第4話 ハルマゲドン・カウンター!


 宿の受付で宿泊代を前金で支払う。

 部屋の予約は、セリーヌが手をまわしてくれた。


 肝心の宿賃は、インベントリに通貨がはいってたので、それで支払う。

 手もちの現金は白金貨10枚、金貨20枚、銀貨30枚、銅貨50枚。


 ちなみに宿賃は1人1泊で銅貨30枚。

 日本円に換算すると、だいたい3000円くらい。


 丸パン1個が銅貨1枚だから、それを基準に計算した。

 これで朝夕2食付きだからかなり安い。


 上位貨幣1枚で下位貨幣10枚換算だから計算しやすい。

 白金貨1枚で10万円。もっと上の貨幣もあるって宿の女将が言ってた。


「とりあえず3泊ね。はい、2人で金貨2枚、釣りが銀貨2枚だね」


 無事に支払いもすんで、部屋に案内される。


 部屋は安いだけあってボロい。

 ベッドも木枠に藁をしきつめ、その上からシーツをかけただけ。


 もちろん風呂なんてない。

 だからヒナが、湯桶1杯を銅貨2枚払って持ってきた。


「さて……あの爆発で体が汚れてるけど、湯浴ゆあみなんてしたことないんだ。どうすればいい? なんならヒナが先に使って。俺はあとで洗うから」


「いっしょに洗えば手間がはぶける」


「ば、ばか言うな。ヒナはいちおう……女の子じゃないか!」


「ボクはかまわないけど?」


「ヒナが気にしなくても、俺がダメなの!」


「ボクの体で欲情できるの?」


 いやいやいや。そんな事聞くか?

 いくら12歳といっても、出るとこは出てるし。

 欲情……できるに決まってるじゃないか!


「頼むから! さきに使ってくれ! 俺はインベントリの整理をする。整理しながら今後のこと考えてみる。こう見えても忙しいんだ! だからさっさと湯浴みして!!」


 平静をよそおいつつ自分のベッドに行き、ヒナに背をむけてすわる。

 インベントリを開く。


 中にあるのは木の棒1本。貨幣のはいった皮袋。予備の下着。

 初級HPポーション10個、初級MPポーション5個。

 パン2個。チーズ2個。ジュースの入った皮袋1個。ベーコンの塊1個。


 ヒナの備品は、自分の肩かけポーチに入っている。

 ちなみに、俺の無限収納とおなじ機能があるそうだ。


 ポーチの中は胸元のポッケにもつながってる。

 どうりでポッケから簡単に、野球ボール大の魔法玉を取りだせるわけだ。


 それにしても、冒険に必要な品がぜんぜんたりない。

 資金に余裕があるから、明日、買い物に行こう……。


 そんな事を考えていると、背後で、ぱちゃぱちゃと水音が聞こえはじめた。


 うう……耳に毒。

 経験がないだけに、そのぶん想像が羽つけて飛びはじめる。


 ヒナの湯浴みが終わると、今度は俺の番。

 待ってもらうのもなんだから、さきに食堂で食事してもらうことにした。


 15分後……。

 1階にある食堂にいくと、もうテーブルに食事がならべられていた。


 だけどヒナは食べずに待っていた。

 お腹がすいてるだろうに我慢してるみたい。

 黙ったまま、なにかを訴える目で俺を見ている。


「食べてて良かったのに。さあ、遠慮せずに食べて!」


「うん」


 そういうと、秒速で肉のから揚げに手をのばす。


「ええと……食べながらでいいから話をしたい。いいか?」


「ボクはかまわない」


「ええと、この世界……なんて名だっけ?」


 悲しいけど、それすら知らない。


「リムルティア。ここはセントリーナ王国のラナリア公領」


「そうなんだ。で……俺、具体的には何すればいいの?」


 肉と野菜のスープを口に運びながら聞く。

 あく抜きしていないらしく、すこし匂いがきつい。


「春都はを持っている。それを使えばいい」


「………?」


「特殊能力【希望】は、不特定多数の切なる希望を集めて春都の力に変える。、この思い。だから未来がないと思えば希望も生まれない」


「それは理解できるけど……」


 わかりにくい話だったので、気力を集中して聞いた。

 そのせいか、せっかくのステーキ肉も、なんだか食べてる気がしない。


「春都が下天したので、全世界の人々の間に、すこしだけ信頼と愛、慈しみが復活した。ただし、いま起こってる戦争を止めるほどではない」


「俺が地上におりただけで?」


「世界が破滅するのは人々が絶望するから。だから春都は希望の力をさずけられた」


「そういや女神がそんな力をくれるって言ってたような……でも、どう使えばいいかわかんないよ」


「希望の収集は全自動で行なわれる。だから春都は気にしなくていい。春都がやるのは、人々の心に希望の種を植えること。これには行動が必要」


「希望を集めたら、具体的になにが起こるの?」


「集めた希望は、【女神の加護】の力を解放する。加護スキルのレベルアップにも使われる。世界を救うには、この力が必要」


 うわー、なんか面倒くさいことになってる。


「それとは別に、もうひとつ、とても大事な機能がある」


「………」


。春都がスタンピードを止めた時、日数が増えたと言った、あのこと」


 面倒くさい上に、なんかヤバい力だこれ。


「ハルマゲドン・カウンター? やけに地球っぽい名前だけど、なにそれ?」


「聞き覚えのある言葉は、だいたい春都の言語理解スキルのせい。頭の中で知ってる言葉に自動変換される。こっちの言葉で直訳すると災厄到達残数表示ってなる」


 直訳のほうが、すごくわかりにくい。

 翻訳スキル、あんたは偉い!


「ごめん、話の腰を折っちゃって。で、そのカウンターがゼロにならなきゃ世界は破滅しないってわけ?」


「うん」


「俺の力で、ほんとに破滅を先のばしにできるのか……」


 まだ冗談だって思いたい自分がいる。


「そのために呼ばれた。できるに決まってる」


「そっか……そんな力が」


 たしかヒナは30日のびたって言ってた。

 となると、いま破滅まで何日なんだろ。


「そのカウンターとか見れる?」


「メニューの右上に表示されてる」


 さっそく開くと、たしかに日数表示がある。

 いまは32日ってなってる。


 おい、待て!

 ってことは、俺がくる前は、2日しか残ってなかったってこと?

 本気マジで滅亡寸前だったのか……。


「希望の力は行動しなければ発動しない。あくまで春都の行動ありき。ただ……意識しなくても発動する場合がある。だから軽率な行動は禁止」


 俺がなにかするたび、なんらかの変化がおこるらしい。

 無意識でもおこるらしいから、かなりウザい。

 しかもその結果が、ハルマゲドン・カウンターの日数を左右する。


 使いにくい能力だよな、【希望】って。

 となると試行錯誤するしかないけど、結果が予測不能っての恐い。


「なあ、聞いていい?」


「はい」


「女神のリアナが失敗したのに、俺に世界を救うなんて本当にできるの? いや……俺だってこんな事、言いたくないよ。やれるもんならやってみたい。でも、まるで自信ないんだ。生前の世界じゃ誰にも評価されなかったから」


「リアナが失敗したのは無知で無能だから。でも春都はだいじょうぶ。ボクもついてる。


 あ、俺、元気づけられてる?

 これまでやさしい言葉をかけられた事なんてない。

 なんか涙でそう。


「じゃあ、俺なら破滅を阻止できるんだな?」


「うん」


「36にもなって彼女ひとりいない……会社もリストラされた。コミュ障のせいでぼっちの俺は死ぬしかないって、俺、自分のダメさを愚痴ってた。そんな中の人の俺でも、本当にできる?」


「春都にできなければ、だれにもできない」


「うん、ありがと。元気がでた」


 見ればヒナは、すでに食事を終えている。

 俺も泣きそうになるのを堪えながら、全速で食べた。


「それじゃ部屋にもどるか」


「はい」


 ヒナがいっしょにいてくれて本当に良かった。

 そうじゃなきゃ、とっくにヘタレてたはず。


 たぶん……。

 天界の意志は、最初からヒナを同行させるつもりだったんだよな。

 俺だけじゃなんもできないから。


 そう思って階段をあがり部屋へもどる。


「さて……今日はいろいろあって疲れた。もう寝よう」


 なにもしないで破滅が1ヵ月ものびたんだ。

 破滅をふせぐのって、けっこうちょろいかも。

 そんな事を考えながら、自分のベッドに潜りこむ。


「いっしょに寝る」


 すかさずヒナが入ってきた。


「いやいやいや、それはダメだろ」


「ボクの役目に夜伽よとぎも入ってる」


 上目使いで見てる。しかも下着姿。

 くらっと眩暈がするくらいの破壊力だ。


「だ、だ、ダメ! 自分のベッドに行け!」


 なんとかヒナを追いだし、かけ布団がわりの毛布を頭からかぶる。

 まだ心臓がドキドキしてる。


 毛布の中で考えた。


 俺、どうなっちゃうんだろ。

 いっそ、いろいろバックレちゃおうかな……。

 そこらへん、じっくり考えてみる必要がありそう。


 そんなことより、明日は装備をととのえないと。

 武器はインベントリにある木の棒、防具は普段着じゃ、とても冒険者とは言えない。

 能力を隠して穏便に旅をするためには、それなりの身なりが必要だ。


 装備の店以外にも何軒かあるみたいだし、もしかすると凄い売り物があるかも?

 ゲームなら、すごく高い魔剣とか売ってる場面だよな。


 どうせなら、カッコイイの欲しいな。

 なんか、わくわくしてきたぞ。


 そう思いながら、異世界最初の眠りについた。



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