第10話


 お茶菓子が欲しくなるっすよねと言うユウコに対し、エリオは狛犬ケルベロスに勝ったらお祝いで出しますよと、これ以上甘味のことを考えたくないので話をそらした。

 流石に紅茶のシロップを見た後では誰でも食欲さえ消えてしまうのだろう。

 

 だが、ユウコの興味はどんな茶菓子が出てくるのか、それ一点に絞られた。

 どんなのっすか、どんなのっすか、と前のめりで問い詰めるユウコにエリオは彼女の口から漏れる甘い紅茶の香りを嗅いで胸焼けが起きる気がした。


「こ、紅茶のシフォンケーキなんてどうでしょう」

「良いっすね、繊細な紅茶の香りが食欲を引き立てそうっすよ。砂糖増し増しでお願いするっすよ」

「……はい、かしこまりましたお嬢様」

「なんすかそれ、エリりんも冗談言うっすね」

 そのユウコの言葉でミリアは思い出した。エリオが何者なのかと言う疑問を。12歳の学生が10億もするハウスを持っているのは普通に考えておかしいし。想念刃イマジンと言う訳の分からない物など、彼には謎がありすぎるのだ。

 当然、今がチャンスとばかりにミリアは彼に質問をした。


「でも、なんで学生のエリオがこんな高級なハウス持ってるの?」

「職員室でも言いましたけど、僕の後継人はエリル・クライシス様ですので使わなくなったハウスを譲っていただけたんです」

「エリルって勇者チームの回復役の人でしょ。そもそも、なんでエリオが彼女と関係があるの?」

 ミリアやジャポニカの勇騎士ブレイズナーは勇者チームのメンバーに敬称はつけない。

 それはジャポニカ人である勇者を奪ったことが原因であり、そのことで、未だに確執があるのだ。

 特にミリアはそのせいで家を没落されたこともあり、ジャポニカ人のくせにフランシス王国の勇者になったエンブリアル・リ・オーデライトやその他のメンバーが嫌いなのである。


 そんなミリアにエリオは衝撃的な告白をした。


「……僕の想念刃イマジンは魔王の剣なんです」

「へ? 魔王の剣? 何それ、どう言うこと」

 エリオは胸に手をやり、服をギュッと握ると大きく息を吐き、フランシス王国に留学していた日のことを、勇者が魔王討伐した日のことを語り始めた。


 エリオは親の仕事の関係でフランシス王国に住んでいた。すでに4年以上住んでおり、ジャポニカと同じくらいフランシス王国に住んでおり第二の故郷になるくらいには愛着を持っていた。

 彼はジャポニカ国にくる前から職業に目覚めていた。通常、職業は10歳になると得られるが、彼は特別で5歳から職業を持っていた。


 将来有望な彼は特例で5歳からフランシス王国の学徒兵スクラウト学園に通っていた。

 発現した職業のおかげでエリオは優秀な成績を納め、周りの姉や兄といっても差し支えのない同級生達と仲良く幸せな学園生活を営んでいた。


 しかし、そんな平和な日も一瞬で終わりを告げた。

 魔王が復活し、人類は魔族と魔物の大群に襲われ劣勢になった。なにせ人間を守るべく編成された勇騎士ブレイズナーの中から大量の魔族が現れたからだ。

 そして魔族は魔物を使役する。魔物は強力で、魔物を使役していない分人間側は不利戦況だった。


 だが、人間側にも希望の光はあった。

 勇者エンブリアル・リ・オーデライトが現れ、破竹の勢いで魔族や魔物を倒し、あっという間に形成を逆転した。


 運命の日、勇者が魔王を倒した勝利の日にエリオの胸に魔王の剣が突き刺さった。

 突き刺さった魔王の剣はエリオから職とレベルを奪った。


 そして、たった一つの勇気さえも。

 

「なんで、そんなことに」

「原因は……、わかりません。だけど、この剣の力で、みんなと一緒に戦えるなら魔王の力でも僕は戦うよ」

「本当に魔王の剣なんっすか」

「本物ですよ。ただ、今は大きさが短剣くらいになって本来の力は無いらしいです――」

 エリオの言葉が終わる前にユウコはズイッと乗り出して、彼の目をマジマジと見る。

 目を見ているのは魔王の目は漆黒の黒と言われておりエリオも同じか見たのだ。

「黒い目っすね。つまりエリりん魔王なんっすか?」

「ち、ちがいますよ! 逆です。学者が言うには魔王の剣を封印する装置だと言うことです」

「でも、目が黒いっすよ」

「いや、僕ジャポニカ人ですよ、普通に黒いと言うか茶色いですよね? それに瞳孔は人種関係なくみんな黒いですからね?」

 魔王の漆黒の瞳は光をも捕らえてしまうブラックホールのような瞳である。だから正確には色はない。

 そして、その漆黒の瞳の内部には赤く光るリングがあり明らかに人間とは異なる瞳をしている。


「そう言えばエリオ、ダンジョンに入ってから、なんか性格変わったわよね?」

「……そうですね。ダンジョンに入って高揚しているのかもしれないですね」

 エリオが言うとおり確かにダンジョンに入ってから自分たちも高揚していた、だから彼の言うこともわかるが根本的に何かが違うとミリアは思った。

 だが、魚の骨が喉に刺さったかのように何が違うのか彼女には分からなかった。


「自分も砂糖の過剰摂取エネルギー補給した今なら狛犬ケルベロス倒せそうっすよ」

 そう言うユウコの頭をミリアは杖でポコリと叩く。叩かれた彼女はミリアを抱きしめ、勢いよくお尻からソファーにダイブした。

 子供のように抱っこされたミリアの首筋から顔を出し、顎で彼女の肩を揉んだ。


「有栖川さんって見かけによらず凶暴だよね」

「ち、違うわよ、ユウコに暴走しそうになったら頭を叩くように言われてるのよ」

 ユウコは幼い時からやんちゃで、何かするたびに母親に頭を叩かれていたせいで、頭を叩くと言う行為が冷静になるためのスイッチになるのだとミリアは言う。

「まあ、適当っすけどね。ミリりんは元々凶暴なんっすよ」

 冗談を言うユウコの頭にミリアの杖の鉄槌が降ったのは言うまでもないことだった。


 木なのに鉄槌というのも変な話だが……。


 たわむれている二人を見ながらエリオはキッチンに向かい、茶菓子のクッキーを用意してテーブルに置いた。

 ユウコがバクバクとクッキーを口に頬張っていると、マリアが恍惚とした表情で二階から降りてきた。


「どうしたのマリア、すごい顔ね」

 普段は表情筋が無いというくらい表情に変化がない彼女だったがエリオが仲間になってたった半日でいろんな表情を見せることにミリアは驚いていた。


「神の声が聞けました。それもあんなにクリアに……」

「そんなになの?」

「はい、こんなのは幼少期の頃以来です」

「幼少期以来? ジャポニカに来てからじゃなくてですか?」

 マリアの言葉にエリオが首を傾げる。ちゃんとした祭壇があり、神の声が聞こえるなら聞こえなくなることなどない。マリアがジャポニカに来たのは数年前だ。幼少期はフランシス王国にいたと言うなら絶対にそんなことはない。


 つまり、そんなことがあるとすれば祭壇に問題があるのだとエリオは気がつき、それをマリアに伝えると彼女は途端に青い顔した。

「そんな、でも……それなら全て辻褄が……」

 マリアには思い当たる節があった。ただ、それはあくまでも王宮内の噂だった、しかも自分の妹に関する物だったから彼女は信じたくなかったのだ。


「どうしたのフランシスさん」

「……いいえ、なんでもないです。今は私のことよりもユークラシス様からの啓示けいじをエリオさま・・に伝えることが大事ですので」

「ユークラシス様からの啓示けいじ?」

 ユークラシスとはフランシス教の唯一神であり絶対神である。彼女の声を聴けるものはいないとされ、大抵は天使が神の声を代弁する。

 七大神官のエリル・クライシスでも絶対神の言葉聞けない。神にの声を直接聴けると言うことはマリアが神に愛されているのだ。


「はい、勇気オーデライト希望パンディアは、いつもあなたの内にあります。そして、絶対神エリルもあなたの側にいると」

 エリオはその言葉に喉を鳴らし、心臓の辺りを撫でた。その顔は今にも泣きそうほど歪んでいた。その表情がいかにも辛そうでマリアは彼に寄り添った。

 だが、彼女が傍にいることに気がつかず、エリオはポツリと一言呟いた。

希望パンディア、いるのか……」

「エリオ様?」

 名前を呼ばれ、いつの間にかマリアが隣にいることに気がつき、彼はあたふたと一人用のソファーに逃げるように座った。

 もちろんマリアはエリオの座る一人用のソファーの肘掛けの腰を下ろす。身長に見合わない大きいお尻に圧迫され、エリオは顔を赤くする。


「ええと、フランシスさんそちらんソファー空いてますよ?」

「エリオさまの隣が良いのですわ」

 悪びれもせず、そう言うマリアにミリアはパチンと指を鳴らす。ユウコが“ヴァ”と一声発するとロボットダンスをしながらマリアを抱き抱え二人掛けのソファーに降ろした。

 降ろした瞬間、マリアはエリオのもとに行こうとするのでユウコはそのまま彼女を羽交締めにした。

 もちろん抜け出そうとしたが、腕力的に差がありすぎてマリアでは何もできなかった。

 15kgの聖典を軽々振り回すマリアでさえも100kgはある大剣を軽々振り回すユウコの束縛からは抜けられないのだ。

 そんなマリアの猛攻にたじろぎながらもエリオは彼女に礼を言う。

「フランシスさん、女神さまの言葉を聞かせてくれて、ありがとうございます。それと、さま・・はやめてくださいね」

「分かりましたわ、エリオさま・・

 そう言うとマリアはエリオの方に手を伸ばしニコリと笑うのだった。

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