
耕作地全体は、だいたい2キロ四方くらい。400区画ができる換算だ。
開拓民になる流民は120家族300人くらいだから、余裕をもって割りふりできるはず。
あまった区画は将来のために取っておくか、もしくはギルド直轄地として冒険者とかに貸し出せばいいかな?
「町長さん、それにアンガスさん。この1区画の大きさを【ヘクタール】って言います。だいたい大人の歩幅が1メートル。1ヘクタールは100メートル四方の広さになります。この下の単位として10メートル四方の1アールがあります」
俺の説明を理解した事務長が、おそるおそる聞いてきた。
「あの……春都様? きゅうに言われましても、私どもには1町1反という土地の単位がありますので……ちなみに1町は、その単位で計算すると、おおよそ1ヘクタールに該当するかと。となると1反は10アールですね。なのに、わざわざ言い変える必要があるんですか?」
「へっ?」
し、しまった……。
俺が口にする言葉は、全自動でリムルティア世界の言語に変換されるんだった。
欠点は、変換できない言葉だけ原語のままになること。
つまり俺が1メートルと認識してる単位は、事務長たちが聞いている言葉だと、こっちの単位に換算された後のものになる。
でもヘクタールとかアールは、なぜか町・反に翻訳されない。
俺が、この世界の【新語】にあたると認識してたせいなのだろうか?
そこらへんが混乱の原因になったみたい。
「あ、ああ……俺の出身地の単位なんで、換算表かなんかあると便利じゃないかって思ったんだ。そういうことなら町・反のままでいいよ」
俺の中ではヘクタールでも、いま認識を新たにしたから、今後は自動で【町】に翻訳されるはず。だから町長さんに妥協しても問題ない。
アナベルの町を丸ごと巻きこむ……。
かるく言ったけど、これは何日か前から考えてたことだ。
世界を破滅から救うっていっても、やっぱ1人でやれる事には限界がある。
それなら、秘密を共有できる人たちと一緒にやればいい。
具体的に考えてみたら、人数や町の規模からみてアナベルが最適だと思った。
俺が直接サポートできて、なおかつ全体を把握できるくらいの広さと人口、しかもいざとなれば立てこもれる程度のインフラがある……これを基準にしたんだ。
ということで……。
町の人には悪いけど、俺の力を見せることで強引に仲間になってもらう。
かわりに俺は、この世にない物品や産物を町に提供する。
一部は製造法を教えることで、俺が不在の時も生産が止まらないようにする。
町の人たちには、秘密を守ることが自分たちの利益につながるって徹底すれば、そうそう外部へ秘密が漏れることはないはず。それでも漏れたら俺がなんとかする……。
これでウィン・ウィンの関係を築けるって思ったんだ。
「さて……アンガスさん。ここから先は開拓民の出番だ。みんなに指示して、さっそく作物の種を植えてほしい。俺が協力できるのは、ここまでだから」
俺にうながされたアンガスさんが、あらたまった態度で大声をあげる。
「よーし、みんな! いよいよ出番だぞ!! まずはギルドが現場主任に任命したルフィルから、種の植え方を学んでくれ。その後もルフィルに従えば、きちんと給料をだすし、収穫物の4割はお前たちのものだ。さあさあ、働いてナンボだ。頑張ってくれ。それじゃルフィル、あとは頼んだぞ!」
順次、丸投げ。
ルフィルさんは、ギルドから渡された耕作指示書を右手にもつと、おずおずと前にでた。
「では、開拓民の皆さん。こちらに集まって……」
じつはこの指示書、俺の検索保管書にあるデータを元に、農業指南のエッセンスを書きうつしたものだ。これにしたがえば農業素人のルフィルさんも専門家の仲間入り……。
まあ、それでもダメな状況になったら、ギルドに預けたもっとくわしい解説書(これはネット検索したものを丸々翻訳してコピーしたもので写真や図示もある)を読めばいい。さすがに解説書のほうは、アンガスさんに門外不出を誓わせたけど。
俺は決心した。
アナベルの町ぜんぶを世界改革に巻きこむことを。
そうじゃなければ、スターラさんにペニシリンの製造法を教えたりしない。
ただ、いくら秘密にしても、いずれは漏れる。
それも考慮して、ちかいうちにラナリア公領も巻きこむことにしている。
そのためにも、ぜひ伯爵に会わなければならない……。
ルフィルさんに主導権がうつったため、ようやくひと段落ついた。
「……そういやヒナ。さっき土地を鑑定してみたら、【土中の魔素量・普通】ってあったけど、これなんなの?」
「リムルティア世界には、ごくふつうに魔素が存在している。魔素が魔法の原動力なのは知ってるはず。そのほかに生命体の成長にも関係している。今回の場合、作物の成長に深く関係している。そのための指標」
「えっ!? 魔素って作物が育つのに必要なの?」
「必要」
「うーん、具体的なイメージが湧かないな……」
「春都が地球のトマトに似ているって言ってたタマタって作物、魔素がたくさんある土地だと種を植えて3日で収穫できる。でも土地の魔素はすぐに充填されないから、1回収穫するとつぎの収穫は1ヵ月、つぎは半年にのびる。魔素の充填完了までの時間は土地それぞれ」
「あっちゃー、そんな落とし穴があったんかよー。ここの土地の再充填って、どれくらいなんだろ」
「精密鑑定で、鑑定項目を指定すればわかる」
「え、そうなの? えーと……精密鑑定・開拓地の魔素再充填日数」
(この土地は迷いの森の古代神殿が復活したせいで、通常の土地よりはるかに魔素の再充填がはやい。開拓地にかぎれば希望の力も関与している。それらを総計すると10日で再充填が完了する)
「10日で再充填?」
俺の理解が追いつかず、ついヒナに聞いてしまった。
「いま開墾した土地は、これから先ずっと、10日の間隔で連作できる。土地がやせることなく10日ごとに収穫できる。一般の農地では絶対にできない。春都の力がここを世界でゆいいつの場所にした。ボクには予想できなかった結果。やっぱり春都はすごいと再認識する」
土地までチート……。
あれやこれやと行き当たりばったりでやってきた事が、いまここで結実してる。
ヒナでも未来は見通せないから、この結果は予想できなかった。
だから、なんか気分がいい。
「メニュー」
俺は期待を込めて、ハルマゲドン・カウンターを見た。
50日増えて、232日。
おおよそ1年の3分の2! ずいぶん余裕ができた!
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