第5話 初めての待ち合わせ
あの後、翔太は散々モダモダしてからアパートの部屋を出て、待ち合わせ場所となっている、繁華街外れのビルを目指す。
時間的に、ビルには約束の時間よりも一時間ほど早く着くことになるが、あのまま部屋でモダモダしていても仕方ないし、下手に海玲を待たせるよりはずっといい。
そう思って、無駄に早足になりながらビルに来てみたら。
(夏木さん!?)
ビルの敷地の入口となる、バリケードテープの前に立っていた海玲を見て、翔太は思わず、すぐ傍にあった電柱の蔭に隠れてしまう。
(夏木さん……可愛い……)
海玲の私服姿を見て、素直にそう思う。
彼女のコーディネートは、
両手で持っている巾着型の小さな手提げ鞄も、オシャレに詳しくない翔太をして「良いアクセントになっている」などとそれっぽい感想を抱かせる、絶妙な一品だった。
正直、自分なんかが彼女と待ち合わせをしていいのかと思えるほどに。
そんな考えが、翔太の足を電柱の蔭に釘付けにしていたが、
(……アレ?)
海玲が、手提げ鞄を後ろ手に持ち替えて、踵を上げたり下げたりしたり。
かと思えば、バリケードテープの前を右に左にウロウロしたり。
落ち着きというものが、まるでないことに気づく。
(もしかして、夏木さんも緊張してる?)
服のセンスの差に圧倒されてしまったため失念していたが、私服姿の海玲を見ても、男慣れしてなさそうという印象が覆ることはない。
海玲は海玲で、異性――つまり翔太と二人きりで会い、二人きりで昼食を食べることに緊張し、そわそわしているのだ。
外面だけではなく、内面も可愛らしい海玲に、翔太は胸の高鳴りを抑えることができなかった。
もうこのままさっさと恋に落ちてしまえ――という叫びが、心の奥底から聞こえてくる。
(いやいやいや……いやいやいやッ!)
意味もなく、心の叫びを否定する。
僕なんかじゃ彼女とつり合わないという思いが湧いてくる。
けれど、やっぱり、それでも、仲良くなれたらなぁという思いも湧いてくる。
そんな風にモダモダしていると、
「あ……新野くん!?」
とうとう海玲に気づかれてしまったので、翔太は観念して電柱の蔭から出ていった。
「ど、どうして隠れてたの?」
「まさか、夏木さんがもう来ているとは思わなくて、つい……」
「それは……新野くんを待たせたら悪いかなって思って……」
「僕も……夏木さんを待たせたら悪いかなって思って……」
そこで、会話が途切れてしまう。
初めて会った時にも経験した、気まずいようで妙に心地良い沈黙が、二人を優しく包み込む。
とはいえ、さすがにこのまま黙っているわけにはいかないと海玲は思ったらしく、
「そ、そうだ!」
ちょっと声を裏返らせながら、手提げ鞄からスマホを取り出した。
翔太は数瞬呆けた顔をしてしまうも、すぐに海玲の意図に気づき、ジーンズのポケットに入れていたスマホを取り出す。
「そうだったそうだった! LINEを交換するんだった!」
なんでこんな無駄にでかい声を出してしまったのか、それは翔太自身にもわからなかった。
二人してスマホを持つ手をプルプルと震えさせながら、爆発物を処理するかのような慎重さでLINEの交換を終わらせる。
(よくよく考えたら……)
高校に入ってから誰かとLINEの交換をしたのは、これが初めてだという事実に気づき、愕然する。
しかし、
(……あ)
海玲からメッセージが入ったことに、ちょっとだけ目を丸くする。
お互い目の前にいるのに、なんでわざわざLINEでメッセージを送ってきたのかと不思議に思っていたら、
「……あ」
今度の「……あ」は、思わず口から漏らしてしまった。
海玲からの初めてのメッセージは、ウサギのキャラクター――確かウサもんという名前だったはず――が「えへん」と胸を張っているスタンプだった。どうやら彼女は、翔太とLINEを交換できたことを「えへん」としているらしい。
一方、本人はというと、両手で持ったスマホで顔を隠していた。
小顔な彼女でもさすがに大部分が隠れていないため、紅潮した頬やら耳やら丸見えになっていた。
「あの……夏木さん?」
ここからどう会話を拡げればいいのかわからず、とりあえず疑問符付きで名前を呼ぶという消極策で打って出る。
それが功を奏したのか、海玲はしどろもどろながらも答えてくれた。
「男の子とLINEの交換をしたのも……LINEを送ったのも……初めてだったから……」
だから「えへん」と胸を張るスタンプを送ったと?
だけど恥ずかしくなって、スマホで顔を隠したと?
(なんだそれ……! 可愛すぎる……!)
今にも緩みそうな頬を気合で抑え込む。
高校に入ってから誰かとLINEを交換したのが、今日が初めてだという事実には愕然とさせられたが、その初めての相手がこんな可愛らしい女の子ならば、むしろお釣りが出るというものだ。
生きててよかった――心の底からそう思ったのも、高校に入ってからは初めてのことだった。
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