第二章 第7話 大地の竜(前編)

 僕は神殿の庭に出て花壇の前に座り込み、昨日の続きの大地のプラーナを吸い上げる修練をやることにした。


 ぐるぐる回れぐるぐる回れ大地のチャクラ! 大地のプラーナを吸い上げて、ぐるぐる回るちっちゃな火の蛇になれ!


 会陰がたちまち熱くなり体の底で火の蛇がとぐろを巻くのがわかった。〈地〉のチャクラからうねりながら臍の辺りまで上がってきた火の蛇を〈風〉のチャクラに同調させて風車のようにぐるぐる回す。燃える火輪のようになった〈風〉のチャクラから、慎重にじわじわと熱を体外に放出するように念じてみた。


 体内の熱が少しずつ薄れて、スースーと風の動きを腹部に感じる。火の蛇が、一気に体外へと吹き飛ばされて消えてしまわないよう注意しながら、体の前方に拡散しているプラーナを意識で、目の前の萎れて閉じかけた一輪の花に誘導して注ぎ込んでみる。


 盛りを過ぎて萎れて俯いていた花蕾が天を向き、花弁の一枚一枚に潤いと艶が戻り、最盛期のように咲き誇る様子がビデオの早送りのように見えた。

凄いよこれ! うちの萎びた野菜も採れたてみたいに艶々になるかも!


「ほぉ、たいしたものじゃ。もうプラーナの操作に慣れてきたようだの。これなら修練を続ければ癒しの達者に成れるじゃろう」


 お師匠のゴーダ様が肩越しに覗き込みながら言う。


「もっと大きな草木や人などを癒そうと思えば、もっと大量のプラーナを注がねばならん。そのためには大地の奥底を巡るプラーナの竜を捕まえねばならん」


「竜? 地面の中にドラゴンがいるんですか!?」


「魔獣のドラゴンとは別物じゃな。大地の中に張り巡らされた金色に光るプラーナの地脈には、太いもの細いもの大小様々なものがあり、なかでも太くて大量のプラーナを運んでいる地脈は、昔から竜に例えられ竜脈と呼ばれているのじゃ」


 光も届かぬ漆黒の大地の底を悠々と泳ぐ、巨大な蛇のような金色の生き物を脳裡に思い浮かべた。うん、カッコいいね!


 不意に、幻想の中のその巨大な竜が上を向き、万里の深淵の底から大きな目で僕を見上げた。

 僕と竜の視線が絡み合い。一瞬、身体が固まった。否、僕の身体だけではなく、世界も、時間も凝固していた。永遠にも思える氷結した時間の中で、厳かな声が頭に響いてきた。


 (ナンジ シンエンヲ サグリシ モノヨ シルシヲ モツモノヨ)


 (セカイノ シンリヲ ノゾムヤ イナヤ?)


 (アーラヤビジニャーナ ヘノ セツゾクヲ ノゾムモノ ナリヤ?)


「……し……然り!」

 固まった舌でなんとか声を絞り出した。僕の頭蓋の中で、リン! と小さく鈴を振ったような高い音が鳴り、唐突に時間が解凍された。

 幻想の竜はたちまち霧散し、まるで白日夢を見ていたようだった。

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