第3話 ヒナは凄いけど、じつは凄くない?


「おまえたち、本当に大丈夫か?」


 馬をあやつる女騎士が、うしろに乗った俺に話しかけてる。

 異世界の人間をそばで見るのは初めてだ。

 地球人とほとんど変わらない。変わらなさすぎて違和感すら感じるくらい。


 女騎士はセリーヌと名のった。

 きつい顔立ちだけど、すっごい美人。


 プラチナブロンドのウェーブした髪に、湖のような青い瞳。

 スタイルは鎧に隠されてわからない。でも騎士だから引きしまってると思う。


 見ためは16歳くらい。

 地球の白人系にちかいから同年齢の日本人より大人に見える。


「だ、大丈夫、なんともない……」


 いま全力疾走中。

 情けないことに、セリーヌの腰にしがみつくだけで精一杯。

 取り調べを受けるためアナベルの町に行くことになったけど、これ拷問。


 乗馬スキルを持ってないから、ステータスにあった経験値獲得10倍/必要経験値10分の1……合計100倍成長のスキルも意味がない。


 セリーヌに聞いたら、乗馬スキルは自分で手綱をにぎらないと獲得できないみたい。


 これからさき、乗馬スキルは必要だ。

 いまはセリーヌがいるから変なことできないけど、そのうち手に入れよう。


 もう1頭の馬はヒナが手綱をにぎり、颯爽と駆けている。

 ほんと、なんでもできる子だな。


「あの爆発で、よく無事でいられたものだ。これは奇跡に近いぞ!」


 どう答えたものか……。

 俺は返事につまって、ちらりとヒナを見た。


 ヒナが引きうけたといった感じの目線をかえす。

 すぐに馬をよせてセリーヌに話しかける。


障壁天蓋バリアドームの魔法が込められた魔法玉を使った。あれがなければ死んでいた」


 あの魔法玉には2種類の魔法――爆裂系と防御系が封入されていたようだ。

 俺も不思議に思ってたけど、なるほど納得できた。


「魔法玉とは豪華だな。もしかして貴様たち、どこかの大金持ちか? 障壁天蓋を作るほどのアイテムだと、使い捨てでも結構な値段のはずだからな」


 セリーヌの話を聞くかぎり、この世界に魔法玉が実在するのは確かだが、だれでも持てるわけではないらしい。


 ヒナが不用意に世界を乱すようなアイテムを使うはずがない……そう思ってたから、ようやく納得がいった。


「それなりに金持ち。ただし主人は春都。ヒナは賢い妹」


 ちゃっかり妹設定になってる。

 まあ、ひとりっ子だった俺としては大歓迎だけど。


「ほう、金持ちがなんで迷いの森に? あ、いや……嫌なら、いまは答えなくていい。ただし町に到着したら、しっかり取り調べを受けてもらうぞ」


「実家は極東のちいさな島国。いまは修学の旅の途中。森の中にある遺跡を見学にきていた。不幸にもダンジョン・スタンピードに巻きこまれた」


「極東の島国? たしか大陸の東の果てに、ホウライとかいう国があると聞いたことがあるが、そこの出身か?」


 一瞬、ヒナの口が閉じる。

 助けを求める視線が俺にむけられてる。

 よし、まかせとけ。


「そ、そこは俺が……ちょっと速度を緩めてくれない?」


「すまん。そんなに辛かったのか。これでどうだ?」


 セリーヌが手綱を引くと、すぐ歩く速度になる。

 ようやくひと息つけた。


「ホウライってのは、俺たちの国の昔の呼び名だよ。いまの国名は、ちょっとこの国の言葉じゃ表現がむずかしい。でも質問に答えるなら、そこの出身に間違いない。でも……この国には、ずいぶん昔の情報しか伝わってないみたい」


「そうなのか? まあ私も国名しか知らなかったが」


 なんとなくセリーヌが納得したので、ふたたびヒナが口をひらく。


は、とっても物知りで偉い。だからスタンピードに巻きこまれても冷静に対処できた。ヒナだけだったら死んでた」


「まあ、助かったんだから良しとすべきだな。おっと、町が見えてきた」


 さらに馬の速度をゆるめながら、ヒナの馬を横にならばせる。


「町にはいったら、報告書を作成するため砦の詰所にきてもらう。そのときに取り調べもおこなう。疑わしい点がなければ放免だ。そうそう、なにか身分を証明するものはあるか?」


「魔物に襲われたとき、大事なものを入れた鞄をなくした。だからない」


「そうか……ならば詰所の取り調べが終わったら、まず冒険者ギルドへ行って冒険者登録をしろ。これからも修学の旅を続けるのなら、どこでも身分を証明できるギルドカードは絶対必要だぞ」


「そうなのか? なら、そうするよ」


 あらためて思うけど……ヒナの応対、なかなか凄い。

 さっき返事に困ってたけど、そこは俺がサポートできた。

 これなら、この先もうまくやっていけそう。


 と思ってたら……。

 馬をおりたヒナが、もじもじしながら目でなにかを訴えてる。


「んー? どうした?」


「ここらへんが、ぱんぱん」


 そう言うと、自分の下腹部をゆびさす。

 しまった、完全に失念してた。

 それは尿意だ。


 ヒナにとっては初めての感覚のはず。


「ちょいまち! ええと……セリーヌさん、ちょっとお願いが」


「どうした?」


「妹が……その、おしっこしたいみたいなんだ。どうすればいい?」


「なんだ。それなら、そこらへんの草陰ですればいい」


「1人でさせるのは……」


「おまえ、兄だろ? 終わるまで付き添ってやれ」


「……はい」


 俺、覚悟きめた。

 ヒナを呼んで、すこし離れた草むらに入る。


「ヒナ、肉体をもつと排泄も必要になる。最初は戸惑うかもしれないけど、自分でチャレンジしてくれ。俺はここで見張ってる」


「排泄……春都が教えて」


「そ、それはダメだ。人間は生まれた時から自分でやることになってる」


「そう? なら頑張ってみる」


 そういって草むらに消える。


「………」


 俺の頭の中で、けしからぬ光景が見えている。

 だが、片っぱしから打ち消した。


 やがて……。

 すっきりした顔でヒナがもどってきた。


「できた。気持ちよかった」


 どこまでも、ほがらかな笑顔。

 下賎な空想をした自分が恥ずかしい。


 ヒナは完璧だと思ったけど、そうじゃなかった。

 人間の体や感覚については、なにも知らない。


 これから先も、いろいろ教えてやらないとダメみたい。

 変な話だけど、俺、なんかやる気でた。



      ※



 砦の門に到着して、セリーヌが門番の衛士に声をかける。

 さすがに顔パス。全員、そのまま町へはいる。


 守備隊用の厩舎きゅうしゃに馬をあずけると詰所のあるほうに歩いていく。

 歩きながら、セリーヌが教えてくれた。


「アナベルは、森の魔獣に対抗するため造られた砦町だ。だから娯楽系の店はすくない。宿屋の食堂と、飲み屋をかねた飯屋が1軒あるだけだ。ほかは道具屋と魔石屋、装備屋、冒険者ギルドに商業ギルドくらいだな」


「食事するなら飯屋か……」


「腹が減ったか? だが取り調べが終わってからだぞ。でもって個人的な意見だが、飯屋より宿屋のほうがメシは美味うまい。どうせ泊まるんだから、宿屋で食べたほうがいい」


 俺のなにげない独り言にも受け答えしてくれた。

 しかも意見までつけたすなんて、どんだけマジメな性格なの?


「そうなんだ。覚えておくよ」


 話しているうちに、詰所に到着した。

 取り調べは、ほとんどヒナが対応した。


 当然、無罪。思ってたよりはやく放免された。

 大爆発は、魔物がはなった魔法が複合しておこったのだろうと言われた。


 つぎに冒険者ギルドへむかう。

 町の中心にある広場のちかくにあったから、すぐに見つかった。

 田舎のギルドだから、ちいさな店舗に毛がはえた程度だ。


 西部劇にでてくるような両開きのちいさな戸をおし開ける。

 せまいフロアと受付カウンター、軽食をとるテーブルが4個しかない。

 テーブルにいる冒険者は、たった4人。全体的に閑散としている。


 厨房は右手にあって、料理人が調理しているのが見える。

 職員が給仕をしてる。ギルドも人手不足かな?


 まっすぐ受付カウンターへ行って、冒険者になりたいと申しでた。


「こちらがステータス計測器です」


 ギルドの受付嬢に、受付カウンターの横にある体重計みたいなものを示された。

 ちなみに猫系亜人の女の子だ。


 ううむ……これは想定外。

 計測器の働きがわからないため、どう擬装していいかわからない。


「お早くお願いします」


 計測器に乗るのをためらってる俺を、受付嬢が急かせる。

 ええい、こうなったら計測した結果を擬装しよう。

 そう思って、そっと上に乗る。


 ――ガガガガッ!


 途端に計測器が大きく振動しはじめた。

 どうやら本当のステータスを検知して、許容オーバーで暴走しかけているようだ。


「うわわわっ!」


 あわてて飛びおりる。

 計測器、壊れてないよな?


「なんだなんだ?」


 数名いた冒険者が、興味本位で集まってくる。


「あ、あの、計測結果は?」


 計測器を調べていた受付嬢に、おそるおそる聞く。


「どうしちゃったんでしょうねー。あ、記録石版には結果が出てるみたいですよ。良かったですねー」


 すかさず記録用の石版を鑑定して数値を把握する。


「擬装、内容転換」


 こっそり口の中でつぶやく。

 擬装スキルを使い、前もって用意していた平凡能力版を上書きした。


「ふう……」


 ほっとひと安心していると、ヒナが背伸びして俺に耳打ちした。


「春都、うまくごまかした。偉い」


 そんな俺たちを見た受付嬢、苦笑いを浮かべながら声をかける。


「すみませんねえ。ほんと、これポンコツで。びっくりしました?」


 勝手に計測器の不調のせいにしてくれた。

 俺が計測器を壊したと思ったヒナが、心配して耳打ちしたと思っているらしい。


「あの、こっちの子の計測は?」


 ヒナの計測がまだ残っている。

 こっちは普通のステータスだから擬装はいらないよな?


 いや、もしかして違う?

 あわてて、しかしこっそりヒナに耳打ちする。


「ヒナのステータスって、どうなってる?」


「ヒナにはステータスがない。だから職業もない」


「ええええ――っ! そんなのあり?」


 ど、どうしよう。一難去ってまた一難。

 ヒナ用の擬装データは作ってないし、だいいちステータスなしの人間を測定器にのせたら、1発でぶっ壊れるんじゃないの?


 俺がオロオロしてると、受付嬢がにっこり微笑んだ。


「計測器は修理しないと使えなさそうですから、その子が自分で石版に書いて申請してくださいな。それで通します」


「それって、計測する意味が……あわわ」


 つい突っこもうとして、全速で口を閉じる。

 せっかくむこうが勝手に解決策をだしてくれたのに、ダメにするとこだった。


「見たところ、2人とも初心者でしょ? だったらステータス値なんて、すぐ上がっちゃうから、まあ、形式よ形式」


 ずいぶんいい加減だなあ。

 でも、そのおかげで助かったから感謝だ。


「はい、こちらがF級冒険者カード。なくさないで下さいね」


 ヒナのカードを手渡しながら、自分のを見る。

 登録のときに【顔念写】とやらのスキルで、写真みたいなのを撮られた。それがカードに載ってる。


 本人同定は、これでするんだろうな。

 俺としては、ゲームで定番の魔力測定とかあると確信してたから、魔力を隠蔽する準備もしてたけど、それは空ぶりに終わった。


 申請して20分くらいで手続き終了。

 なんとか冒険者になれたみたい。

 これでやっと宿にいける。


 宿にたどり着いたころには、もうどっぷりと陽が暮れてた。


 んんんん? ヒナとの初めてのお泊まり!?

 おいコレ、なんか……

 いや、深くは考えないことにしよう。




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