第7話 始めてのダンジョン挑戦


 ――グギャッ!?


 ゴブリンだ。

 背が低くてブサくて臭いゴブリンだ!

 うう……生前の俺ってゴブリン?


 盛大に自爆した気分。


「ぽい、ぽい、もひとつ、ぽぽいのぽい」


 ヒナが魔法玉を投げまくり。

 約束どおり、俺のうしろに隠れながら大活躍。


 しかし……投げる動作をわざわざ口にだす意味ある?

 まあ、ヒナが楽しそうだから止めないけど。


 ――ズドドドドドーッ!


 石組みで造られたダンジョンの地下通路。

 一瞬で火の海……。


 ――ウギャギャウギャー!


 炎の中でゴブリンが踊っている。断末魔の舞いだ。

 最低レベルの火炎系魔法玉でも、数を投げれば凄いことに。

 ゴブリンがかわいそうに思えてくる。


「春都、前方にゴブリンマスター。あとはよろしく」


「ええっ!?」


 えーと、まず何やるんだっけ?

 古代遺跡ダンジョンにはいる前、めっちゃしてきたのに、ぜんぶ忘れた。


「えーくそ、どーにでもなれ!」


 左サイドにメニューを開きっぱなしにして、思念で魔法ウインドウを展開する。


「風刀!」


 炎のむこうに大きな影が見えた瞬間。

 風魔法系の風刀を発射する。


 ――シュン!


「ぐぎゃおおお――!」


 影が一撃で6個に分離する。

 右手、左手、右足、左足、胴体、頭の6個だ。


「すげー」


 魔法の試し射ちをしないでダンジョンに入った俺。

 いまさら驚いてる。


「左に曲がったとこ。魔甲虫がいる」


 魔甲虫……そんなの知らん。


「ヒナ、アドバイスくれ!」


「魔甲虫には魔法が効きにくい。だから武器で倒す」


「了解!」


 神鋼剣に切断強化1を付与しながら、身体強化5倍の力を借りて突進する。


 ――シャーッ!


 曲がり角に到達した途端、横から液体を吐かれた。

 見ればあたり一面、吐いた液体だらけ。吐くというより垂れ流し?

 臭いし、なんか毒ありそう。


「瞬間加速!」


 瞬間加速で1メートルくらい通路前方へ移動。液体をさける。


 直後、【重力自在、左加重】で虫のいる左側に重力を発生させる。

 さらに【慣性無視】とあわせて、むりやり突進する方向を左の通路へかえる。


 魔甲虫が正面に見えた。

 これ、てんとう虫だ。でも牛みたいに大きい。


 瞬間加速は物理的に肉体を加速するため、神経系の反応速度も速くなる。自分以外が、すべてスローモーションで動いてるように見える。


 ただし一般スキルのため、持続時間は5秒のみ。

 レベルがあがると加速の度合が高くなる……そうヘルプの説明に書いてあった。


「どりゃー!」


 目の前にせまった魔甲虫に大上段から切りつける。


 ――ギュイッ!


 まっぷたつのてんとう虫。インベントリに入れたくない。

 でも自動収納をONにしてるので勝手に入ってしまう。

 後始末が大変そう……。


「ヒナ、ほかは!?」


「もう終わり」


「はひゃ~。緊張したー」


 ここはダンジョンの地下1階。

 まだ入ったばかりの初心者用エリアだ。


 じつはアナベルからダンジョンの近くまで、ほとんど時間をかけずに移動できた。

 俺のステータスに【空間転移】があったけど、これまで試す機会がなかったんだ。


 だから町をすこし離れてから、セリーヌに説明した上で、俺がはじめてこの世界に出現した地点まで空間転移してみた。


 結果は上々。一瞬で移動完了。

 この世界には、空間転移系の魔法やスキルが存在する。

 そのことを前もってヒナに聞いてたから、セリーヌにも見せていいと思ったんだ。


 だけどセリーヌは、異常に驚いた。

 理由を聞いたら、一般の転移魔法とかスキルは、見える範囲でしかできないんだって。なのに俺が長距離転移しちゃったんだから、そりゃおどろく。


 しかたがないから、これは俺のだからって、むりやり納得してもらった。


 特殊スキルってのは、この世界の住人が生まれつきもってる個人限定のスキルなんだって。もってない者も多いから、一種の天啓って受けとられてる。これはヘルプで知った。


「どうだ、自分たちだけで戦った感想は?」


 ヒナの横で、セリーヌが腕を組んで見ている。

 腰の剣すら抜いていない。


「魔物はたいしたことないけど、ムチャクチャ緊張した!」


 レベル100越えてる俺からすれば、ここの魔物は雑魚にひとしい。

 でも、どれだけ強くても、戦闘が初体験じゃビビってあたりまえって思わない?


 さらに言えば、ヒナは無防備みたいなもんだし、セリーヌも敵によっちゃ危ない目にあう。2人が怪我したら俺が不甲斐ないせいと思うから、よけいプレッシャーを感じてしまうんだ。


「はじめての戦闘とは、そういうものだ。貴様がどうしても戦ってみたいと言うから、特別に許したのだぞ。手応えがあったのなら、さっさと荷物をかついでくれ。先にすすむ」


 あくまで今日の目的は、行方不明のパーティーを捜索することだ。

 兄の安否を気にしてるだろうに、セリーヌは俺のワガママを聞いてくれた。

 つぎは俺たちが協力する番……。


「ヒナ、このフロアの全体地図と、地下2階にいける階段までの道順を、俺のマップに転送してくれないか?」


 まえを行くセリーヌに聞こえないよう小声でたのむ。


「転送した」


 ヒナの広域探査機能は、俺の精密探索よりひろい範囲をスキャンできる。

 それはスキルかと聞いたら、ちがうと言われた。

 どうやらナビゲーターとしての機能らしい。


 ヒナのデータをもらった俺のマップには、地下1階フロアにいる冒険者と魔物が表示されている。


 スタンピードが起こったあとなのに、もう冒険者がいる。

 さすがにアイコンは2つしかないけど、どんだけ冒険好きなんだよ。

 って……俺たちもおなじ立場だった。


(殲滅フレア)


 専門魔法10の究極魔法をこっそり行使する。

 殲滅フレアは、マップで捕捉した魔物を選択的かつ同時に殲滅する魔法だ。


 標的にされた魔物は、自分の体の大きさの限定的な超高温火炎に包まれる。

 その直後、火炎の玉が爆縮して極小サイズになる。

 それで終わり。魔物は超高温で圧縮され、原子レベルにまで分解されてしまう。


 でも俺は、その光景を見たわけじゃない。あくまでヘルプで知った知識。

 マップを見ながらの遠隔魔法行使のため、現場の光景は見れない。

 いつか見えるところにいる魔物につかってみよう。


 地下1階にいた魔物アイコンのうち、冒険者と戦っている魔物以外のすべてが消滅する。さいわいなことに、階段までのルートに冒険者はいなかった。


「春都、すごい!」


 ヒナの声が通路にひびく。


「どうした?」


 セリーヌが怪訝そうにふりかえる。

 そりゃそうだ、魔物が消滅したのは、もっとも近い場所でも120メートルくらい先。探索系スキルをもっていても、はたしてサーチできるかどうか。


「あー、なんでもない。床に落ちてる魔石をひろっただけ」


 そう答えながら、こっそり中級MPポーションを飲む。

 レベル10の究極魔法だけあって、MPがごっそり減ってしまったからね。


「それは儲けたな。ちかくに冒険者がいない場合、拾得物はひろった当人に帰属する。気にせずもらっとけ」


 ふう、うまくごまかせた。

 たのむよヒナ。

 ナイショにする事は、前もって確認しあってるだろ?


「……ごめん」


 俺があわてて言いつくろった事を、ヒナも気づいたらしい。

 俺にしか聞こえない小声で謝られた。


「なあヒナ、俺のことすごいって言うけど、俺の能力ぜんぶ知ってるよな? もしかして俺、おちょくられてる?」


「うん知ってる。でも、おちょくってない。ボクが感心してるのは、春都の人間らしいけど適確な判断。春都がどんな魔法をつかうかは春都の決断」


「人間らしい適確な判断ってなんだよ」


「春都が使った殲滅フレアは、ダンジョン内の広範囲に散らばっている魔物を、、同時に倒すのに最適な魔法。ボクなら効率を最優先して【竜神炎息】を使ってた」


「そりゃ竜神炎息は専門魔法7の魔法だからMP消費は少ないし、ダンジョンの1フロアを火の海にできるけど……高熱でダンジョンを壊すかもしれないし、ほかの冒険者に被害が及ぶかもしれない、そう思って使わなかったんだよ」


「そこが人間らしいってところ。効率的ではないけど、自分以外に対する思いやりが込められてる。ボクは指示されたら、最大効率で目的をはたせる魔法玉を選択する。そこに躊躇はない。これが天界システムの限界。魂をもたないシステムは、いくら優秀でも人の心の動きはまねできない。だからボクは春都を凄いと思った」


「ふーん、そんなもんかねー」


 ずっと人間だった俺には、いまいちピンとこない。

 しかも俺、人間の中では思いやりが最低だったヤツだぞ?

 そんな男でも魂をもたない者よりマシってか?


 でもヒナがそう思ってくれるなら、あえて否定しなくてもいいよな?

 おちょくりじゃなければ、それでいいや。


 ところで……。

 いまはメニューの設定をかえて、システム報告を解除している。

 そうしないと大量の魔物を討伐した時、嵐のような報告になってしまうからだ。


 問題があるとすれば、警報とかも聞けなくなること。

 でも本当にヤバイ時とかは、ヒナが教えてくれる……よね?


「おかしい……魔物がいない」


 早足で先を進んでいるセリーヌが、本気で困惑している。


「だれかが先に狩っちゃったんじゃない?」


 すました顔で返事する。

 なにを隠そう、そのは俺だ。


「うむ、そうとしか考えられん。まあいい、さっさと地下2階に行くぞ」


 セリーヌの話では、探しているパーティーは地下3階で狩りをする予定だったそうだ。出発前に兄から聞いたそうだから間違いないらしい。


 だから、いるとすれば地下3階がもっとも可能性が高い。

 それがセリーヌの急いでいる理由だった。


「これが地下2階への階段だ。この先になると、がらりと景色が変る」


「セリーヌは来たことがあるの?」


 階段をおりながら聞く。


「地下2階フロアは、警備隊の昇級試験に使われている。月に1回、私も試験官として同行している。だからよく知っている場所だ」


 下の出口にはすぐ着いた。


「灯光」


 生活魔法の【灯光】を使う。

 灯光は明かりの魔法で、着火用の【種火】とは違うものだ。

 そうヘルプに書いてあった。


 手のひらで生まれた光る玉が、ゆっくり上へのぼっていく。

 天井ちかくまであがると光度を増す。持続時間は1時間らしい。


 ちいさな灯光なのに、なぜか俺がつかうとフロア全体が明るくなるから不思議だ。

 もしかすると生活魔法までチート化されてる?


「うわっ、これは凄いなー!」


 驚くなと釘を刺されてたのに、しっかり驚いてしまった。


 鍾乳洞だ。

 キラキラ光る鍾乳石でできた洞窟が広がっている。


 混じりっけのない純白の結晶が地下水にぬれて、まるで光の洪水……。

 地下水流が、高低差の激しい地面をぬうように流れている。

 せせらぎの音があちこち反響して、まるで大洪水にあっているみたい。


 天井までは数十メートルくらいある。

 地下1階から地下2階までは、10メートルくらいしか降りてないのに。


「どんな構造になってるんだ?」


 つい口に出てしまった。


「ダンジョンはフロアごとに亜空間を形成してる。の膨大な魔力がそれを可能にしている。だから高さとか広さは、それぞれの階層でまったく違うことが多いのだ」


 セリーヌは、ダンジョンはそういうものだといった感じで説明している。

 たぶん冒険者だったら常識になってる知識なんだろう。

 俺が無知なだけ……。


「いろいろ聞きたいけど……あとでいいや」


 知識欲を満たすより、いまは優先すべきことがある。


「すまんな。おっと!」


 いきなり襲ってきた巨大コウモリを、体裁きだけで避ける。

 セリーヌの反射神経は一流だ。


 体力5倍の俺でも、とっさに同じことができるか怪しい。

 さすがに瞬間加速まで併用すれば可能だけど……。


 襲われた瞬間に瞬間加速を選択して、実際につかえるかどうかは別の話。

 たぶん、オタオタしてるあいだに襲われちゃう。


「石つぶてよ、敵を討て!」


 ――ヒュン!


 ゴルフボール大の石が空中に出現し、まっしぐらにコウモリにむかって飛ぶ。

 ほうほう、本来の魔法はそうして行使するのか。

 無詠唱なんて誰にもできることじゃないんだ。


「キキッ!」


 羽を貫通されたコウモリが、激しくバタつきながら落ちる。


 ――ドッ!


 セリーヌが、地面でのたうつコウモリに片手剣を突きたてた。


「こいつらは雑魚だ。このフロアの主敵は吸血屍鬼グールだから、あいつらだけは気をつけろ」


 俺とヒナ、でっかい荷物を抱えたまま傍観してるだけ。


「前方、右の鍾乳石筍せきじゅんのむこうに、グールが3匹いる」


「ヒナちゃんのスキルは凄いな」


 セリーヌが驚いている。

 スキルじゃないけど、超チート能力なのは確かだ。


「スキルではない……」


「おい、話してる場合じゃない! 敵が襲ってくるぞ!」


 ヒナがを喋りそうだったので、あわててセリーヌの注意をそらす。


「ヒナ……口には気をつけろよ。チート能力のことは秘密だろ?」


 そっと注意する。

 これで2度めだから、さっきより強めに言う。


「つい……これから気をつける」


 ヒナでもポカすることがわかった。

 今後は、注意しながらヒナを見守ることにしよう。


 ところで、グールってふつう腐れた死体じゃない?

 地球でいえばゾンビみたいなもん?


 いま目の前にいるヤツ、たしかに腐った死体なんだけど、背中からなんかぞ。


「あのぐねぐね、触手だよね? グールはみんな、ああなの?」


「いや、ここだけの変異種だ。だからレベルも高い」


「変異種……もしかして血を吸われたり噛まれたりすると眷属とかにされるやつ!?」


「いや、やつらにそんな能力はないぞ。そんなデマ、どこで聞いた?」


「あ、いや、俺の勘違いかも……」


 地球のゾンビとか吸血鬼の映画だなんて言えるわけがない。


「すまんが手伝ってくれ。同時に3匹はつらい。触手だけは気をつけろ」


 セリーヌほどの手練てだれが躊躇するなんて、どんだけ強いんだよ。

 そう思って、荷物をおろしながら精密鑑定する。


(パラライズグール・レベル24。麻痺性の触手で相手を動けなくして食う。くさい溶解性の液体を吐く)


 うわー、マジで戦いたくない!

 腐乱した体としたたる漿液は、鼻がひんまがりそうにくさい。

 それだけでもうんざりなのに、背中からのびる数十本もの触手がうねうねする姿は、もう悪夢そのものだ。


「わかった! ヒナ、なんか全員守るやつ、たのむ!」


「ぽい、状態改善玉」


 ヒナが状態異常を改善する魔法玉を使った。

 白く淡い光が3人を包みこむ。

 臭気が劇的に軽くなった。この匂い、状態異常攻撃だったんだ。


 ――シャーッ!


 口から緑色の液体を吐いた!

 せっかく匂いが薄れたのに、また臭くなる。


 ――ジュッ!


 液体が落ちた地面から煙があがる。

 あぶねー。

 溶解液の威力がハンパない。


「てやッ!」


 神鋼剣に切断の付与魔法をかけて切りつける。


「うごごご……」


 触手を数本切断されたグールが、溶解液を巻き散らしながら吼える。

 まったく……面倒くさい敵だ。


「極光!」


 効くかどうかわからないけど、光魔法を使ってみる。

 拳よりすこし大きな、輝く光の玉がグールに命中する。


「うぎゃおおおぅうぅ……」


 グールが溶けてる!

 玉があたった場所から、徐々に融解がひろがっていく。

 なんかエグい魔法だな、これ。


「うりゃ――ッ!」


 セリーヌは剣技一辺倒。

 せまる触手を片っぱしから切りすて、付与魔法の斬撃でグールを細切こまぎれにしている。


「これで終わりだ!」


 2匹めのグールをミンチにしたセリーヌが、高らかに勝利を宣言した。


「このグール、鑑定したらレベル24もあった。それを2匹も同時に倒すなんて、って凄かったんですね」


 いまさらのおべんちゃら。

 自分でもへりくだりすぎかなと、すこし反省する。


「貴様こそ、ギルドの登録ではレベル17だったはずなのに、よく倒せたな」


「いえいえ、ヒナの支援が良かったからですよ。ところでセリーヌさんって、レベルはどれくらいなんです?」


「貴様……また言葉遣いが冒険者じゃなくなってるぞ。それから……で呼ばれると鳥肌が立つ。たのむから、私のことはセリーヌと呼び捨てにしてくれ。ギルド長にはいつも強く言っているのだが、あの脳筋男ときたら……」


 そういやギルド長も、セリーヌさんって言ってたな。

 あれって、もしかしておちょくり?


「あ、あー、すまん……これでいいかな」


「気をつけろよ。あんまり酷いと怒るからな。ちなみに私のレベルは34だ」


「セリーヌって、自分のステータスを見れるの?」


「いや、ギルドの測定器をつかうか、教会の司祭に鑑定してもらうしかないが?」


 道理で……あんまりステータスの話題がでないはずだ。


 と、その時。

 セリーヌの右脇のほうから、にゅっと干からびた手がのびてきた。

 手は、横にある石灰岩の壁にできたセリーヌの影の中からでている。


「う、うわっ!」


 たちまち影の中に引きずられる。

 やばい、これはやばいヤツだ!


「瞬間加速!」

「重力自在、重力吸引!」

「極光!」


 相手の正体がわからない以上、効きそうな魔法とスキルを片っぱしから行使する。

 そうしてる間にも、セリーヌはどんどん影に引きこまれていく。


 俺にしたら、もう最高の反応速度。

 それでも間にあうか微妙。


「セリーヌ、手を!」


 半分以上、影に吸いこまれているセリーヌの手をつかむ。

 足を踏んばって引っぱった。


「ぽぽい! 聖光玉と発光玉」


「ぐあああああーっ!」


 聖なる光が、闇にひそむ何者かを浄化する。

 強い光が生まれ、影をかき消してしまう。


 ――ドッ!


 強く引っぱった反動で、セリーヌの体が俺にぶち当たる。

 体力5倍の俺が力まかせに引っぱったんだ。

 腕がもげなくて本当に良かった。


「だ、大丈夫か?」


 いまのセリーヌは、俺に抱かれる格好になってる。

 甲胄姿だが、俺、は初体験……。


「だ、だ、だ、だい、大丈夫だ!!」


 慌てふためいてる。

 兜のなかの顔が真っ赤に染まってる。

 もしかして、セリーヌも初体験?


「あれはシャドーゴースト。レベル30だから危なかった。春都のとっさの行動がなければ、セリーヌは影に引きこまれてた。それにしても、地下2階にでるモンスターじゃないはず。本来なら地下3階の住人」


 ヒナがそう言いながら、俺たちのいる場所に歩いてきた。

 荷物は邪魔にならないよう、鍾乳石の柱の横に置いている。


「影に引きこまれると、どうなる?」


「影の中でゴーストに乗っ取られる。そうなると悲惨。魂まで食われる」


 危なすぎじゃん!

 なんかこのフロア、嫌らしいアンデッド系ばっか。


「それより……殿、あの動きはなんだ! それに重力なんとか……あれは魔法か!?」


 やばっ!

 どう、ごまかそう。

 妙案が浮かばないのでヒナを見る。


「春都の所有する魔法は特別。スキルもそう。レベルに関係なく、かなり高度なものが使える。それが春都の特技……これナイショにして欲しい」


 バラしていいのかよ。

 もしセリーヌが内緒にしないと言ったら……。


「わかった。だれにも事情があるものだ。私は命の恩人を裏切るような安い女ではない」


 セリーヌが改まった様子で俺を見た。

 思わず使自分を恥じる。


 隷属スキルで眷属化すれば、都合よく記憶を改変できる。

 でもそれは、セリーヌから人間性をうばう非道な行為だ。


 だから、できるなら使いたくない

 でも使おうとした俺、外道だ……。


殿、危ないところを助けてくれて心から礼を言う」


 次にヒナに向きなおる。


殿。これまで子供あつかいして済まなかった。貴公は立派な大人だ。先ほどの支援は見事だった。それに恐ろしいほどの知識を持っているように思える。貴公ら2人とも、見ためで判断すべき人物ではないと感じた。これまでの無礼、ひらに許してくれ」


 そう言うと、ふかぶかとこうべを垂れる。

 まじめで素直で純情……なんていい女だ。ちょっと性格はキツイけど。

 それにくらべて、鬼畜なことを考えた俺って……マジ、自己嫌悪。


「あれ、冒険者は対等じゃなかった? なんで殿なんてつける?」


「なにを言ってる? 殿をつけるのは、騎士として尊敬にあたいする者を呼ぶときの常識じゃないか。私は冒険者である前に公領騎士なのだぞ? それに、ギルドのルールは対等の言葉遣いを守っている。だから名前に敬称をつけるぐらい、私の自由にさせてくれ」


「いろいろ難しいこと考えるもんだな。まあ、いいか。それからヒナが言ったことは、マジでここだけの秘密にして欲しい。これを承知してくれれば、あとは好きにしてくれ」


「わかった。騎士の矜持にかけて秘密を守ると約束しよう」


「ありがとな。それより先を急ごう。さっきヒナも言ってたけど、なんかこのダンジョン、様子がおかしい」


 具体的に何がおかしいと聞かれても困るが、そう感じるのだからしかたがない。

 全身を締めつけられるような、いやーな感じがずっとしてるんだ。


「ああ、そうだな。私も異様な雰囲気を感じている。もしかすると、あのスタンピードのせいかもしれない。このぶんだと、地下3階はとんでもない事になっている可能性がある。ここは一度もどったほうが……」


「異常な感触は、魔素が過度に充満してるせい。これはスタンピードを起こした名残り。まだ薄まってないから、そのうちまたスタンピードが起こる」


 ヒナが、さりげなくトンデモないことを言った。


「そりゃ大変だ。やっぱセリーヌの言うとおり、一度もどる?」


「それはダメ。もどってもなんの解決にもならない。お兄さんの状況がますます悪くなるだけ。ここは進むべき」


 あれ? 疑問形だったけど、俺、いまもどるって言ったよね?

 なのに、なんでヒナが逆らうんだ?


「いや、それでは……」


「大丈夫、春都は自分を信じて。ヒナもついてるから。セリーヌさんも弱気にならないで。2人が全力でいけば大丈夫だから」


 ああ、俺がモロにダメな判断をしそうな時は、遠まわしに修正してくれるのか。


 セリーヌが弱気になるのもわかる。

 F級冒険者になったばかりの若造なんて、ふつうは信じられないもんな。


 大丈夫っていう説得材料は、さっき見せた魔法とスキルだけ。

 俺だったら信じるために、さらに強力な魔法かスキルを実演してもらうところだ。


 セリーヌはじっと考えている。

 ゆうに2分間は黙っていた。


「……わかった信じる。兄たちを助けると言いだしたのは私だ。なのに春都殿とヒナ殿は、危険を承知でつきあってくれた。ならば今度は、私が2人を信じる番だ」


「セリーヌがそう言うなら、先に進んでいいかな。なんか大丈夫な気がしてきた」


 俺としては、清水の舞台から飛びおりた心境。

 たよりない決断だけど、いま俺、たしかに先へすすむ決心したもんね。


 もしかして……。

 俺の中の人、すこし変わりはじめてる?


 これもヒナが使ってくれた雄弁玉のおかげ?

 それとも俺自身のせい?

 たぶん……前者だろうな。


「ああ、たのむ。兄をたすけてくれ」


「ヒナ、相談なんだが……セリーヌを俺のパーティーに入れていいか?」


 これまではギルドの依頼にしたがい、俺たちがセリーヌのパーティーに入っていた。

 それを入れかえるのは、経験値10倍の力を分け与えるためだ。


「もちろん賛成。春都の決断はすべてに優先される」


「………?」


 俺たちの会話を、セリーヌが怪訝そうに聞いている。


「妙なことをすると思うだろうけど、これは必要なことなんだ。これからセリーヌを俺のパーティーに入れる。するとセリーヌの経験値獲得が10倍になる。ヒナの使う魔法玉も、全体防御系魔法に該当するものは、パーティー全員に効果が出るようになる」


 話を理解するにつれて、セリーヌの表情が大きく変わっていく。


「経験値……10倍! 聞いたこともない能力スキルだ! いやまて……どこかで……そうだ! かつて魔王を倒したというとか。ま、まさか春都殿は……!?」


「俺は勇者じゃないよ。でも女神に特殊な力をもらった点はおなじかな。俺、異世界人なんだ。これも絶対に秘密にしてくれ」


「驚きすぎて、腰が抜けた……」


「そりゃ大変だ。大治癒! 大回復!」


 たちまちセリーヌの体を金色の光が包みはじめる。


「あ、いや……いまのは比喩だったのだが。すまん、なんだかすごく元気になった」


 すべての状態異常を帳消しにして、HPの全回復もしたんだから当然。


「ここから道なりに歩く。地下水脈を右にわたる。鍾乳石でできた段々池をのぼる。そこに地下3階への階段がある。そこまでのデータを春都に送る」


 ヒナの広域探査データがとどいた。

 いるいる、あちこちに強そうな魔物がひそんでる。

 冒険者の姿はない。偶然だろうけど好都合だ。


「天の裁き!」


 殲滅フレアでも良かったんだけど、アンデッドにはこっちのほうが効くってヘルプにあったから、使って見ることにした。


 一瞬ですべての魔物アイコンが消えた。

 ヘルプの説明だと、敵の頭上に白銀の光の槍があらわれ、のきなみ串刺しにして消滅させるとあった。でもここからじゃ見えないから、たんにアイコンが消滅しただけ。なんとも味気ない。


 仔細はバトルログを見ないとわからないから、どんなモンスターを倒したのかすら判然としない。チートすぎて、戦ってる気がしない……。


「急ごう。いつ魔物がするかわからない」


 俺はつい、ネットRPGで見られる【倒した魔物が勝手に再出現する仕様】のことを口にした。


 この世界にリポップがあるかは知らない。

 だけど冒険者が頻繁に魔物狩りをしてるんだから、生殖による自然な増殖ではまにあわないはず。そう思い、自信をもって言ったつもり。


「春都殿の言うことは、ところどころ理解できないところがあるが……急ぐのは賛成だ。質問はあとでもできる」


 すべる床に注意しながら、セリーヌは先に進みはじめている。

 瞬時に決断できるのは騎士の訓練あってのことだろう。


「うーん。これも、もういいか」


 俺の前には、これまで背負ってきた大きな荷物がある。

 これまではセリーヌの目があるから、わざと背おっていた。


 それをインベントリに収納する。

 ヒナも俺にならい、自分がかついでた荷物をポーチに入れた。


「いよいよ地下3階……なにが出るかわからない。防御系魔法とスキルは、ぜんぶ事前にかけておく。いいな?」


 地下3階に通じる階段にたどり着いた俺は、そう宣言すると、何種類もの魔法とスキルを全員にかけまくった。





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