第一章 第7話 天翔ける命

「万物は流動変化し、永遠不動であるものは存在しません。行く川の流れは絶えずして、ってやつですね。流転する無常の世は美しくもありますが、定命の存在には厳しいものでもあります。そこにもたらされるブッダ様の慈悲の一つが、わずかなりとも過ぎ往く時の流れに抗うことが出来る〈再生〉の恩恵ギフトなんですよ」


 とてもありがたい恩恵ギフトなんですね。


「はい、ガラポンから〈再生〉ばかりが出てきてるのはブッダ様の慈悲なんです。もちろんそれ以外にも〈成長経験値十倍マシマシ〉とか〈神剣エクスカリバー無限召喚〉、とか様々な恩恵ギフトがあって、どれもブッダ様のありがたい慈悲なんですけどね。今回は出ませんでしたねー!」


 はあ。それでオレが行くサハー世界はチキウから遠いのですか?


「遠くもあり、近くでもありますね。ブッダ様御一尊が教化なされてる広大な銀河宇宙のことを三千大千世界とも言います。あなたが今生で生まれ育った地球のような世界が、この宇宙にはたくさんあり、その地球のような世界が千個集まったものを小千世界と呼びます」


 チキウのような世界が千個もあるんですか?


「その小千世界が千個集まったものを中千世界と言い、中千世界が千個集まったものを三千大千世界と言うのです。短くまとめると三界もしくは三千世界ですが、これは千の三乗もの世界を意味してるのです。地球が十億個ですよ!」


 チキウがジュウオクコー?


「御一尊のブッダ様が教化なされる範囲である一銀河楽土には約三千億個の恒星があり、それぞれが十個前後の惑星を従えてます。

 虚空に浮かぶ三兆もの、彷徨える遊星たち。それらの無数の星々の中に、輪廻の鎖に縛られた魂たちが住まう地球のような世界が十億個あるのです。

 で、更にですね、この銀河楽土すらも数えきれないほど無数にあって、その銀河楽土を広大な慈悲をもって教化なされてるブッダ様方が、それぞれにおられるのです! もう多過ぎてワタシだって何が何だかわかりませんよ!」


 お、落ち着いてください!


「落ち着いてます! で、あなたが生きてきた地球がある三千大千世界がシャバ大銀河なんです。シャバ大銀河楽土ですね。ブッダ・シャーカさまが教主をされておられます。そして、これからあなたが転生するサハー大銀河楽土にあるのがブッダ・ガウタマ様が教主をなさってる三千大千世界で、シャバ大銀河楽土のすぐ隣なんですよ。いやあ、近くて良かったですね」


 えっ? 近いんですか? チキウがジュウオクコーとか、サンゼンオクコのコーセーガーとかなんとか?


「とても近いんです! ブッダ・アミーダ様のスカーヴァティ大銀河なんかは、ここシャバ大銀河から十億万土のもの銀河楽土を越えて行かなきゃならないんですから!」


 は、はいっ、近くてとても良かったです!


「はい、では、行ってらっしゃい! ポチっとな!」




 天人の言葉と同時に周囲のガラポン会場が消えた。天人たちも亡者たちも消え失せ、光ひとつ無い闇の中、永遠の孤独に陥ったかのような寂寥に襲われる。皆はどこに行ってしまったのだろう。オレはどうなってしまうのだ?


 頭のおかしくなってしまいそうな孤独に抗おうと、すがるものを求めて周囲を見回して、ようやく自分が星空の中にいることに気がついた。彼方で煌めく芥子粒のように小さい星たちは、少しずつ、少しずつ次第に大きくなっているように思える。いや、確かに近づいて来ている。それともオレが動いて近づいて行ってるのかな?


 光の点は流星だった。無限の距離が開いていたと思われたが、それらは互いに引き寄せ合い集束して、巨大な流星群に姿を変えていた。数えきれぬほどの流れ星の群れに周囲を囲まれ、気がついたらオレも一つの流星だった。


 宇宙の闇の中を、光る星々が四方から集まってきていた。いや彼方にはまた別の群れが幾つもあるようだった。いつの間にか寄り添い、合流して同じ方角へと翔抜け、時折、小さな一群が分離しては彼方へと消えて行き、また別の流星たちが合流して来た。


 オレも一個の天翔る星になって、競うように宙を駆けていた。後ろには小さな黄色く光る星粒が追走している。もう寂しくなんかなかった。皆、生まれ変わる命だった。煌々と燃え続け、互いの熱を届け合う無数の仲間たちに囲まれたまま、どこまでも、どこまでも虚空を走り続けた。




   * * *


 妹が生まれた。春に咲く花に因んでアマリと名付けられた。ぽわぽわと生えた薄い頭髪は父さん似の黄色い髪で、目の色は母さんに似た明るい茶色をした赤ちゃんだ。ちなみに僕は黒髪に父さんと同じ褐色の瞳をしている。


 アマリはとても元気な赤ちゃんで、おっぱいを飲んでない時と眠ってない時はいつでも「わうわうわぉぎゃあー」と顔を真っ赤にして泣いていた。


 その声を聞いていると僕も「ワウワウワウワーン」となんだか吠えたくなってくる。


 でも僕は妹を可愛がってちゃんと守るって約束したんだ。だから夜も何度も起きてアマリにおっぱいを飲ませてる母さんがお昼寝できるように、毎日の神殿での鍛練が終わると日が高いうちに急いで帰って来て、夕飯の支度を始めるまでの間は、僕が寝籠に入ったアマリを預かって毎日子守りをしてる。


「ほら、アマリ、お日様は暖かいね。みんながぽかぽか暖まって良い気持ちになれるように、ブッダ様がお日様を作ってくれたんだよ。」


「わうわうわぁー?」


「もうすぐあのお日様が西の空で赤くなるよ。お日様がお休みの挨拶をしてるんだよ」


「わうわうふぁー、うぅふわぁ!」


「アマリはお利口だね、もう泣かずにおしゃべりができるみたいだねえ」


「ほわぁ! あー、まー、びぅわー!」


「アマリは金魚が見えるのかな? これは捕まえられないんだよ?」


「わうわうぎゃうわー!」


「はいはい、ちょっとまってね、我慢だよ、すぐにオムツを替えてあげるからねー」


 アマリがのちょっとぐずついた声が聞こえたのか母さんが起き出してきた。


「ダルタありがとうね。オシメは母さんが替えてあげるわ」


「母さん、もうお昼寝はいいの? ゆっくり寝てていいんだよ?」


「ダルタがアマリの世話をしててくれたので、母さんはゆっくり休めたから大丈夫よ。オシメを替えたら晩御飯の支度を始めるから、すまないけどこのオシメを水桶に漬けて洗っておいてちょうだい。ダルタが洗ってくれると布が長持ちするんだもの」


「えへへ、最近は〈再生〉の恩恵ギフトの扱いが上手になったって御師匠様にも褒められるんだ」


「オシメにはくたびれて擦りきれてた古い布を使っていたのに、ダルタが洗濯をしてくれるようになってから、だんだん布がしっかりしてきたのよね。汚れもよく落ちてるし、ダルタのおかげで助かるわ」


「うん、綺麗になれー、綺麗になれーって思いながら洗うと汚れもよく落ちるみたいだし、古布も〈再生〉していくみたい」


「でもあまりやり過ぎないでね。赤ちゃんの肌に当てるには、使い込んで柔らかくなってる布の方がいいから」


「そっか、じゃあ今度は柔らかくなれー、って思いながら洗ってみるよ」


 家族みんなのために、お兄ちゃんは頑張るよ!

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