第2話 じつは凄いことになっていた。


「あ、あれは、なんだ!!」


「どうした、バズ?」


 同僚のバズが、迷いの森のほうをゆびさしている。


「ジグル、門の修理なんか後だ! あれを見ろ!!」


 オレ……ジグルは砦町アナベルで門番をしている衛士だ。


 今朝はやく森でスタンピードが発生したとの知らせが入った。

 だから、いつもはバズだけなのに、非番だった俺も出てきたんだ。


「ったく、昼までに修理しないと班長に怒られ……うがっ!」


 ――ドウッ!!


 ものすごい爆風が襲ってきた。

 体が浮きあがり、門の横の柵にたたきつけられる。


「くっ……バズ、大丈夫か!?」


 反射的に体を調べる。

 大丈夫、打ち身だけだ。


 バズを探すために視線を泳がせる。

 だめだ、見つからない。


 ――ゴゴゴゴゴゴーッ!


 とおく離れた森に、10本以上のきのこ雲が立ちのぼっている。

 高位の爆裂魔法で出来るものより、ずっと大きいような気がする。

 てっぺんは雲を押しあげ、なおも上へむかっている。


 ともかく……すさまじい大爆発が発生したことは確かだ。

 さっきの爆風は爆発による衝撃波だろう。

 まわらない頭で、やっとそれだけ考えた。


「迷いの森が……」


 見なれた南の森が、いま爆炎に包まれている。

 町の住人や兵士たちが、わらわらと門に集まってくる。

 だれもが巨大なきのこ雲の林立をゆびさし、あれこれ叫んでいた。


「なにが起こったのか調べる。調査隊を出すぞ! 斥候飛竜も飛ばせろ!!」


 鎧甲胄姿のセリーヌ警備長が走ってきて、颯爽と剣を抜きはなち指示をだす。

 警備長は女だが公領騎士になった凄い人だ。


「おい、そこの衛士! 警備隊を呼んでこい!」


「は、はい!」


 剣で指図された。

 一挙動で立ちあがり営舎へ走る。


 営舎に着くと、すでに大部分の兵士は戦闘準備を終えて営舎前にでていた。

 警備長が集合命令をだしたと告げると、一斉に走りだす。

 オレもいっしょに警備長のもとへむかった。


「せ、セリーヌ警備長、呼んできました!」


 息をきらせて報告する。


「御苦労。輸送班、森の火事を消すため魔法をつかう。MPポーションは大丈夫か?」


 となりにいる輸送班長にするどい質問がとぶ。


「はい! 荷役5名に100本ずつ持たせました!」


「よし、では出発!」


 即席の調査隊が編成された。

 その数20名。

 全員が厩舎から馬を引きだし、いまの号令で騎乗する。


 セリーヌ警備長を先頭に、あわただしく森へと走りはじめる。


「おーい、ジグル。助けてくれ!」


 警備長を見送っていると、上のほうから声がした。

 見あげると、柵のてっぺんにバズが引っかかっている。


「いま助ける!」


 オレはまわりにいる住民や兵士に声をかけ、バズを助ける準備をしはじめた。



      ※



「おーい、そこの人。大丈夫かー!」


 空から声がふってきた。

 地面に寝転んだまま声のしたほうを見る。

 すると、手綱をつけたワイバーンが飛んでいるのが見えた。


 声はワイバーンにまたがっている兵士のものだった。


「あれ、なに?」


 起きあがりながらヒナに聞く。


「斥候飛竜と竜騎兵。アナベルの町から空中偵察に来た」


 ヒナも立ちあがる。

 ぱんぱんと、手でドレスについた草を落としてる。


「春都、返事する」


「あ、そうか。おーい! こっちは大丈夫だぞー!」


 俺が反応したので、さらに接近してくる。


「周囲の森が大火災だ。でもなんでか、そこだけ燃えてないから、そのままじっとしてろ。もうすぐ調査隊が消火しながらやってくる。自分は、いったん報告のためにもどる。いいな、動くなよ!」


「わかった!」


 よくわかんないけど、とりあえず待つことにする。


「なんか知らんけど、待つことになっちゃったよ」


 ヒナに相談しないまま、勝手にきめて悪かったかな?

 そう思ったから、すこし言いわけじみた言葉になってしまった。


「春都、この世界の住人とはじめて会話した」


「あ、そういえばそうだ。言葉もちゃんと通じてる……」


「言語理解スキルのおかげ」


「なにからなにまで、いたれり尽せりだねー」


 そう言った瞬間、あることに気づいた。


「あっと! どうせ待つんだから、ここで食事しようかなって思うんだけど」


 リニューアルした肉体になってから、なにも食べてない。

 俺が腹へってるのに気づいたんだから、ヒナも似たようなもんのはず。

 そう思って聞いてみた。


「インベントリにパンとチーズとベーコン、天界特製の蜜ジュースが入っている。それを食べればいい」


「インベントリって、持ち物入れのことだよね?」


「メニューを見ればわかる」


「わかった。それじゃ調査隊とかいうのがくるまで、いっしょに食事をしよう」


 ヒナがきょとんとした顔をしてる。


「どうしたの?」


「ボクも食べるの?」


「肉体もってるんだから、おなかも減るんじゃない?」


「わからない。けど、ここらへんがぐーぐー言ってる」


 そう言うと、両手でおなかのあたりをおさえてる。


「それが空腹の合図。さあ、これを食べて」


 ヒナに丸パンを1個わたす。


 くんくん匂いをかいでる。

 ちいさく舌をだして、おそるおそる舐めた。


「………!」


 つぎの瞬間、おもいっきりかぶりつく。

 夢中になって噛んでる。


「そうか……これが肉体……」


 ヒナが不思議がっている。

 その姿がまた、どうしようもなく愛らしい。


「ほら、チーズとベーコンも食べて!」


 俺もパンを出して食う。

 噛みしめながら考えた。


 女神リアナから世界を救ってと懇願された。

 だけど救うどころか、いきなりヤバい状況におちいる始末……。


 救世なんて、できればスルーできないかな。

 でも世界が滅んじゃったら俺も困るし。


 うう……どうしたらいいんだー。

 いろいろ考えても妙案が浮かばない。


 せっかく異世界に来たんだもん。

 やりたい事ならいっぱいある。


 いや……自分の夢ってことなら、こっちにくる前からずっと持ってた。

 でも、だれにも話した事はない。バカにされるのイヤだったから。


 それは……。


 外見と中身の両方ダメな自分とオサラバする。

 女の子にモテる。

 ともだちたくさんつくる。


 これが俺の夢。笑う?

 でも……そのあたり前が、俺にはまぶしすぎたんだ。


 このうちオサラバの件は、外見だけはキャラメイクで実現した。

 中の人についても、口ベタが治ったんだから、ほかもそのうち何とかなるかも。


 のこりの夢も異世界なら実現できる?


 世界が滅ぶ件は、ヒナのアドバイスに従えばなんとかなるよね?

 他人まかせだけど、とりあえず今はそれしか思いつかない。


 思いきって聞いてみた。


「なあ、ヒナ。俺ってこの世界で、救世主みたいな仕事だけやらされるの? もしそうじゃなければ、やりたいことがあるんだけど……。も、もちろん仕事はやるよ。自分のことは、余裕のでたぶんでやるから」


「春都の仕事は、世界の破滅をどうにかすること。どうにかするには、。すべて春都が決めること。春都ならできる」


「ええーっ!? 救うのに失敗して破滅するんじゃなくて、積極的に破滅させても仕事達成になるの? それって救世じゃないよね?」


「世界の運命をゆだねるとは、そういう事。天界は、すべてを春都に任せることにした。でもボクは案内者だからアドバイスならできる」


「うーん、話が重すぎて、すぐには決められない……」


「それでいい。世界が滅ぶまでには、まだすこし時間がのこってる」


「ごめんな」


 俺が落ちこみそうなのに気づいたヒナが、あわてて言う。


「大丈夫。春都は、もっと自信をもっていい。自分で思っているより、ずっとポテンシャルがある。ヒナもそれを信じている」


 励まされちゃった。

 ヒナの言葉を聞いてると、なんか自分でもできそうな気がしてきた。


 もう外観は変わってるし、すごい能力も持ってる。

 あとは自分の心を強くするだけ……。


「ありがと。俺、実現したい夢があるから頑張るよ」


「春都の夢、知りたい。ボクは夢を見れないから」


 なんか、さらりと悲しすぎる事を言われた。


「うう……悪いけど、そのうちな」


「わかった。ボクは待つのに慣れてる」


 ともだち欲しいはともかく、女の子にいっぱいモテるは、教えるタイミングが大事なような気がする。せっかくなついてくれたヒナにドン引きされたくない。


 ともかく……まずは自分に自信をつけるべきだよね?


「調査隊、来た」


 ヒナの言葉で、北のほうから蹄の音が聞こえているのに気づく。

 焼けこげた大地を、粉塵を巻きあげながら近づいてくる。


 休憩はたっぷりとった。

 それじゃ、俺たちの冒険を始めよう!





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