二章 ラストダンジョン

第7話

!』

うん!』


 チームアカツキの前に二体の獣型魔物が現れた。四足歩行の獣の高さは3mを優に超える巨体で、30mほどの距離をとっていても威圧感で体が震えるほどだった。

 二体いるうちの一体は口を開き、その凶悪な牙をあらわにして早く獲物を喰わせろヨダレをだらだらと垂れ流していた。

 もう一体の魔物は口を閉じて凛としており威圧感は感じられなかったが、その冷静な目は魔物の物とは思えないほど思慮深くアカツキ4人の動きを漏らすことなくチェックしていた。


「地獄の番犬、狛犬ケルベロス阿形あぎょう吽形うんぎょう。なんで仮想ダンジョンにこの二体が」

 エリオは驚く、その二体はA級ダンジョン黄泉ヨミのラスボス、閻魔王アダムへの道を守る門番だったからだ。

 だがエリオ以外の三人は先ほどのDディメンションBバトルの勝利で高揚しているのか、この異常事態に気がつかず初めて見る魔物にワクワクしていた。


「へぇ、強そうじゃない」

「良いっすね、初バトルにはもってこいっすよ」

「ですわね、わたくしたちの初陣にふさわしい敵ですわ」

 二人がWダブル攻撃戦士アタッカーの戦闘陣形をとり、その後ろにマリアがつくとエリオが陣形に入るのをまった。


「三人とも待って、これは仮想ダンジョンじゃないよ、本物のリアルダンジョンだ!」

「もう、エリオ……そんな訳ないじゃない。」

「そうっすよ、エリりんは臆病っすね」

「……」

 流石に仮想ダンジョンに入ってリアルダンジョンに送られるなんてことは誰も聞いたことがない。

 それ故に、エリオの言葉をはいそうですかとは信じることができなかった。


「いや、待って本当なんだ。レベル1の仮想ダンジョンで狛犬ケルベロス阿吽形あうんぎょうが相手なんてありえない、この魔物の適正討伐レベルは40以上でジャポニカ新撰組でも倒すのが無理な魔物だよ」

 ジャポニカ新撰組とはフランシス王国に取られた勇者の穴を埋めるために設立されたジャポニカ最高の勇騎士ブレイズナーで構成された武士団だ。

 その力は勇者にも匹敵されると言われている。


 レベル40と言う言葉に三人が顔を見合わせる。それと言うのも学園の転移ゲートには安全装置がかかっており、適正レベル20以上のB級ダンジョンには入れないようになっている。

 それは学徒兵スクラウトなら誰でも知っていることである。


 そしてエリオが言うレベル40以上の適正値、それはここがA級ダンジョンという意味しており、絶対にあり得ないことだったのだ。


「もう、エリオ馬鹿なこと言ってないでさっさと戦うわよ」

 ミリアとユウコはエリオが大きな魔物に怯えて嘘を言ってるのだと判断した。だがマリアは彼の言を信じ一歩下がった。


 そんなアリアとは違いミリアとユウコは笑いながら前に進んだ。


『阿!』

『吽!』

 

 狛犬ケルベロスが戦闘態勢に入り阿形の狛犬ケルベロスがミリア達に襲いかかる。

 狛犬ケルベロスはゼロヨンマシーンのように急加速して一気に距離を詰めた。


想念刃イマジン!」


 誰かの声がそう叫んだ。だがミリアもユウコもそれを気にする余裕はなかった、なぜなら目の前に狛犬ケルベロスが迫っていたからだ。よそ見もできない、反撃もできない、何より逃げることなど到底できなかった。


 ミリアとユウコは襲いかかる狛犬ケルベロスに二人はまったく反応できなかったのだ。

 LV1の学徒兵スクラウトとLV40相当の魔物、その力量差は赤子と大人ほどの違いがある。

 LV1の仮想ダンジョンならこのようなことになるはずがない、二人はエリオが言うことが正しかったことに気がついた。だが、時既に遅しである。


 狛犬ケルベロスが口を大きく開けて今にも二人を食そうとした瞬間、ガキンと何かが弾ける音が二度して二人はゴロゴロと転がった。

 その上にはエリオが乗っていた、狛犬ケルベロスの凶牙から二人を助けたのは彼だったのだ。

 だが、その助けたエリオはボロボロになり身体を朱色に染めていた。

 背中にザックリと4本の傷跡があり、そこからとめどなく血が噴出する。二人を食べるのを邪魔したエリオを狛犬ケルベロスが前足の爪で攻撃したのだった。


「エリオ!」

「エリりん!」

 助けられた二人は血塗ちまみれのエリオを担ぎ狛犬ケルベロスから逃げる。だが、あの早さだ逃げられる訳がないと思ったが狛犬ケルベロスはミリア達を見失ったかのようにキョロキョロしだすと元の場所へと帰って行った。


「助かったっすか?」

「そんなことよりエリオよ! マリア、回復呪文を――」

「“rétablissementレタブリッスモン“」

 ミリアに言われるまでもなくマリアはエリオの元に駆けつけ回復呪文を発動させた。

 彼女はエリオを信じて、念のために回復呪文の効果を上げる聖典の節を読んでいたのである。

 そのおかげで彼の傷はみるみる塞がり一命を取り留めることができた。


「助かったよ、フランシスさんありがとう」

「いいえ、当然のことをしたまでです」

 感謝を伝えられたマリアは胸を張って喜ぶ。それとは対照的にミリアとユウコはボロボロに千切れ朱色に染まったエリオの服を見て申し訳なさそうな顔をしていた。


「……ごめんなさいエリオ、あなたの言う通りだった」

「何もできなかったっす……。ごめんっす」

 神妙に謝る二人にエリオは首を振り二人の責任ではないと言う。

「止められなかった僕のせいです。狛犬ケルベロスがやばいのは知っていたのに……。すみません」 

 もちろん、自分が悪い、私が悪いと、お互いに非は自分にあるとして譲らなかったのだが、今は謝るよりも脱出方法を探りましょうと言うマリアの一声でお互いに握手をして、今回は誰にも非がないと言うことで落ち着いた。


「エリオはあの魔物知ってるの?」

「はい、あいつは狛犬ケルベロスです、そしてここは黄泉ダンジョンです」


「黄泉ダンジョン?」

 ミリアは聞いたこともないダンジョン名に困惑する。学徒兵スクラウトの行けるダンジョンは全部で十箇所、そのどれとも違うダンジョン名はここがB級以上のダンジョンであることを示していた。

 いやエリオの言うことが正しいならレベル40相当の魔物がいるここはA級ダンジョンだと気がつきミリアの身体は震えた。


「機械の誤作動?」

「いや、それはありえないです。学園の転移リングにはこのダンジョンと繋がるデーターがそもそもありませんから」

「じゃあなんで……」

「違法デバイスの可能性がありますね」

 違法デバイスは学園の生徒達の間で取引されているもので、転移ゲートの安全装置を解除し、学徒兵スクラウト勇騎士ブレイズナーと誤認させることで正規の転移ゲートと同じデーターを学園の転移ゲートに転送するデバイスのことである。


 C級ダンジョンではレベルが20で頭打ちになる。学園の転移ゲートではそれ以上強くなれない。

 頂点に達した学徒兵スクラウトが強くなりたい、限界を超えたいと思うのは当然で、金の力と権力で上級ダンジョンに入れる違法デバイスを作り出したのだ。

 もちろん係員も金をもらいこの不正に加担している。


「でも、ちょっと遅れただけで係員がなぜそんな嫌がらせを」

「……係員じゃないわ、コントロールパネルのところに山下がいたわ」

「山下くんが……」


「あいつが違法デバイスを使ってあたしたちをここに送ったんじゃない」

「でも、なんでこんなことしたんっすか」

「そりゃ、あたしたちに負けてダーティー・ブロスをクビになった逆恨みでしょうね」


「たぶん山下くんだね、違法デバイスを使って僕たちのゲートの設定を変えたんだ」

「なら、強制帰還される2時間、ここで待機してるのが良いと思うわ」

 通常、学生のダンジョン探索は2時間までと決められており、それが過ぎると強制的に現実世界に引き戻される。

 だから彼女は動くよりも、その場に止まり強制帰還されるのを待つのが良いと言うのだ。

 だが、その意見はエリオによって却下された。ミリアは忘れていたのだ、A級ダンジョンには強制送還システムはないのを。

 強制送還できるシステムはC級ダンジョンまでしかないのだ。


「じゃあ、攻略しないで入り口から出ましょう」

「それもダメなんだ。ここはもう黄泉ダンジョンの最終地点だ、それに後ろの門は開かないんだよ。前に進むしかない」

 黄泉ダンジョンは後ろに戻れない、それは黄泉ダンジョンが黄泉平坂よもつひらさかのルールに縛られているためで、後ろは振り替えられないということに起因する。


「じゃあ、この黄泉ダンジョンを攻略するしか生き残る道はないの?」

「うん、そうだね、生き残る方法はただ一つ攻略するしかないんだ」

山下あいつ、なんでそこまで……」

「もうダメなんっすか?」

「手詰まり、もう手はないわよ。レベル1の私たちじゃ高難易度ダンジョンの攻略なんて無理よ」

「まじっすか、自分ら死ぬっすか?」

 ミリアとユウコは絶望した。初めてのダンジョン探索で死ぬことなど考えていなかった。レベル1でレベル40相当の魔物と戦わせられるなんて思っても見なかった。


 ミリアは生まれてから今までを思い返す、華やかな世界から他国に勇者をとられ没落し、蔑まれ、貧乏生活、からかわれる毎日に嫌気がさしていたが助けてくれユウコや似た境遇のマリアのことを。


 ミリアは二人に飛びかかり抱きしめた。

「世の中不条理だけど、ユウコとマリアに会えてよかったわ」

「ミリりん……」

「ミリアさん……」


「有栖川さん、諦めることはないですよ」

「だってもう無理でしょこんなの……。それとも何か打開策あるの?」

 ミリアはすがるようにエリオに打開策を求める。ここが仮想ダンジョンじゃないことと狛犬ケルベロスを知っていたエリオなら何かあるかもしれないと藁にもすがる思いで。


「あります。それに僕たちは運が良いですよ」

「運が良い、こんな状況で?」

 エリオの冗談とも言える言葉にミリアは少しムッとしたが彼の話を黙って聞いた。

 彼は狛犬ケルベロスの間だからこそ攻略できる可能性があるのだと。もし、これが黄泉ダンジョンの入り口だったら100%死んでいたと言う。

 黄泉ダンジョンは生者を許さない。生きてるものはゾンビに襲われる。入り口に入った瞬間大量のゾンビが襲ってくるのだ。

 レベル1のミリア達に防ぐ術はない。

 だが狛犬ケルベロスの間にはゾンビはいない。つまり、狛犬ケルベロスの攻撃範囲に入らなければ攻撃されることはないのだ。


 だから運が良かったのだとエリオは言うのだ。


「そうか、それで、あの魔物は攻撃してこなかったのね」

「うん、この特性と川上さんの怪力、有栖川さんの魔法を使えば、僕たちはこのダンジョンを攻略できる」

 エリオの攻略できる、その希望の言葉にミリアの絶望は一瞬で消え去り勇気が湧いてくるのが感じられたのだった。

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