第14話

 けたたましく鳴る目覚まし時計を枕で叩いて止めると、ミリアは腕を上げ背筋を伸ばす。窓から入る朝日がまるでここが外であるかのように勘違いさせた。

 

「ダンジョンなのに朝日が見えるなんてさすが高級品ハウスね」


 窓から見える太陽はどこからどう見ても実物で、直接見ると目に残像が残るほど明るく暖かさも感じられた。

 ミリアは部屋に備え付けられた洗面台に水を溜め顔を洗った。ふかふかのタオルで顔を拭くと、寝る前に出しぱなしだった化粧水が、いつの間にか棚に戻されていた。

 よく見ると脱ぎっぱなしだった服も、ちゃんと畳まれて台の上に置かれているのだ。

 まさかエリオが寝てる間に入ってきて部屋を掃除したのだろうかと首を傾げる。


 一階に降りるとトーストの焦げた香りとコーヒーの挽来たての香りが鼻腔をくすぐり、今日の戦いの緊張がほぐれていくのがわかった。


 誰もいないテーブルには人数分のトーストが焼かれており、茹で卵やミルク、ジャムなどが置かれていた。

 席にはそれぞれの名前が書かれた札が置かれており、自分の席が指定されていた。


「おはよう有栖川さん」

 後ろから声をかけるエリオにミリアは驚きバランスを崩して階段から落ちそうになるが、何かに支えられるように元の位置に戻った。


「……何、今の」

「ああ、家神様だよ、この家には異世界で勇者が倒した龍が取り憑いてるんだ」

「は? 異世界? 龍? 何それ、どう言うこと?」

「……あ、僕もエリル様に聞いただけだから詳しくは知らないんだ。名前がマリベルって言うことしか」

家神様マリベルね……。もしかして部屋を掃除してくれたのも、朝食を作ってくれたのもその家神様?」

「うん、綺麗好きだからね、部屋が汚いのは許せないんだよ。それに簡単な食事の用意なら彼女でもできるから」

 ミリアは部屋が汚いと軽くディスられている気がしないでもなかったが、龍なのに彼女と言う言葉の方が気になった。

「女の子なんだ?」

「あ、うん、僕には見えるけど。マリベルは人見知りだから、それに龍とは言っても人型なんだよ。たぶん1ヶ月も住んでいればそのうち会えると思うよ」

「そっか、わかった。なら、よろしくねマリベルさん」

 ミリアが誰もいない方に手を差し出し挨拶をする。もちろんエリオには見えているので意地悪く笑うマリベルの手をとって握手をさせようとしたが、尻尾でミリアの手を払うとその場から逃げてしまった。


「本当にいるのね」

 見えない尻尾が当たった反応にミリアは驚いてマリベルがいる方を見るが、すでに彼女はその場所にはいなく、悪戯っ子のようにエリオの後ろに隠れてクスクス笑っていた。


「なんっすか朝から騒がしいっすね。あ、朝ごはんっすねいただきますっす!」

 ユウコは階段からドタドタと降りると椅子に座るよりも早く四枚切りのトーストを手にとるとジャムをビンから直接垂らし山盛りにし、美味しそうに頬張った。

「なんっすか、このジャム美味しいっすね!」

「それはただのジャムじゃなくて、果物と蜂蜜を煮込んで作った蜂蜜ジャムなんですよ」

 蜂蜜ジャムはこの世界にも存在するが、材料に使われている果物がただの果物ではなかった。

 それは異世界の王室御用達のもので、限られた身分の者しか食べることが許されない至高の果物、トウゲンである。

 ダチョウの卵ような大きさの実からは甘味が強いのに酸味がある果肉が取れ、凝縮された旨味は世界最高峰と言われているのだった。


「やばいっすよ、これ、うますぎっすよ!」

 立ったままバクバク食べるユウコをミリアが引っ張り無理やり椅子に座らせる。

 だが、ユウコは脇目もふらずにパクパクと厚切りのパンをムシャムシャと美味しそうに食べていく。

 そんなにうまいのかと自分のために用意された席にミリアは座り、カリカリに焼かれた薄切りのパンに蜂蜜ジャムを塗った。

 サクサクと心地いい音を出しながら食べるミリアも、一口食べるたびに足をバタバタし美味しさに舌鼓を打った。


「おはようございますエリオ様と愉快な仲間たち」

「ちょっと、リーダーあたしなんですけど? それを言うならミリアと愉快な仲間たちなんですけど?」

 二階からゆったりとした動きで降りてくるマリアはミリアの抗議の声を無視して、自分に与えられた椅子に座った。

 みんなが騒ぐほどのものなのかと自分のために用意されたであろうスライスされたフランシスパンにバターを塗り、その上に蜂蜜ジャムを塗った。


「ふうううううううんんん!! なんですのこれ!? なんですの!?」

「あ、ちなみに、そのバターも異世界の物です」

 このバターは異世界のモーギュと言う牛に似た動物から産出されたもので、乳脂肪分が多い生乳せいにゅうは深いコクがあり、甘い花の香りがするのだと言う。

 この甘い香りはトウゲンの花の香りで、モーギューには剪定したつぼみや花、実を食べさせている。

 その為に絞り出した乳からトウゲンの花の香りがするのである。

 更に、蜂蜜ジャムに使われている蜂蜜もトウゲンの花の蜜であり、トウゲンの花の香りが蜜からも漂う。

 

 まさにトウゲンの全てを味わえるのである。


「でも、パンみんな違うのね?」

 ミリアは不思議そうに自分好みのラスクみたいにカリカリに焼かれたパンを見て首を傾げる。

「マリベルはここに住む人の趣味、趣向がわかるんですよ」

「そうなんだ、あれ? それなら夕飯家神様マリベルに作ってもらったほうが楽じゃ無い?」


『……つくれない』


 突然、全員の頭の中に声が響き渡り皆周囲を見渡す。


「何、今の?」

「うん、マリベルの声です、彼女、料理を作ることができないんですよ」

 龍は素材の良さを愛する。その為、どんなに美味しくても煮込みや調理などは絶対に許せない。

 だから素材の味を活かすような食事は出せても、素材を合わせて旨味を出すような料理は出せないのだ。

 だから、朝食はほとんど調理を必要としないのでマリベルでも用意できるのだとエリオは言う。


「パンは作れるのに?」

「パンは焼いてあるから切るだけならマリベル的に料理じゃ無いんだって」

「ふえぇ、しょうなんしゅか」

 ユウコは口をリスのように膨らませ次から次へとパンを頬張り話半分で聞いている。

 いや、聞いていない。

 全然、聴いていない、生返事なのである。

 今、彼女の一番重要な問題は、この美味いパンをお腹いっぱい食べることなのだ。

 次から次へと出てくるパンを一瞬で胃袋に詰めていくユウコを見てマリベルも面白くなったのか、次から次へと再現なくパンを彼女の皿へと出していく。


 まるでわんこ蕎麦のようで出てくるパンは、わんこパン状態である。


 それを見ながらエリオは心の中であと1ヶ月あるんだけどと顔を青くしたのは言うまでも無い。

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