第15話 二回目の
翌日曜日。
先週と同様、海玲と遊ぶ約束をした翔太は、今回の待ち合わせ場所となっている、ウサもんストラップをゲットした隣町のクレーンゲーム店へ向かう。
待ち合わせ時間は一三時三〇分。
二週続けて外食すると
前回、二人して約束の時間よりも一時間前に来てしまうという珍事があったことを考慮して、
互いが互いに、不必要に相手を待たせたくないという配慮から生まれた取り決めだった。
(それにしても、
一週間前、自殺しようとしていた海玲を止めて、
願わくば、海玲も同じ気持ちでいてくれたらいいなぁと思いつつも、待ち合わせ時間のきっかり一五分前にクレーンゲーム店に到着する。
どうやら海玲はまだ来ていないようで、店先は勿論、店内も見て回ったが彼女の姿を確認することはできなかった。
(夏木さん……お父さんと昼食を食べてから向かうことになるから、〝場合〟によっては少し遅れるかもとは言ってたけど)
〝
LINEでも面と向かっての会話でも、父親がどんな人間なのかとか、どれくらいの頻度でDVを振るわれているのかとか、海玲が言及したことはまだ一度もない。
気にはなるが、無闇に触れていい話ではないことは心得ているので、翔太から訊ねるような真似をしたことも一度もない。
だけど、海玲が自殺を考える程にまで追い込まれたことを考えると、ほぼ毎日DVを振るわれていることは容易に想像することができた。
父親と娘が二人で昼食を摂る……普通の家族ならば極々ありふれた日常の一つにすぎないけれど、DVを振るような父親と二人きりとなると話は別だ。
それこそ、〝場合〟によってはありふれた日常とは程遠い事態が起きることもあり得る。
考えれば考えるほど、海玲のことが心配になってくる。
もういっそLINEを送って彼女が無事かどうかを確かめてみようという思いと、さすがにそれはお節介がすぎるのではないかという思いをせめぎ合わせながら、クレーンゲーム店の前で海玲が来るのを待っていると、
「あ……っ」
待ち合わせ時間の五分前。駅の出入り口から出てくる海玲を発見する。
今日の海玲は、裾と袖がやけに長いニットワンピースを着ており、こちらに気づいて振ってくれた手が完全に袖に隠れてしまっているのが、何とも可愛らしい。
長袖のポロシャツにジーンズという、相変わらずすぎるほどに平凡な服装をしている翔太には眩しすぎるくらいだった。
ただ、気になるのは。
(この時期に、どうしてニットを?)
今は一〇月の頭。
残暑はもうほとんど残っておらず、先週に比べて涼しくなったとはいっても、ニット系を着るのは時期的にまだ少し早い気がする。
さらに言えば、今回海玲が、手提げ鞄ではなく肩掛け鞄を使っていることも気になる。コーディネートに合わせて鞄を変えたという線もあるが、それだけでは説明できない違和感を覚える。
そんなことを考えているうちに、小走りで駆け寄ってきた海玲が開口一番に謝ってくる。
「ごめんなさい。待たせちゃって」
「まだ待ち合わせ時間前なんだから謝る必要はないよ、夏木さん。それに、ほら……先週はお互いに謝ってばっかりだったから……〝次〟からは気をつけるって……」
指摘するという行為自体が、どこか上から目線で物を言っているように感じてしまう翔太は、頭では別にそんなことはないとわかっていながらも、言葉を濁してしまう。そんな気弱な葛藤を知ってか知らずか、海玲はハッとしたような表情を浮かべ、
「あ……ご、ごめんなさいっ――じゃなくて……えと……お、お待たせ……で、いいのかな?」
恐る恐る上目遣いで訊ねられたらもう、翔太には「いいです」以外に返す答えはなかった。
というか、上目遣いになった海玲が色々と破壊力がありすぎるせいで、何を訊かれても何を頼まれても「いいです」と答える自信が、翔太にはあった。
(……っと、それよりも)
海玲の可愛らしさを前に浮つきかけた心を引き締め直し、彼女の服装の違和感について問い質す覚悟を固める。
(けど、普通に訊ねても、夏木さんは僕に心配をさせまいと嘘をつく可能性があるから……!)
カマをかけるしかない――そう思った翔太は、いつもよりも強い語気で海玲に訊ねた。
「ところで夏木さん、
まだ時期が早いニットワンピースを着たのは、怪我をした手を隠せるほどに袖の長い服がそれしかなかったため。
手提げ鞄じゃなくて肩掛け鞄を使っているのは、怪我をした手に負担をかけないため。
そう推測したがゆえにかけたカマだった。
そして狙いどおり、海玲はビクリと震えて目を見開くという、わかりやすい反応を示してくれた。
「どうして……わかったの?」
「僕も暑い時期に腕を怪我した際、アパートの大家さんとかに心配されないよう、長袖を着て隠したことがあるから」
その腕の怪我が、成瀬たちのイジメによって負わされたのは言うまでもない。が、わざわざそんなことまで言って、海玲に余計な心配をかける必要がないことは、それこそ言うまでもないので、翔太は話を続けるためにもカマをかけたことを謝罪した。
「でも確証はなかったから……カマをかけた。……ごめん、夏木さん」
頭を下げる翔太に対し、海玲はどこかわざとらしいため息で応じる。
「新野くん。〝次〟からは気をつける――でしょ?」
先の意趣返しだと言わんばかりに翔太が謝っていることを指摘し、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「でも、さすがにこれは僕が悪――」
「悪くない」
「新野くんはわたしのことが心配で、怪我をしていないか確かめるためにカマをかけたんだよね?」
珍しくも海玲に言葉を遮られたことに驚いていた翔太は、遠慮がちに首肯を返す。
「だったら、新野くんは悪くない。悪いのは隠していたわたし……ううん。
言いながら、海玲は右手側の袖を捲る。
彼女の右手には、痛々しくも包帯が巻かれていた。
「お昼ごはんを食べた後、お父さんが『後片付けが遅い』ってお皿を投げてきて、壁に当たって割れた破片で手の甲を切っちゃったの」
こちらに心配かけさせまいとしているのか、努めて明るい声音で説明する海玲が、右手に巻かれた包帯以上に痛々しかった。
「包帯は、お父さんが?」
包帯は、片手だけで巻いたとは思えないくらいに綺麗に巻かれていた。それゆえの質問だった。
「うん。かすり傷だったんだけど、大袈裟に血が出てくれたおかげで、お父さんがすぐに我に返ってくれて……ガーゼと包帯を巻いてくれたり、わたしの代わりに昼食の後片付けをしてくれたりしたの」
そのおかげで、DVを受けたにもかかわらず、海玲が待ち合わせ時間に遅れずに済んだことはさておき。
海玲と初めて会った時にも聞かされたが、暴力を振るった後に優しくするという、あまりにも典型的なDV事例を生で聞かされた翔太は、やるせない気持ちで胸がいっぱいになっていた。
お父さんが我に返ってくれて――この後に続いたわずかな沈黙に、彼女はいったいどんな感情を込めていたのか。
そのことを思うと、なおさらやるせなかった。
だからだろうか。
気がつけば翔太は、海玲の左手を握っていた。
突然手を握られたからか、徐々に頬を紅潮させる海玲には構わず、力強く宣言する。
「夏木さん。今日は目いっぱい楽しもう」
海玲は少しだけ目を見開くと、すぐに笑みを浮かべ、嬉しそうに「うんっ」と返してくれた。
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