第二章 第8話 前世の夢と家族の絆(前編)
神殿は北の町外れにあり、南大門近くにある僕の家とは市街地を挟んで反対側だけど、朝のお勤めを終えて朝の神殿の清掃を済ませてから出発しても、まだ太陽が天頂に昇りきらないうちに家に到着した。
「お母さん、アマリ、ただいまっ!」
「お帰りなさいダルタ、神殿での寝泊まりは大変だったでしょ。お腹は空いてないかい?」
「おにいたん、おにいたん、おなかすいてゆ!?」
エプロン姿のお母さんがにっこり微笑み、アマリはいつもの元気一杯で抱きついてくる。うん、我が家に帰って来たって実感するよ。
「ダルタ、父さんにはただいまを言ってくれないのか?」
「父さん! 今日は鍛冶場はお休みだったの?」
「久しぶりに息子が帰って来るんだ。今日と明日はお休みをもらったのさ」
「そんなに仕事を休んじゃって大丈夫なの?」
「なあに、父さんは働き者で毎日誰よりも仕事をこなしてるからな。鍛冶長だって文句は言わんさ」
「ダルタ。お父さんはね、神官見習いになった息子が始めての休日で戻ってくるからって、鍛冶長さんに一生懸命に頼み込んで二連休を貰ってきたのよ。今週だけだと言われたけどね」
母さんがくすくす笑いながら話してくれた。
「おにいたん、おにいたん!」
ふわふわの黄色い髪を肩まで伸ばした妹が足に抱きついて離れない。僕は手を伸ばして彼女の柔らかい髪に触れ、頭を優しく撫でてあげた。
「お兄ちゃんもアマリに会えなくて寂しかったよ。家に帰って来てアマリや父さん母さんに会えて嬉しいなぁ!」
「アマリも、アマリもうれちいい!」
僕の顔を見上げてぴょんぴょん跳ねてる幼い妹がとても愛らしい。父さん母さんも僕らを見てニコニコしている。家族の団欒って感じだね。
四日ぶりの母さんの手料理を食べて満腹になった。やっぱり母さんの料理が一番美味しいや。
ようやく言葉を覚えてきたばかりのアマリは、食事中も賑やかに喋り続け、なんでもないことでもキャハハとすぐに笑い転げる。そしてご飯のあとはすぐに寝てしまった。まだ幼児だからポンポンいっぱいになると、すぐにオネムになるんだ。
父さん母さんは神殿での僕の様子を聞きたがり、僕はラハンの見習いになり棒術の修練を始めたこと。父さんの作ってくれた剣をルマン様に良い剣だと誉められたこと。腰に剣を吊って棒術の修練をするのはちょっと重くて大変だけど、毎日汗だくになりながらも頑張ってることを話した。
父さん母さんもニコニコと話を聞いてくれる。妹は僕の手を握りながら長椅子でクークーと眠り、家族に囲まれた心地良い団欒の午後が過ぎていった。
やがて夕方になり、晩御飯を作る母さんを手伝う。遊んでいてもいいのよ、と母さんは言ってくれたけど、母さんの家事を手伝うのは大好きだから。
僕は神殿のラハン棟でも食事を作る手伝いをしてることを話しながら、野菜の皮剥きをしたりお皿を並べたりして母さんの手助けをした。
決して豪華ではないけれど、心を込めて作られた夕餉の料理が出来上がり、父さん母さんとアマリに僕の四人家族が食卓を囲んだ。そして昼御飯の時と同様に楽しいお喋りと食事が始まる。
父さんはちょっぴりお酒を飲んで赤い顔をして、陽気な声でブッダ様に子供たちの成長を感謝し、母さんはニコニコと話を聞いてくれて、アマリがご機嫌で喋り続けて、楽しい夜が更けて行った。
その夜、また夢を見た。
女の人が泣いていた。横たわる僕の側に座り込み涙を流していた。
そんなに泣かないで、と声を掛けようとしたけれど、口からはまともに言葉が出てこない。手足も重くて自由にならず、彼女の髪を手で撫でて宥めることも出来なかった。
ああ、あれだ。前世の僕の最後の時だ。
世界の終末のような、赤黒く染まった景色のなかで、身体中ぼろぼろで身動きが取れず、海辺で波に洗われて横たわっていた、あの時の。
と思うと場面が急に転換した。見知らぬ室内のようだった。
僕はやっぱり横たわっていて身動きが取れない。いや、手足は動くのだけれど、まるで自分の体ではないかのように上手く動かせなかった。
女の人が横たわる僕を上から見下ろしながら泣いていた。ぽろぽろぽろぽろ涙を流して、私を、忘れないで、ね……、と途切れ途切れに声を洩らしていた。
そんなに泣かないで、と声を掛けようとしたけれど、まともに言葉が出てこない。彼女の髪に触れようと伸ばした僕の手は、紅葉のように小さく頼りない赤ん坊の手だった。
また場面が変わる。
今度は夜空の下だった。傷つき倒れた俺に寄り添い、同じように女が泣いていた。もはや言葉もよく聞こえないが、女が俺を愛していたのがわかる慟哭が伝わってきた。
俺は手を伸ばして、彼女を慰めようと――して――――力尽きた。
場面は何度も何度も変わった。僕はいつも横たわっていて身動きがとれず、女の人がいつも僕の側で泣いていた
僕は赤ん坊だったり、青年だったり、年寄りだったりといつも年齢が違っていた。場所も時代も違っていた。
女の人も若かったり年寄りだったり、それぞれ容姿も違っていたけれど、どこか似通ったところがあった。外見ではなく魂が似ていたのかもしれない。いつも必ず泣いていて、忘れないでね、と僕に呼び掛けていた。
僕はそんな彼女がいとおしくて、とても気の毒で、なんとか慰めてあげたかったのに、僕の言葉は届かずに終わる。
泣カナイデ……元気ヲ出シテ……キットスグニ………立チ上ガレル………カラ………キット…………スグニ…………マタ…………会エル…………カ…………ラ…………。
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