第二章 エピローグ

 ドォォォーン ドォォォーン


 遥か遠方の北の方角から低く重い音で地のニ刻鐘が鳴っている。夜半を過ぎて街は疾うに眠りにつき、起きているのは大門の夜番の衛士たちぐらいだった。


 安寧に慣れた街の衛士たちは、夜間に城壁上の胸壁に囲われた通路を巡回などはせず、大門から遠く離れた南西の角の防衛塔ですら無人であった。


「ふーん、平和な街なんだな。こんなに立派な防衛塔があるのに、見張りの一人すら置いてないなんて」


 どこからか忽然と城壁上に現れた黒い影が、低い声で言葉を漏らす。


「しかし、デカい街だな。さっき遠目に見た大門から、城壁の角にあるこの塔まで小一時間は歩いたぞ」


 影は城壁内側の低い胸壁から、月光に照らされた町を見下ろしながら独りごちる。


「しかし、この巨大な四角い城壁といい、ずっと北にある大きな神殿といい、まさかここは神殿都市カーシナラじゃあるまいな?」


 影は深く被っていたフードを後ろに撥ね退けると、片手で黒髪をガシガシと掻き回した。月に容貌を照らし出されたのはまだ幼げな少年だった。


「輪廻を重ねるのは解脱に至らぬ者の定めとは言え、まさかまたこの街に生まれるなんてなぁ。聞いた話じゃ、転生ごとに違う世界に生まれ変わるってことだったが、だとするとあれから何回の転生を重ねたんだろうな?」


 少年は月光を浴びて舞うように手足を動かして、己の身体を足先から胸まで、両手の先まで眺め渡し、左右の掌を開くとぴたぴたと顔を触った。


「ふーむ、まだ子供だ。人間の子供だな。前世での俺の無茶苦茶ぶりを思えば畜生道や餓鬼道に堕ちててもおかしくはないんだが。……それとも何度も何度も転生を重ねて、底辺からまた這い上がってここまでになったのか? しかし、この世界での俺の役割は終わったはず。なぜこの少年の身体に過去世の俺が目覚めたのか?」


 月を振り仰ぎ、夜の空気を胸一杯に大きく吸い込んだ。


「うん、満月だ。思ったとおり月光にソーマが匂う。やっぱりスメール世界だな。ならば、アイツらを召喚も出来るだろう」


 オン フギン ムニン ジャク ウン バン コク!


 異語のマントラに感応して月が一際明るく光る。一瞬夜を金色に染めたかと思うと、月光が凝縮して銀色の大鴉となる。月光を照り返す地面もまた金色に染まって、少年の足元に満月のような真円を眩しく描くと、その中心から巨大な金色の蛇を生み出した。


「フギン、ムニン、久しぶりだな。俺のいない世界は退屈だったか?」


 月光から生まれた一羽と一匹の神獣が甘えるように少年に纏わりつく。やがて大鴉は少年の右肩に羽を休め、大蛇は少年の左肩に顎を乗せた。


「夜明けまでには部屋に戻らねばならん。とても一晩では語り尽くせぬだろうが、俺の居なかった世界で何が起こったのか話しておくれ」


 誰も見るもののない、満月に照らされた静かな城壁の上で、一人と一羽と一匹が頭を寄せ合い、ただひそひそと語り続けていた。

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