第5話 ホイスト
パシェニャはなんとも言えないなつかしさを感じた。射撃訓練場のある地下室への入口だったからだ。
しかし、そこは塞がれていた。
「幹部の部屋は隠し扉からしか入れない」
ナタリアは以前ここから入ったことがある、と曲がりくねった隠し通路のことを説明しながら、
「認証パスは……『ヴァニラアイス』」
ゴゴッ
隠し部屋の扉を開けた。
『いらっしゃいませ、ロナウドの美味しいレストランへようこそ!』
自動音声がマヌケなセリフを放った。
「デルタ」
ナタリアの作戦コード。
質量の定義は動かしづらさ。よって一番小さくて軽いミーシャが最速で突撃した。
しかしそう簡単に大立ち回りなどできるはずがない。
幹部がそこにいた。なぜ気づけたのかといえば、ナタリアが二人に見せた重要人物やあまり重要ではないかもしれない邸宅の全員の写真全てに写っていない人物だったからだ。
幹部を粉微塵にせんと持ってきたミーシャのキリングマシーン(毎分三千発の例のミニガン)は即座に二人のボディガードに叩き落されたため一発も発射できなかった。そして、怪力を有するミーシャをも、ボディガードは普通に腕力で上回っていた。
要するに、ミーシャは三秒で人質にされてしまった。
「わたしにかまわず撃って! わたしのカタキだー!」
ミーシャはわめいた。
部屋には、パシェニャたち襲撃者を除くと、幹部一人、ボディガード二人、そして、クラークとデイヴィスのマクドナルド兄弟の五人の敵がいた。
ナタリアが何か言おうとするのにかぶる形で
パシェニャが叫んだ。
「動くな!」
赤いレーザーポインタが幹部の額中央に狙いをつけていた。
幹部の前に壁を作ろうとするボディガードの一人。
しかしパシェニャは、
「動くなーーーーッ!」
さながら轟く雷鳴のような声量で再び叫び、あろうことかボディガードたちの動きを押さえつけてしまった。そしてボディガードに仕事をさせない位置にまで引き下がらせた。
パシェニャは隠し技のスライディングで幹部の後頭部にレーザーポインターをつきつけたまま回り込み、幹部を人質に取った。続けてアサシン組織仕込みの縛り上げ方で、幹部の手足をロープでしばり、足でトリガーを踏めば幹部の脳天が爆発するように仕掛けを作った。教官に習った、謎のメカニズムのうちの一つだった。
そしてナタリアが、ミーシャを押さえつけていないボディガード一人を同様に縛った。パシェニャよりもずっと素早く。
ミーシャが人質に取られ、幹部(ボディガードの動きを見るに、間違いなく影武者などではない!)を人質に取った。
一分ほど膠着状態が続いた。
ミーシャは死を覚悟したかのようになっていた。
パシェニャに銃口を突きつけられながらも平静なフリをしているかのような幹部がいて、もっと平静なフリをうまくやってのけているマクドナルド兄弟、そしてナタリアがいた。
そのさらに一分後、突如、ナタリアが口笛を吹いた。この地下室から地上にまで届きそうな音量だった。
そしていきなり、部屋の扉が開き、黒いフード付きマント、そして謎のドクロの仮面をつけた怪人がやってきた。
「やあ、よろしく、諸君」
その声はおそらくボイスチェンジャーで低い声になっていた。
「私が取り立て人ムングだ。そこの
その場の全員――ナタリアを除く――は、しばし呆然となった。
カードゲーム?
しかし、クラーク&デイヴィス・マクドナルドの兄弟は、無言でニットの手袋をつけた。
パシェニャとナタリアも同様だ。
「ディーラーは私だ。ルールブックも私だ。発言は禁止とする。唯一言葉にしていいのは、『負けました』だけだ。『負けました』と言ったチームが負けだ。負けた方からは取り立てる。このルールに異論がある場合――」
ピストルが二丁が一瞬出現したように見えた――パシェニャにはそう思え、その次の瞬間、壁にめり込んだ弾丸がハエを巻き込んでいるのが見えた。弾丸もう一つは、床に、小型のムカデを巻き込んで撃ちつけられていた。
「このハエやムカデのようになる。以上」
みなは沈黙した。
何者だ? だが、ハエやムカデを一瞬で射抜く超越的な怪人がいることは理解した。
第一ラウンド。怪人ムングがシャッフルし、四人に十三枚ずつのカードが配られた。
切り札表示カードはパシェニャの、スペードのクイーン。
パシェニャはあくびを噛みころす仕草をした。
それに対してナタリアは手札をリーパイした。
チーム三人が覚えてきた乱数表による通信。
パシェニャの動作と、ナタリアのカード並べ替え、これは切り札が何枚あるかの通信だった。続いて、ナタリアのほうからの、再びのカードの並び替え、
(Aはあるか? 何枚か?)
(YY)
パシェニャとナタリアのチームの切り札は九枚、Aが二枚。勝ったも同然だ。
マクドナルドチームは負けを悟った。
ちなみに、マクドナルドのほうの通信は完璧だった。単に『まばたき』での通信だ。バレなければイカサマではない。そういう勝負だと覚悟している上でやっている。
一ラウンド目は、九トリックを取って、ナタリア&パシェニャのチームが三点取った。
「それでは三点、つまりは」
死神ムングはテーブルの上に、一瞬、身を乗り出し、『何か』をした。
なんだ?
数瞬後、マクドナルド兄弟は、
「――!」
「――!」
声をころしてもんどりうった。
パシェニャは九秒は何が起きたかわからなかった。
ムングがマクドナルド兄弟の指を合計三本ブチ折ったのだった。
「『負けました』は無しか。よいことだ。ハッハハハ!」
ムングはあざ笑った。ボイスチェンジャーを通した不気味な低い声で。
第二ラウンド。
パシェニャチーム、ナタリアの表示札はハートのA。
パシェニャはカードをリーパイして、おそらく伝わった。
こちらの切り札はまたしても九枚。Aは一枚。
これも勝ったも同然だ。
パシェニャチームが四トリック、マクドナルドが一トリックを取ったところで、クラーク・マクドナルドがあからさまに冷や汗をかいて、ディーラー・死神ムングを睨みつけた。しかし、その仮面の下がどういう表情かは読み取れない。
二ラウンド目終了。
今度は一〇トリックをとったナタリア&パシェニャチーム。
死神ムングのドクロの仮面は嘲笑っているように見えた。
四本の指がブチ折られるのだろうか?
「(ま)――」
クラーク・マクドナルドはそのことばをかろうじてのみこんだが、
デイヴィスが、
「『負けました』……このサマ師どもが!」
負けを認めた。
死神ムングは大笑した。
「ボス、ど、どうするんで?」
クラーク・マクドナルドはパニック寸前だ。
「これ以上指は出せない。私たちはこれが財産ってくらい大事でね」
デイヴィス・マクドナルドも負けを認めてしまった。
マクドナルド兄弟は負けた。
幹部はボディガードたちに向かって、
「そいつを離してやれ」
幹部は、手足を胴体に絡みつけるほどにしばりあげられていて格好はつかないが、落ち着いた口調でそう吐きすてた。
ムングが最後の、ミーシャを押さえつけていたボディガードを、もう一人のボディガードや幹部と同じように完全捕縛した。
「やったよ、ありがとう、二人とも!」
ミーシャは解放された。
「よかった……本当によかった……」
パシェニャはミーシャを抱きしめた。
「さて、もういいわよ、教官」
とナタリア。
死神ムングはドクロの仮面を外した。
そこにあったのは――銃の教官の顔だった。
「えぇっ!?」
「なっ!?」
パシェニャとミーシャは心底驚いた。
「貴様……なぜ?」
幹部やボディガードも同様だ。
ナタリアがムングにかわって応えた。
「バレなきゃイカサマじゃあないの」
「何のために裏切った? と聞いている! 教官! お前には……このサモルグの幹部の座をやってもいいとすら思っていたのに、なぜ!」
「なに、このメスガキどもの一人は私の命の恩人でね」
教官は、ドクロの仮面を外すと、元通りの聞き覚えのある声で言った。
「そんなバカな……後悔するぞ」
「この眼鏡のお嬢さん――ナタリアに幹部の座をゆずるのだ。取り立て人に寛容はない。後悔、か。まあ少しは後悔するだろう。だが、親戚に親切にしただけのことだと思えばどうということもない」
「本当の望みを言え」
「もう一度言えと? 『ナタリアに幹部の座をゆずってやれ』としか言いようがないな」
「裏切り者が!」
「そっちが裏切り者だ。こいつらをドラッグ漬けにすることだけはしないという約束を覚えていないのか? あぁ? 親指か幹部の座か。どちらでもいい。選べ」
「……」
「聞こえないのか? 親指と人差し指、もしくは幹部の座か。どちらでもいい。選べ」
「幹部の座をやる。もう好きにしろ」
* * *
戦車で、騒ぎを聞きつけて現れたサモルグの兵隊を踏み潰し、撃ち殺し、ミニガンでドバーッと薙ぎ払い、そしてまた踏み潰しながら、一行は部屋へ戻った。元幹部とマクドナルド兄弟は一応生かしておいた。
「皆の無事を祝って、乾杯!」
ナタリアが音頭をとる。
「かんぱーい! いええい! やったー! ほんっとうにありがとう! パッチー! ナタリア! あと教官さん! ていうか、なんで教官を巻き込んでるのを教えてくれなかったのよ?」
「それね。『幹部』の上の『ボス』にバレないように、それと、パッチーの関係者だってところも問題だったわ」
「なるほど……でも、死ぬかと思った。教官があんなカードのワザ持ってるなんて思いもしなかったし。でも、そうね、自分のいとこを巻き込むかもと思ってたら危なかったかも」
「まあ、茶番劇で終わらせられたのは助かったと思うね、パッチーくん。正直、いつバレるかとヒヤヒヤものだった。私が一番危なっかしいところにいた気もするぞ」
文字通りの冷や汗をここまで見せるパシェニャのいとこ、銃の教官の姿は初めて見たかもしれない。
「そうだね、おにいちゃん」
「……その呼び方はなんかこう……違う気がするぞ、パッチーくん」
なぜか押され気味になる教官。
「ふーむん。パッチー。教官の威厳が」
「なぜか一気に減ったね、パッチー」
「困ったことがあったら色々頼むかもだから、今後ともよろしくね、おにいちゃん」
「パッチーくん。一応私が上司だから……わきまえることだ。ナタリア幹部、そのへんも宜しく頼む」
「わかったわ。お兄様」
「あははは! アニキ!」
「……やっぱり、あんまりおにいちゃんをからかわない方がいいかも?」
「やれやれ。帰るぞ、私は。それと文字通りサモルグ残党皆が敵かもしれない。文字通り夜道に気をつけろ。特にナタリア、君は幹部になりたてだからな。じゃあな」
言い残して、教官はおそらく自宅へと帰っていった。
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