第2話 チームの仲間
「ピチカータ・ミハイロヴナ・マノヴィチです。宜しくお願い致します。パシェニャとお呼びいただければうれしいです」
パシェニャは自己紹介は普通にすべきだと教官に言われたので特にネタに走らず、何も盛らずに挨拶した。
サモルグの地下室の一つである、照明の暗いビクトリアンな部屋で、低めのテーブルの上にプレイングカードや飲み物が雑多に置かれているのが印象的だった。
二つのソファーと低いテーブル……そして椅子があった。椅子はやや高い位置にある。この椅子だけあとからとってきた感じがする。
「……」
「……」
その場にいたのは二人。
ソファーに寝っ転がりプレイパーム・カラー(※プレイパームは携帯型ゲーム機。ここではカラー画面に対応したバージョン。古い)で何かゲームをしている、ちびっこくて焦げ茶色のロングヘアの女の子。
もう一人は別の一人掛けのソファーに座った。理知的なメガネをかけた黒髪の二十歳前後と思われる女性。こちらは、英語のペーパーバック(『虐殺器官』というタイトルがパシェニャには見えた)のページをめくっている。
二人とも、船乗りの服を連想させる制服のような格好だ。
ちびっこい女の子は、パシェニャとは四〇センチくらい身長差があるように見えた。
「……何ができるの? パシェニャ? だったっけ? ああ、つまり……特技を披露しなさいよ」
ちびっこが言ってきた。なにこれかわいい。パシェニャはそれでも先輩を敬う気持ちは忘れなかった。
「はい! スナイパーライフルの扱いはかなり自信があります!」
「口からクソを吐く前と後に『サー』をつけろ!」
「サー! イエス、サー!」
「……ク、あははは!」
がきんちょは、ひとり大爆笑していた。
「サー! どうしたのでありますか? サー!」
「超ウケけるんですけど」
「サー! それはなによりです、サー!」
「あはははは! 真面目なのか馬鹿なのか……はっきりしなさいよ!」
笑い続けるがきんちょ。
そこで、ようやく二人目の女性が口を開いた。キレイに整えられたショートボブの黒髪を持ち、理知的なメガネをかけている。
「ミーシャ、新入りさんをからかうのはやめましょう。ピチカータさん……パッチー……これから仲良くやっていきましょう」
「サー! ……じゃなくて、ちょっと乗ってしまってすみません。パシェニャと呼んでくれるとうれしいです」
パシェニャは自分が部下になる相手、リーダーがこの黒髪の人だとさとった。
「よろしくね、パッチー」
とちびっこいミーシャ。
「わかったわ。さっそくだけど、パッチーはどうやらすごい狙撃手らしいじゃない。二キロ先の空き缶を射貫けるとか聞いたわ。本当に?」
黒髪メガネの女は訊ねた。パシェニャは一瞬迷った。一キロメートル先なら余裕だが、二キロメートルだとどうなってしまうんだろうか。まだ二キロメートルを試してはいないと正直に言うべきだろうか? 何か試されているのではないだろうか?
「一キロメートル先なら余裕です。けど、二キロメートルだとわかりません。でも、二キロメートル先の空き缶がコカ・コーラかペプシかを見抜けるくらい目はいいです」
正直に答えた。
「ふーん……ひとまず、合格ってとこね。わたしはナタリア。一応このチームのリーダーってことになってるわ。よろしくね、パッチー」
黒髪のナタリアはパシェニャと握手した。
パシェニャは、このパッチー呼びから、もはや抜け出せないのかと落ち込んだ。
焦げ茶色のロングヘアで笑い上戸のガキは、
「あはははは! パッチーはもうパッチーでいいんじゃないの? ところで何歳なの?」
まだ笑っている。
「一四ですけど?」
「あはは! わたしはこう見えて二一歳! 名前はミーシャ。としうえをうやまいなさいよね!」
どう見ても小学生のがきんちょ二一歳に、果たしてパシェニャは折れ、
「よろしく、ミーシャ」
「よろしく、パシェニャ」
「だからパッチーじゃなくて……って合ってた」
「あははは! お約束ってやつね!」
「うん、それじゃあ、歓迎会といきましょう」
リーダー、黒髪のナタリアは、携帯端末を取り出し、
「ピザを注文するわね。パッチーはチーズとか辛いものとか、苦手なのはある?」
「とくにないです。辛いのは好きです」
「じゃあいつもので決まりね。一枚追加で」
ナタリアもパッチー呼びが気に入ってしまったようだ。パシェニャもまあいいんじゃないかと暗黙のうちに同意していた。
「一人一枚ぶん頼むんですか? その、いつも?」
パシェニャは唾液を飲み込んだ。
「そうだけれど。どうかした?」
「いえべつにどうということもないです」
「ふーん……」
新入りに乾杯! と、ビールと烏龍茶の中ジョッキでの歓迎会が始まった。
「パッチーにそんなつらい過去が――うぐっうぐっ、ひぐっ」
パシェニャの簡単な自己紹介の続きを聞いて涙を流すミーシャ。
「いや、もう今となってはほとんどどうでもいい話ですよ。それに、皆さんにも色々『過去』があるのでしょう?」
ピザの美味しさにショックすら受けながらパシェニャは謙遜するが、
「おねえさんがちゃんと保護者になるからね……? いつでもたよってね? ひぐっ、お金も、無利子無催促でかしてあげられるからね? そうだ、靴の中敷きの裏にこの紙幣いれとくといいわよ?」
焦げ茶色のロングヘアの――自称二一歳の――がきんちょっぽいミーシャ。笑い上戸にすぎると思ったら泣き上戸でもあるのだろうか。
「もう安心だよ、パッチー。この三人なら、どんな場所でも安心できるんだよ……うーん……ちょっとソファのほうに座ってくれる?」
「え? まあいいですけど……」
「安心なんだよ」
あらためてパシェニャのあたまをなでた。パシェニャの座っていたのは客用の高さのある椅子だったので、ちびっこミーシャの手がとどかなかったのだ。
「……あ、ありがと」
「さわりごこちがマールにそっくり!」
ミーシャのちびっこらしいセリフ回しはなんなんだろうとパシェニャはちょっと引っかかってきた。しかし、
「マール?」
誰なんだろう?
「ここで」
リーダー、ナタリアは下を指差し、
「飼ってた犬の名前よ。ちょっと前に死んじゃったけどね。マリザンドラ・フォン・ゲルデンハイムって名前だった」
「変わった名前ですね……」
「
ミーシャはまた笑いだした。
二週間後。
「か……勝てない……」
「パッチーは見えてないからしょうがないんだよ」
ミーシャいわく、
「カードには指紋が着くでしょう? それを覚えておけばなんとでもなるのよ」
「無理無理! ……ってイカサマしてたの?」
「バレなきゃイカサマじゃあないんだよ」
「肝に銘じるわ」
そして5分後。
「このカードがスペキュレーションね」
パシェニャは早速一つ見抜いた。しかし二人とも賞賛しない。このサモルグではそんなことはできて当然らしい。
「パシェニャ。実戦では未開封のカードが使われるから、気にせずにね。あとこれからは指紋が付きようのない手袋をつけてプレイするから、たとえばポーカーのイカサマはできなくなるわ」
リーダーのナタリアはなぐさめ、
「でも自分の指紋は覚えておくことね」
パシェニャに、ややきつい口調で忠告した。パシェニャは、自己紹介で目が良いことを自慢したことを後悔した。
そして二ヶ月後。
パシェニャは三キロメートル先のドラム缶を射抜けるようになったし、デイヴィス・マクドナルド先生がいるときには、ホイスト(二対二の四人打ちカードゲーム)のイカサマ――対面の味方とモールス符号や手札の並び替えなどで情報交換する――を習い、覚えた。
銃に関しては、
「パッチー、スゴイ! 射抜くコツは?」
聞かれて、スナイパーライフルの扱いを教える側にもなった。
「距離に対応してレーザー照準で標的の少し上をねらうか、少し下をねらうかを考えること、ぐらいかしらね」
教えることにより、教わるほうのミーシャはもちろん、教える側のパシェニャの銃の腕前もさらに上がった。大口径ハンドガンはリーダー・ナタリアの得意武装だったが、パシェニャはそれもモノにした。
そして、サモルグの任務が来た。
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