第一章 第4話 ギフトと天啓

「つまり恩恵ギフトとはね、ブッダ様から与えられた生まれながらの特別な才能なんですよ」


 白い服を着て頭髪の所々からにょきっと綺麗な花が茎を伸ばして咲いている、男か女かよく分からない天人とかいう綺麗な人が目の前で喋ってるのを、オレは耳を澄まして熱心に聞いていた。


「皆様が暮らしてきたシャバ世界の教主であるブッダ・シャーカ様は、人が魔法だの超能力だのを持つことは魂の修行の妨げになるというお考えなので、今生ではチートは禁止されていました。

 だから与えられた恩恵ギフトも地味なものが多かったと思います。歌が上手だとか、早く走れるだとか、ね?」


 オレは走るの好きだったな。人より走るのは速かったと思う。走る恩恵ギフトを持ってたのかも知れない。あと大食いも得意だった。


「でも一つの生を終えて次に転生する時は、必ず今とは別の世界に生まれることになってますから、今度転生する先は、魔法好きなブッダ様が教主である世界になるかもしれません。その場合は恩恵ギフトは魔法チックな派手なものになりますよ。

 取得した恩恵ギフトは何度転生しても持ち越し可能ですから、過去の転生で取得していたにも関わらず、残念ながら今生では発現してなかったマジカルチートギフトも、来世が魔法オッケーな世界でしたら使用可能になるかもしれません。

 SF好きなブッダ様の世界なら、サイキックパワーだとか巨大ロボ召喚だとかあるらしいです」


 なんかよくわからないけど、オレすげーワクワクしてきた。この世界以外にも幾つもの世界があってマホーとかエスエフとかいうものがあるらしい。


「ワクワクされてますね? でも輪廻転生は魂の修行だということをお忘れなきよう。

 六道には天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道があり、生前の行いにより来世での種族が決まります。善根を充分に積まれた方は魂の位階が上がってワタシのような天人となるやも知れず、反対に好き放題に悪事を働いた方は位階が下がって地獄道の魔族とかになってしまいます」


 なんか話が難しくなってきたな。オレ、話に着いていけるのかな?


「ブッダ様の慈悲は限りなく、十万億土の彼方まで、三千大千世界の隅々まで降り注ぎますが、己の魂の位階を上げて、悟りを得て輪廻の鎖から魂を解き放てるのは、ただ己の行いのみなのです。

 ブッダ様はただ気づきを与えるために、迷える衆生の頭上へと蜘蛛の糸を垂らすのみ!」


 蜘蛛の糸って細すぎて、誰も気づきもしないんじゃないの?




   * * *


「それは細い細い天啓だった。髪の毛よりも細く、絹糸よりももっと細い、顔に触れても気づかぬほどに些細な天啓だった。

 寝ていたなら気づかなかっただろう。歩いていても気に止めなかっただろう。だが独りで深夜に瞑想していた我の〈天のチャクラ〉に確かに降りてきて、魂の琴線に触れて鳴ったのだ。弟子をとれと」

 そう言って剥き出しの頭部をぺろりと右手で撫でた。髭もじゃの神官様は禿げ頭だった。


「ワシが育てねばならないのはどんな弟子だろうか、男なのか女なのか、今年の七歳児の中にいるのだろうか、と考えて一月前から門前で、神殿参りの子供を来る日も来る日も眺めておったのだ。

 そなたに間違いない。特別なものを感じる。ブッダ様の恩恵を受けた子に違いない」


 えーっ、いきなり弟子とか怖いんですけど。頭以外は髭も腕毛ももじゃもじゃな熊みたいな人だし。僕はそっと父さんの陰に隠れようと後ずさった。


「ブッダに感謝を!」

 父さんが吠えた! しまった、ブッダ大好き家族だった。母さんも隣で感激の涙を拭いている。


 アワワワー、ブッダは偉大なりー! ブッダの慈悲は無限なりーー!


 熊みたいな神官様が連れた従者たちも、手に持った鐘や太鼓を叩きながら突如アンサンブルを始めた。いやチンドン屋か?


 もうやめて! 門内にいた神殿参りの親子連れたち全員に注目されているんですけど!

 子供なんか訳もわからずに、鐘や太鼓の音に合わせて踊り出しちゃってるよ!


 僕は必死に頼みこみ、取りあえず全員で神殿の応接間へと場を移すことになった。普通はうちのような庶民は入れない格式の高そうな部屋で、お貴族様の接待用の部屋かもしれない。

 父さん母さんも落ち着いて頭が冷えてきたら部屋の豪華さに圧倒されたのか、心なしか小さくなっているように見えた。


 応接室で大人たちが話し合い、僕は年明けから天気の良い日は毎日神殿に通うことになった。 十歳になったら神殿に住み込みになって本格的に修行を始めるが、それまでは通いの神官見習いとして、読み書きや基本的な祈り文句などを教わるらしい。


 父さん母さんが持参したお供え物は、倍の量になってお土産として戻ってきた。持ちきれない分は家まで届けてくれるという。


「ああ、そうじゃ、そなたの恩恵ギフトを確かめておこう」

 そう言うと髭の神官様は数珠を取り出して、ナマーナマーナマーナマーハと唱え始めた。しばらく続けた後に僕の顔をじっと見つめた後ぽつりと呟いた


「〈再生〉の恩恵ギフトであるな」

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