第2話
「それじゃ、今日の放課後からダンジョンに入るってことでいいわね?」
「良いっすよ」
「問題ありませんわ」
ミリアは指し棒の先端を左の掌で押して縮めると感慨深そうに三人を見る。ようやくダンジョンに潜れる様になったのだ嬉しく無いわけがない。
だがエリオだけは申し訳なさそうにミリアを見ていた。
「どうしたのエリオ?」
「あの、有栖川さん」
「ミリアで良いわよ、仲間なんだから」
そう言うと苗字呼びをするエリオの後ろに回りこみコメカミにグリグリと梅干しを喰らわせた。
「有栖川さんってなんかお姉さんみたいですね」
エリオは梅干しをされて痛そうにコメカミをさすりながらそう言うとミリアは彼の背中をバシリと叩いた。
「あれ? エリオって知らなかった? 私留年してるんんだよ」
彼女の家はジャポニカの貴族の家で国の
当然、国民からの風当たりも強く、学校でも居場所をなくしたミリアは引きこもり1年を無駄にした。
何とか立ち直れたのは幼馴染の川上・ユウコのおかげだった。1年留年したミリアと偶然にも同じクラスになった彼女は無理やり家から引き摺り出しチームを組んだ。
チームを組めば卒業までクラスは同じだからだ。
もちろん、ミリアを侮蔑する声はあったが全てユウコが押さえ込んだのだ。
だから、ミリアはユウコの気持ちに応えるべく頑張っているのだ。
「でも、何で中等部の赤い服なんですか?」
エリオがそう言うや否やユウコが机をバンと叩き、人には言いたく無いこともあるんっすよと睨みを聞かせた。
もちろんエリオは壁の隅へ逃げたのは言うまでも無い。
「まあ、別に大したことじゃ無いんだ、お金がないだけだから」
「ミリりん……」
ミリアに悲しい顔をさせたエリオにユウコの怒りは怒髪天を突きそうだったがミリアがそれを察してユウコの背中を叩いたので彼女は冷静いなりエリオを見ない様に顔を背けた。
「それで、エリオはまた私を苗字で呼んでるけど名前で呼ぶ気はないのかな?」
「え、あ、み、み、み」
「あんた、セミっすか」
ユウコに呆れられツッコミを入れられるとエリオは顔を赤くして口をつぐんだ。
エリオにはそれほど親しくない女性の名前を呼ぶのはハードルが高かく、告白するのと同じくらいのストレスが溜まるのだった。
「ご、ごめんなさい、苗字呼びでいいですか?」
「う~ん、仕方ないなぁ~。今は苗字で良いけどそのうち名前で読んでね」
「は、はい、そ、それで有栖川さん、僕がチームに入るには先生に相談しないといけないんですよ」
「なんで? 普通に申請用紙に記入すれば良いんじゃないの?」
通常、チームを作ったり、他人のチームに入る場合は申請すれば誰でも問題なく事は進む、ミリアがエリオの言葉に疑問に思うのは当然だった。
そんなミリアに疑問に応えるべく、エリオは自分のことをみんなに説明した。
エリオは職無しでレベル0だ、それは誰もが知っている事実である。
ダンジョンには推奨レベルが存在する。もちろんあくまでも推奨だから自己責任で上位のダンジョンに入ることもできる。
だがエリオはレベル0で一生レベルが上がらない。どんなに戦っても経験値も得られないしレベルも上がらないのだ。
だからエリオは学園によりダンジョンでの実戦は免除されていた。だがエリオは言う実際には世界政府に禁止されてるのだと。
それは当然の処置で、レベルが上がらないものがダンジョン探索などできるわけがなく、弱いものがダンジョンに入れば命の危機があるからだ。
「それじゃ、ダンジョンに潜れないの?」
「いいえ、知り合いのコネを使えば許可が降ります」
「世界政府を動かすコネって……。でも、許可ってすぐ下りるの?」
どんなコネなのかミリアは気になったが、それよりも大切なのは許可が下りる日にちである1ヶ月も2ヶ月も待たされるのは流石にきついからだ。
周りはどんどんレベルアップするのに自分たちだけは何ヶ月もレベル1のまま、そんなのは耐えられないし、一緒についてきてくれているユウコに申し訳なかったからだ。
「だいたい三日もあれば許可が出ると思います」
ミリアはホッとした今日も三日もたいして変わらないからだ。ただ、それでも早くダンジョンに入りたいと言う焦りはあった。
もちろんそれはユウコも同じで三日も待てない、今すぐ戦いたいとわがままを言い出す。
「そうは言ってもエリオさんがいないとダンジョンに入れませんわよ」
「そうっすけど……。あ~ヤマアラシジレンマっすね」
「ユウコ……意味が全然違うからね。普通にジレンマでいいからね」
ユウコの間違い心理学用語に女性陣が笑っているとエリオが何かモジモジしてるのを見てミリアはまだ話があるのを察した。
「エリオ何かある?」
「あの、できればみんなの技が見たいです」
勇気を出して言った言葉にミリアは答えてあげたかったが彼女は自分の魔法が恥ずかしかった。いつも懐中電灯やランプと馬鹿にされるせいで、たった一つの魔法を使うのが嫌だったのだ。
「でも、私の魔法光るだけよ?」
「それでも見たいです」
子供の頃はキラキラ輝いて綺麗で好きなのだが、周りから馬鹿にされるたびに魔法を使う頻度が減っていった。
とは言え、仲間であるエリオに見せて欲しいと懇願されては見せない訳にはいかなく、ミリアは恥ずかしそうな表情で呪文を唱えた。
「“レイライ”」
ミリアが呪文を唱えると杖の先端が光り、急速に収束された光は球体状になりくるくると回り出した。
球状になった光の魔法は蛍光灯よりも明るく周囲を照らした。
「懐中電灯いらずでしょ……」
ミリアは光る球体をエリオに恥ずかしそうに見せるが、彼はその球体を見て首を傾げる。
「その魔法“レイライ”ですよね」
「そうよ、それがどうしたの?」
「有栖川さん“レイライ”は攻撃魔法なんですよ。それに、そんな球体を作る魔法じゃない、“レイライ”は光線なんです」
「へ? 攻撃魔法? でも触ってもなんともないよ」
ミリアはそう言うと、光の球体を左手でポンポンと叩いて見せる。いくら自分で出したとはいえ攻撃魔法ならただではすまない、皮膚ぐらい剥がれて大怪我をする。
しかしポンポンと叩くミリアの手は無傷だった。
「
机を叩いて脅すユウコに怯えエリオは再び壁の隅に逃げる。
「もう、ユウコいい加減にしなさいよ」
「だってっす……」
「う、嘘じゃないんです、その魔法は魔物のみ効く魔法だから。人間には害がないんですよ」
「う~ん、でも、それならなんで光線じゃなくて球体になっちゃうの?」
エリオは言う端的に言えばレベル不足だと、“レイライ”はレベル1が覚えられる魔法ではなく、レベル30くらいの高位魔法使いが覚える魔法なのだと。
それ故、精神力が足りなくコントロールが効かずに延々杖の上でくるくる回っているのだと彼は推測した。
ちなみに、レベル30に達するほどの高位魔法使いは世界的に見ても千人ほどしかいない。
その中でもレイライを覚えているものはミリア以外では一人しかいなかった。
「レベル30……、そんなにすごい魔法なんだ……」
「そのレイライが付いた杖で殴れば表層のモンスターなら
エリオの言葉はミリアにとって衝撃的な言葉だった。
ただの照明だと思ってた魔法が攻撃魔法で、なおかつ工夫次第で色々な戦い方ができると言われ、彼女は今まで自分の魔法に卑屈だったことを恥じた。
「適当なこと言うなっす!」
その言葉でユウコは掌で机を強く叩いた。
「う、嘘じゃないよ、です」
今にも襲って来そうなユウコにビクビクしながらそう言うと、エリオは部屋の端っこに縮こまった。
「嘘っすよ。だいたい、そんな高位の魔法をなんで
ユウコの言うことはもっともだった。
この世界の魔法の数は十万種類以上あり、その全貌を把握できる者は魔法学を専門に勉強している者でも一握りのぐらいで、ただの高校生で、職無しのエリオがそんな高位の魔法を知っているわけがないのだ。
何よりユウコはミリアがモンスターを一撃で倒せると言われ、戦士である自分が、今までミリアを守ってきた自分が不必要だと言われた気がして彼女はエリオに対し敵意をあらわにした。
「ユウコ知らないの?」
「何がっすか!」
「エリオって魔法学の中間テスト満点なのよ」
「は? 何言ってるっすか、満点なんて取れるわけがないっすよ!」
ユウコはミリアの言うことが信じられなかった。
それもそのはずで魔法学の試験はすごく難解なのだ、魔法は魔物も使うため魔法使い以外も必須科目でありユウコも受講していたが、毎回赤点ギリギリで大の苦手科目だった。
なぜ、ここまで難しいのかと言えば魔法学や魔物学の教師は特別な教育を経て教師となるため、一般の教師と区別され教授と呼ばれている。
その為か試験は教授達の知識のお披露目会という一面を持っており、前半の60点は授業問題で後半の40点は教授達の研究結果が問題で出される為に学生では解くことが不可能なのだ。
つまり60点取れれば満点で100点を取ると言うのは教授と同等の知識を持っていると言うことだった。
「本当よ、前に職員室で話題になってたのを偶然聞いたのよ、魔物学と魔法学は満点だってね」
「本当っすか?」
ユウコはエリオを威圧するように詰め寄って聞く、逃げ場のない彼はあたふたとしながら部屋の隅で震えコクンコクンと
「なんで謝ってるっすか……」
「ユウコあんた、そんな喧嘩腰で問い詰めたら誰だって怖いわよ」
「……臆病っすね」
ユウコはフンスと鼻を鳴らすと自分の座席に戻りどかっと勢いよく座った。
「でも、私レベル1よ、レベル30の魔法じゃMPだって足りないんじゃない?」
「うん、別に足りなくても魔法自体は発動するから、MPが足りないからこそ、その球体状態になってるみたいですね」
光魔法レイライは光線である、とは言えそれは見た目の話であり実際には水道から出る水と同じ原理なのだ。
蛇口をひねれば大量の水が出る、それと同じ様にレイライも唱えると光線が湯水の湯に湧き出し敵を撃つ。
しかし、MP不足の彼女のレイライは後ろから続く光線が射出されないために杖の上にとどまる球体となったのだろうとエリオは言う。
何よりミリア自信がこの魔法の特性を知らなかったのは、すべての魔法は秘匿されておりインターネットで気軽に調べられる様なものではないからだった。
そしてエリオは言う、ある意味これは新魔法だねと。
それが嬉しかったのか、ミリアは光の球体がついた杖を振り回して喜んだ。
「でも、それ、あんたの憶測っすよね」
「うん、でも間違いないよ。“レイライ”はそう言う魔法だから」
魔法学満点のエリオに赤点ギリギリのユウコではそれ以上詳しく問い詰めることができず、唇を波立たせて苛立ちを見せるのだった。
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