第8話 敵が強いかどうかは自分たちで決まる?
地下3階までおりた。
ふたたび神殿内部のような石組みの通路だ。
ただし全体的に拡大されてる。
通路の幅は4人が両手をひろげて横ならびできるくらい。装飾のほどこされた天井も、ゆうに身長の4倍くらいある。
何度か角を曲がって10分くらい進んだころ。
ちいさな体育館くらいある広間にはいった途端、惨劇が目に飛びこんできた。
「………兄さん!」
開いたままの扉をぬけてセリーヌが走りだす。
部屋の中を見ると、冒険者パーティーがひどい怪我をして倒れこんでいる。
リーダーは左腕をおとされて朦朧とした状態だ。
「せ、セリーヌか!? くるな!!」
駆けよろうとするセリーヌを、リーダーが無事な右手で制する。
状況が状況だけに、俺とヒナもいそいで部屋にはいる。
――ドーン!
背後で扉が閉まる音がした。
「灯光」
周囲を明るくする。
のこりのメンバーも、はっきり見えるようになった。
鑑定スキルでステータスを調べる。
最優先で体の状態をチェック。
名前や職業なんかは後まわしだ。
盾役の男――彼がアルビルさんの言ってた息子らしい。
割れた盾をまだ持っているが、HPは2桁まで減っている。
魔法使いと僧侶の女の子は、怪我こそ軽いもののMPはゼロ。
状況からして、死にものぐるいで防戦したけどダメだった……そんな感じ。
――ガシャッ。
耳障りな金属音とともに、部屋のすみから何かが近づいてくる。
(
うわ……鑑定するんじゃなかった。
こいつ、フロアボスじゃないの?
「お、おまえら……すぐ逃げろ! こいつは俺たちからHPとMPを吸っている。まごまごしてると、おまえらもおなじ状態にされるぞ!」
「忠告はありがたいけど……まずは手当だよね? ヒナ、時間稼ぎをたのむ」
「了解。はい、
虹色にゆらめく半球状のバリアが形成される。
「消滅まで15分。中にいるかぎり絶対安全。ドレイン系も阻止。消滅する前に対処して」
――ぐぼっ!
いやな音とともに、地面に張られた石畳がもりあがる。
石畳の下からスケルトン兵士が10体以上もあらわれた。
――シャーッ!
いっせいに襲いかかってくる。
――バンッ!
バリアが一瞬だけかがやき、スケルトンの攻撃をはねかえす。
いくら切りつけても完全に無効化してる。まさに鉄壁。
「大治癒、大回復、究極整体!」
つぎつぎと回復系魔法とスキルを重ねがけする。
それでもリーダーの左腕欠損はなおせない。
「兄さん、絶対に助けるから……しっかりして!」
兄をだきおこして励ますセリーヌ。
ここにいるのは騎士じゃない。兄を心配するひとりの妹だ。
「……セリーヌ?」
ようやく相手が妹だと気づいたらしい。
はっとした表情になって、早口でしゃべりはじめる。
「なぜ俺たちが死んでいないのか、疑問に思わなかったのか? あいつは俺たちを餌にしてるんだ! あいつのメシは俺たちのHPとMPなんだ。1日に3度、あいつは1時間ずつあらわれる。そして俺たちのHPとMPを
「すまん、聞いていいか?」
話が気になった俺は、治癒魔法を使いながら聞いた。
「ああ……あんた、治癒してくれてるのか? ずいぶん強力な治癒魔法だな。かなり痛みが軽くなった。ええと質問があるんだったな、なんでも聞いてくれ」
左腕の切断面は、すでに肉が盛りあがっている。
これ以上の修復は、大治癒でも無理みたい。
「あんたらが、あいつと戦ったのはいつごろだ?」
「2日前の昼ごろだと思う。いきなりダンジョン内の魔物が騒ぎはじめて、いっせいに出口へむかっていった。俺たちは地下2階で魔物の大群をやりすごした。だから楽勝で地下3階までこれたんだ」
「魔物がスタンピードで外に出たから、不用意に地下3階のフロアボス部屋に入ってしまったのか……」
「いやちがう。亡霊騎士は特別なフロアボスなんだ。あいつが不定期に出現することは以前から知られていた。だから俺たちは、亡霊騎士が出現していない時をみはからい、あそこにある宝箱の中身だけかっさらおうと思ったんだ」
そう言うと、部屋の奥の暗がりをゆびさす。
暗くてよく見えないが、マップには宝箱が表示されている。
「なんで逃げなかったんだ?」
「お前たち……部屋の扉を見なかったのか? あの扉はフロアボスを倒すまで開かないんだぞ!」
あー、完全に俺の失態。
さっき扉が閉まる音がしたのは、そういう意味だったのか。
これ、俺たちも閉じこめられてるじゃん。
「さて、処置完了……うーん、亡霊騎士を倒さないと出られないみたいだし。どう戦えばいいんだろ。ヒナ、アドバイスは?」
「のこり3分。スケルトンは物理攻撃で大丈夫。亡霊騎士は厄介。まず自分に邪気防御/魔法障壁/物理障壁/多重防壁の魔法をかける。つぎに魔法盾の魔法をとなえて、パーティーの守りにあてる。最後に魔法反射と物理反射の魔法を自分にかける。順番を間違えないで」
反射系を先にかけると、ほかの魔法を自分にかけたとき相手に反射してしまう。
取りあつかいが難しいとヘルプに書いてあったが、それを使うほどの強敵らしい。
「なんで魔法盾を? バリアが消えたら、また玉を使えば?」
「魔法盾は、万が一の保険。障壁天蓋は高位魔法。高位魔法の玉は、再使用する場合、制限時間をすぎないと使えない。ちなみに春都も障壁天蓋を使える。だけどいまはほかの魔法を優先すべき。だからボクが支援してる」
「うーん、面倒くさい制約があるんだな。うん、わかった」
時間がないので問答は終わり。
パーティーのいるほうに顔をむける。
「セリーヌはお兄さんを守ってくれ」
「私も戦う。いや、私こそ戦うべきだ!」
「バカいうな。バリアが消えれば、残ってるのは魔法盾だけだ。お兄さんたちが、ほとんど無防備になる。だからだれかが守らないといけない。それにはセリーヌが最適なんだ。たのむよ」
「ううう……わかった」
セリーヌの説得は成功、と。
「春都、時間がない」
ヒナに急かされて、大車輪で魔法をかける。
順番を間違えないよう注意しながら急ぐのは、なかなか難しい。
魔法盾をとなえると、バリアドームの外の空中に光輝く黄金の盾が出現した。
その盾が、高速でドームの周囲をまわりはじめる。
「魔法盾は、敵の攻撃を動きながら防いでくれる。でも30回防ぐと壊れる。それまでにケリをつけるつもりだけど……」
バリアの中にいるパーティーを安心させるため、魔法盾の説明をした。
ヘルプで効果を読んだときは使える魔法って思ったけど、よく考えると同時攻撃には対処できないし防御回数の制限もある、けっこう使えないヤツだった。
「あ、時間切れ。春都、戦闘開始」
虹色のバリアが消える。
俺は背中の神鋼剣を抜き、まっすぐ構えた。
――シャーッ!
俺を主敵と見なしたのか、スケルトンがぜんぶ俺にむかってきた。
――ゴッ!
すさまじい気の力がとどく。
おそらく亡霊騎士の【威圧】と【恐怖】のスキルだ。
身体強化と魔法強化5倍のパッシブスキルが掛かっている俺でも、思わずたじろくほどの圧力をうける。
俺を動けなくした上で、スケルトンに襲わせるつもりらしい。
だが、まだ動ける!
「ううう、怖いよー」
恐怖のスキルで怖じ気がでたのか、それともたんに俺がヘタレなためか。
どっちかわからないけど、すごく怖い。
「春都、支援する。ほら、ぽぽぽのぽい! ゴーレム召喚玉!」
さっきスケルトンが出てきたのをマネるみたいに、床から岩石ゴーレム4体が現われる。
「スケルトンはゴーレムにまかせて。春都は亡霊騎士を倒す」
「うう、くそっ! 俺だってやれるんだ!!」
気力を奮い立たせる。
神鋼剣に、氷結/破防/切断/質量/硬化/貫通/強速の付与魔法をかける。
どうせ物理攻撃は効かない。
となれば剣は亡霊騎士の足止めにつかう。
「影隠密!」
部屋の中は、灯光魔法であちこち影ができてる。
その影に身をひそめる。
これはシャドウ・ゴーストがやったものとおなじ効果の魔法だ。
影から影へ飛ぶことも可能。
この影ジャンプを活用すれば、相手に居場所をさとられない。
「天の裁き!」
――シュン!
白銀にかがやく光の槍があらわれ、亡霊騎士の頭上から舞いおりる。
これでイチコロ……。
えっ、効かない!?
――キン!
光の槍が鎧に跳ねかえされた。
天の裁きは非物理攻撃だぞ?
アンデッド系のくせに常識ハズレなやつだ!
「てやあっ!」
亡霊騎士の影から出て、氷結の魔法を付与した神鋼剣で切る。
――ギンッ!
剣ははね返されたけど、当たった部分が凍りつく。
これでいい。
「瞬間加速、乱撃、うりゃーっ!」
――ギンギンギギギギ――ン!
1秒で10連撃。
もう滅多切り。亡霊騎士の全身が凍りついていく。
かなり動きがにぶった。
「ふうーぅぅ……しゅこぉーっ」
呼吸音のような、不気味な声。
ゆっくりと亡霊騎士の剣が持ちあがっていく。
「春都、魔法がくる。魔法反射の残り時間に気をつけて」
――ゴオォ――ッ!
煉獄の炎だ。
あらゆるものを燃やしつくす漆黒の炎……。
――バリッ。
俺は魔法反射で無事だったが、みんなのまわりを飛んでいた魔法盾が限界をむかえた。
粉々に割れ、光の粒子になって消えていく。
「ヒナ、みんなを守ってくれ! こっちは何とかする!!」
「ぽい。もいちど障壁天蓋玉」
ふたたび虹色のドームが形成される。
どうやら制限時間を過ぎてたようだ。良かった。
威力のある魔法玉は、俺の指示がないと使えないのが天界ルール。
もし制限時間内に使えって指示したら、ヒナはどうする?
そう思ったら、すごくストレスたまった。
「ええと、物理は効かないから魔法、魔法と……荷電粒子砲!」
説明を読んでもいまいち良くわからなかった魔法だけど、このさい使ってみる。
――チッ!
一瞬、耳に聞こえる限界にちかい高周波音がした。
――ポッ。
やわらかい音がした。
なにがおこっているのか良くわからない。
――ポッ、ポポッ、ポポポポポポポポポポポポポッ!!
亡霊騎士の鎧にちいさな穴が開いていく。
その音だ。
しだいに穴が増えていく。
「ごあぁあぁああああ――!」
あきらかに効いてる。
「荷電粒子って物理攻撃じゃなかったっけ? なんで効くの?」
俺の記憶だと、荷電粒子って物理用語だったはず。
物理って名がついてるんだから、物理攻撃じゃないかと思ったんだ。
「荷電粒子はまだ、この世界にない概念。亡霊騎士の認識外の攻撃だから効く。その魔法は春都オリジナル。ちなみに地球の知識では、荷電粒子はイオン化した原子や電荷をもった素粒子のこと」
さんきゅー。ぐっじょぶだぞ、ヒナ。
しっかし……地球人の俺が知らない知識なのに……なんかクヤシイ。
なんか言いかえしたい。
「それ、ずいぶん手前勝手な理屈のような気がするんだけど?」
「ボクは天界システムの一部。森羅万象を定義する存在。だから間違いなく正しい」
あ、それ屁理屈……。
そこまで思って考えるのヤメ。亡霊騎士に集中する。
穴ぼこだらけになった亡霊騎士。
だけど、まだ致命傷を受けたわけじゃないみたい。
いまも立ったまま様子をうかがってる。
ふと気づくと、ゴーレムがスケルトンを殲滅していた。
そのゴーレムが、今度は亡霊騎士にむかっていく。
「プシューッ!」
タイヤから空気漏れがするような気合。
亡霊騎士がもってる漆黒の剣。
そこから無数の影が放たれ、魔法がゴーレムに襲いかかる。
――スパパパパッ!
4体の岩石ゴーレムが、柔らかいバターのように切り刻まれた。
とっさに鑑定する。
(【剣乱舞】。亡霊騎士の攻撃スキル。剣から漆黒の影を飛ばす。影は剣の切れ味とおなじ威力をもつ。飛ばす影の数は亡霊騎士のレベルに相応する)
こ、こいつ……ハンパなく強い。
「えーい、もうヤケだ。猫ころがし!」
ステータスにある魔法の中で、目に止まったものを使ってみる。
効果は【相手を転がす】とあった。
なんで、こんな魔法が専門魔法レベル8?
――ガッシャーン!
亡霊騎士が見事にころがる。
立ちあがろうともがいている。
MPを1万近く消費するのに、ただ転がすだけ?
「もう一度、猫ころがし」
効果を確かめるため、もう一度つかってみる。
――ガッシャーン!
あー、これ。
相手の魔法やスキルの行使を強制中断できる魔法だ。
これを使ってるかぎり、亡霊騎士からの魔法やスキルによる攻撃はない。
ごめん、前言撤回。めっちゃ使える魔法じゃん。
「もう一度」
――ガッシャーン!
これはギャグか?
「春都、重力自在2のメガトンハンマーを使って」
ううう、名前ダサすぎ。
あんまり使いたくない。
でもヒナのバリアがもうすぐ切れる。
好き嫌い言ってる場合じゃない。急がないと。
「猫ころがしからのメガトンハンマー! おまけで殲滅フレアの一点集中!!」
できるかわからないけど……。
多数の超高温フレアを重積させ、1発の魔法として亡霊騎士に命中させるつもり。
――ガッシャーン!
――ずっどーん!
――ゴバッ!
3種類の音が、ほぼ重なって聞こえた。
メガトンハンマーは一瞬だけ可視化されたけど、すぐ床に巨大なくぼみを作って消える。
「うわー、ぺっぺっ!」
すごい砂ボコリ。口の中がザリザリする。
「や、やったか?」
砂ボコリの煙幕が切れるのを警戒しながら待つ。
「おっ!?」
亡霊騎士がいた場所に、黒っぽい溶けたなにかがある。
よく見ると、フレアで鎧が溶かされた跡だ。
猫ころがしが、すべての防御効果を無効化。
その瞬間にメガトンハンマーが鎧を粉々に粉砕。
とどめに殲滅フレアの一点集中が、これでもかと超高温をあたえた……。
「亡霊騎士、まだ死んでない。溶けて固まったせいで鎧を再合成できないだけ。放っておくと、溶けた塊が自壊して再合成、復活する」
ヒナの普段と変わらない声。
でも内容は凶悪そのもの。
もう、面倒くさい敵だな。
どうすりゃ倒せるんだよ。
「もうネタ切れ……ヒナ、なんとかして!」
「なんとか」
「なにした?」
ヒナが魔法玉を投げた気配はない。
「だから、なんとか言ってみた」
「いや、そうじゃなくって……ああっ、俺の指示がてきとーすぎたんかよ!」
「うん」
「うー。それじゃ暗黒騎士を復活不可能にして消滅させられるような魔法玉があったら使って!」
ああ……息が切れた。
「はい、天界浄化玉」
それ、たぶん究極魔法……。
ヒナの投げた魔法玉が、融解した亡霊騎士のところに落ちる。
――カッ!
すべてが白に染まる。
まぶしくて、なにも見えない。
「浄化完了」
これもう、ほとんど反則技。
でも倒せたからいいか。
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