第6話 冒険者としてスタートする。


 1階の食堂におりると、テーブルにいる客にむかって、年配の男がなにやら大声を出していた。


「おまえ元冒険者だろう? たのむよ!」


「そう言われても……怪我して引退したし、いまは出前の刃物研ぎ師だぜ?」


「そう言わずに、お願いだから!」


 男の表情から深刻そうな状況なのはわかる。

 だが、ここは宿の食堂。

 かなり迷惑なような……。


 そう思って、給仕をしているおばさんに近づく。


「なんか席に行きにくいんだけど……」


「気にしないで座りなよ。あいつ、あたしも知ってる男だけど、いま気が動転してるだけだから」


「そう言われても……なんで騒いでんの?」


 いらん事には関わりたくない。

 一瞬、そう思った。


 でも俺、この世界でこれから冒険はじめるんだって決心したはず。

 なのに、ここで尻込みするのも、なんだかなーって。

 だから話だけでも聞いてみようと思ったんだ。


「あいつの息子、冒険者をしてるんだよ。きのうの朝、遺跡のダンジョンに行ったみたいだけど、まだもどってないんだって。あの大爆発の前だったから、巻きぞえになってないか心配のあまり……そんな感じだね」


 俺がおばさんと話しているのを見て、男がすっ飛んできた。


「おまえ、きのう町にきた冒険者だろ? たのむ、金ははらうから、息子たちを探してくれないか!」


「息子たち?」


「B級冒険者パーティー、【辺境の風】のメンバーたちだ。俺の息子は、そこで盾使いの闘士をしている。きのうの夕方にはもどる予定だったのに帰ってこない。ギルドにも行ってみたが、火事の後始末で出はらってて……話すら聞いてくれないんだ!」


「いや、そう言われても……勘弁してくれよ。俺たちF級冒険者になったばかりだから、上級冒険者の捜索なんて無理だって」


 俺が断わったので、おばさんが話に割りこんだ。


「アルビルさん。息子が心配なのはわかるけど、あんまり宿の客に迷惑かけないでおくれよ。どうしても息子さんが心配なら、冒険者ギルドに張りつくってのが筋だろ? そのうちギルド長も帰ってくるだろうから、依頼条件があえば引きうけてくれるだろうさ」


「で、でも……」


「デモもクソもあるかい。さっさと出て行きな!」


 だれも引き受けてくれないのを理解したのか、アルビルは落胆のあまり足をふらつかせながら出ていく。


「お客さんたち、迷惑かけたね。お詫びにエールを1杯おごるから、うまい食事を堪能しておくれよ」


 おばさんの機転で、ようやく場がなごむ。

 俺とヒナは席に案内され、こころもち多めの食事を提供された。


 でも……。

 食事をしているあいだも、どことなく気まずい気分のまま。

 正直いって、メシの味すらうまいと感じられない。

 俺たちは早々に食事を切りあげて部屋にもどることにした。



       ※



 翌日、冒険者ギルドに行くと、セリーヌが誰かと立ち話をしていた。


「おはようございます」


 ぺこりと頭をさげて、セリーヌに挨拶する。

 なぜか、ぎょっとした顔をされた。


「おまえ……春都って言ったな。冒険者ギルドで、他人行儀な言葉遣いと低姿勢は御法度だぞ」


「そうなの? でも、初対面の人もいるし」


「この人はギルド長のキール・アンガスさんだ」


「あっ、どうも神崎春都です」


 紹介された筋肉マッチョな中年男――アンガスは、ガハハハと笑うと髭だらけの顔を近づけてきた。


「貴様か、大火事の森の真ん中でメシ食ってたってヤツは。きのうF級カードもらったみたいだが、冒険者になったからにはルールを守ってもらわないとな」


「ルールなら、カードに魔法記述されてるのを見ました。でも言葉遣いとか態度のことは書かれてませんでしたけど」


 対等に話せだなんて、俺にとっては拷問みたいなもの。

 だから気乗りしないけど、あえて反論した。


「常識になってるものは、ルールブックには書かれていない。冒険者ってのは自己判断・自己責任が基本だ。それを基本ベースにして自由な生活をしている。いわばみたいなもんだ。パーティーを組むときも、たがいの自主性を尊重しないとトラブルのもとになる。だから全員が対等。これが常識になっている」


 うう……納得したくないけど、常識とまで言われたらしょうがない。

 俺は気力をふりしぼって胸を張り、対等の意志とやらを表現する。


「わかった」


「うむ、いい顔になった。で……相談なんだが。おまえたち、セリーヌ警備長と一緒に、森の中央にある古代遺跡のダンジョンへ行ってくれないか?」


 あっ、これ昨日の食堂での件だ。

 アルビルさん、宿のおばさんの言うこと、そのまま実行しちゃったみたい。


「俺たち、冒険者になったばっかの新人だぞ?」


「人手が足りないんだよ。セリーヌさんはB級冒険者の資格を持っているから、F級でもクエストの同行が可能なんだ。クエスト内容は、行方不明の冒険者パーティーの捜索と救出。なに、貴様らは荷物担ぎをしてくればいい。戦闘はセリーヌさんが引きうけてくれる」


 セリーヌは騎士で警備長。

 これだけでも凄いのに、B級冒険者の資格も持っていたんだ。

 この国の制度は知らないけど、きっとものすごく努力したんだろうな。


「荷役では報酬も知れている」


 いきなりヒナが割りこんだ。


「おう、めんこい嬢チャン、なかなか鋭いとこ突いてくれるじゃねーか」


 また、ガハハハと笑う。

 見た目は怖いけど、じつはいい人みたい。


「ボクは可愛くて賢い。春都の不利になることは拒否する権限がある」


 え……そうなの?

 驚いているとセリーヌが口を開いた。


「報酬の点は心配するな。今回の捜索クエストは、あくまで私1人で受けたものだ。だからギルドから出る報酬は私がもらう。荷運びについては、私が個人的に依頼するものと思ってくれ。当然、荷役の報酬は私が支払う。なら文句ないだろう?」


「いや、それは……」


 ただの荷役なのに、それじゃ俺のほうがメリットありすぎる。

 その条件だと、実質セリーヌがタダ働きになってしまう。

 そこまでして、なんの得があるんだ?


 いきなりアンガスに背中をバンッと叩かれた。


「セリーヌさんの兄は、行方不明になったパーティーのリーダーなんだ。ごちゃごちゃ金の算段なんかせず、とっとと探しに行きたいんだよ。なあ……それくらい、わかってやれ」


「でも、クエストの依頼はギルドがしたんだろ? 報酬まで出して、ギルドになんの得がある?」


 ギルドは営利団体のはず。

 だから慈善事業みたいな事はしない……。


 そう思った俺、なんか間違ってる?

 この世界にうといせいで、すごく勘違いしてるような気がしてきた。


「ああ、あれか。報酬は、捜索をギルドに依頼したアルビルさんが出した金だ。ギルドは仲介してクエストに仕立てた。もちろん仲介金もしっかり頂いてる。というわけで……美人の騎士様に頼まれたんだ、断わらねーよな?」


 俺が間違ってたわけじゃなかった。

 すこしだけホッとする。


 どうしたもんかと、ちらりとヒナを見る。

 ヒナがコクリとうなずく。了承の合図と判断する。


「ええと……話をまとめると、ギルドから出るクエスト報酬はセリーヌのもの。セリーヌが個人的に依頼する報酬は俺に。これで合ってる?」


「セリーヌさん。さっきも言ったが、本当にそれでいいのか?」


 どうやらアンガスも、俺に対する報酬の多さに疑問を持っているようだ。


「構わん。私としては、最初から取り分なしのつもりだった。だが、それだとギルドのルールを破ることになる。そこで姑息な手段をもちいた。私としては、兄の身になにが起こったのか知りたいだけなのに、パーティーの捜索依頼はソロでは受けられない。どうしても同行してくれる冒険者が必要になる。だから……」


 パーティーの捜索依頼はソロでは受けられない。

 そんな規則があるんじゃ、しかたないなー。


 それにセリーヌがメインで戦ってくれるなら、俺たちも冒険の練習になるし。

 弱い敵がいたら、ちょこっと戦わせてもらえるかも?

 あれこれ考えた結果、こっちもメリットあるって思った。


「わかった。それなら引きうける。ただし期待しないでくれよ」


「助かった。おい、だれか! アルビルさんに依頼を受けてもらえたと伝えろ!」


 さすがギルド長、行動がはやい。


「おまえたちの準備は整っているようだが……すぐ出発できるか?」


 セリーヌが自分の装備を点検しながら聞く。


「ああ、もともとギルドの掲示依頼を受けようと思って来たんだ。いつでも出られる」


「では行くぞ」


 気が急いているらしく、いつもの騎士らしい冷静さを失っている。


 ひとりっ子の俺は、兄弟姉妹に対する感情がわからない。

 でもになったヒナになにかあれば、きっと慌てふためくと思う。

 いまのセリーヌも、きっとそうなんだろうな。


「ヒナ、これでいいの?」


「春都は依頼をうける決心をした。それでいい。ボクはアドバイスしかできない。さっき拒否する権限があると言ったのは嘘。決めるのは春都」


 だと思った。あのセリフ、ヒナにしては変だったもんね。

 それにしても……天界AIのくせにウソつけるんだ。

 さすが神様が作っただけあるなー。


「おい、とっくにセリーヌさんは厩舎に行ったぞ。貴様らも急げ!」


 俺たちはアンガスに追い立てられながらギルドをあとにした。



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