第16話 ウサギカフェ

 へ行くために、海玲を先導する形で町を歩いていた翔太は、


「さっきの新野くん、探偵さんみたいに凄かったね。いくら自分も経験があるからって、普通わたしが手を怪我してることを言い当てるなんてできないよ」

「は、ははは……」


 無邪気に賞賛してくる海玲に対し、翔太は、ただただ誤魔化すように笑うしかなかった。

 彼女が手を怪我していることに気づけたのは、度重なるイジメを受けたことで、相手の顔色や機嫌をよ~く観察するクセがついていたからとは言えないし。

 海玲があまりにも可愛いすぎて、会う度に彼女のことをよ~く見ていたから気づけたとは、それこそ口が裂けても言えない。

 だから、誤魔化すように笑うしかなかった。


 少しして、目的地となる店の看板が見えてきたので、翔太はこれ幸いと話題を変える。


「アレだよ、夏木さん。あの店が、前にLINEで夏木さんと行ってみたいって言ってた店だよ」


 そう言って翔太が指差したビルの看板を見て、海玲は目を輝かせる。


「ウサギカフェ!」


 可憐な口から飛び出した声音は、それこそウサギのように飛び跳ねていた。

 ウサもんが好きだから十中八九そうだろうとは思っていたが、やはり海玲はウサギが大好きなようだ。


 翔太を追い抜くほどの勢いで早足になる海玲に苦笑しながらも、ビルの二階にあるウサギカフェに足を踏み入れる。

 受付を済ませ、汚れ防止用のエプロンを着て店内に入ると、カーペットの上を好き勝手にピョンピョコしているウサギが、ソファや椅子の上で蹲って眠っているウサギが、ひたすら餌にがっついているウサギが、翔太たちを出迎えた。


「ふわぁ……」

 

 海玲の口から感激の吐息が漏れる。

 瞳は、ウサギカフェの看板を見つけた時以上にキラキラと輝いていた。


 そんな海玲に興味を持ったのか、一羽のウサギがピョコピョコと近づいてくる。

 亜麻色の毛並みが鮮やかな、垂れ耳のウサギだった。

 ウサギが海玲の足元で立ち止まり、見上げてくる。

 海玲は頬をとろけさせながらしゃがみ込み、恐る恐る手を伸ばして、ウサギの頭を一撫でしてみる。

 気持ちよさそうに目を細めるウサギを見てもう一撫でしてみると、海玲の手つきを気に入ったのか、引き続き撫でることを催促するようにウサギはその場に蹲った。


「新野くん! このコ、なでなでオーケーだよ!」


 子供のようにはしゃぎながら、海玲はでウサギを撫で続ける。

 父親のDVがなければ右手でも存分に触れあえていたことを思うと、少しだけ暗い気持ちになるが、


「んふふ~」


 心底幸せそうにしている海玲の前でそんなことを考えるのは無粋だと思い、自分もウサギカフェを目いっぱい満喫しようと頭を切り替えた。


 とりあえず、自分もウサギを撫でてみたかったので、ソファに寝ていた真っ白なウサギに近づき、撫でようとする。が、翔太が近づいた途端に起き上がり、逃げるように離れていってしまう。

 それならばと、別のウサギに近づくも逃げられてしまい、また別のウサギに近づくも逃げられてしまい……。


(もしかして僕、ウサギに嫌われてる?)


 いやいや、まさか――と思いながら、もう一度ウサギに近づいてみるも案の定逃げられてしまい、目尻からホロリと涙が零れた。

 ウサギカフェに来てウサギと触れあえないのは、あまりにも哀しすぎる。

 いまだドリンク(無料)を頼んでいないので、カフェとしてですら満喫できていないから、余計に哀しかった。


(まあ、ウサギと戯れてる夏木さんが見られるだけでも良しとしよう)


 と、再び頭を切り替え、海玲のもとに戻ってみると、


「あっ。新野くん助けて~」


 何羽ものウサギに囲まれ、幸せそうに助けを求めてくる海玲の姿があった。

 へたり込むように座った彼女の膝の周りでは、「ここは俺の寝床だ」と言わんばかりに、ウサギたちが争奪戦を繰り広げていた。

 どうやら海玲は、翔太と違ってウサギに好かれやすい体質らしい。


「みんな撫でてあげたいけど手が足りないの」


 左手だけでなく、右手でも指先を使って撫でてはいるものの、如何せん五羽以上もウサギが集まっていたため、文字どおりの意味で手が足りない。

 海玲を助けると同時に、今度こそウサギを撫でられると思った翔太は、意気揚々と彼女に近づくも、


「あ……」


 海玲の口から哀しげな吐息が漏れる。

 膝に乗っかっていた一羽を残して、ウサギたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまったのだ。


「新野くん……前世でウサちゃんに何したの?」


 ナチュラルに「ウサちゃん」呼びする海玲のことが可愛いなぁと思いながらも、


「いやいや、してないしてない! 前世のことなんてわからないけど、たぶんしてない!」


 全力で否定した。

 というか、否定しなければ海玲に嫌われることすらあり得ると思ったから、だいぶ必死に否定した。


「そ、それに、一羽だけだけど逃げてないウサギもいるし!」


 そう言って、海玲の膝に蹲っている、最初に彼女に近づいてきた亜麻色の垂れ耳ウサギを指でさす。海玲の膝に乗っかっていることを、ちょっと――いや、だいぶ羨ましいと思いながら。


「新野くん。その様子だと、まだウサちゃんと触れあえてない?」

「……遺憾ながら」

「じゃあ、このコ触ってみる?」


 海玲の優しさに目尻からホロリと涙を零しながらも、翔太は垂れ耳ウサギの頭に手を伸ばす。

 直後、


 でしっ。


 触んなや――と言わんばかりに、伸ばした手を前足で殴られてしまう。

 ネコパンチならぬウサパンチだった。

 思わず手を引っ込めてしまった翔太は、気を取り直して再び手を伸ばすも、


 でしっ。


 ウサパンチで拒否られてしまう。

 その様子を見ていた海玲は、いそいそとスマホを構え、動画の撮影を開始する。


「ごめん、新野くん。もう二回……ううん、もう五回お願い」

「普通言い直してもプラス一回だよね!?」

「だ、だって……かわいいだもん……」


 可愛いのはどっちだよ!――という心の叫びを呑み込み、海玲のために粛々と五回、ウサパンチをくらった翔太だった。


 あまりにもウサギに嫌われている翔太を見かねたのか、店員の方からウサギのおやつを持ってきてくれたので、今度はおやつやりにチャレンジしてみる。


「ウサギって、クッキー食べるんだ」


 翔太は、店員から渡された容器からクッキーを一枚摘まみ、物珍しそうに眺める。

 クッキーにはリンゴのパウダーが振りかけてあるらしく、試しに匂いを嗅いでみるとリンゴの香りが鼻腔をくすぐった。


「クッキーはクッキーでも、ウサちゃん用に作られたものだと思――あっ、寄ってきた!」


 クッキーに釣られたのか、それとも海玲に釣られたのか、再び彼女のもとにウサギが集まり始める。

 海玲がクッキーを手にすると、ウサギたちは我先にと彼女の手に群がった。


「わ……わわ……っ」


 その勢いに圧倒されながらも、海玲はいそいそとウサギたちにクッキーを食べさせていく。

 その傍らと呼ぶには微妙に離れた位置で、翔太は、


「おやつだよ~。おやつだよ~」


 恐る恐る、食いっぱぐれていたウサギにクッキーを近づけてみる。

 ほぼ目の前というところまで近づけたところで、ウサギが翔太のクッキーに気づき、スンスンと匂いを嗅ぎ始める。

 今度こそウサギと触れあえる――そう確信するも、


 でしっ。


 まさかまさかのウサパンチでクッキーを持った手を殴られ、拒否られてしまう。

 その様子を見ていた海玲が、ウサギに揉みくちゃにされながらも、プルプルと震えて笑うのをこらえていた。それだけならまだよかったが、店員までもがプルプルと震えて笑うのを堪えていた。


 それから、何度もウサギにクッキーを食べさせようとするも、その度にウサパンチで拒否られてしまい、


(……なんで?)


 三度みたび目尻からホロリと涙を零しながらも、海玲の言うとおり前世でウサギに何かひどいことをしたのではないかと本気で疑った翔太だった。


 その後、海玲が満足するまでウサギと戯れ、折角だからとドリンクを頂いたところで時間がきたので、二人は退店する。

 その際、海玲が店員に「ここまでウサギに好かれる人を見たのは久しぶりです」と言われているのを見て、やめればいいのに翔太が「僕みたいな人は?」と訊ねてしまった結果、「ここまでウサギに嫌われる人を見たのは初めてです」と言われ、見事な自爆を遂げたのであった。



 ◇ ◇ ◇



 その日、成瀬なるせ陸斗りくとは友達――というよりも舎弟に近いが――の加藤と広田と一緒に、隣町まで遊びに来ていた。隣町に足を運んだのは、地元ではナンパを一度も成功させたことがなかった加藤が、隣町なら絶対にイケる強弁したので、成瀬と広田がそれに付き合った次第だった。

 

 案の定、次々とナンパを失敗する加藤を、成瀬は広田と一緒にゲラゲラ笑っていたが、


(あぁ……?)


 今一瞬、新野翔太オモチャが女連れで歩いている姿が見え、不快げに眉をひそめる。

 あの、ヘタレで、チビに片足を突っ込んでいて、見ているだけで無性にイライラしてくる愚図の新野に彼女がいるなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ないと決めつけていた成瀬は、見間違いかと思いつつも二人に訊ねてみる。


「なぁ。アレ、新野じゃね?」


 成瀬が指差した方向を、加藤と広田は見つめ、


「新野……だよな……」

「しかも女連れ……だと……!?」


 幽霊でも見たような反応を示す中、成瀬は楽しげに頬を歪めた。


「こりゃぁアレだな。、挨拶しねぇわけにはいかねぇよなぁ」

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