第6話 電車に乗って
その後、海玲の提案により、翔太たちは電車を使って隣町へ移動することにした。
地元だと、翔太をいじめる〝彼〟や、海玲の父親と遭遇する可能性が高く、異性と二人きりでいるところを見られたら、その後どうなるかわかったものではないので、わざわざ隣町へ移動することに決めたのだ。
それも、待ち合わせのビルで一旦別れて、別々に行動して隣町へ向かうという徹底ぶりで。
そこまでしてなお
事実、翔太の場合、一人で駅に向かっている途中に〝彼〟やその取り巻きと出くわす可能性は多分にある。
だから細心の注意を払って駅を目指し、あらかじめ決めておいた、海玲が通る改札口とは別のところから駅のホームに入り、電車に乗った。
座席に座り、電車が走り出したところでスマホが震える。海玲からのLINEがきたのだ。おそらくは、海玲も同じ電車に乗ったのだろうと思いつつ、メッセージを見てみると、
『やっちゃった――――――――――っ!!』
あまりにも予想外な内容に、翔太は面を食らいそうになる。
どうしたの?――と返そうとするも、それよりも早くに続きのメッセージが届き、翔太は今度こそ面を食らった。
『乗る電車間違えて、逆方向に行っちゃった……』
というメッセージの後に、ウサもんが「ごめんなさい」と土下座するスタンプが。
(ま、まあ、次の駅で降りて、乗り換えれてもらえば済む話だし)
その考えをそのままメッセージにして送ったところで、隣町の駅に到着する。
電車を降りたところで海玲からメッセージがきたので、スマホを覗いてみると、
『乗った電車、特急だった……』
「おぅふ……」
思わず、呻いてしまう。
(夏木さん、意外とドジっ子なのか?)
それはそれでアリだな――と、アホなことを考えたところでかぶりを振る。
知り合ったのが昨日の今日とはいえ、接した限りだと彼女がドジだという印象は受けなかった。
乗り間違えに関しては、単純にドジをしてしまったという側面もあるだろうが、たぶんそれだけが理由ではないと翔太は推測する。
その推測をもとに、
『夏木さん、もしかして電車に乗り慣れてない?』
というメッセージを送ってみる。
返信の内容に苦慮したのか、海玲からメッセージが返ってきたのは、五分以上経ってからのことだった。
『事故とかで電車が止まったり遅れたりして帰るのが遅くなったら、お父さんが心配するから』
思わず、苦虫を噛み潰してしまう。
お父さんが心配するから――その言葉に、いったいどれだけの苦悩が込められているのか想像もつかなかった。
ただ、心配という名の父親の
たとえ
イジメによって日常的に暴力を振るわれている自分だから、断言できる。
などと物思いに耽っていても、返信を待つ海玲をヤキモキさせるだけなので、今はDVとかイジメとか嫌なことは脇に置いて、メッセージを送ることにする。
『ごめん。先にちゃんと確認しておくべきだったね』
『ううん。悪いのはわたしだから。わたしの方こそごめんなさい』
このままだと、ごめんなさい合戦になる予感がした翔太は、もう一度くらい謝っておきたいという衝動をぐっと
ここは話題を変えた方がよさそうだと思うも、どういう話題を振ればいいのかわからずアレコレ考えていると、
(アレ? そういえば……)
不意に、あることに気づいた翔太は、特に深く考えることなく、その〝気づいたこと〟を海玲に送った。
◇ ◇ ◇
『ううん。悪いのはわたしだから。わたしの方こそごめんなさい』
謝罪のメッセージを送った後、海玲はため息をつきながら座席の背もたれに体を預けた。
(うぅ……やっちゃった……)
自己嫌悪が止まらない。
電車に乗るのは久しぶり――どころか、一人で乗ったのは実は初めてだったが、母親が蒸発する以前は何度か友達と一緒に乗ったことがあるから大丈夫だろうと高をくくっていた。
その結果が、このザマである。
ホームに上がったら電車が発車寸前だったせいで慌ててしまい、上り下りはおろか電車の種別すらろくに確認せずに飛び乗ったのが大失敗だった。
そんな行動をとってしまったのは、翔太を待たせてはいけないという思いによるところが大きかったが、海玲はそれのせいにすることを良しとせず、ひたすら自己嫌悪に陥っていた。
(あ……)
スマホが振動したので、背もたれに預けていた体を起こしてメッセージを確認する。
『そういえば、電車で隣町に行くことを提案したのは夏木さんだけど、どうして今日は電車を利用する気になったの?』
(えと……それは、相手が新野くんだから、それくらい無茶をしてもいいかなって――……)
そう文字を打とうとしたところで固まる。
続けて、ボンッという音が聞こえてきそうなほどあっという間に、海玲の顔が朱に染まった。
(わ、わた、わた、わたし……今、なんて返そうとしたの? そもそも、今考えてたことって……~~っ)
猛烈に足をパタパタさせたい衝動に駆られるも、公共の場なのでどうにかこうにか堪えきる。
自殺を止めてくれたからか。
それとも、彼自身も自殺しようとしていたからか。
そんな共感があったからか。
自分で思っている以上に翔太に惹かれることに気づき、海玲の顔がいよいよ真っ赤に染まる。
(え……あ……と、返信しなくちゃ)
顔の熱が頭を
(もし、新野くんと二人でいるところを〝あの人〟に見られたら、わたしだけじゃなくて新野くんにも危害を加えるかもだから、隣町に行った方が安全だって理由もあるけど……)
そんな答えを返したら、彼に余計な気を遣わせることになるかもしれない。
(だったら……)
『隣町なら、電車が止まってもなんとかなると思ったから』
この返信なら大丈夫だと思った海玲は、送信してから深々とため息をつき、再び背もたれに体を預けた。
その直後に、気づく。
乗客の何人かが、こちらを見てニヤニヤしていることに。
高校生くらいの女の子――中学生に見られている可能性は考慮しない――がスマホを睨みながら、顔を赤くしたり、落ち着きなく背もたれに体を預けたり預けなかったりしていたのだ。
傍から見れば、さぞ滑稽に、あるいはさぞ微笑ましげに映ったことだろう。
(あぅぅ……)
正直、穴があったら入りたい。
顔から引き始めていた赤色が一気にぶり返したところで駅に到着し、電車が停まる。
早く乗り換えないと――という思いも勿論あったが、一刻も早くこの場から消えたかった海玲は、逃げるように車両から降りていった。
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