第7話 そして極東へ(ep. 0.5 完)

 パシェニャとナタリアの二人はカジノの女性ディーラーとして過ごしていた。

 ビシッと決まったバーテンダーのような制服で。

 もう一人、ミーシャは黒ロリ服で客に紛れ込んでいる。

 枯れ木も山の賑わい。否、枯れ木とはいえない、まさに芳しい花のような豪奢なドレスだ。ミーシャはどこかの御令嬢で常連客という設定で、ポーカーで勝つ(あるいは場合によって負ける)仕事をしていた。


 サモルグを裏切ってから五年がそのうちに、あっという間に過ぎていた。

 とは言っても、ナタリアはそれでも幹部の座を固持していた。いつ振り落とされるかわからない状態で。繰り返すが、カジノのディーラーとして。


 犯罪をすれば楽に稼げるというわけではない。

 犯罪者は常に警察に捕まる可能性、リスクがあるのだから。

 法に則って真面目に仕事をしたほうが、司法にも社会にも守られるし、安全性は高い。

 ナタリアの説教はそんなところだった。

 あれほどバンバンと人間の命すらも壊してきたアウトローなら法をアウトすべきではないのか、などというパシェニャの考えはどこかへ吹き飛ばされていた。


 パシェニャは一四歳から一九歳までそうして、カジノの仕事ばかりで過ごした。

 しかし、銃の稽古は毎日続けていたし、格闘術もそうだった。

 そんなある日。


「たすけてー!」

 ミーシャの声だ。

「どうかしましたか?」

「従業員さん、この人イカサマしてるのー! 聞いたこともない言葉しゃべってるの! なんか『イングリッシュ・オンリー』って言われても『あい・キャンナット・スピーク・いんぐりっしゅ』とかなんとか言うのー!」

 ミーシャは変な語尾でキャラ作りをしながらそんなことをのたまった。

 本当に二五歳? パシェニャはただそう思った。

 イカサマを疑われたのは、怪しげな男、異国の客だった。

「お客様、こちらへ」

 冷徹を絵に描いたような完璧な従業員ナタリアによって異国の――アジア系と思われる――客が一人引きずられるように事務室へと連れて行かれた。


 事務所についた客は、即座に変装をといた。

 スーツ姿になり、メガネを外し、無精ヒゲの疑似スキンを剥がしてスッキリし、素早くオールバックの髪型になり、サングラスをつける、男。アジア系ではあるが、なぞの男、先程までの印象とは全く違う。別人としか思えない。

「やれやれ……こんなのが必要なのか?」

「『ギルド』のメンバーだと確信しなくてはなりませんでした。ついでにイカサマ予防のサクラもしていただきました。ご迷惑おかけしてすみません」

「ごめんねー」

 丁寧に謝るナタリアと、テキトーに謝るミーシャ。

「誰?」

 パシェニャはあからさまに警戒した。

「『ギルド』メンバーらしからぬ方法でここに入るのはこのやりかたがベストだと思ったのよ」

「ふーん。名前は? わたしはパシェニャ。よろしく」

「俺はタナカヤマ・シンイチロウだ。よろしく」

「あ、聞いたことあるわ! ジャパニーズ・タナシンね!」

「タナシン? 何のことだ?」

「パッチー……話を戻すわよ」

 こほん、せきをする仕草をしてから、ナタリアは説明をはじめた。


 サモルグを壊滅に追い込むのは現状では不可能だと判断した。

 ではどうするか。

 サモルグを抜ける。

 それは決定事項。

 抜けてどうするか? 『ギルド』へ移籍する。『ギルド』の本部は極東のよくわからない島国にある。『ギルド』の力を借りて、サモルグをなんとかする。


「わたしは元通りのサモルグの幹部として、そして『ギルド』のエージェントとしてサモルグを潰しに行く。要するに、両方の団体の一員になる」

 そして……とても言い出しづらいことだけれど、と、

「明日で二人とお別れになるわ」

「えっ……?」

 ミーシャとパシェニャは二人同時にそう言った。

「わたしはここに残る。もちろん、通信手段はいくらでもあるけどね」

 ナタリアは、

「幹部としての命令よ。パッチー、あなたには『ギルド』の『師匠』のところへ行ってもらう」

「ええっ?」

「ミーシャ、あなたには『ギルド』とサモルグの平和的解決のため、『ギルド』のほうのカジノへ行ってもらう」

「ええぇーーっ? なんでよー、ナタリア」

 タナカヤマ・シンイチロウはそこで二つのカバンを取り出した。

「このカバンにジャパンの戸籍と身分証明書となるものが用意されている。明日の二三時三〇分に出発だ……でいいんだよな、ナタリア?」

「そのとおり。星座、血液型、干支、生年月日を西暦とジャパンの年号で、あたりを直ちに暗記すること」

「うーん……正直なにいってるかわかんないよ!」

「急すぎじゃない?」

 ミーシャとパシェニャは何かのジョーク? と確認するが、

「ジョークなんかじゃあないわ」

 ナタリアはあくまで冷静だった。


 * * *


 三人でのお別れ会が行われることになった。

「やだー! 二人と一緒がいい!」

 駄々をこね続けるミーシャ。

「『ギルド』か。どういうところか話をききたいのだけど、ナタリア?」

「そうね……なんだかよくわからないモンスターと戦うことになるっぽいわ。聞いたところによると。それと、たぶん、いつかは……サモルグの刺客が行く。『師匠』に真剣に技を習えば、パッチーなら楽勝であしらえるだろうけどね」

「うーん……よくわからない……」

 パシェニャは、よくわからないモンスターとは何なのか、不安ではあったが、その中には不可解なワクワクした気持ちもあった。

 二五歳になっても背が伸びなかったミーシャは、

「せめてパッチーと一緒のところがいい! なんでわたしはカジノなの?」

 ミーシャは未だに納得しない。

「そうね……簡単に言うと合法ナントカってやつ」

「まさかあのアイス(注・元凶となった禁断の白い粉のアイスのこと)と関係が? そ、そんな――」

「アイスは関係ない」

「じゃあ何が合法なのよ? 言えないの?」

 ミーシャは不満でいっぱいのようだ。

 パシェニャは察した――気がした。

「あ……ジャパニーズ・カルチャーで『合法』と言ったら……」

「そう、『正当防衛』よ」

「……え?」

 パシェニャの察したのとはちょっと違った。

「『ギルド』の関係したカジノでカネが払えないとかのたまう迷惑客がいたら、まずシタテに出て相手がナメて脅してきたところをぶん殴る。ミーシャにしかできないことよ。身長一二〇センチの女子中学生に素手でやられたなんて訴え出るヤツはいないわ」

 ナタリアは、説明は以上、と言った。

「パッチーには確かにできないわね……」

 とミーシャ。

「どういう意味よ、ミーシャ」

「ゴリラ女にやられたー、って普通にうったえられちゃうじゃない!」

「なるほどね。見た目からして喧嘩最強伝説霊長類最強系女子のわたしだとちょっとできないわね」

「イヤミのスルーの仕方まで強いとは! あははは!」

「まあぶっちゃけ端末でいくらでも連絡とれるからそんなに気にすることないわ」

 ナタリアは締めくくりに入る。

「では、二人の門出を祝し、今後の影なる栄光を祈願し、一人は皆のため、皆は一人のため、あらためて、乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」


 こうしてパシェニャとミーシャは極東のよくわからない島国へと旅立つことになった。

 果たして、三人は無事に再会することができるのだろうか?

 そして、ナタリアとパシェニャ、ミーシャの三人はサモルグを潰すことができるのだろうか?


 それはまた、別のお話。


   [了]

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パシェニャ ep. 0.5 古歌良街 @kokarage

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