第8話

 エリオの言葉に勇気づけられ、ミリアは拳をギュッと握りしめた。一縷いちるの希望を逃さぬように。


「よし、攻略できるなら、へこんでる場合じゃないわよね」

「そうっすね、自分もこんなところで死ぬなんてイヤっす」

「わたくしも、もっと神に祈りを捧げたいので死ねませんわ」

 他の二人も折れそうになる心をエリオの言葉で、なんとかつなぎとめる事ができた。

 とは言え、エリオ次第で、いつ心が折れてもおかしくない状態である。だが、彼はそんなことはお構いなしに心を折にきた。

 それはこの先にある地獄を乗り越える為に必要なことだった。


「みんなの気持ちは分かった。ただ、この攻略は命をかけることになるけど覚悟は良い?

「だって戻れないなら行くしかないでしょ。ここでミイラになる気はないわよ」

「自分も餓死して死ぬなんてやっすよ」

 ミイラや餓死という言葉マリアはそんなにアンデッドになりたいんですかと笑うと二人共ミイラになったら私が浄化してあげますからと二人に向かい十字を切った。

「ひどっ」

「酷いっすね」

 マリアは袖で顔を隠して笑う。二人の対応が予想が良い面白かったのだ。そんなマリアを見るのはミリア達も初めてだった。

 死が間近にある状態でミリアはマリアと本当に心が通じ合えた気がしたのだった。


「わたくしは絶対に帰りますわ。まだ、やらなければいけないことがありますしね」


 その皆の覚悟を聞きエリオはコクンと一つうなずき、攻略の為の作戦をみんなに伝えた。

 ただ、その前にここで死んだらミイラじゃなくて亡霊スペクターになるからねと空気の読めない発言をして。


 まずエリオは狛犬ケルベロスの行動原理を伝える。


狛犬ケルベロスは扉の前から基本は離れることができない。それは門を絶対に死守する為であり狛犬ケルベロスを倒す前に門を壊そうとすると何よりも先に扉を壊そうとするものを排除する。


 狛犬ケルベロスは戦闘区域に入るまでは絶対に動かない。二体が動き出すのは半径30メートルの戦闘区域に入った時であり、それはそのまま攻撃範囲でもある。


 次に狛犬ケルベロスは必ず阿形から行い、予備動作として『阿』と発音する。そして吽形の狛犬ケルベロスは阿形が敵に接触しない限り動くことはない。

 阿形が接触し、吽形が『吽』と言ったら範囲攻撃を発動する。その一撃は回避不能で体力の99%を失う。


「ここまでが狛犬ケルベロスの行動原理と攻撃方法です、何か質問ありますか?」


「とりあえず、とてつもない敵だと言うのは分かったわ」

「すっすね」

「……」


「では、倒し方ですが……」

 エリオは一呼吸付き自分も覚悟を決める。それは、みんなの生命を守る為に自分の命をかけてくれるみんなの為に自分も命をかけなければいけないと。


「僕が阿形の狛犬ケルベロスを引きつけてる間に有栖川さんと川上さんに吽形の狛犬ケルベロスを倒してもらいます」

 

 囮になる、エリオの言葉にみんなは驚く。レベル0の彼がレベル40相当の魔物と対峙すると言うのである。

 誰がどう考えても無理な話だった。

 それに対してエリオは先ほど目にも留まらぬ攻防で二人を助けたことを思い出させた。


「そういえばどう言うこと? なんでエリオがあんなに動けるの」


想念刃イマジンです。一日に一回だけ使える精神の刃です。それを使うと飛躍的にステータスが上がるんです」

「すごい、そんなものがあるのね。でも、エリオ狛犬ケルベロスにやられかけたじゃない」

 そう言ってから、自分たちのせいで死にそうになったのを思い出しミリアは申し訳なさそうにうつむく。


「あれは二人を助ける為の動きだったから、時間稼ぎだけなら30秒は持つよ」

「30秒……」

「危険はないのですか?」

 囮になるエリオを心配してマリアは手を前で合わせて祈るように彼を見る。背は小さいがズイズイと前に出る彼女の胸の圧力でエリオはたじろぐ。


「大丈夫ですよ。それに何かあればフランシスさんの回復呪文があるしね」

 圧の強いマリアにたじろぎながらも、エリオは彼女を落ち着かせる。マリアは自分の回復呪文を頼られ嬉しかったので余計に圧が強かったのだ。


「でも、30秒で狛犬ケルベロスを倒せないわよ」

「大丈夫、倒せますよ。有栖川さんの“レイライ”と川上さんの“怪力”でね」

「本当にやれるっすか?」

「はい、その戦闘方法は後ほど訓練する時に教えますね。ただ、狛犬ケルベロスの間はすぐに攻略しません」

「ん? どう言うこと?」

「あの門の先には閻魔王アダムがいますから、狛犬ケルベロスを倒したら、あの門が開いちゃうんですよ」

 そしてあの門が開いた時にレベル40以下だと即死するとエリオは言う。


「即死……」

「だから、みんなにはレベルを40になってもらいます」

「レベル40って、それは流石に無理よ」

「すっすよ」

「……」


 ミリアはその途方もない数字に開いた口が塞がらなくなる。レベル40以上の勇騎士ブレイズナーは世界的にみても数えるほどしかいない。

 1年年トップの栗山・シュウイチは既にレベル20だが、学徒兵スクラウトが潜れるダンジョンでは最大値であり、それ以上、上を目指すことはできない。

 それはC級ダンジョンの上限レベルが20の為、レベルが20になると得られる経験値が1/100位なってしまうのだ。

 そして20から40の差は天と地、いや、地球と太陽ぐらいの違いがあるのだ。


「現実問題40まであげることができるの?」

 その言葉にエリオは頷く、まずこのダンジョンはA級である。その為、上限レベルで獲得経験値が1/100に変動するのはレベル40からである。

 狛犬ケルベロスを倒した時の取得経験値は8000ポイント、変動無しのレベル40の必要経験値は250.000ポイント

  つまり、31回、狛犬ケルベロスを倒さなきゃいけないのだと。


「31回……。狛犬ケルベロスの再POP湧き時間は?」

「おおよそ24時間」

「つまり、31体倒すのに1ヶ月かかるってこと? ……無理よ倒せても食料がないわ」

 ミリアは自分のバッグから、ありったけの携帯食と水を出した。栄養食のエルギーバーが5本と500mlのミネラルウォーターが3本、とても1ヶ月も持つような備蓄ではなかった。

 だが、それでもエリオは大丈夫だと言う。


「食料は1ヶ月以上用意してあるから」

 そう言うとエリオはマジックバッグから簡易ハウスを取り出し、ダンジョンの隅にそれを設置した。

 勇騎士ブレイズナーにとって、ダンジョン攻略で数日間、潜るのは常識で拠点設営は必須なのである。

 故に勇騎士ブレイズナーなら誰しも簡易ハウスを持っている尾が当たり前なのである。

 とはいえ、エリオの出した簡易ハウスは一般的なものではなかった。


「これ、Hー503型のハウスじゃない、なんでこんな高級品をエリオが持ってるの!?」

「うん、知り合いからもらったんだ。家の中に食料と水が1ヶ月分以上はあるから長期戦での食料の心配はしなくても大丈夫だよ」

 このH型ハウスは何十種類もあり大きいテントみたいな物から城と言える物まである。

 その中でも家型では最高峰のHー5シリーズ、そして最上位グレードである3型は金額にすれば10億円以上する。

 それを学生の身分のエリオが出したのだ、ミリア達が驚かない訳がなかった。


 ミリアはいぶかしんだ、一体エリオとは何者なんだろうかと……。

 

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