第一章 第3話 カローンの舟と神殿参り

「お客さんは本当に運がいい。ブッダ様の思し召しに感謝しないとね!」


 感謝って……オレ、死んでんですけど?


「この頃は急激に亡者が増えましてね、ワタシらも寝ないで亡者の回収に当たってるが、もうとっくにキャパオーバーしちゃってて、拾っても拾っても追いつかなくて溜まるばかりでしてね」


 謎の疫病のせいで、この世だけでなくあの世も大変になってたんですね。


「普通は古い順に拾っていくんで、今死んでも四、五年はその場に放置されたままで地縛霊にでもなって待っててもらうしかないなあ、なんて話を先月から同僚ともしてるんですけど、お客さんは死後三十分ほどで拾い上げられたんだから、とっても運が良いんですよ」


 地縛霊って……ちょっと嫌な響きですね。そんなのにならなくて良かったです。


「お客さんが死んでた場所はワタシの舟の巡回コースからはちょっと外れてたんですけど、なんか海の方でピカピカ光ってるなあ、って気になって見に行ったらお客さんが死んでたんですよ。出発したばかりでまだ席が空いてたから拾っちゃえ、と思いまして。いやあ本当、お客さんはなんか持ってますね」


 オレはとても幸運だったんですね。でもそうすると、父さんや母さんが川を渡れるようになるのはだいぶ先になるかも知れないのか。二人ともとても良い人だったから早く拾ってもらえるといいなぁ。あの町を優先して巡回してもらえませんか?


「何事もブッダ様の思し召し次第ですからねえ。でも、今生で強い縁を結んだ魂同士は来世でも引かれ合うものですから、もしかしたらまた生まれ変わっても出会えるかもしれません。

 あっ、そろそろ到着しますよ。ほらあのずっと先に船着き場が見えて来たでしょ? あそこにある大きな門があの世の入り口なんです」


 あっ、本当だ見えてきた。カローンさんには、すごくお世話になりましてありがとうございました。オレ六文銭も持ってないのに、ロハで渡し船に乗せてもらっちゃって助かりました。


「あの門の向こうにガラポン抽選会場がありますから、ちゃんと行列に並んでくださいね」


 大丈夫ですよ、オレ、日本人ですから。行列に行儀よく並んだりとか、信号とかでじっと待つのは得意なんです。でも、ガラポンで天国行けるかどうかを決めるんですか?


「いやいや、自力で成仏できる魂はワタシらが拾いに行かなくても、ちゃんと解脱して涅槃にたどり着きますからね。ワタシらは迷ってる亡者を拾い集めて、ここに連れてくるのが専門なんです」


 そう言うとカローンさんは帽子を脱いで顔を扇いだ。帽子を脱いだ頭髪の隙間からは幾つもの花が覗いていた。


 へー、なら迷ってる亡者はガラポンで何をするんですか?


「そら、もちろん転生ですよ!」




   * * *


 うっすら残る転生前の記憶と、今世で生まれて暮らしてきた記憶が交じり合い融合して補完しあうまでは、二つの人格が僕の中でせめぎ合っているようで、ちょっと変な気分だった。


 奇妙な言動もいろいろしてしまったようだけど、父さんや母さんは高熱を出して寝込んでいた後遺症だと思ってくれたらしく、それほど不思議がられることもなかった。

 もっとも、黄色い金魚を捕まえようと、頭の上に手を伸ばしてベッドの上で跳び跳ねてしまった時は、また熱病が再発したのではと心配されてしまったけれど。




 前世の記憶を取り戻して一月ほどで僕のキャラは安定してきた。やっぱり今生の人格のほうが強いみたいで、そちらが主体になり、足りない部分を前世の記憶や経験が埋めてる感じ。

 前世の記憶のお陰で精神年齢はすっかり大人だし、どうも七歳児にしては聞き分けの良いマセた感じの子供になったようだ。

「うちの子は賢いぞ、ブッダ様に感謝だ!」って父さんと母さんは喜んでるけどね。




 さて、そんなこんなで季節も過ぎて、年の瀬がやって来た。この時期に七歳の子供たちは親に連れられて神殿参りをするのだ。この世界では乳幼児の死亡率が高いので、無事に七歳を迎えた年の暮れに神殿に行ってブッダに感謝を捧げ、これからの更なる成長を祈るのだそうだ。


 神殿では新しい信徒として登録される。戸籍登録みたいなものらしい。それから偉い神官様に、子供らは将来の展望や才能の有無などを占ってもらうそうだ。


  持参するお供え物が多ければ、占いをする偉い神官様も色々と子供の才能とかを盛って誉めてくれるらしく、どこの親も無理してでもたくさん酒や布や金子などを寄進するらしいよ。

 その占った内容は、神殿の印を押したお札に子供の名前と一緒に書き込まれて渡され、進学や就職の時に役立つとか立たないとか。本当に親心ってありがたいよね。




 父さんと母さんに手を繋がれて、街の北の外れの小高い丘の麓にある神殿にお参りにやって来た。頭の上に浮いてる黄色い金魚ももちろん一緒だ。

 この金魚は僕以外の人にはやっぱり見えてないみたいで、不思議に思って何度か捕まえようとしてみたけど、手で掴もうとしてもスルリと逃げられてしまい、何回か試したところで諦めた。


 僕はこの日のために用意した晴れ着を着せられて、両親は僕と繋いだ手と反対側にお供え物を抱えている。


 神殿の門を潜ったところに髭もじゃの神官様が従者を連れて立っていた。布をたっぷり使った高価そうな黄色い法衣を着た髭もじゃの神官様が、つかつかと足音高く近寄ってきて叫んだ。


「おお、ブッダよ、この子がギフト持ちの神子ですぞ!」


 今更だけど、ブッダと神がごっちゃなんだけど、それっていいの?

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