第11話 冒険だけが人生じゃない。
「おわあわわああああ――!」
アルビルさんが、ガースにしがみついて号泣してる。
それをガースが、照れてるような困ったような顔で見ている。
「親父……もう泣くなよ、恥ずかしい」
ここはアナベルの冒険者ギルド。
地下3階の安息所にもどった俺たちは、そこでギルドの救援隊が到着するのを待った。
待った時間は5時間ぐらい。
その間に、インベントリに入れておいた食い物を分けて食べた。
町への帰路は救援隊といっしょだったので、長距離空間転移をつかうと面倒くさいことになる。しかたがないので、ギルドが用意した馬車に乗ってもどった。だから町に到着したのは夜……。
「アルビルさんって、本当に息子を大切に思ってるんだな」
「春都がそんな事言うなんて。ボクは見直した」
ヒナが感心した顔でささやいた。
そういえばヒナは、人間の心の動きまでは読めないって言ってたな。
俺だって人の心くらいわかる……。
そう思って、前はわからなかったはずと打ち消す。
コミュ障って、人とのコミュニケーションができないから、人の心もわからない。
ずっとそう思ってなかったっけ?
じゃなぜ、いまアルビルさんの心がわかった気がした?
なんか、ちょびっと治ってるような……。
「そう言うなよ。俺、こっちきてヒナやセリーヌ、町のみんなと出会って、ちょっとだけ変われたような気がしてるんだ。前の俺……とくに生前の俺なんて、人がこわくていつも逃げてたし、だれかに優しくされると、きっとこいつ下心があるって勘ぐってたもんな」
ヒナにだけ聞こえるくらいの小声で話したつもりだったのに、セリーヌがしっかり聞き耳たてていた。
「春都殿。いまの御主は、そんな男にはみえんぞ」
セリーヌは、かつての俺を知らない。
だから俺が以前のことをいうと、『本当か?』とうたがう顔になった。
「まあ、変わったっていっても、ちょっとだけどな。すこしだけなら人を信じられそうな気がするし、この世界、こわい相手ばっかじゃないって思えるようになってきた」
「あせる必要はない。なにか困ったら、私とヒナ殿がいる」
「ん? セリーヌはクエストが終わったら、警備長の仕事にもどるんじゃないの?」
セリーヌは、横にたっているアンガスさんに視線をむけた。
アンガスさんが意味深な表情でしゃべりはじめる。
「じつはな……今回のスタンピードの件を、公都にある冒険者ギルド本部に報告したんだよ。そしたらギルド総長のやつ、本部の手にあまるとか言って伯爵様に丸投げしやがったんだ。おかげでうちのギルドは、いま伯爵様への報告業務でてんてこ舞いになってる」
「………?」
話が見えない。それとセリーヌの仕事となんの関係がある?
俺の顔を見たセリーヌが、あいだに割ってはいる。
「春都殿。私は公領騎士だといっただろう? 公領とは、エヴァンス・ディアナ・プラナール伯爵様の領地という意味だ。つまり私は伯爵様にやとわれている騎士なのだ。その伯爵様が私に、いそぎ帰還せよと命じられたのだ」
「それじゃセリーヌは、公都とかいう所にもどっちゃうの?」
「私だけではない。春都殿とヒナ殿も一緒だ。伯爵様は、今回のスタンピードを阻止した春都殿をたかく評価なされている。しかも伯爵様は、スタンピードは他のダンジョンでも発生する可能性があるとお考えだ。だから阻止した実績のある春都殿に相談したいと申されている」
「ダンジョンを攻略したの、セリーヌも一緒じゃないか。ヒナもそうだし。俺だけの力じゃないぞ?」
「いや、ほとんど春都殿とヒナ殿のおかげだ。兄のパーティーを救ってくれたこともふくめ、心から感謝している」
「おい春都! 貴様、こんなべっぴんの騎士様に感謝をささげられて、まさかそれを無下にするんじゃねーだろな!?」
いきなりアンガスさんに、首根っこを太すぎる腕ではさまれた。
「うぐぐぐ……苦しい。わかった、感謝を受けいれるよ」
じつは苦しくない。
いくら元S級冒険者でも、いまの俺の基礎体力のまえでは赤子同然だからだ。
でも演技しないと怪しまれるから、盛大に苦しがってみせた。
「それなら、セリーヌと一緒に公都へいってくれるな?」
「いくいく。だから腕を離して!」
ようやく放免された。
まったく、セリーヌが脳筋男っていうだけある。
苦しくはなかったが、でかくてむさい男の毛むくじゃら腕で首しめられたんだ、べつの意味で死ぬかと思った……。
「セリーヌ。俺は町に残るよ」
遠慮がちにルフィルさんが口を開く。
「なぜ……公都に一緒にいこうよ。私なら兄さんの世話をできるぞ?」
「俺は冒険者をやめる。なに片腕でも、やれることはあるさ。それに町のみんなも優しくしてくれる。もう俺には、生まれ故郷のここしか住める場所はないんだ」
ルフィルさんは完全に気落ちしている。
落ちこんだ男なら俺もよく知ってる。以前の俺がそうだったから。
立ちなおるには時間が必要だ。
下手すると、俺みたいに死ぬまで立ちなおれない場合もある。
そんな時、心の支えになるのは、自分がよりどころにできる場所なんだ。
俺の場合は、自分のボロアパートとコンビニ弁当、ディスプレイのむこうに広がるネットゲームの世界だった……。
「春都。アドバイスしていい?」
「ん? なに?」
「ルフィルさんに、新しい人生をプレゼントしてやるべき。春都ならできる」
「……俺にそんな大層なこと無理だよ」
「考えて、春都。そして決断して。きっとできる」
いつもは俺に決断丸投げのヒナが、いまだけなぜかしつこくせまってる。
きっとヒナは、ルフィルさんを助ける具体的な方法を知ってるだろうな。
でもそれを教えると俺のためにならない……そう思ってるはず。
これまでのヒナの行動パターンだと、きっとそう。
でも、なにをすれば……。
「……えーと。俺のスキル……地形改変……クラフトスキル? 上位魔法? 天界システム……あれ、なんか引っかかったぞ?」
小声でつぶやきながら、なおも頭をしぼる。
考えすぎて痛くなってきたころ、唐突に思いついた。
「あっ!」
すぐにヒナを見る。
可愛らしい耳に口を近づけてささやく。
「ヒナ……おまえ天界システムの一部なんだから、天界の知識にアクセスできるよな?」
「当然」
「だったら地球の天界をつうじて、地球のインターネットにアクセスできないか?」
「うーん……やってみる」
そう言うと黙りこむ。
はたから見ると、なにか考えこんでいるように見える。
ほんの数十秒で顔をあげた。
「できた。春都はこれが必要?」
よおおーし!
これで道がひらける!
「これから先、ぜったい必要になる。可能なら、俺のメニュー画面にインターネットの検索画面を追加してほしい。そしたら、あとは自分でやるから」
「ほい、機能転送。新項目できた。ヘルプ検索にネット検索を追加した」
ものはためしと言ってみるもんだ。
あきれるほど簡単に願いがかなった。
でもこれ、弊害とかないだろうなー。
ふとヒナを見ると考えこんでる。
「どうした?」
「……ううん、なんでもない」
これは怪しい。
ヒナはめったにウソをつかないけど、真実をつげることが俺のためにならない場合のみ、たまーにウソをつく。
「いいから言ってよ。どんな悪い情報でも黙られるよりはマシだから」
「ごめん。システムから伝達制限がかかってる。ボクにいえるのは、そう……近いうちに、ボクたちに、かなりひどい災厄がふりかかるってことだけ」
「俺だけじゃなくて、俺たち?」
「うん。ボクたちに身近な問題……あっ、制限が警告になった。この件はもう終わり」
ヒナがしっかり口を閉じる。
視線すらそらしてしまった。
ここまでシステムが教えないってことは、きっと世界の破滅に関係することだろうけど……俺たちに身近な問題ってなんだ?
まあ、わからないことを考えてもしかたないか。
それより、いまやれることをやろう。
まわりにいるみんなに、それとなく声をかける。
「ええと……ちょっと考えたいから、テーブルにいっていい? 俺がおごるから、みんなすわってよ」
ギルドにある4つのテーブルには、いま客がいない。
救援隊に参加した冒険者たちは、報酬をもらうと酒場にすっ飛んでいった。
だからテーブルは、この場にいるパーティー関係者だけで占有できるはず。
「あ、セリーヌとヒナ、それからルフィルさんは、俺と同じテーブルに来て。ちょっと相談したいことがある」
俺がなにか画策してるのに気づいたアンガスさんが、アルビル親子とパーティーの女の子に声をかける。
「おい、盛大に息子の帰還を祝おうぜ。ほら、あんたらも生還祝いだ。ほらほら、こっちのテーブルに来い!」
ほとんど拉致するように、残りのみんなを連れていく。
席についた俺は、セリーヌにしばらくルフィルさんの相手をしてくれと言うと、秘匿モードでヘルプの検索ウインドウを立ちあげた。
「おお、久しぶりに見るグーOルさんの検索画面!」
生前はホント、どーでもいい画面だったのに、なんでか涙がでる。
「ええと、これをまず調べて……つぎにこれ、あ、アレも必要……」
あれ? 俺のネット銀行の口座、なくなってる……。
ゲーム用に作ったSNSのアカウントもない。
それどころか、捨てアカをふくめたすべてのメアドが消滅してる。
あっ! カキコもできない……。
なんか俺、地球世界で抹消されてるしシカトされてる。
これたぶん、女神リアナのせいだよな?
うーん、これじゃネットショッピングができない。
でも読むだけなら、ほぼ地球にいる時とおなじくらいできる。
うーん……。
カキコやショッピングの件は、このさい後回し。
調べたいものを片っぱしから検索した。
それが終ると、顔をあげてヒナを見る。
「検索結果って保存できる?」
「ヘルプ内の設定を開いて【検索記録の保存】をONにする。それで魔物図鑑の横に検索記録書が新しく設置される。記録書はページがフォルダ形式になってるから、ページごとに保存が可能」
「どれどれ……おっ、できた。サンキュー。ええと、範囲指定・すべて保存……と」
これで良し。
準備が整ったので、改めてルフィルさんを見る。
「ルフィルさん。この町で農業をやってみない?」
俺が検索したのは、農法に関する全般的なこと。
他には『農業の歴史』『農業の始め方』『農具の種類』『合成肥料の製造法』『堆肥の作り方』『作物の育て方』……ともかく農業を始めるために必要な知識を検索しまくり、そのすべてを保存したのだ。
「片手の俺に、できるのか?」
いきなり農業やってみないかって言われたら、そりゃあせるよねー。
「やり方によると思う。ちょっと待ってて」
俺は立ちあがると、アンガスさんのいるテーブルにむかう。
「この町で新規に農業をやるには、どんな許可が必要なんだ?」
「農業……? また妙な事を聞くもんだ。まあ、農業は戦争流民たちが砦のそとで畑をつくってるから、できないわけじゃないが……なんでそんな事を聞く?」
「ルフィルさんに農業をすすめてるんだ」
「ルフィルに? そりゃ大変だぞ? ここは辺境の砦町だから、あらたに農業をはじめるとなると土地を開拓しなきゃならん。片腕のルフィルじゃ荷が重すぎると思うが?」
「それに関しては俺に秘策があるんだ。許可さえもらえれば何とかできると思う」
このさいだから、アンガスさんも巻きこんでしまおう。
いや、俺の考えが正しければ、町全体を巻きこむことで、この世界の改革拠点にできるはず……。
「そうか? それじゃ……」
アンガスさんはすこし考えると、ギルドの男職員を呼んだ。
「冒険者ギルドからの申請で、新規の開拓許可を取ってくれ。ギルドが自給自足するのは推奨されてるから、許可はすんなりおりるだろう?」
「承知しました。すぐに町長に掛けあってきます」
職員は、首にさげている職員カードによれば、ギルドの事務長らしい。
手なれた様子で引きうけてくれた。
「これで良し。明日には許可がおりると思うぞ」
「なんで俺とかルフィルさんじゃなく、ギルドで申請するんだ?」
「そっちのほうが、はやくて確実に申請がとおるからに決まってるだろ! この町じゃギルドと警備所は、かなり幅をきかせられるんだぜ?」
当のギルド長がそういうなら、そうなんだろう。
そこらへんは変に画策するより、ぜんぶ任せたほうがよさそうだ。
いまの話だと開拓地はギルドのものになるみたいだから、ルフィルさんには土地を貸すことになるのかな?
「となると……今日はこれまでだな」
ようやく肩の荷がおりた気分になった。
もし明日にでも許可がとれて、ルフィルさんがやる気になったら、そのまま畑仕事をしてもらう。
万が一ルフィルさんが断わったら、その時は開拓地をギルドに任せればいい。どっちにしろ開拓地は作ることで決まりだ。
自分の中であれこれ算段しながら、セリーヌに声をかける。
「ルフィルさんがホントに農業をやる気があるなら世話してやれるけど……とりあえず明日、開拓の許可がおりたら、俺の地形改変スキルで一気に農地を作ってしまう。つぎにクラフトで肥料とか農薬をつくる。この世界の作物なんて俺は知らないから、種とかはセリーヌが調べてくれないか?」
肥料をつくるのは、これから堆肥をつくっても完成するのはずっと後になるから。
そこで最初は合成肥料で間にあわせる。
ただし合成肥料を長期間つかうと弊害がでるってネットに書いてあったから、早いうちに有機肥料の堆肥にかえるつもりだ。
俺が怒涛のように話を進めるから、セリーヌがぽかんとした顔になってる。
「……ああっ! またやっちまった……ごめん。どうも俺、なんか思いこむと、人のことなんてお構いなしになってしまうんだ。ここのところ協調しなきゃって努力してたから、すっかり忘れてた」
「あ、いや、それは構わない。しかし……兄が農業とは。無理とはいわんが、まったく経験がない者が、はたして成功するだろうか」
「じつはルフィルさん、農業1のスキルを持ってるんだ。安息所でこっそりステータスを見たんだけど、しっかりあった。だから素質はある。レベル1だから経験はないみたいだけど、俺の能力をつかえば栽培する前の段階まではすぐいけるはずだ」
「春都殿がそういうのなら、試してみる価値はありそうだが……そうだ、どっちみち我々が公都に行ったあと、警備長の仕事の関係で1度はここにもどらねばならん。その時に結果をみればいい。これでどうだ?」
公都にいけば、そこにも長距離転移ポイントを設置できる。
そうしたら、いつでも町にもどれる。
「うん、それでいい。あと、ルフィルさんの説得もたのむ」
最後でセリーヌだのみになる自分が、ちょっと悲しい。
でも彼女にまかせるのが最適だって思ったんだ。
「今日のところは、これで宿にもどろう。セリーヌはルフィルさんと一緒だろうけど、宿はどうする?」
「私ひとりなら警備所の宿舎でいいが、兄が一緒だと宿屋のほうがいいな。ちょっと実家は散らかってるし」
「御両親は?」
「とうの昔に死んだ。言わなかったか? ああ、言わなかったな。実家は兄が物置と仮眠のために使ってる。なにしろ冒険者だったし独身だからな。家には、いないことがほとんどだ」
「すまん、変なこと聞いて。それなら一緒に宿へいこう。宿賃は俺がおごるよ。あ、断るなよ。面倒くさいから」
いまインベントリには、ダンジョンで大量確保した魔物の分別品がこれでもかと入っている。おそらく1000匹をゆうに越えてるはず。
これをギルドに売れば、けっこうな金になるだろう。
それを考えると、セリーヌたちの宿賃なんか簡単に払える。
「面倒くさいとまで言われたら、甘んじて受けるしかないな……」
俺の言いようが可笑しかったのか、セリーヌが苦笑いしてる。
肝心のルフィルさんは、自分に農業ができるか真剣に考えこんでいた。
「じゃ腹も減ってきたし、宿にいこう」
具体的な事は明日。
今日はたっぷり美味いメシを食って、寝れるだけ寝る。
それが明日への活力になる……。
俺は自分がやる気をだしている事に気づき、けっこう驚いた。
やっぱり……俺は変わりつつある。
それは確信に近づいていた。
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