第3話

 エリオを睨むユウコの前にマリアが立ち彼に一礼をする。彼女はエリオの見識の広さに敬意を表して自分の悩みを聞いてもらうことにしたのだ。

 だが、その悩みは表面的なものであった、なぜなら本当の悩みを言うことは自分が神に見捨てられたと言うことを認めてしまうことだったからだ。


「エリオさん、私の回復魔法が本国にいる頃から比べ、かなり弱まったみたいなのですが、原因が分かりますでしょうか?」

 その質問にエリオはマリアを上から下まで見るとコクリと頷く。

「フランシスさんは毎日、礼拝してますよね?」

「ええ、当然ですわ、日に三度、神に祈りを捧げております」

「だとすると神に祈りが届いてませんね」

「そんな訳! 私は神を信じておりますわ」

 その鬼気迫る言葉にエリオはたじろぎ、また部屋の隅へと逃げた。それを見てマリアはユウコのように怯えさせてしまったことを謝る。

 とは言え、先ほどまでよりもエリオの評価が下がったのは言うまでもない。

 何せマリアは狂信者と言われてもおかしくないほど神を信じているのだ、祈りが届いていないと言うことは神を信じていないと言われているようなものだからだ。

 その絶対的信仰を疑われては敬意をもって接することなど無理な話だった。

 もちろんエリオにもそれがすぐに分かったようで、フランシスさんの信仰心を疑っているわけではないと彼女の誤解を解いた。


「毎日暇があれば聖典に目を通していたフランシスさんの信仰心は疑ってませんよ」

 エリオならずともマリアが暇があれば聖典を見ているのは同じクラスの者ならば誰でも知っていることで、その狂信者ぶりは同級生達の間でも有名である。

 そもそもジャポニカ国は大神道と言う多神教の神を崇める国であり、宗教ではなく精霊信仰に近いものである。

 それ故、マリアの宗教にのめり込む姿は異様に映るため彼女に近づくものはミリア達以外いないのだ。

「では、なぜ祈りが届いてないと?」

「神の加護です、フランシスさんには加護がついてません」

「……なぜ、それを」

 それはマリアの本当の悩みだった。フランシス王国にいる頃から年々加護が薄くなっていた、そしてジャポニカ国に渡航してからは完全に加護が消えてしまい神に見放されたと思って彼女は悩み絶望していた。


 その悩みをエリオは見ただけで言い当てたのだ。


 だが、普通の人には神の加護は見えない、神の加護が見える者は神に愛されし者か同じく加護をもらっている者だけである。

 それをジャポニカ人であるエリオに一発で見破られたのである。そんな彼をマリアは訝しみながら質問をする。

「エリオさんもフランシス十字聖教の信徒なのですか?」

「……いいえ、僕は違います、知り合いに十字聖教の高位神官がいますので、それで十字聖教に詳しいだけです」

「……そうですか」

 ジャポニカ人にフランシス十字聖教の信徒はいない、いや正確には一人だけいるのだが、その人は有名でありエリオなどと言う名前ではなかった。

 だからこそ、加護が見えるエリオにマリアが首を傾げるのは当然だった。


「話は戻しますが、フランシスさんが休み時間に神に祈りを捧げてるのを見たことがありますが、祭壇も無しに祈っては届くものも届かないのです」

「でも、フランシス王国ではそんなことはありませんでしたわ」

 エリオはマリアの言葉にもちろんですと頷く、フランシス王国はフランシス十字聖教の総本山である。

 そして国自体が十字聖教の教えに則った作りをしている為に、フランシス王国自体が神に守られた存在であり、大規模な祭壇そのものになっているのだ。

 故にフランシス王国内ではどこで祈ろうが神に声が届くのだとエリオは言う。


「ここは東方の地ジャポニカです。八百万の神の影響が強いんです、ですから祈りを届かせるためには道である祭壇が必要なのです」

「祭壇……。でも、祭壇を作るお金など無いですわ」

 マリアはジャポニカ政府とフランシス王国の密約でこの国へと来た。勇者を奪ったお詫びとしてフランシス王国は第一王女をジャポニカ国に献上したのだ。


 貴族の血は一般庶民よりも強い勇騎士ブレイズナーを生む、それは長い年月の積み重ねで、どの国の政府も知っていることで、強い勇騎士ブレイズナーは強い勇騎士ブレイズナーと強制的に結婚させられることが多々あるのだ。


 そしてマリアも聖女ではないとは言え、フランシス王の血を持つもので下手な貴族よりも強い勇騎士ブレイズナーを生む可能性がある為、ジャポニカ政府はマリアを譲り受けることで勇者の件を許し、フランシス王国と友好関係を築いた。


 実際、マリアをジャポニカ国に譲る前までは一触即発な状態で世界戦争にまで発展しそうな勢いでジャポニカ国はフランシス王国を非難していたのだ。

 そのイザコザの名残でマリアには最低限の生活しか保証していなかった。

 つまり、マリアが自由に使えるお金は一円も無いのだ。


 そんな彼女が祭壇を用意することは不可能なのだ。


 なぜなら祭壇はフランシス王国でしか作っていなく、輸入するとなれば両国の許可も必要だし何より金額的に学生が払えるような金額ではないのだ。

 

「お金は必要ないですよ。それに祭壇と言っても畳1畳ほどの小さい物でも効果があります、豪華な彫像などもいらないです」

 もちろん、神聖術で作られた彫像などを使った祭壇はそれだけ神とのリンクが強くなるが、加護をもらうだけなら簡易的な物でも大丈夫だとエリオは言う。

 ちょっと簡易的に作ってみますねとエリオは部屋の中にある三角ポールや机に置いてあるの筆記用具を集めるとボソボソと何かを唱えながら床に規則的に置いていった。

 全ての道具を置き終わると最後に空中に円を描き十字を切った。


 それは通常のフランシス十字聖教の十字切りとは違い逆の動作だった。当然マリアはその動作に首をかしげた。

 逆に十字を切るなんて言うこと彼女は聞いたことがなかったからだ。


 だが、その逆の十字切りをした瞬間エリオが置いた道具達が光で繋がったのをマリアは見た。

 エリオはマリアに指を指し示した場所に座り、神に祈るように促した。

  彼女は床に置かれた道具達をいぶかしみながら見た、床に置かれているのはゴミのような物ばかり。こんなそこらへんにある道具で力が戻る訳がないとマリアは思ったが、実際にそのゴミのような道具たちが光で繋がったのを見た彼女はわらにもすがる思いでエリオの指示する場所に座った。


 座った瞬間、彼女には分かった。


 一見ただの三角コーンや鉛筆や消しゴムでしかない筆記用具が確かに祭壇と呼べるほどの神聖さを醸し出していることに。

 マリアはゴクリ吐息を飲み込むと神への祈りを捧げ始めた。

「おお、聖なる御神よ、あなたの子供であり、あなたの使徒である我マリア=ベル=フランシスはあなたに全てを捧げ、神の恩名の元、善をなすことを誓います――」

 数分続いたマリアの神への祈りが終わると彼女は空中に十字を切り円を描いた、それはフランシス十字聖教徒が神に感謝を伝えるサインであり、神から勇気や加護をもらうためのものである。

 エリオと違い、これが信徒がする正式なものだった。その十字切りが終わると淡い光が彼女を包み込んだ。


「う、うそ……。神の加護が戻った……。見捨てられたと、見捨てられたと思っていたのに……」

 マリアは両手で口元を拝むように抑えるとボロボロと涙をこぼした。国に見捨てられ、親に見捨てられて東方の地に来て1年、神の加護も消え、神にも見放されたと思っていた。

 だからこそ時間を惜しんで毎日聖典を読みふけり、神の加護を取り戻そうと必死に努力していたのだった。


 だが、加護が戻った今、自分が神に見放されていなかったことにマリアは気がつけた。


 神はいつも自分を気遣っていてくれたことが加護が戻った今わかったのだ。


 それを気がつかせてくれたエリオにマリアは感激のあまり飛びつき抱きしめた。


「ありがとう……。ありがとう……。あなたのおかげよエリオさん」

「ひゃっ、僕はただ知ってることをやっただけだし……」

 抱きつかれたエリオは胸の圧力に負けヨロヨロと壁の隅へと押しやられ、豊満な胸に押しつぶされた。


 新たな壁ドンが誕生した瞬間である。


「はいはい、離れて離れて」

 今にもキスをしそうな勢いでマリアの胸と押しつぶされるエリオの顔の間にミリアは腕を挟み入れ、彼女を引き剥がした。


「親愛のキスくらいさせてください」

「ここはジャポニカよ、キスは好きな人とだけするものなの、全く、これだからフランシス人は」

 フランシス人はキス魔である。誰彼構わずと言うことはないが友達や家族などによくほっぺにキスをする。

 ただ、このキスは本当の意味でキスではなく互いのほっぺをつけてチュッと音を立てる様な方式である。

 

 当然、邪魔されたマリアはこれだからジャポニカ人は奥手だと世界でバカにされるんですわよと意趣返しをしたが、ミリアはそう言うハレンチなスキンシップは異性間はダメですと言い、彼女はエリオの代わりとばかりにマリアを抱きしめホッペを合わせてキスをした。

「まあ、なんにせよ加護が戻ってよかったね」とミリアはマリアに微笑んだ。

 

 新たな壁ドンで息も絶え絶えのエリオの肩をユウコがポンと叩いてニヤリと笑う。

「それじゃ、次は自分っすね」

「へ? ユウコもアドバイス欲しいの?」

 さっきまでとは打って変わって教えてもらう気が満々なユウコにミリアが意趣返しをする。

「……念の為っすよ」

 ニヤニヤ笑うミリアをよそにユウコは自分の装備をバッグから取り出した。

 それは学園から貸与たいよされた標準的な長剣と大盾で、その武器からユウコが防衛戦士タンクであると言うことを指し示していた。


「川上さんは、なんで防衛戦士タンクをしてるの?」

「やれやれっすね、何でも何も無いっすよ、戦士なら防衛戦士タンクっすよ」

 仲間を守りたい……ミリアを守りたい、そんな気持ちからユウコは防衛戦士タンクを選んだ。だが、外から見ているエリオから言わせれば、それは間違いだったのだ。


「川上さんに防衛戦士タンクは合わないですね」

「なんっすか、それ! 馬鹿にしてるっすか!」

 脅すように前のめりになるユウコにエリオは後ずさる。そんな彼を守るようにマリアが立ちはだかった。

 それを見てミリアがおやと言う表情を見せる。マリアは今まで他人に、同級生に無関心だった、そんな彼女がエリオを身を挺して守ったのだ。

 ミリアはいい傾向だなと思ったが少し複雑な気分だった。

 そんなマリアの珍しい行動にユウコも虚を削がれ大人しくなる。


「それで、なんでユウコが防衛戦士タンク不適合なの?」

 ミリアがユウコを自分の後ろに立たせ、なにを言われてもエリオを攻撃しないようにした。

 自分とマリアが変わったならユウコも変わるはずだと信じて。


「ふ、不適合って訳じゃないです。ただ、川上さんの持ってる戦士スキルはスラッシュですよね?」

「そうっすよ、守りも戦いもできる防衛戦士タンクっすよ」

 そう言うとユウコは盾と剣を装備するとブンブンと長剣ブロードソードを振り回す。

 ミリアはしゃがんで、長剣ブロードソードをやり過ごすと彼女のスネを危ないでしょと言う意味を込めて杖で殴った。


「いや……。川上さん防衛戦士タンクが最初に持ってるスキルはデコイ囮りですよ、川上さんのスキルはスラッシュなので攻撃戦士アタッカーです、すみません」

「なんでそんなこと言うんっすか! 自分はみんなを、ミリりんを守りたいんっすよ!」

 ユウコは防衛戦士タンクをやりたいのに、エリオは自分のスキルが防衛戦士タンクのものでは無いから攻撃戦士アタッカーだと言う。

 それはミリアを守りたい自分を全否定された様なもので、彼女はまたエリオに敵対心をあらわにした。


「やめなさいよユウコ、エリオの言ってることは確かに的を得ているわ。それに攻撃要因が増えるならもってこいじゃない」

「じゃあ誰がミリりんを守るっすか!? エリオそいつっすか」

「ええと、川上さん、なにも守るのをやめろとは言ってないですよ」

「は? 意味わかんないっすよ」

「大剣に持ち替えて攻撃力を上げれば殲滅速度が上がるので、みんなの危険も減るっす、です……」

 あまり人と喋らないエリオはユウコの口癖が移ってしまい、ハッとして言い直すが時すでに遅しで、真似をされ馬鹿にされてると思ったユウコは今にも襲いかかりそうな目でエリオを睨みつけた。


 そんなミリアを手を出して制すると自分の疑問をエリオに質問した。


「でも、大剣だとダンジョンじゃ取り回しに難があるんじゃない?」

「それは脇道探査する場合ですね。通常のルートはこの教室の幅より大きいですから大剣が邪魔になることはないですよ」

 ダンジョンにはメインルートとサブルートがありほとんどのルートは十分大剣が振れるスペースがある。

 サブルートは攻略を目指さないような生産職や志が低いものたちが潜る場所なので、攻略を目指すなら攻撃力のある武器が良いのである。


「確かに、この教室より幅があるならモンスターに対して大剣はかなり優位よね」

「それに川上さんはレベル1なのに、力はレベル15の山下くんとほぼ互角ですから、その力を利用しないのはもったいないです」


「自分、あいつとそんなに大差ないんっすか?」

「はい、さっきの力比べで川上さんは一瞬押し返しましたよ。それで焦った山下くんが川上さんを蹴ったんです」

「そうなんっすか……」

 ユウコは膝蹴りされた時のことを思い出し確かに一瞬押し返した気がしてウンウンと納得する。


「それで、ユウコはどうするの?」

「……アドバイス受けるっすよ、実際二人はそれで光明が見えたんっすから。自分もやってみるっす」

 ユウコは理路整然と話すエリオをいつの間にか敵視しなくなっていた。レベル15並みの力だと言われ、力を認められたのが嬉しかったのだ、ユウコは良くも悪くも彼女は単純なのだ。


「みんな、エリオは荷物持ちでいいわね?」

「はい、構いませんわ」

「問題ないっすよ、魔物は全部自分が倒すっすから」

 そう言うとユウコはブンブンと大剣を持ってるフリをして腕を振り回す。そんなユウコにミリアは自分も魔物を一撃で倒せる魔法がああるからユウコには負けないわよと杖を掲げてニヤリと笑う。


「言うっすね、ならダンジョンでは討伐数で勝負っすね」

「良いわ、誰がリーダーか思い知らせてあげる」

 二人は冗談まじりでそう言うと、早く力を試したそうにはしゃいでいた。


「でも、三日は長いっすよ」

「まあ、焦らなくてもダンジョンは逃げやしないわよ」

 早く力を試したいユウコをなだめるが、実際焦ってるのはミリアだった。出遅れてるのもあるが、留年してる彼女は実際は2年生なのだ、焦る思いは誰よりも大きいのだ。


「あの、提案なんですけど」

「何、エリオ」

「仮想ダンジョンに入るのはどうでしょう」

「仮想ダンジョンか……」

 仮想ダンジョンとはダンジョンに転移するゲートを使い、今までダンジョンを攻略してきたチームのデーターから術法で偽のダンジョン作成するもので、経験値は入らないが死ぬことはないと言う学徒兵スクラウトように作られた練習用ダンジョンなのだ。


 仮想ダンジョンは完全にダンジョンを模倣する為、攻略するために使う者たちも多いのだ。

 それに仮想ダンジョンなら世界政府の許可はいらないからとエリオは言う。


「確かにいきなり実戦は怖いわよね」

「そうっすね、自分もどのくらい動けるか見てみたいっす!」

「わたくしは模擬戦よりも、もっと神の声を聞いていたいです、加護は戻りましたがノイズがかかっているようで、神の声が聞こえませんので」

 そう言うとマリアは残念そうに聖典を握る。そんな彼女を見てエリオは彼女に神の声を聞いたことがあるのかを聞いた。

 神の声は神官だからと言って聞けるものではない、神が語りかける者は選ばれしものだけなのだ。

「はい、5歳くらいまでは聞こえておりました」

「それはおかしいですね。なら、明日はちゃんとした祭壇を作りますから、一度でも対話したことがあるなら本国といるのと同じ感度で神との対話ができるはずです」

「……本当ですか」

「はい本当ですよ、フランシスさん」

 その言葉に、また抱きつきそうになるマリアをミリアは両手で制した。

 マリアはジャポニカ人はこれだからと両手を上に向けて振る。ミリアはハイハイと彼女をスルーをしてエリオから距離を取らせた。


「なんにせよ、雨降って地固まるの雨が、血の雨じゃなくてよかったわ。これからよろしくねエリオ」

 ミリアは笑顔で手を差し出すとエリオも彼女の手を取り、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 二人が手を強く握った瞬間、午後の授業の予鈴が鳴り響いた。

「まずいっす! お昼食べてないっすよ!」

 ユウコは机の上に置いておいた弁当箱を開くと、行儀などお構いなしに口の中に弁当を掻き込んだ。

 その頬はリスのように膨れ上がり租借を開始する。結構な量を一気に頬張ったのを見てみんなは彼女を心配したが、ユウコは親指を立て大丈夫と意思表示をした。

 そんな彼女を見てミリアはユウコは可愛いんだから少しは女の子らしくしたほうがいいわよと言うが口いっぱいに頬張ったユウコはフガがフガがっふっと声にならない声で抗議した。

 ちなみに可愛さより強さっすよと言っているのである。


「なに言ってるかわからないし早く行かないと先生に怒られるよ」

 そう言うとミリアはユウコの腕を掴み教室へと走り出した。

 ユウコはまだ一口しか食べてないと教室に行くのを教室に行くのを拒否したが頭を杖で叩かれて渋々午後の授業へと向かうのだった。

 

「ふがぁ~!」




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