第3話 フロッグタンク

 サモルグの任務――

「カエル戦車って何?」

 任務の文言は、わけのわからないものだった――パシェニャにとっては。

「カエル戦車は……カエル型の戦車よ」

 リーダー・ナタリアは百聞は一見に如かずとか言いながらパシェニャに写真を見せた。

「たしかにカエルとしか形容できないわね」

「そういうこと。それで――」

 ナタリアは解説を始めた。

「サモルグでは内部分裂が起きつつある。反乱分子はカエル戦車を用意し、それをもってサモルグの半分を潰しにきている。わたしたちはそれを阻止するため、主力決戦兵器を奪い、反乱分子を行動不能に追い込む。それが今回のミッションとなる。わかった? パッチー?」

「なんとなく」

「危険な任務なんだよ?」

 ミーシャは心配してくれていた。

「たぶん大丈夫だと思う。スナイパーライフルさえあれば。だけど、どうやって奪うの?」

「それはねー……えっへん! 戦車が橋の下を通る時、通信とソナーをジャムらせてからナタリアとわたしが素早く戦車の上に乗ってハッチをバールのようなものでこじ開けて運転席にスタングレネードを放り込むんだよ――だよね? ナタリア」

「パッチー、わかった?」

「わかった……気がする。わたしはスナイパーライフルで援護する、で合ってる?」

「そのとーり! 機銃、主砲の順番で狙い撃つのよ!」

「じゃあ、シミュレーションという名の訓練を始めるわね」


 * * *


 サモルグ反乱分子の戦車は訓練どおりの流れでわりとかんたんに奪えた。

 反乱分子の壊滅は確定した。


 しかしこのミッションの最中、チームに重大な傷を残す出来事があった。


「このアイスは何?」

 戦車には冷凍庫が設置されており、ミーシャがそれを開けるとソフトクリームがいくつか入っていた。

「わたしの好物! ラッキー!」

 ひょい、とミーシャは食べはじめ――

「ダメだ! ミーシャ!」

 ナタリアはアイスを一口食べたミーシャに向かって叫んだ。

「ウマーイ!」

 時すでに遅し、ミーシャは恍惚の――人間をやめたかのような――表情になっていた。

「……やられた」

「なによ? ただのおいしいアイスだよ? 毒なんかじゃあないよ」

 ミーシャは再び冷凍庫に手を伸ばしたが、ナタリアが、

「これは――」

 素早く冷凍庫を持ち上げ、戦車のハッチから投げ捨てた。

「非常に危険なものよ」

「なにすんの! ナタリア!」

「毒、とだけ言っておく」

「毒? こんなしびれるようなバニラアイスは初めて食べたってくらいフツーにおいしいアイスだったわ!」

「毒が抜けるまで三日はかかる」


 そんな出来事があった、とナタリアはパシェニャに告げた。


 * * *


「おねがい! 食べさせて!」

「……」

「あれが食べたい! あれが!」

「…………」

 パシェニャが、ミーシャを閉じ込めた部屋の番をしていた。

「わたしたち仲間じゃあないの?」

「ミーシャ、気持ちはよくわかる」

「わかるなら、後輩なら、友達なら、仲間なら、どうして、どうして、あのアイスさえあれば助かるのに!」

「…………」

「パッチー助けて! アイス持ってきて! わたしたち友達じゃあなかったの? アイスさえあればそれで楽なのに!」

「…………」

 そこへナタリアが来た。

「これを飲ませてあげて」

「まさか本当の安楽死薬?」

 小声での会話。

「そんなわけないでしょう。ただの睡眠薬よ」

「……じゃあ、普通のソフトクリームにまぜて渡してみる」

 パシェニャは恐る恐るミーシャを閉じ込めた部屋の扉を開けた。

「食わせろ!」

 ミーシャは扉に体当りするかのように凄まじい勢いで飛び出してきて、

「うわっ」

 パシェニャが持っていたソフトクリームをガツガツと食べ、

「なーんか違う……あれ?」

「おやすみ」

「ねむ……い……」

 ミーシャは楽になった。もちろん死んだわけではなく、一時的に眠りにつけたというだけだが。

「ナタリア……ミーシャのこと、どうするの? もう戻ってこれないの?」

 パシェニャは今にも泣きそうな声でつぶやく。

「一度ドラッグが抜けてからが勝負ね。少なくとも、まともに話が通じるくらいにまではなるはず」


 * * *


「ごめん」

 開口一番のミーシャの言葉はそれだった。それに対して二人は、

「気にしたら負けだよ。今回のはサモルグが悪い」

 ナタリアは怒りをあらわにしていた。自分自身が所属している組織サモルグに対して。

「許しがたいわ」

 パシェニャも同様だ。

 習慣性があるこの手のドラッグに関しては「テトリスの一〇二四倍の習慣性」だとナタリアは説明した。

「どんなに強靭な意思の持ち主でも抜け出すのは難しい。けど、わたしたち二人が必死こいてとめればあるいは――」

「無理かも。わたしはチームを抜けてリハビリ活動するくらいしかないかも……食べたい……食わせろ……ほら、こんなふうだよ。自覚はあるんだけど、もう引き戻せないかもしれないよ、たすけてよ、ナタリア、パッチー」

「……」

 かける言葉が見つからないナタリア。


 長い沈黙。


「……戦車はまだあるのよね?」

 唐突に問うパシェニャ。

「何をするつもりなの?」

「サモルグなんてもうブッつぶすわ!」

 一四歳の目のいいスナイパーというだけのパシェニャに何ができるというのだろう?

 そんなことは彼女自身にもわからなかった。

 しかし、

「わたしももちろん協力するよ! アイスを悪用するなんて許せないよ!」

「わたしも。反乱分子を潰してるうちに、こっちが反乱することになるとは思わなかったけれどね。幹部の首を文字通り斬りにいくしかないわね」


 そう、パシェニャは独りではない。

 ミーシャとナタリアも『幹部』を葬り去ることを決意してくれた。


「わたしの……カタキだーーーーッ!!」

 ミーシャは叫んだ。

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