第二章 第8話 前世の夢と家族の絆(中編)

「おきてー、おきてー、おにいたん! おきてー!」


 黄色い髪の幼女が横たわる僕の体にすがり付いて――――妹のアマリだった。

 窓からは朝日が差し込み、僕は自室のベッドで寝ていて、妹がいつものように僕を起こしに来てた。アマリはいつも早起きなんだよね。


「おにいたん、うーん、うーん、いってた! おなかいたいの? だいじょうぶ?」


「大丈夫、大丈夫だよ。なにか変な夢を見てたみたいだ。なんだったかなあ、良く思い出せないや。誰かが泣いてて、僕が寝ていて……僕、魘されてたの?」


「ゆめ? こわいゆめみたの? いいこいいこしてあげゆ。こわくなくなゆよ?」


 小さな手が僕の黒髪をコショコショと優しく撫でる。


「ありがとうアマリ。もう怖くないよ。アマリがイイコイイコしてくれたからもう大丈夫だよ」


 お返しに僕もアマリの頭に手を乗せて、黄色いふわふわの髪の感触を楽しみながら優しく撫でた。いとおしい気持ちで胸がいっぱいになる。夢の中ではどんなに手を伸ばそうとしても届かなかったのに、今度はちゃんと頭を撫でられるんだ。


「さあ、ご飯の支度を手伝わなくちゃ。行こう、アマリ!」


 二人で寝室を出て居間に向かう。父さんも母さんもとっくに起きていて、すでに我が家の一日が始まっていた。


「おにいたん、うーん、うーんってないてた! アマリ、いいこいいこしてあげたの!」


「どうしたダルタ? お腹でも痛かったのか?」


「大丈夫なの、ダルタ? 今日もお休みなんだから、体調が良くないなら寝ていてもいいのよ?」


「ううん、大丈夫。なんか変な夢を見ていたみたいなんだ。それでうなされちゃって、ちょっとうんうん唸ってたみたい」


「ほお、どんな夢だったんだ、ダルタ? 悪い夢を見たなら抱え込んでないで、人に話してしまえば正夢にはならないと言うぞ」


「うーん、よく憶えてないんだけどね。どこかわからない場所で僕が横になってて、女の人が僕の顔を覗き込みながらぽろぽろ泣いてるんだ。僕は泣かないでって声を掛けようとしたけど、気がついたら僕は赤ちゃんになってて、言葉をまだ喋れなくて……。赤ちゃんの頃のことを夢に見たのかなあ? 変な夢だよね!」


「…………」


「…………」


「えっ!? どうしたの?」


 急に団欒の場が重くなった気がした。顔を上げると、父さんも母さんも急に口を閉ざし、お互いの顔を見合わせながら気まずそうに沈黙を続けた。

 アマリが不思議そうにそんな二人の顔を交互に見てる。


「僕、なにか変なこと言っちゃった?」


「い、いや、ちょっとびっくりしただけだ。そ、そうだよな、母さん?」


「そ、そうね。奇妙な夢だから、ちょっとびっくりしちゃったわ」


「アマリもびっくいしたよ。おにいたん、うーん、うーん、ってしてたから、いいこいいこしたの!」


「そうか、イイコイイコしてあげたのか、アマリはお利口さんだな!」

「イイコイイコしてあげると、怖いのも痛いのも飛んでいってしまうものね」


「うん、アマリもっといいこいいこしてあげゆ! おにいたん、いいこいいこ!」


 アマリが椅子の上に立ち上がって手のひらを伸ばしてくる。僕はそれを頭で受けながら、今の間はなんだったのだろうかと不思議に思った。でも、なんとなく聞いてはいけないことなのかと思えて、聞き返すことが出来ずに、ただアマリに頭を撫でられて嬉しい素振りを続けたんだ。


 その後はいつものように親子四人が一緒に過ごす、気の置けない親密で楽しい一日が続いた。

 僕がルマン様に教わった棒術の説明をしながら身振りをして見せると、アマリがそれを真似して手足を振って奇妙な躍りをするのを楽しく眺めたりして。


 夕食後に、アマリがお腹いっぱいでオネムになり、母さんに抱えられて両親の寝室に連れて行かれたあと、父さんが僕をじっと見て口を開いた。


「ダルタ、話があるんだ」


「なあに、父さん?」


 アマリをベッドに寝かしつけてきた母さんも、父さんの隣の椅子に座り、心配そうな顔で父さんと僕を見ている。


「今まで内緒にしてたことがある」


「うん」


「実はな、お前は父さんと母さんの本当の子供じゃないんだ」


「あなた!」


「いいんだ、いつかは話さなければならないと思ってたんだ。この子はもう十歳になって立派に神殿の見習いになっている。見習い仕事を始めれば半人前とは言えもう社会の一員だ。ただ守ってやらなければならないだけの子供ではもうないんだ」


「ダルタ、突然でびっくりしたでしょうけど、落ち着いてよく聞いてね。血が繋がってなくてもあなたは私たちの子供なのよ。ブッダ様が授けてくれた大切な息子なの」


「そうだ! お前はうちの大事な息子なんだ。その事だけは忘れないでいてくれ。お前がうちに来てくれて、お前を育ててる毎日は父さんも母さんもとても幸せだった。毎日ブッダ様に感謝していたよ」


「うん、前からね、なんとなく、もしかしたらって、そんな気がしてたんだ。特にアマリが生まれてから、アマリは母さんの髪の色で、目の色も父さんと同じ色なのに、僕だけ黒い髪で……」


 それに前世の父さんと母さんとも本当の親子じゃなかったしね。現在の境遇は前世のカルマだってお師匠様が言ってたけど、これもカルマなの?


「お前のことは本当の息子だと思って育ててたんだよ」


「そうよ、前の子を亡くしてしまって毎日悲しくて泣いていた時に、ダルタがうちに来てくれて本当に嬉しかったの」


「だがな、お前が見た夢の話を聞いて、俺たちはこんなに幸せに暮らしているのに、お前の本当の両親は子供を失って悲しんでいるのじゃないだろうか、お前の本当の母親は苦しんでいないだろうか、と胸にこみ上げて来てしまってな」


「わたしもね、あなたの夢で、寝ている赤ん坊のダルタを見て女の人がぽろぱろと泣いていた、って聞いて、赤ん坊の頃の母親との記憶が夢に現れたのかも、と思ったわ。あなたを手放す時に、あなたを生んだお母さんはとても悲しんだのでしょうね」


「僕、どうやって、このうちに来たの?」


「父さんが森で拾ったんだ。あの頃、最初に生まれた女の子が死んでしまってな。母さんはとても悲しんで、鬱ぎ込んで毎日泣いてばかりいた」


 それを聞いて僕は、母さんが衣裳箱の中に大切にしまっていた女の子の産着を思い出した。

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